fc2ブログ

探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

エミリー・ロッダ『彼の名はウォルター』(あすなろ書房)

 オーストラリアの作家、ジェニファー・ロウが書いた『不吉な休暇』を読み終えたので、続いて彼女がエミリー・ロッダ名義で書いた『彼の名はウォルター』に取り掛かる。
 エミリー・ロッダといえば、リンの谷のローワン・シリーズとかデルトラ・クエスト・シリーズで有名な、あの児童文学の作家だが、『彼の名はウォルター』はその彼女が書いた謎解きサスペンスである。『不吉な休暇』の記事でも書いたけれど、昨年末の『このミス』でミステリ評論家の小山氏が2022年のベストワンに挙げたことで、一躍ミステリファンの間でもその名を知られるようになった作品だ。

 こんな話。週末に遠足に出かけた教師と生徒たち。ところがバスが故障したため、ほとんどの教師と生徒は歩いてそのまま先へ向かったが、フィオーリ先生とコリン、タラ、グレース、ルーカスという四人の生徒だけは、タクシーを待つことになる。
 やがて修理のレッカー車がやってきたものの、やはりバスは動かず、迎えのタクシーもなかなかつかまらないようだった。すると、レッカー車の運転手が、自分の父が所有する、古くて誰も住んでいない屋敷があるから、そこで待てばいいという。
 先生と四人の生徒は屋敷に入ったが、そこでコリンは「彼の名はウォルター」という一冊の本を見つけ出した。その本は、ウォルターという孤児の主人公の生涯とロマンスを描いた物語で、コリンたちは時間潰しにその本を読み始めたのだが……。

 彼の名はウォルター

 なるほど。これはよくできている。
 物語は大きく二つのパートで構成されている。ひとつはコリンたちが見つけた本「彼の名はウォルター」を読み進めていく現実世界のパート。もうひとつはその「彼の名はウォルター」の内容がそのまま展開する作中作のパートだ。

 作中作の内容は遠い昔の魔法の物語だ。ウォルターという孤児の主人公は辛い境遇を乗り越え、やがてお城の仕事に仕えるようになる。そこで父親に幽閉されているスパロウという少女と知り合い、愛し合うようになるが、父親の反対にあって……というもの。登場人物は動物や虫たちで、魔法が普通にある世界。要は冒険とロマンスに彩られたファンタジーである。しかし、コリンとタラはこの物語が実際に起こったことであると信じ、なぜか本を読み終えなければならないという不思議な使命感にかられていく。
 すると読み進むにつれ、それを妨害するかのような恐ろしい出来事も起こっていく。また、最初は興味のなさそうだったグレースやルーカスも徐々に夢中になり、皆で協力し、先を読み進めるのである。ウォルターのパートが波瀾万丈なのはもちろんだが、コリンたちの物語もそういうサスペンスの高め方が巧みで感心する。

 いったい本の物語には。どういう意味があるのか。このリンクする現実世界と物語世界にどういう関係があるのか。そんな最大の興味に囚われつつ、ウォルターとスパロウの行方、コリンたちの運命も気になるわけで、それらの興味が絶妙に絡み合って、リーダビリティの高さが半端ではない。

 そしてラストで明らかになる真実。ウォルターとスパロウの運命にも胸を打たれるが。実は本作がミステリとしても秀逸なレベルだったことを思い知り、知的な感動も味わえるのである。
 最後まで解明されない現象もあるのだが、著者の書き方からすると、明らかにそれらの余韻を大事にしている印象もあり、そういうところが児童文学作家としての巧みなところだろう。


ジェニファー・ロウ『不吉な休暇』(現代教養文庫)

