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 パトリック・クェンティンの『犬はまだ吠えている』を読む。おなじみピーター・ダルースものではなくて、ジョナサン・スタッグ名義で発表されたヒュー・ウェストレイク医師を主人公にしたシリーズ一作目である。
 まずはストーリー。
 マサチューセッツ州はケンモア・ヴァレーという田舎町で、娘ドーンとともに暮らす医師ヒュー・ウェストレイク。ある晩のこと、いつになく猟犬たちの吠え声に不安を感じていると、裕福だが口やかましいルエラという患者から呼び出しがあり、ヒューはしぶしぶ往診に出かけていく。その夜は狩犬が騒がしいこともあり、ルエラは神経質になっていたようだ。しかし、帰り際に彼女が口にした不吉な言葉がヒューには気がかりだった。
 翌日、前日のルエラの言葉が的中した。町の狩猟クラブでキツネ狩りが行われ、キツネの巣穴から腕も頭もない女性の胴体が発見されたのだ。ヒューはコブ警部の要請で保安官代理に任命され、ともに捜査にあたるが、事件はこれだけでは終わらなかった……。

 犬はまだ吠えている

 全体的にはきちんとまとまった本格ミステリである。
 あっと驚くような傑作を期待してはいけないが、本作ならではのアイディアもあり、クェンティンのファンならおそらく失望するようなことはないだろう。
 惜しいのはメインとなる大きな仕掛け。首なし死体という時点で、今どきの読者にネタを読まれるのは致し方ないところだ。とはいえそれに続く馬の殺害事件はよくできているし(特に動機)、伏線やミスディレクションもここかしこに仕掛けられており、本格としては水準作といってよい。

 物語そのものも面白い。推理することを主眼に置いた本格ミステリ(特に黄金期)では、往々にして物語が膠着するケースも多いのだが、本作ではけっこう人の出し入れが印象的で、しかも細かな事件を連続して畳み掛けてくる。ストーリーにも起伏ができて、読者を退屈させることなく興味をうまく引っ張っていってくれる。
 事件の背景にあるのが田舎町ならではの複雑な人間関係であり、そういうのが苦手な人はどうしようもないが、ストーリーや謎解きへの活かし方もこなれたものだ。

 本格ミステリには珍しく、探偵役(ヒュー医師)の一人称というスタイルをとっているところも注目。
 本格におけるフェア精神という点ではマイナスになりかねないが、容疑者や関係者への洞察の描写、サスペンスの盛り上げという観点では非常に効果的であり、本作においては十分に成功しているように思う。

 ということでこうして書いていくと褒めどころ満載なのだが、最初に少し書いたようにメインの謎が読まれやすいのがウィークポイント。ただ、それを含めても悪くない作品であり、残りの作品の紹介にも期待したいところだ。

 ちなみにピーター・ダルースものとほぼ並行して書かれていたヒュー・ウェストレイク医師ものだが、本作を読んだ限りでは陽のピーターもの、陰のヒュー医師ものという感じである。これはキャラクターの性格ではなく、物語の雰囲気の話。
 それこそピーターが狂言回し的に活躍するあちらのシリーズは、あえて作り物めいた雰囲気にしているのに対し、本作はあくまでサスペンス要素も強いシリアス路線。著者が自分の中でのバランスを考えていたのか、ビジネス的なところなのかはわからないが、この差は興味深い。
 そもそもパトリック・クェンティンという作家の活動が、コンビだったり単独だったり、ときにはパートナーも変わったりと、複雑な創作体制である。このあたりの影響がどの程度あったのだろうかも気になるところである。

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 先日『ROM』142号が届く。今号は短編探偵小説特集で、小林晋氏ががっつりクラシックの面白そうなところを紹介してくれている。ううむ、原書が読めると一気に読書の幅が広がるのが羨ましい。

 『ミステリマガジン』の10月号も神保町で購入。こちらは特別企画で藤田宣永氏によるセリノワールにスポットを当てた特集。デザインも本家に合わせてオシャレである。こういう企画は大歓迎。今晩はゆっくり読ませてもらおう。


 読了本はパトリック・クェンティンの『女郎蜘蛛』。長らく復刻が待たれていたピーター・ダルース・シリーズの第八作で事実上のシリーズ最終作。また、クェンテインが創造したもう一人のシリーズ探偵トラント警部補も登場するという、いろいろな意味で要注目の作品である。

