ADMIN TITLE LIST
Selected category
All entries of this category were displayed below.

 先週観た『ナルニア国物語 第1章ライオンと魔女』の余韻が冷めないうちに、ということでC・S・ルイスの自叙伝『喜びのおとずれ』を手にとってみる。
 著者自身が書いているように、本書が他の自叙伝と違うのは、ルイスがなぜ無神論者からキリスト教信者に回心することになったかという点を中心に語られていることだ。ルイスがナルニアを書くにいたった経緯みたいなことがもう少し書かれているかと思ったが、ややそれは期待はずれ。その代わりといってはなんだが、本書は正にタイトルどおり「喜び」について書かれている。もちろんそれはルイスが考える喜びであり、キリスト教に回心することと密接につながる。幼い頃の話など、正直、被害者意識が強すぎるというか、緩慢に思えるところもないではない。また、こちらのキリスト教についての知識が弱いこともあって、ところどころ退屈に感じる箇所もちらほら。だがルイスを理解するということでいえば、本書はやはり避けては通れない一冊といえるだろう。
 ちなみにルイスの先に亡くなった奥さんの名が「JOY」というのも意味深である。

テーマ:ノンフィクション - ジャンル:本・雑誌


 初詣に行く。三日ともなるとさすがに混雑も解消されていて、数分で終了する。気持ち的にはやはり一日にしたいのだが、一時間以上寒風の中で並ぶのも嫌だしなぁ。その後は家で寝て食って飲んで、そうこうしているうちに休暇終了。

 シリーズの掉尾を飾る『ナルニア国物語 さいごの戦い』を読む。
 ナルニア国で最大の、そして最後の戦いが起こり、ナルニアは滅びるわけだが、それは同時に新たな真のナルニアの始まりでもある。破壊と再生という、もうあからさまな宗教的寓話になっている最終巻であり、それは十分想定の範囲内なのだが(この言葉もそろそろ死語っぽくなってきたな)、気になる描写がいくつかあった。実は今までの作品にもあることはあったのだが、本作は最終話ということもあって、よりそれが顕著になっている気がする。
 まずは、過去の登場人物たちが勢揃いする本作において、ピーターたち兄妹の中にスーザンの姿がないことである。もちろんこれは意図的に外されたもので、彼女はいわゆるお年頃の女性になり、ファッションや恋愛に夢中で、ナルニアを忘れてしまったのだ。ポリーをして「スーザンには、本当におとなになってもらいたいものね。あのひとは、いまの年ぐらいに早くなりたがって、学校に通っているころを台なしにしてしまったし、また、今の年のままでいたくて、これからさきの一生を台なしにしてしまうでしょうよ。(以下略)」と言わしめているのはなんとも。
 要は信仰に対する挫折とでもいおうか。まあ、よくある類の話ではあるが、それにしても端役ならわかるけど、本作の主人公の立派な一人であるはずの彼女を、ここまで厳しく扱うとは。読者である子供たちへのメッセージとしては、これはなかなか強烈ではないか。『カスピアン王子のつのぶえ』では、失敗を犯したものの、そこから立ち直ったというエピソードも書かれているだけに、いったいあれは何だったのかという思いが強くなる。逆に言うと、そういう経験を持つ者であっても道は踏み外しやすいのだから、しっかり忘れないように、という教訓なのだろうが……ううーん、やっぱり厳しいなぁ。
 さて、もうひとつ気になったのは小人たちの存在である。
 善と悪、まっぷたつに分かれた軍勢が戦う中で、小人たちだけがどちらにもつかず、双方に攻撃をしかけるシーン。また、アスランが彼らに幻影を見せて反応をみなに見せるシーン。細かい描写は省略するが、これらのシーンでの小人はおそらく無宗教な人々、あるいは宗教に対して懐疑的な人々の役割を与えられているはずだ。例えばテロを犯したり、お布施と称して莫大な金額をだましとろうとするカルト団体などを見てしまうと、現代人は宗教の持つ恐ろしさばかりに注目する。これは当然。だが、そうやって意固地にすべてを拒否してしまうと、本当に大切なものまで(もちろんキリスト教のこと)見失ってしまうぞ、という理屈だ。
 このようにルイスは人生における宗教の働きについて、絶対的な信念を持っているのだが、それがときには勇み足のようにも感じられてしまうのである。これが宗教全般のことならまだいいのだが、おそらくは本作でナルニアに対するカロールメンの神タシの扱いを見てもわかるように、キリスト教が一番であるという傲慢な意識もうかがえる。世の小人ーー私もその部類に入りそうだ(笑)ーーは、物語は素直に楽しめても、この最終話のアクの強さには少し抵抗があるだろう。信仰の道に入らない者は価値の無い人生しか送れないのか? 悲しいかな、ルイスの主張の方がより偏狭に感じられる。
 ただ、だからといってシリーズの価値を貶めるつもりは毛頭無いし、ナルニア国物語は児童文学の傑作といってよい。物語にはテーマがあってしかるべきだし、ルイスの視点がしっかりしているからこそ、物語にも奥行きがあり、広がりが生まれたわけである。ただ、ひとつ言えるのは、やはりナルニア国物語は、子供の頃に読んでおくべきだ。元々裏読みしやすい話だけに、純粋に楽しめるのはやはり子供のうちだけではないだろうか。

