ジェイムズ・ケストレルの『真珠湾の冬』を読む。日本では初紹介となる著者だが、本作は太平洋戦争時代の日本やハワイを舞台にしたミステリ、しかもMWA最優秀長篇賞を受賞したということで、これはもう読むしかあるまいという一冊である。
酪農を営む男から、納屋で白人男性が惨殺されているという通報が入った。現場へ向かったホノルル警察のマグレディ刑事は、惨殺された白人男性と日本人女性を発見し、さらには付近で犯人の一人と思われる男を射殺する。
白人男性の身元がキンメル提督の甥と判明し、マグレディはボール刑事と組んで捜査を開始する。捜査線上に浮かんだのはジョン・スミスと名乗る男で、やがて太平洋上にあるウェーク島でも同様の手口による事件があったこと、スミスが香港に向かったことを突き止める。マグレディはジョン・スミスの後を追うが、時あたかも真珠湾攻撃前夜のことであった……。

娯楽小説としてはまず十分な出来だろう。
主人公の刑事マグレディの生き様を見せるハードボイルドであり、手がかりをもとに殺人犯を追い詰める刑事の活躍を描く警察小説でもあり、太平洋戦争の最中に起こった犯罪を暴く歴史小説・冒険小説・スパイ小説でもある。要はそういった要素をガッツリと詰め込んだエンタメ小説の決定版という感じなのだ。
最大の魅力は、何といってもスケールの大きさと波瀾万丈のストーリーである。ハードボイルドや警察小説だと思って読んでいると、主人公は犯人を追ってハワイからウエーク島を経て香港まで向かうことになる。そこで太平洋戦争が勃発し、その波に飲み込まれた主人公は日本へ送られる。しかもその期間の長さ。原題の Five Decembersは、まさに物語が完結するまでに訪れた12月の回数なのである。
もちろん、ただスケールが大きければいいというものでもないし、期間が長ければいいというわけではない。本作にはしっかりした必然性があり、しかも読者を飽きさせない激動のストーリーがある。一介の刑事がここまで波乱万丈の運命に巻き込まれても、背景が太平洋戦争なのでまったく違和感はなく、文字どおり余談を許さないストーリーが眼前に展開される。
その太平洋戦争であるが、日本人読者としてはどうしても日本の描き方が気になるところである。それは表面的な日本人の描き方やや街の様子だけでなく、ものの考え方、精神面。そして戦争における日米の政治的な立ち位置である。これまでも日本が登場する翻訳小説は多く読んでいるが、やはり戦争が絡むとなかなか厳しいものがあるのは否めない。
ところが本作はそこもかなりの水準でクリアできている。もちろん気になるところもないではないが、著者の出自の影響、多くの取材の結果もあってか、かなり違和感がないレベルだ。政治的な見方もかなり公平にやっており(まあ、そこまで深掘りしていない、あるいは避けていることもあるのだが)、かなり著者も苦心した部分ではないだろうか。
主人公マグレディもいい。
陸軍上がりの刑事でまだキャリアは少ない。しかし、一般の刑事にはない知識や能力でその経験の少なさを埋める。
筋の通らないことには引き下がらないが、ただ突っ張るのではなく、相手の事情や周囲の状況も汲みつつ、自制すべきところは自制する。
寡黙なタイプではないが、かといってやたらと減らず口くちを叩くこともない。
こういったバランスが非常にいい案配なのだ。単純にいえば、成熟した魅力的な男性ということでもある。だから彼の存在や行動そのものが周囲の人物たちにも影響を与えてゆく。そのため普通ならご都合主義で済ませるようなところに、きっちり説得力が生まれてゆく。主人公の魅力は読者に好感を持たれるだけでなく、ストーリー展開にも好影響を与えているのである。そういった主人公と重要キャラクターの良好な関係が、伏線として後々効いていくるわけで、この作者はダイナミックさとこういう繊細さも合わせ持っているところが素晴らしい。
ラストはややロマンティックに過ぎる気もするが、それまでの展開を振り返れば、これもまた良し。本作には続編もあるようで、そちらにも期待したい。