ジョージ・シムズの『女探偵ドーカス・デーン』を読む。いわゆる「シャーロック・ホームズの姉妹たち」を代表する女探偵の一人、ドーカス・デーンを主人公にした短篇集。かの「クイーンの定員」にも選ばれているが、日本ではまったく知られておらず、これが本邦初紹介となるようだ。

『Dorcas Dene, Detective』1897年
The Council of Four「四人委員会」、The Helsham Mystery「ヘルシャム事件」
The Man with the Wild Eyes「無謀な男」、The Secret of the Lake「湖の秘密」
The Diamond Lizard「ダイヤモンドのトカゲ」、The Prick of a Pin「ピンの刺し跡」
The Mysterious Millionaire「謎の億万長者」、The Empty House「空き家」、The Clothes in the Cupboard「戸棚の洋服」
The Haverstock Hill Murder「ハーヴァーストック・ヒル殺人事件」、The Brown Bear Lamp「茶色の熊のランプ」
『Dorcas Dene, Detective, Second Siries』1898年
The Missing Prince「行方不明の王子」、The Morganatic Wife「貴賤結婚の妻」、The House in Regent’s Park「リージェンツ・パークの家」
The Co-Respondent「不倫の相手」、The Handkerchief Sachet「ハンカチの袋」
A Bank Holiday Mystery「バンクホリデーの謎」、A Piece of Brown Paper「茶色の紙切れ」
Presented to the Queen「女王陛下の御前に」、The One Who Knew「名無しの権兵衛」
収録作は以上。ご覧のように二冊の短篇集が丸々収録されている。注意しておきたいのは、短篇が2〜3話で構成されていること。たとえば最初の「四人委員会」と「ヘルシャム事件」はタイトルが異なるけれど、それぞれ前編後編という関係で、二話で一作の短編となる。中には前中後編と、三話構成のものもある。つまり正味は二冊分で九作となる。
さて、「シャーロック・ホームズの姉妹たち」はそもそも国書刊行会でスタートした企画だったと記憶しているが、やはりビジネスとしては厳しかったようで二冊で中断状態。もしかすると最初から二冊という予定だったのかもしれないが、それはともかくとして、その後は訳者の平山雄一氏がヒラヤマ探偵文庫という同人を立ち上げて展開してくれたおかげで、今ではけっこうな数の女性探偵の活躍を読むことができる。
ただ、この時代のミステリだから本格的な謎解きは少なく、専らキャラクターの個性や冒険で読ませるものが中心であり、ドーカス・デーン・シリーズもその例に漏れない。
ドーカスは元女優で演技力も高く評価されていたが、新進画家ポール・デーンと結婚して引退。ところがポールが病気で失明し、彼女は家計を支えるため舞台に復帰しようとする。そこへ現れたのが隣家の主人、元刑事にして今は探偵事務所を営むジョンソン。彼はドーカスの利発さを見抜き、助手として働かないかと誘ったのだ。彼女はすぐに才能を開花させ、ジョンソンが引退した後も探偵事務所を引き継ぎ、警察の捜査にも協力しているのである。
キャラクターの魅力としては明るく溌剌としていることはもちろんだが、ヴィクトリア朝という時代にありながら、しっかりと自立した女性であることが素晴らしい。それでいて変に女性を武器にしたり、逆に男を敵視してギスギスするようなこともなく、ごく自然な振る舞いを見せ、それでいて年長の男性や警官らを見事に顎で使う(笑)。この時代にもしたたかな女性探偵はいろいろいるが、こういうタイプは比較的珍しいかもしれない。
そんなドーカス・デーンはもちろんだが、その他の登場人物も悪くない。まずは女優時代の劇作家サクソンがワトソン役として登場するが、ドーカスよりもだいぶ年長のはずだが、言われるままにハイハイと助手を務めるところがなんとも。本家ワトソンですらホームズに文句を言うのに、サクソンの従順さはなかなか見ものである。
他にもドーカスの盲目の夫、口うるさい母親、愛犬が一家総出でレギュラーとして参加する。ドーカスの家族三名+一匹で四人委員会と称し、彼女の引き受けた事件を推理するという設定なのである。これがなかなか面白いアイデアだと思うが、残念なことにその設定を活かした作品がほぼないという(笑)。勝手な想像だが、いいアイデアを思いついたのはいいけれど、そういった推理合戦みたいなネタを考えるのが苦手だったのではないだろうか(笑)。
そんなわけで謎解き的な興味は薄いけれど、キャラクターの魅力や当時の英国の風俗や世情にはたっぷり浸れるので、ヴィクトリア朝時代のゆったりした冒険小説として楽しむのがおすすめだろう。