 こんな話。演劇プロデューサーのピーター・ダルースはただいま仮独身状態。女優の妻アイリスが、母親の付き添いでジャマイカへ出かけているのだ。
 そんな折り、ピーターは同じアパートメントに住む女優ロッティのホームパーティーに誘われ、作家志望の娘ナニーと知り合う。ナニーの貧しい生活に同情したピーターは、自分のアパートメントには日中誰もいないからと、そこで執筆できるよう鍵を貸してしまう。
 やがてアイリスが帰国するときがきた。いそいそと空港へ迎えに行くピーター。そして二人で帰宅すると、そこにはあろうことかナニーの死体が。ピーターに遊ばれた末の自殺と周囲はみるが、潔白のピーターは汚名をすすぐべく調査を開始する。しかし、事実が明らかになるにつれ、ピーターの立場はいっそう泥沼へ……。

 女郎蜘蛛

 お見事。最終作にふさわしい傑作である。
 軸となるのはフーダニットだが、被害者がなぜ殺されたのかという動機の部分も同時に胆となる。それが明らかになったとき、事件の真相が見えてくるのだが、ここで易々と終わらせないのが著者の真骨頂。限られた少数の登場人物だけで、ここまできれいにどんでん返しを見せる腕前にはつくづく感心させられる。
 また、その過程がいわゆる本格にありがちな関係者への訊問で進むのではなく、あくまで巻き込まれ方のサスペンスというのもエンターテインメントとしては大きなポイントだろう。著者の作風が初期の本格から後期のサスペンスに移行していったというのはよく知られるところだが、その境界線上にあるピーター・ダルース・シリーズは、結果的に両者の長所を合わせた幸せな作品群といえるのではないだろうか。

 ところで本シリーズの魅力をミステリ要素に求めるというのは当然だろうが、ピーターとアイリス、二人のドラマに惹かれる人も少なくないだろう。
 クェンティンは二人を単に探偵役とその妻という存在に留まらせず、シリーズ全体の主題と言ってもいいくらい、その関係性と紆余曲折を描いてきた。本作はそちらの方でも最終作にふさわしい展開を見せる。
 しかし、本作でのピーターは浮気者とか容疑者とかいろいろな疑いをかけられ、その汚名をすすぐために奮闘するのだが、まあほとんど自業自得なのがいやはや何とも(笑)。

 ちなみに、いよいよ未訳のピーターものラスト一冊となった『Run to Death』は論創社から出るらしい。シリーズ第七作なので本来なら『女郎蜘蛛』の前に読みたかったところだが、まあ、出るだけよしとしますか。
 個人的には続けてトラント警部補シリーズもお願いしたいものだ。本作ではちょっと控えめではあったが、この探偵さんも実はピーターに負けないぐらい言動に難ありらしいので(笑)。

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 パトリック・クェンティンの『人形パズル』を読む。ピーター・ダルースものにしてパズルシリーズの第三作である。

 演劇プロデューサーのピーター・ダルースも戦時のいまでは海軍中尉。愛しの妻アイリスとも離ればなれの生活を送っていたが、ようやく休暇を取得し、久々の逢瀬となった。ところが宿はとれない、制服は盗まれる、挙げ句の果てにはアイリスの従姉妹が殺害され、容疑はなんとピーターに。私立探偵のコンビと協力し、真相を探るべく行動を起こすが……。

 人形パズル

 もともと我が国ではサスペンス小説の書き手として紹介されることが多かったパトリック・クェンティン。だが、ここ数年で初期のパズルシリーズが新訳で刊行されるに至り、本格ミステリーの作家として見直されるようになったのは皆様ご存じのとおり。そして本作『人形パズル』発売でようやく全パズルシリーズがお手軽に読めるようになったのだが、あらためて見てみると、本格の体で書かれたパズルシリーズも実はけっこう異色作揃いということがわかる。
 なんといっても特徴的なのは、ダルースが主役ではあるが、イコール探偵役ではないということ。もちろん探偵役の場合もあるのだが、ワトソン役や容疑者、ときには被害者みたいな位置づけもあったりと非常に多彩である。同時期に書かれたクイーンらをはじめとする本格の書き手とは、そういう意味で一線を画しており、シリーズものでありながらストーリーや設定はとにかくバラエティに富んでいる。

