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 R・オースティン・フリーマンの『ソーンダイク博士短篇全集 II 青いスカラベ』を読む。第二巻では後に長篇化された中篇の二作、短篇集『大いなる肖像画の謎』に収録されていたソーンダイク博士もの二作、そして短篇集『ソーンダイク博士の事件簿』を丸ごと収録している。詳しくは以下のとおり。

中篇
31 New Inn「ニュー・イン三十一番地」
The Dead Hand「死者の手」

『大いなる肖像画の謎』
Percival Bland's Proxy「パーシヴァル・ブランドの替玉」
The Missing Mortgage「消えた金融業者」

『ソーンダイク博士の事件簿』
The Case of the White Footprints「白い足跡の事件」
The Blue Scarab「青いスカラベ」
The New Jersey Sphinx「ニュージャージー・スフインクス」
The Touchstone「試金石」
A Fisher of Men「人間をとる漁師」
The Stolen Ingots「盗まれたインゴット」
The Funeral Pyre「火葬の積み薪」

付録
「『ソーンダイク博士の著名事件』まえがき」
「探偵小説の技法」

 ソーンダイク博士短篇全集II青いスカラベ

 『ソーンダイク博士短篇全集 I 歌う骨』の記事でも書いたが、ソーンダイク博士シリーズの特徴といえば、科学捜査とロジックの重視、倒叙ミステリというところだろう。ただ、科学捜査はロジックの根拠になるものだし、倒叙ミステリはロジックの重要さを推し進めた結果、誕生したという経緯もあるので、詰まるところソーンダイク博士ものにおいては、ロジックこそすべてということになるのかもしれない。
 ロジックによる真実の追求こそミステリの真髄。著者もいくつかのコラム等でそのようなことを書いているほどだが、あまりにロジックを重視するあまり、ミステリのセンセーショナルな装飾をかなり嫌っていたのは興味深い。アクションや恋愛興味、ユーモアのような味付け的なものなら、まだわからないでもないが、それがレッド・ヘリングといった要素にまで及ぶのは強烈だ。
 本書収録の「『ソーンダイク博士の著名事件』まえがき」、「探偵小説の技法」にもその一端が示されているが、これが他の作家、さらには読者にまで辛辣な書き方で恐れ入る。
 まあ、どうしても狭量な感じも受けるし、こういった考え方が自作におけるミステリの幅を減じているところはあるのだけれど、この時代にここまで本格探偵小説を意識していたことは何より評価していいだろう。

 ちなみにフリーマンの作品に出来不出来のバラツキが少ないのも、ロジック重視の副次的な効果ともいえるだろう。長編だとどうしても地味な部分が勝ってしまうところもあるが、短編は押し並べて安心して読めるものばかり。ただし、短すぎる作品はロジックの過程を楽しむ部分が犠牲になりがちなので、中篇ぐらいがちょうどいい塩梅なのかもしれない。
 したがって全般的におすすめの一冊ではあるが、強いていえば長めの「ニュー・イン三十一番地」、「死者の手」、倒叙の「パーシヴァル・ブランドの替玉」、「消えた金融業者」、味付けが濃いめの(笑)「ニュージャージー・スフィンクス」、「盗まれたインゴッド」などが気に入った。


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 ゴールデンウィークのような連休、ましてやコロナ禍ともなると、普段は読みにくい厚手の本を消化しようと考えてしまう。そういえば『ソーンダイク博士短篇全集』のII巻、III巻がまだ手付かずだったなと思ったが、II巻に収録されている中篇「ニュー・イン三十一番地」には改稿された長篇版もあって、これが論創海外ミステリから『ニュー・イン三十一番の謎』として刊行されている。
 発表順なら中篇が先だが、個人的にネタが割れてから長いものを読むのは嫌だったので、先に長篇版『ニュー・イン三十一番の謎』から片付けることにした。

