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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

横田順彌『平成古書奇談』(ちくま文庫)

 横田順彌の『平成古書奇談』を読む。著者の評論やエッセイはの類は少し読んでいるが、小説の方はそこまでい読者ではない。今回は自身の趣味であった古書がネタということもあり、気になって読んでみた次第。まずは収録作。

「第一話 あやめ日記」     
「第二話 総長の伝記」    
「第三話 挟まれた写真」  
「第四話 サングラスの男」
「第五話 おふくろの味」
「第六話 老登山家の蔵書」
「第七話 消えた『霧隠才蔵』」
「第八話 ふたつの不運」
「最終回 大逆転!!」

 平成古書奇談

 主人公はフリーライターをしながら作家を目指している25歳の青年・馬場浩一。そして馬場青年が出入りしている小さな古本屋・野沢書店の主・野沢勝利とその娘の玲子。この三人が古本にまつわる奇妙な事件に遭遇するという連作短篇集だ。
 読んでみると、これがいろいろと予想外の作品だった。まず全体のテイストが古本業界を舞台にしている割には妙に明るく、ほのぼのとしている(苦笑)。そもそも古書業界は圧倒的に高齢男性が多い印象で、最近でこそインターネットのおかげか何となく開かれてきた感じもあるけれど、一昔前の古書関係のエッセイなどを読んでも、だいたいが変人だらけで暗いイメージでとっつきの悪い印象しかない。だからこそ、なのだろうが、著者は主人公の三人を皆好感の持てる柔らかなキャラクターに仕立て、そのやりとりも実に微笑ましい。

 そして、そんな彼らが巻き込まれる事件は、なぜか本に関する奇妙なものばかりである。
 と書けば、なんせ題名が題名だからまあそうだろうねとは思うのだが、本作においてはそれがジャンルを超越しているから面白い。導入はいろいろあるけれど、その顛末がミステリであったり、ファンタジーであったり、ホラーであったり、どう転ぶかわからないのである。
 しかもきっちりと決着をつけない事件も多く、そのあやふやな感じがミステリ好きには時にイラッとくることもあるのだけれど(苦笑)、先ほども書いたようにほのぼのとしたキャラクターたちによって展開されるため、どれも滑らかで口当たりがよく、決着をつけることが野暮に思えるから不思議だ。時には非常に刺激的なホラーもあったりするのだけれど、そういう作品の方がむしろ化学反応を起こして面白い話になっている感じがする。特に「おふくろの味」なんて最高である。

 解説によると、本作は雑誌連載のまま眠っていた作品とのことで、よくぞまとめてくれたものである。ちくま文庫と編者に感謝。そしてもちろん著者に。


横田順彌『古本探偵の冒険』(学陽文庫)

 天皇の即位の日及び即位礼正殿の儀の行われる日ということで、今年限りの祝日。ありがたく自宅で休ませていただく。

 で、パラパラと読んでいたのがヨコジュンこと横田順彌の『古本探偵の冒険』。SF作家にとどまらず古典SF研究家、明治文化研究家としての活動でも知られる著者の、〈本の雑誌〉に連載していたエッセイをまとめたものだ。最初は『探書記』という題名で本の雑誌社から刊行され、その後、新たなエッセイが加えられて学陽書房で文庫化されたのが本書。

 古本探偵の冒険

 著者の興味はもともとSFだが、そこから明治や大正の古典SFに広がり、さらには日本SFの父・押川春浪に着目したところ、彼が野球界の発展に貢献したことを知り、その結果、興味対象は日本野球どころか明治文化史にまで広がってゆく。
 本書はその研究のための資料収集に関するエッセイ集、いや、早い話がいわゆる古本エッセイである(笑)。
 管理人の守備範囲は探偵小説なので、SFや明治史はその延長線上の興味になってしまうのだが、それでも本書に取り上げられている珍本・奇本の数々は実に面白そうだし、それ以上に、その本に関する周辺情報や入手にまつわるエピソードなどが実に楽しく、読んでいてまったく飽きない。
 古本収集のエッセイ集というのは今も昔も意外に多いのだけれど、本書のようにギャグや自虐的な笑いを盛り込んだタイプは、もしかするとヨコジュンが元祖なのではないか(確かめたわけではないけれど)。

