村上春樹の『騎士団長殺し 第2部 遷ろうメタファー編』を読了。
※今回、ストーリーとラストに触れますので、未読の方はご注意ください。

うむう。傑作とは言わないが、このところの春樹作品のなかでは、まだいい方ではなかろうか。
表面的にはこれまでのハルキワールドの総集編というか、これまで扱ってきた数々のお得意のモチーフを散りばめており、それほどの差がないようにも見える。
異世界へと通じる扉(本作では“穴”)
感情表現に乏しい(ただしある意味神格化された)若い女性
とぼけた味をもつ、敵とも味方ともつかない異世界の住人(のような何か)
世界を覆すかのような絶対的悪の存在(ただし表面には絶対浮上してこない存在)
全体を覆う喪失と再生の香り、比喩だけでしか表現されない(したがって意味が通じにくい)主人公への謎の試練
本筋と関わらないけれども世界観を補足する上では重要(?)な徹底的デティールへのこだわり
草食系ばかりの登場人物によって繰り広げられる異常なまでの肉欲などなど
著者の語り口が好きというファンであれば、これだけでお腹いっぱいだろう。
ただ、もちろん本作の特徴はそれだけではない。意外だったのは、消化不良な読後感ばかりが強かった最近の作品に比べ、本作に関しては一応は着地点をきちんと見据えて書かれていたことだ。しかもそこそこ甘口のハッピーエンド。
とはいえ、これまではスケール感を大きくしすぎて回収しきれないイメージだったのに対し、本作はまとまってはいるがこじんまりとしており、言葉は悪いが置きにいった感も強い。
まあ置きにいくことがすべて悪いわけではないが、いろいろなギミックを用意している割には、物語のテーマが最終的にほぼ主人公の喪失と再生に寄ってしまっているのは少し残念だった。
第1部のあたりではまず“騎士団長殺し”という絵が登場し、それが“穴”の存在を誘発し、さらにはイデアを出現させてしまう。同時に、白髪で完璧主義の免色という男、無口な十三歳の少女まりえなど、いかにもハルキワールドらしい登場人物が続々と登場する。
一方、妻と別れ、肖像画という仕事も辞めた主人口は、まだ人生のリセットの最中。それらに対して積極的に関わることはしないのだが、人の本質を的確に捉えて絵にできる主人公のスキルによって、少しずつ物事や人物のつながりを浮かびあがらせてゆく。いわば主人公は触媒のような存在であり、彼の存在と、彼が関わる絵によって、先への興味をもたせてゆく。
という具合で前半はそれなりに期待させるのだが、最後に主人公自身の物語としてハッピーなラストになったことが逆に拍子抜けだったのである。妻とよりを戻すために、どんだけ不思議なことが起こるんだよという(苦笑)。
納得いかない点としては、まず“騎士団長殺し”という絵との関わりである。この絵を描いた作者が戦争を通じて体験した数々の悲劇。それがこの絵になかに盛り込まれている、というか封印されているのだ。主人公はその絵のなかにある、それこそイデアやメタファーを感じ取ることができるのだが、なぜかそれと対峙することはない。
終盤では作者本人とも会うのだが、それは別の目的のための手段であり、こちらが本筋ではないため、結局、過去の悲劇に対しての掘り下げが非常に薄いものに終始してしまうのが残念だった。
納得いかない点その二としては、終盤に起こるある事件、まりえの失踪である。こちらの事件の真相もどう主人公と関わるのか意味が見えにくい。
主人公と彼女の精神的なつながりはわかるが、主人公の試練がとことんファンタジー的な冒険なのに対し、彼女の失踪事件の真相は非常に現実的で、その関連性が非常に弱いものになっている。
結局、彼女の問題ではなく、主人公が再生するための儀式でもあるのだろうが、決着をつけるための展開としてはかなり強引で、これもまた拍子抜けするラストの大きな要因である。
それでも先に書いたように、最近の作品の中ではまずまず伏線回収もできているし、わかりやすい物語ではあるので、ハルキワールド入門書としてはオススメといえるだろう。
なお、本作には第3部があるのではという気がしている(もう誰かがすでに予想しているだろうけれど)。
根拠としては二つ。本作が上下巻ではなく、第1部と第2部という構成であること。二冊で終わりなら上下巻でいいわけだし、続きを書く可能性があるから、それに対応できる副題にしたのではないか。
もうひとつは、本作にはプロローグがあるのに、エピローグがないこと。こちらもちゃんとエピローグをつけた第3部が出ることを予想させる。
まあ、『1Q84』の例もあるので、かなり確率は高いのではなかろうか。そしてもし第3部が出るなら、ペンギン人形の返却と肖像画の約束をした“顔のない男”の話になるのではないか。