 まずはストーリー。代診医として糊口をしのいでいるジャーヴィス。その日の診療もそろそろ終わりという頃、一人の男が主人の手紙を携えて現れた。その手紙によると、自宅に滞在中の友人の容態が良くないということで往診してほしいという。ただし、具体的な名前や住所は聞かないという、奇妙な条件をつけて。
 腑に落ちないジャーヴィスだが、医者の使命を優先し、馬車で迎えにきた男に連れられて往診に向かう。患者を診たジャーヴィスは重度の薬物中毒と判断するが、薬物の存在を否定する友人に対し、ジャーヴィスも自信がもてない。
 判断に迷うジャーヴィスはソーンダイク博士に相談しようとするが、時を同じくしてソーンダイク博士の元には、遺言書にまつわるトラブルを相談すべく依頼人が現れて……。

 ニュー・イン三十一番の謎

 本作は『赤い拇指紋』、『オシリスの眼』に継ぐソーンダイク博士ものの長篇第三作。もともと物語性よりもロジックに比重を置く作風ではあるが、本作は初期作品ということもあってか、とりわけストーリーの盛り上げに難点を感じる。
 ジャーヴィスが事件に巻き込まれる導入はサスペンスを高めるし、これに遺言書の事件がどう絡むかということで、骨格としては悪くないのである。しかし、二つの事件の関係がかなり予想しやすいということも影響してか、ストーリーの伸びはいまひとつ。
 特にジャーヴィスは、狂言回しであるのは理解できるけれど、あまりに推理力がお粗末に描かれており(おそらく読者よりもかなり落ちる)、それが物語のテンポをより悪くしている。

 とはいえオースティン・フリーマンの作品にストーリー性を求める方が間違いであるのも事実(極論ですが)。楽しむべきは、推理がどのようにロジカルに展開していくかである。そういう意味では大きな疵もなく、むしろ非常にしっかりした構成で、ラストの謎解きも見事。クラシックミステリの味わいは十分楽しめる作品だ。

 ちなみに本作はソーンダイク博士ものの長篇第三作ではあるが、ストーリーとしては『赤い拇指紋』と『オシリスの眼』の間にくる事件のようだ。『赤い拇指紋』で出会ったソーンダイク博士とジャーヴィスが、どのようにコンビを結成するに至ったか、本作ではその様子が随所に描かれていて興味深い。ジャーヴィスに対してソーンダイク博士が意外なほど世話を焼いているのが微笑ましい。これで萌える人もいるんだろうなぁ。


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 一日一篇ぐらいにペースでボチボチ読んできたR・オースティン・フリーマンの『ソーンダイク博士短篇全集I 歌う骨』を読み終えた。
 もう最初に書いておくが、これは面白い。ホームズのライヴァルと呼ばれる名探偵は決して少なくないが、やはりその筆頭はソーンダイク博士ものに尽きるだろう。
 ここ二十年ほどでソーンダイク博士の物語はかなり紹介が進み、ずいぶん再評価もされてきたように思うが、こうして短篇を発表された順番にまとめて読むと、また印象が新たになる。

 ソーンダイク博士短篇全集I歌う骨

John Thorndyke's Cases『ジョン・ソーンダイクの事件記録』
The Man with the Nailed Shoes「鋲底靴の男」
The Stranger's Latchkey「よそ者の鍵」
The Anthropologist at Large「博識な人類学者」
The Blue Sequin「青いスパンコール」
The Moabite Cipher「モアブ語の暗号」
The Mandarin's Pearl「清の高官の真珠」
The Aluminium Daggar「アルミニウムの短剣」
A Message from the Deep Sea「深海からのメッセージ」

The Singing Bone『歌う骨』
The Case of Oscar Brodski「オスカー・ブロドスキー事件」
A Case of Premeditation「練り上げた事前計画」
The Echo of a Mutiny「船上犯罪の因果」
A Wastrel's Romance「ろくでなしのロマンス」
The Old Lag「前科者」

 収録作は以上。ソーンダイク博士ものの中短篇は四十二作あり、それらを三分冊で編集したものが『ソーンダイク博士短篇全集』であり、本書はその第一巻となる。元々のソーンダイクものを含む短篇集は六冊あり、本書では第一短篇集の『ジョン・ソーンダイクの事件記録』、第二短篇集の『歌う骨』の二冊を丸々収録しているということで、今後もおそらく二冊ずつまとめる形がベースになるのだろう。
 作りとしては初出誌のイラストを可能な限り収録し、単行本と雑誌版の差も説明するという徹底ぶりで解説も充実。まさに「決定版」の名に恥じない一冊である。