 ちなみに横田順彌は今年の1月4日に亡くなったのだが、昨日、漫画家の吾妻ひでお氏の訃報が出てことにも驚いた。いろいろあった人だが、やはり六十九歳はちょっと早い。今年は海外でもジーン・ウルフが亡くなったし、SF関係の悲しいニュースが多いなぁ。


横田順彌『快絶壮遊[天狗倶楽部]明治バンカラ交友録』(ハヤカワ文庫)

 横田順彌お得意の明治ものノンフィクションから『快絶壮遊[天狗倶楽部]明治バンカラ交友録』を読む。
 日本SF小説の祖とされる押川春浪は、明治時代の大人気作家であり、雑誌『冒険世界』や『武侠世界』などの主筆も務めた人物である。しかし、彼の活躍は文学にとどまらず、スポーツや芸術の多岐にわたっており、日本に野球や相撲、テニスなどをスポーツとして定着させたスポーツ社交団体[天狗倶楽部]を主宰したことでも知られている。
 本書は、その天狗倶楽部に関係した魅力的な面々を紹介したノンフィクション。元は教育出版から〈江戸東京ライブラリー〉の一冊として1999年に刊行されたものだが、現在NHKで放映されている大河ドラマ『いだてん』で天狗倶楽部の面々が多数登場しているため、そのタイミングで文庫化が企画されたのだろう。

 快絶壮遊[天狗倶楽部]明治バンカラ交友録

 とにかく情報量がすごい。管理人は特に『いだてん』云々には興味がなく、単純に押川春浪をはじめとする明治の文人ネタ目当てで読んだわけだが、そんな情報はごく一部で、当時のバンカラたちの無双っぷりが次から次へと紹介される。文学界やスポーツ界だけでなく、ときには政界や財界の人間までもが登場し、まあとても史実とは思えないぐらいのハチャメチャぶりだ。そもそも一般的な歴史の本には出てこないような内容ばかりなので、こういう形に残してくれた意義も大きいといえる。
 明治というのは日本史上でも類を見ない新しい時代の始まりであり、新しい文化もどんどん花開いていったわけだが、そういう時代が彼らを育てたのか、それとも逆にこういう人物がいたからこそ明治という時代が栄えたのか。この辺はもう少し勉強しておきたいところである。

 関連書といえば、本書はエピソードの寄せ集めみたいな造りではあるのだが、そこから興味をもった各種テーマに進むのがいいというのは、解説で北原尚彦氏も書いているとおり。まさにそういう楽しみ方ができる、ある意味明治ガイドブックでもあるのだ。図版も多く、各章の頭に挿入される人物相関図もたいへん便利だし、これはなかなかお買い得の一冊であった。


横田順彌『近代日本奇想小説史 入門篇』(ピラールプレス)

 横田順彌の『近代日本奇想小説史 入門篇』を読む。
 本業はSF作家ながら、今ではすっかり明治文化や古典SF研究家としてのイメージが強くなった感のある横田順彌氏。本書も正しくその方面の一冊である。正統派の近代日本文学史には決して登場しない大衆小説、その中でもひときわ異彩を放つSF小説や奇想小説の数々にスポットを当て、その歴史や作品の内容に踏み込んでいく。
 実は本書の前に、著者はすでに同じ内容の『近代日本奇想小説史 明治篇』という大著を上梓している。なんと日本SF大賞特別賞、大衆文学研究賞、日本推理作家協会賞を総なめにしたSFファン必携ともいえる恐るべき一冊なのだが、いかんせんボリュームや価格も恐るべきレベルとなってしまった。著者や版元もその点は気にしていたようで、それならお試し版はどうだろうという位置づけで生まれたのが本書らしい。タイトルに「入門書」とある所以である。