 さて、本作も本格ミステリというよりは、巻き込まれ型のサスペンス小説というほうが適切だろう。1940〜50年代に流行っていたハリウッドのサスペンス映画、早い話がヒッチコック映画を彷彿とさせるようなハラハラドキドキをこじゃれた感じで見せる、楽しいサスペンス映画のイメージである。
 殺人事件に巻き込まれて、妻のアイリスと共に右往左往する姿はありがちといえばありがちな演出だが、ここに師匠役の私立探偵を絡め、物語を要所要所で締めつつもテンポよく興味をつないでいく手際は実に見事。舞台をサーカスに移す後半はいっそう快調で、まったく退屈しない。
 ただ、そういったハラハラドキドキの流れで見せる小説のため、これまで紹介された作品に比べると、謎解きや意外性に欠ける感は否めない。ラストでどんでん返しはあるものの、まあ、これはマニア相手だと想定の範囲内だろう。

 そんなわけでまずまず面白くは読めたが、傑作というにはちょいと厳しい。あ、もちろんクェンティンやダルースのファンなら必読である。

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 立て続けに『ROM』139号や湘南探偵倶楽部の『「初期創元推理文庫 書影&作品 目録」 資料編【補遺】』などが届き、同じく湘南探偵倶楽部からマーティン・ポーロック 『殺人鬼対皇帝』の案内が届くという、えらく濃いめの一週間。一方では、ベストセラーランキングを賑わすような作家はまったく読めていないという罠。


 本日の読了本はパトリック・クェンティンの『俳優パズル』。パズルシリーズの第二作目にあたる作品。
 今年は『迷走パズル』や先日読んだばかりの『巡礼者パズル』もあったわけだが、一年にクェンティンの新刊が三冊も出るというのは凄いよなぁ。ではストーリーから。

 アルコール依存症の治療を終え、復活を遂げるべく奮闘する演劇プロデューサーのピーター・ダルース。新人劇作家の素晴らしい脚本が手に入ったうえに、名優も揃い、ブロードウェイのダゴネット劇場ではいよいよリハーサルが始まろうとしていた。
 しかし、実はいわくつきのダゴネット劇場。ベテラン老優がこの劇場での上演を拒み、ある女優は楽屋の鏡に見知らぬ女性が映っていたと話し、大事故からの再起をかける主演男優は楽屋を変えてくれと主張するなど、早くも怪しい雲行きが。
 誰よりもこの芝居を成功させたいピーター。劇場内をかけずり回り、なんとかリハーサルは終了したかに思えたが……なんと楽屋から戻ってきた老優が謎の言葉を残して死亡するという事件が発生。果たして芝居の幕は無事にあがるのか?

 俳優パズル

 自分で書いておいてなんだが、こんな粗筋紹介ではドタバタコメディだと思われるかもしれない(苦笑)。実際は全然そんなこともなく、物語は重苦しい空気に包まれ、シリアスに展開してゆく。
 ともすると戯画化された作りにも思えるのだが、なんせ舞台は演劇界。ほとんどの登場人物が俳優や演劇関係者なので、不自然さはそれほど感じない。むしろほどよくエキセントリックで狂気をはらんだ雰囲気が醸し出され、この辺は前作『俳優パズル』の精神病院という設定にも共通するところだろう。非日常的な場での日常を作り上げ、その中で真理を見出そうとするスタイルは、前作以上にスマートでスピード感もあり、サスペンスもほどよく、構成も巧い。要するに完成度が高いのである。

 とはいえ、本作はやはり本格ミステリ。そちらが腰砕けでは意味がないのだが、謎解き興味も十分に満たしてくれる。厳密にいうと気になるところもないではないが、ミスデレクションや伏線も決まっており、犯人の意外性もOK。
 とりわけ事件の解決と芝居の成功が同時進行で描かれるラストはお見事。芝居をネタにしたミステリはけっこうあるが、本作のそれはトップクラスではなかろうか。それぐらい鮮やかで印象的なのである。