 オーストラリアの児童文学作家でエミリー・ロッダという人がいる。リンの谷のローワン・シリーズとかデルトラ・クエスト・シリーズなどで知られているが、その彼女が書いた『彼の名はウォルター』という児童向けミステリがSNS上で評判になっている。昨年の『このミス』でミステリ評論家の小山正氏がこの作品をベストワンに挙げており、皆がまったくのノーマークだったことから一気に注目されるようなったようだ。
 かくいう管理人もそんな本が出ていたことすら知らなかったため、さっそく読んでみようと思ったが、ちょっと待った。そういえばエミリー・ロッダというのは、ジェニファー・ロウの別名義ではなかったか。そうそう、今はなき現代教養文庫から『不吉な休暇』という作品を出していた、あのジェニファー・ロウである。ロウ名義の邦訳は『不吉な休暇』のみだが、これがまた知る人ぞ知る良作とのことで、こちらもいつか読もうと長らく積んでいたのだ。
 そうなるとタイミング的には今しかないでしょうということで、『彼の名はウォルター』の前に、まずはジェニファー・ロウの『不吉な休暇』を読んでみた次第。

 まずはストーリー。
 シドニー近郊の山里で、リンゴ果樹園を一人でこなす大叔母アリス。しかし、毎年収穫時には、アリスの姪であるベッツィ・テンダーを中心に、テンダー一家のとその友人らが集まり、泊まり込みで収穫を手伝ってきた。
 しかし、自分で何もかも仕切りたいベッツィは、娘アンナや息子夫婦、その他友人夫婦らにまで遠慮ない物言いをし、しかもアリスの所持品にまで口を出してくる始末。皆の間に不穏な空気が流れるなか、挙句には女癖の悪いことで有名なアンナの元夫ダミアンが訪ねてきたため、事態はさらに剣呑になってくる。そして翌日、悲劇は起こった……。

 不吉な休暇

 いやあ、いいなあ。もう気持ちいいぐらいの本格ミステリ。
 それぞれに思惑のある関係者が一堂に会するなか、殺人事件が発生し、探偵が聞き込みと知恵だけで真相を推理する。もう今どき(といっても二十五年前の作品だが)珍しいくらいオーソドックスな謎解きミステリで、その雰囲気は完全に英国の本格ミステリを彷彿とさせる。
 ストーリーは正直、地味。派手なトリックもなし。奇抜なネタがあるわけでもない。しかし、とにかく作りが丁寧なのだ。登場人物の造形からプロットの構築に至るまで、すべてが緻密であり、そして密接に絡み合っている。個人的に良質の本格ミステリの条件のひとつとして、登場人物の性格づけということを挙げたいのだけれど、これは単に性格描写ができているというだけではない。その性格を読み解くことが推理に大きく生かされているという意味なのだ。極論すると、謎解きの正しい材料とするために、著者はとことん性格づけを細かくきっちりと行い、描写しているのである(まあこっちの想像ですが)。
 それが最も発揮されているのがラスト100ページ近くもある謎解きシーン。若干、やりすぎてボリューム過多という感じもあり、登場人物にすら批難される始末だが、それはご愛嬌ということで。
 
 地味だ地味だとは書いたけれど、ストーリーがつまらないけではない。おそらくは多くの人が退屈であろうと感じる前半、すなわち登場人物たちが互いの言動で一喜一憂するし、チクチクとやりあう前半も個人的には楽しめるし、それが実は伏線となれば尚更である。
 もちろんそれだけではなく、終盤のサプライズも十分にある。サプライズを味わった後には、伏線の見事な貼り方に対する感動もやってくる。すべてがロジックでガチガチに攻めてくるわけではないけれど、およそ本格ミステリを楽しむためのカギとなる要素は間違いなく備えているし、本格好きであればラストの謎解きシーンは相当に酔えるはずだ。
 あと、終盤までは何かとイライラする登場人物たちもいるのだが、終わってみれば意外に後味のいいことにも感心した。最初から著者が意図していた可能性も高いけれど、やはり児童書を主戦場とする作家だけに、そういう素養も備えているのだろうか。

 ということで大満足の一冊。これなら『彼の名はウォルター』も期待できそうでそれはいいのだが、ただ、それよりも本作をどこかの版元で(創元あたり?)復刊するべきではないだろうか。そしてできれば弁護士バーディのシリーズ続刊も出してもらえるとありがたいものだ。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

ツリーカテゴリー