 しかし、あらためて思うことだが、長篇にしろ短篇集にしろ、やはり刊行順なり発表順に読むというのはけっこう大切なことだ。作風の変化や作者の技術的な成長、意識の変化など、当たり前だが一番しっかりと理解できる。海外作家の場合、売れる売れないの理由があって代表作から発売されることも多いし、必ずしも発表順に読めるとはかぎらない。そもそも一作家の全作が翻訳されること自体が珍しいので、百年前に書かれたミステリのシリーズの全短篇が、令和のいま、順番に読めるようになるというのは画期的なことだろう(これは作品社から出た「思考機械」や「隅の老人」シリーズも同様)。

 もちろん画期的とはいえ、それも作品の面白さや価値があってこそ。R・オースティン・フリーマンのソーンダイク博士シリーズはいま読んでも十分に面白いのである。
 その魅力のひとつは、いうまでもなく科学的捜査を推理のベースとして導入したことだ。ひと頃はかえってそれが経年劣化を招くと誤解され、紹介が遅れる一因になったと思われる節もあるのだが、これがそもそもの間違い。確かにそういう一面もあるのは否定できないし、実際にそういう作品もあるだろう。
 だが、そういう欠点を含みつつも、科学的な捜査を基盤にすることで、ミステリにおける論理展開の重要性をより明確に打ち出した功績は大きい。これはソーンダイク博士もののもう一つの魅力である“ロジック重視”にも通じるもので、物事が論理的に解明されることの気持ちよさ、恐怖を論理が鎮めるというミステリの本質にもつながるものだ。
 第一短篇集『ジョン・ソーンダイクの事件記録』分に収録された作品は、そういう著者の意識がはっきり出た作品ばかりで、この点で他の同時代のミステリとは一線を画しているのがよくわかる。あらためて読むと思った以上に出来のムラが少ないのも感心する。
 科学捜査の手段が古くなるのは仕方ない。ただし、古いなりにも科学的捜査によって手がかりが見つかり、論理的に謎が解き明かされていくのであれば、ミステリの本質的な楽しみとしてはいささかの不足もないのではないか。

 ホームズの対抗馬として登場したソーンダイク博士は、科学的捜査をフィーチャーしたことで頭ひとつ抜けだしたが、もうひとつ大きなポイントがある。それがご存知、倒叙ミステリの発明である。
 推理する過程、捜査する過程の面白さをさらに押し進めた結果として生まれたような技法だが、第二短篇集『歌う骨』でそれが一気に花開く。犯人や犯行方法は最初からわかってしまうけれども、探偵がどうやって犯行の綻びに気づくか、どうやって切り崩していくのか、新たなサプライズや知的興味を生んだことは特筆に値するし、さらに犯人と探偵の対決という構図で演出できることなど、従来の本格ミステリとは異なる面白さを生み出した点も実に素晴らしい。
 こうしてみるとフリーマンはコナン・ドイルに負けないぐらい、ミステリというジャンルに貢献しており、その点はもっと評価されていいはずだ。

 ということで大満足の一冊。海外クラシックミステリのファンが必携なのは当然としても、この魅力や面白さがホームズ並とはいわないけれど、もう少し一般のミステリファンにも広がればいいのだが。


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 湘南探偵倶楽部さんが復刻している「知られざる短篇」シリーズからオースティン・フリーマンの『盗まれた金塊』を読む。かつて改造社が刊行した『世界大衆文学全集60 ソーンダイク博士』に収録された短編で、現状ではそこそこレアな一作。とはいえ国書刊行会から『ソーンダイク博士短編全集』が出れば新訳で読めるのだから、これで無理に読む必要はないのだけれど、まあ、当時の翻訳の雰囲気も気になって読んでみた次第。