 前作から続くピーターの再起、そしてアイリスとの恋の行方など、シリーズファンへのサービスも満載だし、うむ、これは文句なしの一冊。
 ただ、普通の本格ミステリであれば、探偵自身の物語はサイドストーリーや味つけに過ぎないことが多いのだが、このシリーズに限っては重さがまったく異なることに注意。特に初期の二作はピーターという人間を知る上でも重要なので、できれば原作の発表順に読むことをおすすめしたい。楽しみは間違いなくアップするはずだ。

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 パトリック・クェンティンの『巡礼者パズル』を読む。ピーター・ダルースものであり、パズルシリーズの最終作でもある。まずはストーリーから。

 従軍によって精神を患い、妻アイリスとの関係に支障をきたすようになった演劇プロデューサーのピーター・ダルース。そこで医者の勧めにしたがい、二人はしばらく別居することを決める。メキシコに一人旅立つアイリス。だが、そこで彼女は作家マーティンと出会い、恋に落ちてしまう。メキシコへ赴いたピーターは、アイリスから離婚の申し出を受け、傷心の日々を送る。
 一方、マーティンにもまたサリーという妻がいた。別れを切り出したマーティンだったが、サリーはマーティンとその妹マリエッタの過去の秘密を握っており、絶対に離婚はしないと言い放つ。
 微妙な状態のままメキシコで過ごすうち、徐々にマリエッタに惹かれるピーター。そこへマリエッタを気に入ったジェイクというアメリカ人も加わり、五人の間には異様な緊張状態が漂い始める。そして、遂に悲劇は起こった……。

 巡礼者パズル

 これはかなりの異色作だ。
 主要登場人物は上で挙げた五人のみ。だが、その五人が五角関係とでもいうべきややこしい状況を構成しており、その中に被害者がいて犯人がいて探偵役がいるわけだから、これはミステリとしてかなりのチャレンジではある。ただ、あまりに場を限定しすぎているため、チャレンジだとは思うけれど驚嘆するほどの仕掛けがあるわけではない。
 注目すべきは五角関係が織りなす独特のサスペンスにある。愛憎とりまく複雑な人間関係が閉塞感を高め、緊張感を煽る。疑惑の死がさらに緊張感を高め、それがまた新たなトラブルを招く。もはや逃げようのない登場人物たちの心理ドラマが見ものであり、それがあるから謎解きもいっそう映えるという寸法である。驚嘆するほどの仕掛けはないとは書いたが、そういう相乗効果で、ミステリとしては十分楽しめる一冊といえるだろう。メキシコという舞台装置も効果的に用いられており○。

 ところでパズルシリーズというのはクェンティンの本格系作品の代表みたいに言われているが、よく考えると、ほとんどの作品が異色作ではなかろうか。
 これら一連の作品のなかで、クェンティンはピーターを第三者的な超人探偵にするのではなく(実際、失敗も多い)、ピーター自身を完全に関係者として事件の渦中に放り投げている。いわば悩める探偵(ですらないかも)としての存在。クェンティンがやりたかったのは、単なる謎解き小説ではなく、本格探偵小説や探偵役の可能性を探ることではなかったか。
 そんな感想を抱きながら読み終えると、解説では飯城勇三氏が、クイーンのライツヴィルものと絡めた話をしているので思わずニンマリ。

 ともあれこれで手元にあるパズルシリーズの未読は『俳優パズル』のみ。とはいえパズルシリーズはまだ一作、パズルシリーズ以外のピーター・ダルースものはまだ二作残ってるんだよな。
 パズルシリーズのラスト一作『呪われた週末』は創元推理文庫で近々出るようなので、残りは論創社さんに期待するか。いや創元さんでもどちらでもいいんで、よろしく頼みます。

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 パトリック・クェンティンの『迷走パズル』を読む。かの〈別冊宝石〉で『癲狂院殺人事件』として訳されて以来、およそ五十年ぶりに新訳された作品。演劇プロデューサー、ピーター・ダルース・シリーズの第一作目でもある。