テーマ:児童文学 - ジャンル:本・雑誌


 雨のため、初詣は翌日持ち越し。映画に切り替えるも、劇場はどこもいっぱいで、これもパス。ううむ、みな考えることは同じか。仕方ないので大人しく家で酒を飲みながらテレビを見たり本を読んだり。

 読了本は昨日に引き続きナルニア国物語から『ナルニア国物語 魔術師のおい』。ラス前の作品だが、中身はナルニア創世を描く、いわばエピソード1である。アスランと魔女の対立がどのように始まったのか、どうして動物が言葉を話すようになったのか、なぜナルニアの森の中に現代と同じ普通の街灯が立っているのか、なぜカーク教授の家のタンスからナルニアへ行けたのか、さまざまな疑問を解決してくれて興味深い(ちょっとスターウォーズを思い出してしまった)。ただ、前半のロンドン市街でのドタバタが必要以上に長すぎるのが不満。物語のポイントは明らかに後半部分にあると思うので、そちらにより比重を置いた方がよかったのではないだろうか。
 さあ、次はいよいよ最終巻だ。

テーマ:児童文学 - ジャンル:本・雑誌


 新年はほとんど毎年のように酒とおせちでだらだら過ごすだけなので、特に何も書くことがない(笑)。初詣も一日は混むので、いつも二日に行ってるし。ちなみに昨年、一昨年の日記を読み直すと、一日はいつも酒ばっかり飲んでるのが我ながら笑える。

 読了本は『ナルニア国物語 馬と少年』。昨年の年末年始はほとんど本を読めなかったのだが、今年はナルニアのおかげでけっこう本を読んでいる気持ちにはなっている。ただ、本当はこの休み中に『ストップ・プレス』を片づけたかったのだが。
 それはともかく『ナルニア国物語 馬と少年』。
 シリーズ5番目の本作は、時間軸でいうと三番目の物語。あのピーターたちが王となってナルニアを治めている時代の物語だ。スーザンとエドマンドが顔を出してはいるが、主人公はシャスタという奴隷の少年と領主の娘アラビス。この二人はナルニアの人間ではなく、敵対するカロールメンという国の人間だが、訳あってナルニア出身の言葉を話す馬と共にカロールメンを抜け出し、ナルニアめざして旅をすることになる。しかし、旅の途中でカロールメンがナルニアに攻め入ろうと画策していることを知り、シャスタたちの活躍でナルニアの危機を救うというお話である。
 本書では外の世界の人ではなく、生まれついたときからこの地で暮らす人々がメインとなっているためか、生活に根付いた宗教のあり方というものについて、今まで以上に強く意識させられる。神の名を口にするときにいちいち神を称えたり、あるいは自由や義務、神という存在についてのセリフがあったりと、いやでも読者は信仰について考えなければならない。そもそも本書は外伝的な話でもあるのだが、この手の話を積み重ね、ルイスは自分なりの聖書を書こうとしていたふしもある。というか、たぶんファンや研究者には常識? こちらがナルニア初心者なうえ、キリスト教や神学にも強くないのだが、本シリーズはその道の専門家にはとりわけ興味深い物語なのではないのだろうか。ファンタジーとしてももちろん面白いのだが、こちらも慣れてきたせいか、だんだん読み方がひねくれてきているのかもしれない(笑)。

テーマ:児童文学 - ジャンル:本・雑誌


 おそらく今年最後の読了本になりそうなのが、C・S・ルイス『ナルニア国物語 銀のいす』。いやあ、すっかりはまってるなぁ。全七部作のシリーズなので、本作はちょうど折り返し点にあたるわけだが、中だるみを感じさせるどころかますます円熟味を増す出来映えに感心する。
 本作では前作でトラブルメーカーだったユースチスが、女友達のジル、そしてナルニアの悲観主義者「沼人」とともに、囚われの王子を救うため、長い旅に出るというお話。ファンタジーの王道をゆくような冒険の旅物語でありながら、ラストでは善と悪の対決が心の戦いになるのも興味深い。また、悪に取り込まれようとする主人公が、冒険を通して成長するというパターンも、本作ではなかなか複雑な様相を呈しており(思えば『ライオンと魔女』はシンプルな構成だった)、その意味ではシリーズ中最も宗教色が強い感じを受けた。もっとも今まで読んだ分の範囲での感想だが。なんせ時間軸では最初と最後の物語がまだ控えているので、そちらの方がより濃い話になるのは間違いないはずだ。うん、楽しみ楽しみ。