 盗まれた金塊

 ソーンダイク博士のもとに保険会社の重役が訪ねてきた。アフリカの採金会社から英国の宝石会社ミントン・ボウエル商会に送られた金塊の詰められた箱の中身が、いつのまにか鉛管にすり替わっていたのだという。金塊の箱は港から汽車に積まれたが、直行便がないため、ある小さな駅で積み替えのため一時保管していたとのこと。警察の話では、その駅ですり替えが行われたということだが……。

 事件そのものにそれほど面白みはなく、トリックも今となってはさすがに古臭いけれど、それを見破るソーンダイク博士の着眼点がよく、そこからの推理もいつもどおり論理的、科学的で本格の楽しさは満喫できる。ソーンダイクが冒頭で「人の話には主観が入るから、それを鵜呑みにしてはいけない。事実をしっかり量ることが大切だ」というような意味のことを言うのだけれど、まさにそれを実践した内容である。途中で船による追跡劇もあり、これもただの味つけに終わらせていなのが心憎い。
 ちなみにトリックが古臭いと書いたけれど、これ、子供向けの推理クイズとかでよく使われたネタであり、その先鞭をつけたというのであれば、むしろ、さすがオースティン・フリーマンというべきであろう。まあ、確かめたわけではないので、本作が二番煎じの可能性もあるけれど(笑)。

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 R・オースティン・フリーマンの『キャッツ・アイ』を読む。ソーンダイク博士シリーズの長編としては六作目にあたる。かつてROM叢書で同人版として訳出されたものが、全面的に改訳され、ちくま文庫版として刊行されたものである。

 まずはストーリー。弁護士のアンスティが帰宅中のこと、助けを求める若い女性ウィニーの声が闇夜に響き渡った。急いで駆けつけたアンスティの目前には、激しく争う男女の姿があった。男は逃走するが、女性は腹部をナイフで刺されており、アンスティは彼女を近くの屋敷に運び入れる。ところがその屋敷でも主人が殺害されており、どうやら同一人物による強盗の犯行と思われた。だが、被害者の弟ドレイトンは納得せず、捜査をソーンダイク博士に依頼する。

 キャッツ・アイ

 ソーンダイク博士シリーズといえば、鑑識や指紋といった当時としては目新しい科学的捜査を盛り込んだこと、また倒叙という形式を生み出したことなど、特に注目すべき点がいくつかあるのだが、結局はロジカルな興味をきちんと満たした本格探偵小説であることが最大の特徴といえるのではないか。
 ソーンダイク博士ものはこの二十年ぐらいで十作近くの長編が訳されており、なかには地味なストーリーだったり、やや冗長な場合もあったり、あるいは科学知識を多用したがために今読むとかえって古く感じるなどの欠点もある。管理人もソーンダイクものの長編を読み始めた頃にはそういう印象をもったこともあったのだが、今はむしろそういう部分はあまり気にならない。先にあげたようにソーンダイク博士ものの魅力は、いずれの作品においてもロジカルな興味を最優先としたところにあり、だからこそ派手さはなくても良い本格探偵小説を読んだという気持ちにさせてくれるのだ。

 本作でもお得意の指紋に足跡や毛髪の謎、たびたび姿を見せる怪しい人物の正体、暗号など、とにかく様々な手がかりやギミックが出てくるのだが、これらがラストの謎解きにおいてきれいにつながるところは、まさに本格探偵小説の醍醐味である。
 加えて本作では、新聞連載ということもあってかストーリーもいつになく躍動しており、語り手のアンスティやヒロイン格のウィニーがアクションパート&サスペンスパートをしっかり盛り上げるなど、読み物としても十分に楽しいものになっている。ともすると人間味のなさを指摘されるソーンダイク博士だが、著者としては別に主人公格のキャラクターを置くことで全体にバランスをとったのではなかろうか。

 とりあえずこれまで出たソーンダイク博士シリーズのなかでは文句なく上位にくる作品。翻訳ミステリやクラシックをなんとなく敬遠している人にも、ぜひ試してもらいたい一作である。
 なお、訳者の渕上痩平氏はSNS等でソーンダイク博士ものの短編全集?を匂わせるような発言もしており、これもぜひ実現してほしいものだ。


