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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

ゾラン・ジフコヴィッチ『ゾラン・ジフコヴィッチの不思議な物語』(黒田藩プレス)

 ゾラン・ジヴコヴィッチの短篇集『ゾラン・ジフコヴィッチの不思議な物語』を読む。本書は日本で最初に編まれた短篇集で、表記が「ジフコヴィッチ」となっているが、今ではジヴコヴィッチの方が一般的だろうから、本文中ではこちらを使用する。
 収録作は以下のとおり。

「ティーショップ」
「火事」
「換気口」

 ゾラン・ジフコヴィッチの不思議な物語

 多少は長めの短篇とはいえ、わずか三作、しかも「ティーショップ」は東京創元社の『12人の蒐集家/ティーショップ』で既読なのでであっという間に読めてしまったが、満足度は高い。
 「火事」は、倦怠期に入った妻が不思議な夢を見て、それが現実とアンバランスにリンクするいう一席。演奏会が行われている神殿の火事という、夢の描写に力が入っており、それが妻の日常とどう溶け合うかがミソ。
 「換気口」は、精神病院で拘束されている女性患者と医師が面談をする話。女性は交通事故が元で未来が見えるようになり、明日には自分が死んでいるという。拘束されている彼女が自殺できるはずもないと医師は信用しないが……。ミステリファンゆえついついミステリっぽく読んでしまうのは悪いクセだが、もちろんそこがテーマではない。運命論を通じて、未来ではなく、むしろ現実の在りようを嘆いているようにも思える。

 著者の短編集を三冊読んで、ようやくイメージというかの作風が少しは掴めた気がする。幻想小説的ではあるが徹底的にファンタジー然というような内容ではなく、むしろ現実世界を舞台に描いた作品が多い。現実の生活に幻想的、抽象的な要素が入り込み、もはや現実と空想の境界がなくなって、その結果として改めて現実の痛ましい世界を考えさせる物語といったらよいだろうか。
 だから一応、幻想小説としても読めるけれど、幻想小説などの手法を用いた純文学寄りなのかもしれない。どちらにしても内容としては比較的わかりやすいし、何より面白い物語にまとめているので、今後も継続的に紹介が進んでほしい作家だ。


ゾラン・ジヴコヴィッチ『12人の蒐集家/ティーショップ』(東京創元社)

 セルビアの幻想文学系作家、ゾラン・ジヴコヴィチの『12人の蒐集家/ティーショップ』を読む。連作短篇集の「12人の蒐集家」と中篇「ティーショップ」のカップリングである。
 本書については、しばらく前に読んだ『図書館』が面白かったので取り寄せたのだが、考えると『12人の蒐集家/ティーショップ』の方が全然早く出ているので(2015年だからもう八年前になる)、これを当時見落としていたのは不覚であった。まあ、さらにその五年前の2010年に黒田藩プレスから『ゾラン・ジフコヴィッチの不思議な物語』が出ているのだけれど(苦笑)。こちらも早く買っておかないとなあ。

 12人の蒐集家/ティーショップ

 「12人の蒐集家」は蒐集家をテーマにした連作短篇集で、タイトルどおり12人の蒐集家が順番に登場する。その蒐集対象が奇妙なものばかりで、そんな蒐集家の変人ぶりを楽しむ……。
 ……と言いたいところだが、まあそういう話もあるけれど、それよりも面白いのは蒐集家と取引する人物とのやり取り。言い換えると蒐集家と蒐集される者のやり取りが面白いのである。さらにいうと蒐集される側から描いた物語の方がより面白い。そこには著者のシニカルな視点があるのだが、それを上回るユーモラスな語り口、意外なほどカラッとした明るさがある。『図書館』でも感じたことだが、ブラックなのに口当たりがよいという、なかなかレアなタイプの作家である。
 なお、各短篇はどれから読んでも問題ないが、ラストの「コレクションズ」だけは最後に読まれる方がよいだろう。

