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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

ハル・クレメント『一千億の針』(創元SF文庫)

 ハル・クレメントの『20億の針』の続編、『一千億の針』を読む。
 地球に飛来したゼリー状の二人の異星人。一人は犯罪者の“ホシ”、もう一人はそれを追う捜査官“捕り手”である。彼らは宿主に寄生しなくては生きることができず、“捕り手”は地球人の少年、バブ・キンネアドに寄生し、バブと協力して“ホシ”を追いつめてゆく、というのが前作のストーリー。
 本作では、“ホシ”を片づけた“捕り手”とバブのその後の姿を描いている。

 一千億の針

 “ホシ”を倒してから七年後。不時着時に宇宙船が壊れ、故郷に帰ることのできなくなった“捕り手”はバブとの共生生活を送っていた。ところが次第にバブの体調が悪化し、“捕り手”の力でも回復が難しく、治療には“捕り手”の母星に連絡をとるしかないという。そこで彼らが思いついたのは、かつて“ホシ”が乗ってきた宇宙船を見つけ出すことだった……。

 本作は前作から三十年近く経ってから書かれた続編だという。著者にいったいどういう思惑があったのかはわからないが、果たしてその必要性があったのかどうか。
 管理人はSFものではないけれども、前作はSFミステリという観点から非常に楽しめる作品だったし、SF的にも異星人との共生テーマの先駆けということで高く評価されていたと思うのだが、本作にはそういったキモとなる部分が弱かったように思う。
 また、前作はあくまでバブと“捕り手”のコンビによる“ホシ”探しがメインストーリーだったけれど、本作ではストーリーの柱は宇宙船探し、しかも協力者が必要だとのことでメインキャラクターが増え、いわゆチームプレーになってしまって、緊張感が薄まってしまったことも挙げられるだろう。バブも活躍というには程遠い始末だ(体調が悪いという理由はあるのだけれど)。

 ただ、魅力的なキャラクターが新たに登場したり、ストーリー自体はいろいろと工夫されているので、読んでいる間、退屈するようなことはない。
 宇宙船探しと並行してバブたちの周囲に不可解な事故が起こり、バブたちの行動が妨害されるという展開も悪くない。もしかすると“ホシ”はまだ誰かに寄生しているのでは、という疑惑がサスペンスを高めてくれるわけだ。
 おまけにラストでは、“捕り手”が名探偵ばりに、皆を集めて「真相」を解明するという演出まで見せてくれる。

 前作ほどのインパクトはない。しかし、ともすればロジカルな部分に比重がかかり過ぎていた前作なので、もしかするとこういうストーリー重視の作品にして、きっちりとシリーズのカタをつけたかったのか。著者が長年の忘れ物をとりに戻った、そういう作品なのかもしれない。


ハル・クレメント『20億の針』(創元推理文庫)

 これまであまり読んでこなかったSFミステリを読んでみようという個人的企画だが、元々は未読の異色ミステリを少し攫ってみようかと思ったのがきっかけである。それで異色ミステリのリストを作ったりしているうち、どうやらSFミステリというジャンルが手薄かなと感じ、じゃあまずはSFミステリから潰していこうと考えた次第である。
 だから並行して異色ミステリ(これも考えると大雑把な括りではあるのだが)も少しずつ消化するつもりなのだが、あまりこういうテーマを作りすぎると、どうにも宿題のようになってしまって精神衛生上はあまりよろしくない(苦笑)。SFミステリや異色ミステリ以外にもカー読破計画、ロスマク読破計画という長年の宿題があるし、それ以外に昭和ミステリ、戦前探偵小説ももっと読みたい。もちろん海外クラシックも読みたいが、そういえば論創社の国内海外両シリーズも随分溜まっている。いや普通に話題の新刊だって追いかけたいんだよなあ。ううむ、優先項目が多すぎるぞ。

 どうでもいい枕はこのぐらいにして、本日の読了本はSFミステリ企画の第一弾、ハル・クレメントの『20億の針』。SFミステリというより、異生物テーマの古典として有名な作品である。子供の頃に児童書で読んだことはあるけれど、きちんと読むのはこれが初めてである。

 20億の針

 こんな話。南太平洋上に二隻の宇宙船が墜落した。一隻には“捕り手”が、もう一隻には“ホシ”が搭乗しており、彼らは遠い星から、逃走と追跡の果てに、地球に不時着したのだ。
 彼らは地球の人間と大きく異なる存在だった。優れた知性を持ちながら、体は半透明のゼリー状、しかも他の生命体に寄生しなければ長くは生きていけないのである。やがて“捕り手は聡明な少年の体に寄生し、“ホシ”を探そうとするが……。

 いやあ、当時も面白く読んだ記憶はあるが、今読んでも十分に面白い。異星人が人間に寄生して追跡劇を繰り広げるという設定は、今では『寄生獣』や『ヒドゥン』、『ウルトラマン』といったSFドラマや漫画でもお馴染みだが、本作はいわばそういうジャンルの元祖である。その後の作家にも大きな影響を与えていただけあり、さすがの読み応えである。

 ただ子供の頃とは、面白く感じる部分がずいぶん変わったのも確か。当時はどちらかというと誰が異星人に寄生されているとか、どうやって捕まえるとか、それこそストーリーやミステリ的な興味が先だったように思う。
 しかし、今回読んで特に面白く感じたのは、“捕り手”がどうやって地球に対応していくか、どうやって宿主と協力関係を築いていくかという部分であり、それこそSFとしての科学考証の部分。“捕り手”が状況を分析し、課題をあげ、その対応策を論理的に考えていく過程がスリリングで、これはこれで探偵がロジックを組み立てていくのと似たような面白さがあった。

 そして中盤からのメインストーリー、すなわち「犯人探し」=「異星人に寄生されている者は誰か」では、これまで与えられた異星人の生態に関する情報、登場人物たちの情報などに沿って推理が進められる。
 ストーリー的にはサスペンスを高める流れになるはずなのだが、実はこの辺りで逆にストーリーが停滞するのが惜しまれる。後の『寄生獣』や『ヒドゥン』では、ここから敵役が暴れたり、主人公に危機が迫るなどして盛り上げるところだが、本作の“ホシ”は暴れるどころか常に隠匿状態。比較的静かなままラストまで犯人探しが進められていく。時代のせいもあるだろうが、現代の同ジャンル作品と比べれば実におとなしい。せめて“捕り手”と“ホシ”の対決をもう少し描くなりすればよかったのではないかな。
 まあ、それでも“ホシ”を特定するあたりからのクライマックスは盛り上がるし、全体では十分に満足できる一作である。

 なお、管理人が読んだのは創元推理文庫の旧版で、当たり前ではあるが訳が少々古くて気になるところは多かった。特に少年と“捕り手”が“ホシ”のことを「そやつ」と呼んだり、ボブが「バブ」になっていたり、そもそも“捕り手”と“ホシ”という表現も個人的にはちょっと恥ずかしい感じである(笑)。現在では創元SF文庫版で新訳が出ているはずなので、もしこれから読もうという人は、そちらの方がおすすめだろう。
 ただAmazonで確認すると現在は品切れのようで、古書も微妙な高値で困ったものである。まあ新版は発売日からまだ数年というところなので、焦らず探せば安価でも見つかるのではないだろうか。というか古典の名作なんだから、東京創元社さんは重版しようよ。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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