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 R・オースティン・フリーマンの『オシリスの眼』を読む。数多いシャーロック・ホームズのライバルとしては文句なしにトップグループの一人だが、その割には紹介が進まなかったフリーマン。この十年ほどでようやくいくつか翻訳は進み、最近はじわじわと再評価の機運も高まっている(気がする)のは嬉しいかぎりである。
 本作はそんなフリーマンの1911年の作品。探偵役はもちろんソーンダイク博士である。

 こんな話。エジプト学者のベリンガム氏が不可解な状況で姿を消すという事件が起こる。その真相が闇に包まれたまま二年が過ぎたころ、関係者に相続問題が持ち上がる。時を同じくして各地でバラバラになった人骨が発見され、その人骨がベリンガムではないかと推測されたが……。

 オシリスの眼

 おお、なかなかの出来ではないか。まずはフリーマンの持ち味が十分に発揮された一作といってよいだろう。
 その魅力については本書の「訳者あとがき」でもたっぷり書かれているとおり。著者は奇をてらうトリックとか読者の裏をかくとか、そういうことにはあまり興味がなかったようで、もちろん結果的にそういうことになればなお良しだったとは思うのだけれど、著者の考えるミステリはまず論理ありき。謎が科学的かつ論理的に解明されることこそ、著者の考えるミステリの重要な要件だったのだ。
 本作のラスト、ソーンダイク博士の謎解きではそれが最大限に活かされており、まさに圧巻。本書中でも最大の見せ場である。
 また、奇をてらうトリックに興味がなかった云々とは書いたけれど、本作のメイントリックにはなかなか面白い趣向が凝らされており、他の作品に比べると大きなアドヴァンテージにもなっている。

 ただ、個人的には悪くないと思ってはいるが、それだけに作風の地味さ、ストーリーの起伏の少なさがつくづく惜しい。フリーマンの作品全般にいえることではあるのだが、意外性やサプライズまでは求めないにしても、もう少し読者のウケを意識しても良かったのかなと思う。
 本作でも序盤は悪くないけれど、そのあとが非常にゆったりしたテンポになってしまい、物語が動き始めるのは全ページの半分も過ぎたところである。それまでは物語の背景の地固めみたいな感じで、ここに文学的香りを感じる向きもあるようだが、ううむ、そこまでのものかな。語り手のロマンスを味付けにしているから、著者もサービス精神がないわけではないのだろうけれど。

 まあ、その点さえ目をつぶれば、先に挙げたようにフリーマンの持ち味は十分に発揮されており、ケレン味のない手堅い本格探偵小説といえるだろう。クラシックミステリのファンならやはり読んでおきたい。


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 長崎出版のGem Collectionから久々に読み残しを消化。ものはR・オースティン・フリーマンの『猿の肖像』。

 こんな話。ある夜、診療に出かけたオールドフィールド医師は、帰り道で瀕死の警官を発見する。付近で起こった宝石泥棒の犯人に殴打されたらしいが、事件は未解決のまま、いつしかオールドフィールドも事件のことを忘れていった。
 そんなる日、オールドフィールドは原因不明の腹痛に悩む陶工のピーター・ガネットを診療する。処方の効き目もなく、困ったオールドフィールドは恩師であるソーンダイク博士へ相談する。ソーンダイクは病状からそれが砒素中毒であると見抜き、ガネットは命をとりとめるが……。

 猿の肖像

 いかにもオースティン・フリーマンらしい、実にオーソドックスな本格ミステリ。相変わらず地味ではあるが、結末に至るまでの組み立て、あるいは伏線といったものがきちんとまとまっており、真っ当な本格探偵小説を書くんだというフリーマンの意志がしっかり伝わってくる。
 いかんせん注目すべきトリックなどがなく、それほど複雑な話でもないので、ラストはかなり想像がつきやすい。これが書かれたのが1938年だが、その当時にあってもサプライズの乏しさはやや苦しいものがあるだろう。
 ただ、繰り返しになるが、本格ミステリとしては非常にまとまっており、好感の持てる作品である。浮世の煩わしさから離れ、しばしクラシックの雰囲気に浸りたい向きにはおすすめではなかろうか。
 