 「ティーショップ」は旅行中の婦人が主人公。乗り換えまでの待ち時間が二時間もあるため、駅前のティーショップで時間を潰そうとする。するとメニューには何やら見慣れない名前のお茶ばかり。彼女はその中から「物語のお茶」を注文するが……。
 ゾランさん流の『千夜一夜物語』か、短いけれど。趣向が面白いし、読んだ後にほっこりできる傑作。こういうのを読まされると、当初のシニカルとか奇妙な味とかのイメージは微妙に違うんではないかと思えてくる。まあ、どちらにしてもいい作家であることは間違いないので、盛林堂ミステリアス文庫の《ゾラン・ジヴコヴィチ ファンタスチカ》にも期待したいところである。


ゾラン・ジヴコヴィチ『図書館』(盛林堂ミステリアス文庫)

 盛林堂ミステリアス文庫で新たなシリーズとして《ゾラン・ジヴコヴィチ ファンタスチカ》がスタートした。本日の読了本はその第一弾、『図書館』である。
 ゾラン・ジヴコヴィチはセルビアの幻想文学系の作家で、盛林堂ミステリアス文庫としては珍しいラインナップだろう。ただ、そこまでマイナー作家というわけではなく、我が国でも古くは『SFマガジン』にいくつかの作品が掲載されているし、近年では黒田藩プレスから『ゾラン・ジフコヴィッチの不思議な物語』、東京創元社からは『12人の蒐集家/ティーショップ』が刊行されている。そして小説ではないけれど、ミステリ好きには盛林堂ミステリアス文庫から出たイラストレーター・YOUCHAN氏の図録『ゾランさんと探偵小説』で、その名を知った方も多いだろう(恥ずかしながら管理人もそのタイミングで知った次第)。
 今回の《ゾラン・ジヴコヴィチ ファンタスチカ》という企画も、その繋がりで生まれたものと思われるが、その一冊目のテーマが“本”というのがまたいいではないか。

 図書館

「仮想の図書館」
「自宅の図書館」
「夜の図書館」
「地獄の図書館」
「最小の図書館」
「高貴な図書館」

 収録作は以上。書名から各作品の題名に至るまですべてが“図書館”絡みだが、実際の内容はもう少し幅が広く、上で書いたようにテーマは“本”と見るぐらいが適切である。どれも本に関連した、ちょっと不思議な出来事を描いた作品が六篇収められている。

 以下、簡単ながら各作品のコメントなど。
 「仮想の図書館」は、あらゆる本が揃っているという謳い文句のサイトへアクセスした小説家の話。すぐに自作を勝手にアップされていることに気づくが、もっとおかしなことは自分の書いたことがない作品も紹介されていることであり、さらには自分の没年までもが何種類も示されていた……。著者の問いかけはどことなくユーモラスだが、かなり意地が悪い。
 「自宅の図書館」は、なぜか郵便箱から何度も出てくる本を、何度も往復して部屋に運び込む男の話。知と痴はまさに紙一重。個人的に昨年、引っ越しをして、同じように何度も本を運んだ経験をしたばかりなので、これは身につまされる。
 「夜の図書館」はマイ・フィバリット。閉館後の図書館に閉じ込められた男は“夜の図書館”に遭遇し、そこで自身のすべてを書かれた本を紹介される。事細かに描かれた自分の人生を読み始めた彼は、これを現実のこととして無理やり消化しようとするのがミソ。
 文字どおり“地獄の図書館”を描いたのが「地獄の図書館」。読書が罰という、まるでコントのような内容だが、当然その裏にはエセ知識人や教養主義にアッカンベーをそいて笑っている著者の姿がある。
 「最小の図書館」は開くたびに内容が変わる不思議な本の話。これは本そのものの価値だけでなく、さまざまな媒体の価値を問うている話でもある。現代の寓話っぽい。
 「高貴な図書館」は自分を高尚な読書家と自認する主人公が、蔵書の中にペーパーバックを見つけ、それを捨てようとするがなぜか元に戻ってくるという話。なんといっても主人公の解決方法がキモで、著者のドヤ顔が目に浮かぶようだ(笑)。

 奇妙な味の類かと最初は思っていたが、最後まで読み終えると、むしろ意外にストレートな幻想小説という印象であった。といっても変におどろおどろした感じはなく、奇妙な話をユーモラスかつさっぱりした語り口で描いている。
 何より、本や図書館をモチーフにするという企画・構成が楽しく、適度に考えさせ、適度に楽しませるバランスもちょうどいい。セルビアの幻想作家と聞くと少し構えてしまいそうだが、実は広くオススメできる作家であった。

プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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