 妻を亡くしたことから酒浸りになった演劇プロデューサーのピーター・ダルース。とうとうアルコール中毒で入院治療を受ける羽目になっていた。そんなある日のこと、ピーターは「ここから逃げろ、殺人が起こる」という声を聞き、パニックに陥る。療養所の所長に相談したピーターだが、逆に病院内で最近頻発する変事について、調査してもらえないかと依頼を受ける。社会復帰に向けての治療の一環としても効果的だというのだ。
 調査に乗り出したピーターは、やがて奇怪な状況で変死している介護士を発見するが、病院側は事故死だととりあわない。そんななか第二の事件が発生。しかもあろうことか、容疑者はピーターが恋に落ちた同じ入院患者の女性だった……。

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 ピーター・ダルースものの一作目とはいうものの、通算では七作目にあたるこの作品。これ以前の作品で訳されているものとしては『死を招く航海』、『グリンドルの悪夢』があるけれど、個人的にはどちらもいまいち。中期から後期にかけての作品の方が安定している感もあって、比較的初期のこの作品もやや心配だったが、まったくの杞憂でありました。

 舞台が精神病院、主人公が入院中のアル中演劇プロデューサーという、狙っているにしても相当チャレンジャーなこの設定にまず拍手。心の病各種を備えた入院患者たちだけでもヤバイのに、患者たちに愛想を振りまきすぎる看護師や元レスラーの介護士など、病院側のスタッフもひと癖ふた癖ありそうな者ばかり。
 そんな彼らに襲いかかる不吉の前兆。だが、それは君の気のせいだ、なんせ君は心の病気なんだから。そんな論理がまかり通ってしまうこの世界で、ダルースは悪戦苦闘する。そう、愛する者のために。
 とにかく登場人物たちのドタバタが普通ではないから、可笑しいんだけれど笑うに笑えない展開の連続(いや、真面目に考えるとけっこうダークなんだけどね)。途中で、ああ、これはクェンティン流『不思議の国のアリス』なのかなぁとも思った次第である。

 しかも、そんな状況のなかできっちり伏線を忍ばせ、ラストでは論理的に犯人を指摘していくところなど、それまでの展開と非常に対比が効いていて鮮やかである。おまけにどんでん返しがまたお見事。物語だけでもなく謎解きだけでもなく、双方が互いに奉仕しあって、非常に気の利いた作品といえるだろう。
 ダルースとアイリスの出会いを描いたという点も踏まえ、これは忘れられない作品になりそうだ。

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 パトリック・クェンティンの『悪魔パズル』を読む。まずはストーリーから。

 女優の妻を空港で見送ったピーター・ダルースは、その帰り道で何者かに襲われ、気を失ってしまう。
 目が覚めたとき、そこは見知らぬ部屋。ベッドの上で、手足にはギプスが嵌められ、自分が何者かも思い出せなくなっていた。そこに現れたのは、母、妻、妹を名乗る三人の女たち。彼女たちは彼をゴーディという名前で呼び、動けない彼の世話を焼き始めるが、そこにはある陰謀が隠されていた……。

 悪魔パズル

 記憶喪失ものといえば、その裏に隠された陰謀と同時に、主人公の正体で興味を引っ張ることが多い。ところが本作では、記憶喪失者にシリーズ探偵のピーター・ダルースを配し、その手法を潔く捨てている点に注目。畢竟、物語の興味は、なぜ彼女たちはピーターを別人に仕立てようとしているのか、さらには、この陰謀からピーターがどうやって脱出するのかに掛かってくる。
 近年、本格派として再評価されつつ感のあるパトリック・クェンティンだが、そういう意味では、本作はサスペンスの書き手としての面が強く出た作品だ。誰が敵で誰が味方なのか、真の狙いは何なのか。着実に謎が解けてくるという一本道の展開ではなく、さまざまな手がかりを出し入れし、一喜一憂する状況を作り上げてサスペンスを盛り上げている。ちょいエキセントリックな女性キャラクターを配することで、読者を誤誘導しやすくするテクニックもなかなかのものである。

 登場人物の数などを考えると、ある程度は限られた手しか使えないのが、このタイプの作品の弱点。その中でも可能なかぎりのサプライズを得られるような工夫はされているし、ラストの一捻りも悪くない。普通ならシリーズものにそぐわないと思われる記憶喪失ものを、ここまでまとめ上げた腕前はさすがといっていいだろう。
 クラシックファンであれば読んで置いて損はないし、悪女ものがお好きな方にもおすすめしたい(笑)。

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 パトリック・クェンティンの『グリンドルの悪夢』を読む。
 つい二十年ほど前までは、クェンティンは基本的にサスペンス系の書き手として見られてきた作家である。ところがここ数年のクラシックブームで初期の謎解き系作品が少しずつ紹介され、ぼちぼちと本格物の書き手としての顔も見えてきた。クイーンと同時代に活躍し、しかもクイーン同様共作というスタイル。そういう周辺情報もあって、ミステリマニアがクェンティンの未訳作品に期待する気持ちは高まるばかりなのだが……果たして本作の出来やいかに?