 味付けの部分ではあるが、当時、流行していた新しい芸術運動とか陶芸についての蘊蓄や描写が思いのほか多いのは興味深い。フリーマン自身はそういった新しい波に否定的だったのだろうなというのが、文章の端々から感じられ、ちょっと面白かった。
 ちなみにタイトルの"猿の肖像"というのは、作中に出てくる陶器の置物のこと。実際どんなものかはわからないが、以前に読んだジェフリー・ディーヴァーの『石の猿』のジャケット絵のインパクトがあったせいで、読んでいる間、ついつい脳内変換されて困った(苦笑)。


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 オースティン・フリーマンの『ポッターマック氏の失策』を読む。ミステリに倒叙ものや科学捜査を多く取り入れ、その方面のパイオニアとしても知られる著者の代表作である。まずはストーリーから。

 無実の罪を着せられて投獄された男がいた。しかし彼は刑務所を脱走してアメリカに渡り、偽りの人生ながらなんとか成功を収めることができる。だが男は不安を覚えながらもイギリスに戻ってきた。そこで人生の最終章を全うしなければならない大きな理由があったのだ。
 男はポッターマックと名を変え、当初の生活は順調に思えた。しかし、ポッターマックの素性に気付いた元同僚のルーソンが現れたことで、歯車が狂い始める。ルーソンはポッターマックを恐喝しはじめ、それが永遠に続くと思われたとき、ポッターマックはある計画を実行に移す……。

 ポッターマック氏の失策

 倒叙ものについては、鮎川哲也『崩れた偽装』の感想でも少し書いたのだが、ノンシリーズにおいては犯人の動機やサスペンスに主眼が置かれ、どうしても本格寄りではなく犯罪小説のようになってしまうものも少なくない。
 しかしシリーズ探偵が登場するものについては、犯人と探偵の対決が大きな見どころとなる。犯人の企てを探偵はどのように切り崩していくのか。この辺は本格の裏返しともいえるのだが、パズル性がなかなか強く、加えて対決要素が強調されるのでストーリーの盛り上がりにも貢献し、いいこと尽くめなのである。まあ、作者の苦労はそれだけ多そうだが。

 本作を読んで驚いたのは、これがなかなかのレベルで成功していること。
 犯人にかなり比重を置いた構成ではあるけれど、ソーンダイクと犯人の側を交互に描いてきっちり対決ムードを作る。そのくせ犯人はしょせんアマチュアなので、ときには失敗、ときには思いつきで行動したりして、これがサスペンスの盛り上げにも一役買っているという構図はお見事。サスペンスという観点でいえば、読者が犯人に感情移入できるよう同情的な設定にしてあるので、より効果的である。
 ソーンダイクの科学捜査も(さすがに時代を感じさせはするが)ポイントがはっきりしていて、特に事件に関与するきっかけになる事柄への目のつけ方が巧い。
 倒叙といえば今では「刑事コロンボ」の方がよほど有名だろうが、本書の時点で(本書の発表は1930年)、既に倒叙は完成していたといっても過言ではないだろう。

 とにかく予想以上に楽しめた。驚かせるような要素はそれほどないが、倒叙ものの面白さは十分に満喫。今まで読んだソーンダイク博士もののなかではトップかも。


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 GW真っ只中ではあるが、本日は会社の引っ越しである。もちろん概ねは業者にお任せなので、IT担当や総務はともかく、それほど自分たちでやることはない。とはいえ一応は立ち会いや確認などを行わなければならず、出社してあれやこれや。

 ちなみにGWは神保町も静かなのかと思いきや、意外に人出が多いのには驚いた。休んでいる古書店もそこそこあるようだが、こんなときでないと神保町に来れない人も多いからなのか。それとも他に何か見るべきところでもあるのか。神保町で働くようになってもう十年以上になるが、まだまだ謎は多い。