 ただし、お試し版とはいえ、『~明治篇』を単に抜粋しただけとか、平易にまとめ直したという本ではない。著者がさまざまな雑誌等に発表した『近代日本奇想小説史』に関係する文章を収録したもので、重複はまったくない。また、『~明治篇』があくまで明治に絞って時間軸でまとめているのに対し、『~入門篇』はテーマ別に編まれており、時代も明治に限定せず戦後作品も扱っているという按配。つまり『~明治篇』を既に持っている人も楽しめるということらしい。
 ということで、興味はあるけれどそこまでSFにどっぷりなわけでもない管理人のような輩にはむしろ好都合。買ってから少し時間がたってはしまったが、ようやく手に取ってみた次第である。

 近代日本奇想小説史入門編

 で、感想だが、入門編というから多少は軽く見ていたのだが、こりゃ充実の一冊である。その情報量たるやよくぞここまで集め、調べあげたものだと感心するのみ。
 管理人も押川春浪ぐらいなら少しは読んだし、彼が日本SFの祖だということぐらいは知っていたが(実はどうやらそれも間違いらしいということが本書でわかるのだが)、いやほんと、明治時代にここまでSF小説や冒険小説が出ていたとは思わなかった。
 さすがにこの本のために書かれた文章ではないから、同主旨の内容が重複するところはあるのだが、全体にはテーマに沿った内容で編まれているので、そこまで気にするほどではない。
 参考までに目次を挙げておこう。

第一部 さまざまな角度から
 日本SF英雄群像
 古典SFに描かれた日本人の宇宙像
 明治の冒険小説と民族解放思想
 日本秘境冒険小説の発掘
 少年スーパー・ヒーローの誕生と系譜
 少年小説に見る悪漢・怪人・怪物たち
 近代日本奇想小説史 番外篇 児童向け戦後仙花紙本の奇想小説
 明治冒険雑誌とその読者たち 〈探検世界〉を中心に
 〈新青年〉とSF 海野十三を中心に

幕間 古書収集の舞台裏
 なぜ、古書なのか? ぼくの超私的古書収集論

第二部 個人研究
 日本古典SFを見直す 杉山藤次郎とは何者か?
 明治のSFと井上円了
 押川春浪と〈日露戦争 写真画報〉
 民間マルチ学者・中山忠直という人
 海野十三の執筆媒体
 『新戦艦高千穂』へのノスタルジック・アプローチ 

 当時はSF小説といっても確とした概念があるわけではなく、探偵小説やら冒険小説やら何やらが入り交じったカオスである。それでも上のように、英雄譚、宇宙をテーマにしたもの、戦記物、秘境冒険小説、少年小説、仙花紙、 〈新青年〉等々、さまざまなテーマを設けることで、何となく全体像を俯瞰できるのはありがたい。
 引用や図版が多いのも○。いかんせん現在入手できる本はごくごく一部なので、その小説の雰囲気を掴むには、やはりある程度のボリュームの引用は必須だろう。このあたりさすが著者はツボを心得ているというか、たいていは今読むと厳しい本が多いはずなのだけれど、そこを上手く面白そうに紹介してくれる。文章も軽妙だし、いろいろな意味で読者に親切設計なのが嬉しい。

 管理人のような探偵小説好きにとって見逃せない記事も少なくない。 日本ではもともとSFもひっくるめて探偵小説といっていた時期もあったぐらいなので、作家も当然かぶる。海野十三や蘭郁二郎などはその代表格だし、乱歩以前の探偵小説を語る際、黒岩涙香らとともにやはり押川春浪の名前は外せないのである。
 とりわけ「児童向け戦後仙花紙本の奇想小説」、 「〈新青年〉とSF海野十三を中心に」、「海野十三の執筆媒体」あたりは要注目。仙花紙本ネタなど、普通に探偵小説のコラムとしても楽しめる。

 ということで本書はSFファンのみならず、探偵小説好きにも積極的におすすめしたい一冊である。
 唯一の欠点は、『~明治篇』を買いたくなるということぐらいか(笑)。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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