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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

松坂健『健さんのミステリアス・イベント体験記』(盛林堂ミステリアス文庫)

 ミステリ研究家・松坂健氏の業績をまとめた著書の第二弾『健さんのミステリアス・イベント体験記』が出た。今年六月には初の著書『海外ミステリ作家スケッチノート』が出たばかりで、そちらも非常に読み応えのあるミステリガイドだったが、今回もまた素晴らしい。

 健さんのミステリアス・イベント体験記

 本作はただのミステリのガイドブックではない。なんとミステリ関係のイベントに参加した体験レポート・エッセイなのである。ミステリ系の展示会から観劇、落語、文学フリマ、講演会、出版記念パーティーなどなど、ミステリ関連のイベントは意外なほど多く、ネタも実に幅広い。著者はそれらを実際に見て歩いて体験し、それを豊富なミステリ知識で味付けして記録した。これが滅法面白い。なかには自分も参加したものもけっこうあって、なるほど松坂氏はそういう目でこれらのイベントを眺めていたのかと、参考になるところも多い。
 とにかく今までありそうでなかった一冊で、ミステリ関係のエッセイとしても楽しめるが、何よりミステリの関連資料として今後はかなり重宝されるのではないか。
 考えると従来に比べるとファン活動や同人活動は、以前よりはるかに容易で活発になってきている。プロにしてもビジネスチャンスは広がっており、こういうイベントの類はますます人気を集めるだろう。ただ、それを点として終わらせるのではなく、できれば推理作家協会などがきちんとイベント情報を収集し、記録として残し、自らもいろいろなイベントを企画してほしいものだ。今後のミステリの隆盛のためには、是非とも必要なことだと思う。

 なお、情報量も多く読み応えのある本ではあるが、写真の類が皆無なのは非常に残念だった。おそらく権利関係やページ数などとの兼ね合いがあったのだろうが、資料性を求められるこの手の本で、図版が一切ないというのはあまりにもったいない。
 本書の資料性については、巻末のリストも大変有効なだけに、それが余計に惜しまれるのである。もし改訂版など作る機会があれば、ぜひ検討してもらいたいところである。

 ところで本書に触発されて、当ブログでもカテゴリーに「ミステリアス・イベント」を追加することにした。これまでは主に「雑記」として記録しており、やはり埋もれてしまうことがほとんどなので、これを機に独立させて少しでも参考になればと思う次第である(厳密にはミステリと関係ないものもあるけれど、そこはご愛嬌ということで)。

松坂健『海外ミステリ作家スケッチノート』(盛林堂ミステリアス文庫)

 昨年に亡くなったミステリ研究家の松坂健氏の、初の単独著書となる『海外ミステリ作家スケッチノート』を読む。

 海外ミステリ作家スケッチノート

 本書はもともと101人のミステリ作家を六人で分担して紹介するというガイドブックの企画だったようだ。それが二〇〇〇年頃の話。しかし執筆者のタイミングが合わず、企画は自然消滅。
 それからおよそ十年後にその企画を引き受ける出版社が現れ、今度は松坂氏が一人で101人分の執筆に臨む。本業が別にあるので、執筆は休みを潰して続けられたそうだが、それでも膨大な量である。そもそも作品ガイドと違って、作家ガイドは全作品を読み込んだ上での執筆となる。恐ろしく気が遠くなる作業だ。
 それでも執筆は進み、76人まで書き上げたときのこと。今度はなんと出版社が消滅し、原稿は宙に浮いてしまう。まもなく松坂氏は病に倒れ、二〇二一年に亡くなるのだが、その原稿をサルベージしたのが盛林堂であり、こうして今、『海外ミステリ作家スケッチノート』として読めることになった。

 解説の引き写しで申し訳ないが、以上が本書誕生の経緯である。まさに波乱万丈ではあるが、とはいえ肝心の中身が凡庸であれば、こういう話も大変でしたで終わり。
 その点、本書は内容も実に面白く、まさに氏のライフワークにふさわしい作品であり、それが水の泡とならず、101人に届かなかったもののこうして76人分の原稿が読めるだけでもありがたい。

 とにかく内容が素晴らしい。文体は軽妙だし、作家一人当たりの紹介原稿は二千字弱といったところで、一見すると軽いエッセイ風の作家ガイド。しかし、これが実に鋭い考察の元に書かれている。総括的にまとめるのではなく、切り口が新鮮というか、従来の作家ガイドにないオリジナリティを持たせ、これまでとは違った解釈を試みている。かといって変に理屈を捏ねるのではないから、ストンとこちらの腹に落ちるのが気持ちよい。シムノンやチャンドラーの項なんかは思わず「そうそう」と膝を叩きたくなった。
 松坂氏は執筆にあたり「新しい形容、新しい視覚、新しい評価を与えたい」という言葉を残していたようで、その意気込みがうかがえる。

 作家の選択も面白い。セレクトにも随分苦労されたようで、ジャンル的にはかなり幅広く、個人的にはジェレマイア・ヒーリイやスティーヴン・グリーンリーフといったネオハードボイルド勢が入っているのが嬉しい。なんせこの手のガイドでなかなか選ばれる作家ではないだけに、この辺りは松坂氏の選球眼に感謝である。
 また、予定されていたのに書かれなかった作家もリストとして掲載されており、その中にはクイーンやキング、アルレー、リンク&レヴィンソン、ウェストレイク等々の大御所もずらりと並ぶ。おそらくだが、それこそ新たな切り口を模索しているため後回しになったのだろうが、これはぜひ読みたかったところである。

 なお、装画と76人の作家のイラストをYOUCHAN氏が一人で担当している。この方の絵はポップだけれどスマートで嫌味がなく、個人的にも気に入っている絵師さんだ。ご本人も熱烈なミステリファンということもあるのだろうが、それにしても76人分の作家の絵なんてよく描いたよなぁ。松坂氏の原稿に見合う、素晴らしい仕事といえるだろう。

 というわけで本書については大満足。これからも折に触れて読み返したくなる一冊である。
プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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