 ペンローズ失踪事件

 読了本はR・オースティン・フリーマンの『ペンローズ失踪事件』。科学捜査の先鞭をつけたソーンダイク博士ものの一編である。
 骨董品のコレクター、ペンローズ氏が行方不明になるという事件が起きた。自動車事故で老婦人をはね、その後に病院から姿を消したらしいことまではわかったが、その後は行方しれず。時を同じくしてペンローズ氏の父親が死亡したことから、遺産の相続問題が発生。果たしてペンローズ失踪の裏には何があったのか? ソーンダイク博士が得意の科学知識を武器に捜査に乗り出すが……。

 ソーンダイク博士といえば、数多登場した同時代のホームズのライヴァルとしては、知名度・実力ともにトップクラス。しかしながら邦訳された作品を眺めると、短篇はよいとしても長篇がいまいち。科学捜査を基にした論理的な推理は、本格探偵小説の条件を満たしてはいるものの、魅力的な探偵小説の条件を満たしているとは言い難い。要はトリックやケレンなど、読者をアッと言わせる要素が少ないのが難点なのだ。
 本作でも気になるのは当然その点だったのだが……これがまた微妙な作品。
 ラストのソーンダイクの謎解きを読んでもわかるとおり、本格としてのツボはきっちりと突いており、なかなか悪くない。また、導入章のペンローズ登場の部分などは、キャラクターの個性も相まって、これから何が起こるのかといった期待を抱かせる魅力をもっている。
 その一方でストーリーの単調さ(特に中盤)や仕掛けの地味さはいつもどおり。ホームズのライヴァルとはいえ、本書の発表年は1936年。ヴァン・ダインやクイーン、クリスティなどが既に代表作をいくつも書き上げている黄金時代に突入しており、もう少し何とかできなかったのかとも思うわけである。
 結局、オースティン・フリーマンの作品は、常にこの長所と短所のバランスが評価の分かれ目になる気がする。本書の場合はほぼボーダーラインで、正直、いま読むべき必要性はほとんど感じられない。ただし本格の香りはそれなりに濃厚なので、個人的にはまずまず満足しているし、クラシックがとにかく好き、という人であればそれほど失望することもないはず。逆にいうと、クラシックに興味がない人は読んでいても辛かろうな。

 なお、最後に翻訳で気になった点をひとつ。登場人物のひとりにミラーというスコットランド・ヤードの警視がいるのだが、これがソーンダイクに向かって「おまえ」呼ばわりするのは違和感バリバリで困った。いくらなんでも警察に何度も協力している関係者に向かって、警視ともあろうものがそんな無礼な口のきき方はしないだろう。訳者はこれが粋な翻訳だとでも思ったかね?


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 四月一日の土曜日はすこぶる快晴。本日も仕事のはずだったが、前日になんとか片をつけることができ、本日は朝早くから起き出して昭和記念公園へ花見。凄い人出だったが、早めに起きたのが幸いして駐車場待ちにも巻き込まれず、良い場所でゆっくり桜を愛でつつ酒を飲む。とにかく最高の陽気でいい昼寝もできました。

 読了本はオースティン・フリーマンの『証拠は眠る』。妻の外出中に夫が病死し、悲しみにくれる未亡人。だがやがて夫の死は砒素による殺人と判明する。未亡人の幼なじみルパートは友人のソーンダイク博士に真相の解明を依頼するが……。

 ソーンダイク博士ならではの科学的捜査が実に個性的で、それが本書の見せ場であるといってよい。とりわけ本書の発表が1928年ということを考えれば、いっそうの驚きを禁じえない。だが、いかんせんそれ以外の要素が厳しい。意外性に欠ける犯人、ほとんど動きのないストーリー、ラストの盛り上がりの欠如などなど。本作はソーンダイクものの最高傑作とも呼ばれる作品らしいのだが、ううむ、これまでほとんどの長篇が訳されなかった理由もわかるというものだ。
 だが、こうした復刊は作品の出来にかかわらず望むところ。できればソーンダイクものの残りの未訳作品もすべて翻訳してもらいたいものだが、さすがにこの水準では無理か。


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