国産のSFミステリは意外と少ない。いわゆる特殊設定ミステリは多いのだけれど、どちらかというと著者の考えたアイデアを実行するための場として設定したようなものが中心で、広義のSFミステリには分類可能だとしても、純粋なSFミステリとは言い難いものが多いように感じるのだ。
個人的に考える純粋なSFミステリは、やはりアシモフの『鋼鉄都市』のような、SFとして徹底的に作り込んだ世界とルールを構築しつつ、謎解きを物語の興味の中心に据えたもので、SFではあるのだが本格ミステリとして通用するものである。そういう意味ではSFミステリと特殊設定ミステリというのは、分けて考えた方がよい気もする(これも「SFミステリとは?」改修に向けての宿題である)。
念のために書いておくと、これはジャンルの概念として区別する必要を感じるだけの話で、どちらが面白いとか、ましてやどちらが上だとかではもちろんない。

本日の読了本は、そんな国産のSFミステリから谷甲州の『高度36,000キロの墜死』。
軌道救難隊の警備艇が緊急ランデブーの訓練を行っていたときのこと。レーダーが高度500キロのあたりを浮遊している物体を捉えた。徐々に物体に近づき、光学望遠鏡でその正体を確認した艇長は絶句した。それは黒焦げになった宇宙服姿の死体だったのだ。
同じ頃、地球周廻軌道都市サイナス市の保安部に、サイナス・インストルメンツ社の衛星実験室で研究員が死んでいるという通報が入った。広沢部長は現場にダグと新入りのエレンを向かわせるが、その直後、局長からサイナス社での捜査を中止しろと指示がくだる。広沢はその指示を突っぱねるのだが……。
ううむ、ちょっと当てが外れたかな。
導入はかなり魅力的だ。宇宙空間の軌道上を漂う変死体。さらにはサイナス社の衛星実験室で発見された死体も無重力状態での墜落死ではないかと思われ、オッこれは不可能犯罪ものを扱ったガチガチの本格ミステリかと、のっけから引き込まれる。
ところがその後が問題だ。冒頭の無重力状態での墜落死にしても、あっという間に謎が解かれてしまうし、物語が進むにしたがって本格臭はどんどん薄れ、ストーリーの意外性もほとんどない。それと反比例して活発になるのがアクションやスリルの部分。終わってみれば、印象はミステリとはやや離れ、捜査チームのキャラクターとアクションで見せるエンタメ小説に近い。もちろん、それが悪いというわけではないが、なんというか題名に誤誘導されて肩透かしをくらった感じ。勝手に勘違いしたこちらが悪いのだろうけれど。
ただ、作品の名誉のために書いておくと、決してつまらないわけではない。
キャラクター造形は生き生きとしているし、掛け合いも面白い。一見ダメっぽい連中が実は凄腕という点なども、読者のニーズをよく心得ている。そういうノリも含めて実はやや古い感じも否めないけれども、エンタメ小説としての完成度はなかなか高い。
なのでガチのSFミステリを望みさえしなければ、割と普通に楽しめる一作ではある。
なお、「あとがき」で著者がSFミステリについていろいろと考察していながら、結局は本格SFミステリが難しく、ハードボイルドやドタバタを混ぜた結果「よくわからないものになった」と書いているのだが、謙遜もあると思うけれど、正直こんな言い訳めいた文章は不要だったと思う。