テーマ:児童文学 - ジャンル:本・雑誌


 ナルニア国物語のシリーズ三作目『ナルニア国物語 朝びらき丸 東の海へ』読了。体力的、精神的に落ちてきているせいもあるが、ついついジュヴナイルに手が出てしまう。まあ、これがつまんない本ならあれだが、天下のナルニアだからよしとするべきか。って、何をよしとするんだか。

 それはともかく、ナルニア国である。一作目と二作目の間には数百年という時の流れがあったこのシリーズだが、本作は人間世界の時間で一年後の話であり、それだけに前作の主立った登場人物たちが再びお目見えする。カスピアン王やネズミのリーピチープをはじめ、人間界からはエドマンドとルーシィという布陣。そこにエドマンドたちの従兄弟ユースチスが加わり、行方不明になっている七卿を探すための大航海に出るというお話しだ。
 船旅という設定や作者がのってきたこともあるのだろう。単純に冒険物語としてみれば過去三作の中でも群を抜く面白さではなかろうか。ユースチスというキャラクターが一作目のエドマンドに勝るとも劣らない嫌な奴ぶりを発揮しているのもいいアクセントになっている。また、ちょっと切なく、それでいて考えさせられるラストも単なるファンタジーの域を超え、本シリーズがいよいよ歴史に残る作品として昇華しつつある印象を抱かせる。
 読めば読むほどに進化する、それがナルニア国物語。

テーマ:児童文学 - ジャンル:本・雑誌


 京都へ日帰り出張。大雪の影響が心配だったが、多少の遅れはあったものの、運休とかがなくてひと安心。しかし、東京にいると全国的な大雪もピンとこないが、新幹線から見た岐阜は一面銀世界であった。それが京都へ行くとまたすっかり晴れ上がっていて、日本は狭いようでいてなかなか広い。

 読了本は引き続きナルニア国。二作目の『ナルニア国物語カスピアン王子のつのぶえ』である。
 本シリーズがジュブナイルであるからには、テーマの一つに、少年少女たちの成長を描くことがあるのは異論のないところだろう。数々の冒険は大人になるための通過儀礼であり、例えば前作ではそれがストレートに著され、主人公たちが立派な大人になるところまで書かれていた。
 本書でも基本的にそのスタンスは変わらず、特にピーターとスーザンに焦点が当てられているように思う。前作でエドマンドがダークサイドから立ち直ったように、本作ではピーターとスーザンが過ちから立ち直るエピソードが挿入されており、さらには大人になりつつある年長の二人は、ナルニア国に二度と戻れないという説明までされている。正しくナルニアは、子供が成長するための世界なのである。
 また、同時に作者はナルニア国の秘密を少しづつ明かし、壮大な歴史物語であることも披露し始めている。つまり本作こそが、このナルニア国物語の性格を決定づけた記念的作品なのである。
 お話しの面白さはもちろんだが、作者の企みを推察しながら読み進めるのも、本書の楽しみの一つといえるだろう。

テーマ:児童文学 - ジャンル:本・雑誌


 本日も飲み会。仕事がたまっていて後ろ髪を引かれる思いで会社を後にするが、酒が入るとまったく気にならなくなる(笑)。

 読了本はジュヴナイルの古典中の古典、C・S・ルイスの『ナルニア国物語ライオンと魔女』。前々から箱入りカラー版を書店で見てうずうずしていたのだが、結局買ってしまったのである。この手の本なら、あまり嫁さんから文句が出ないのが救い。ただ、今更こんなのを読んでつまんないとか感じたらどうしようと思ったが、いやあ、まったくの杞憂でした。
 絶対的な善と悪の世界で、四人の兄弟たちがさまざまな冒険を通じ、生きるうえで本当に大切なことを学んでいく。ジュヴナイル故のこのストレートなメッセージがズシンと胸に響きます。大人が読んでもこの感動。つくづく子供の頃に読んでいなかったことが惜しまれる。
 部分的にキリスト教的な比喩が込められているので、作者のルイスのスタンスも理解できようというものだが、それほど気にする必要はないし、ましてやその程度の理由でこの本を読まないのはあまりにもったいない。とりあえず子供は本書を読んでドキドキしてもらえればよいし、大人はひとときの間素直な心に帰るのがよいのだ。
 さあ、続きもどんどん読まなければ。

テーマ:児童文学 - ジャンル:本・雑誌



| HOME |

Design by mi104c.
Copyright © 2017 探偵小説三昧, All rights reserved.
ネット小説