※なお、できるだけ抑えるつもりですが、今回はややネタバレっぽくはなるかもしれません。
 未読の方はご注意を。

 グリンドルの悪夢

 「グリンドル樫にコンドルが留まると盆地に死が訪れる」。医師のスワンソンとトニーが暮らす田舎町にはそんな言い伝えがある。その言葉を裏付けるかのように、最近この村では異常な事件が立て続けに起こっていた。それはペット連続殺害事件。猫や猿、鵞鳥などが次々と消え失せ、無惨な死体となって発見されていたのだ。そんなある日、今度は少女の失踪事件が発生する。ペット連続殺害事件との関連はあるのか、そして少女の運命は? 村をあげての捜索が始まった矢先、少女の父親が死体となって発見された……。

 ううむ、これは評価に困る作品である。
 長所と短所が極端というか、ミステリとしてはしっかりしているものの、同時に非常に不愉快な作品でもあるのだ。
 まずは良い点から挙げてみよう。不可解な状況をきちんと設定し、それを納得させるだけの仕掛けがちゃんと用意されている点は見事である。各キャラクターも意外に作り込まれており、語り手も含めて怪しげな人物だらけにしていたり、しかも犯人ばかりか探偵役まで絞らせないという構成は、サスペンスを高める上でもなかなか効果的だ。
 結果、ロジックでガチガチに固めたというほどではないけれど、フーダニット&ハウダニットという興味は十分に満たされる出来映えといえるだろう。

 その一方で、ホワイダニットはいまひとつ。本作で発生する事件は非常に残酷な手口である。単なる殺人ではないと思わせる状況があるので、その動機は非常に重要であるといえるだろう。そこまでして犯人が非道な手口を用いたのはなぜか。限られた登場人物のなかでは、そこから謎を解く道筋もあってしかるべきだし、そこには読む者を納得させるだけの理由が必要だろう。
 しかしながらクェンティンは、ここをけっこうあっさり片付けてしまう。一応は小説内で説明があるものの非常に事務的であり、大きな含みはまったく持たせていないように感じられる。著者としては、そこは読みどころではないのである。ミステリとしてはそれもありだろうが、やはり拍子抜けの感は否めない。
 そして、これに関連する大きな瑕疵が本作にはある。

 『グリンドルの悪夢』では、子供や動物といった弱者を被害者としている。しかもその殺害方法、死体発見シーン等、不快な描写は決して少なくない。
 ただ、残酷だから、という理由で非難するのではない。不必要な状況でそういう形をあえて盛り込んだ作者の感覚を疑うのである。
 生や死をテーマとした小説であったりすれば、そういう描写や設定が必要になることもあろうし、「毒」なくして何のための文学かということもあろう。娯楽を目的とする探偵小説であっても、人間性や社会問題に大きく踏み込めば、そういうケースも起こりうる。ブラックユーモアという要素もときには必要だ。
 ところが本作は違う。『グリンドルの悪夢』はおぞましい犯罪を描いてはいるものの、社会派でもサイコサスペンスでもなく、明らかに本格探偵小説であり、謎と論理の興味で成り立っている。子供がこのように残酷な形で殺害される必要性はさらさらないし、そういった題材で描くなら、それ相応の必然性がほしい。しかもその動機が、本書のような形でさらっと流されては何をか言わんや。
 この歳になって、しかもこういうブログを書いていて、いまさらミステリにおける倫理観云々などという野暮な話はしたくないが、本作はどうにも度が過ぎているように思えてならない。作者のアンバランスな感覚はほかにも散見される。
 例えば少女が行方不明になっているというのに、登場人物たちはそれを平気で冗談のネタにするし、まったく興味がないということも言わせたりしている(嫌なことにそれが語り手や探偵役だったりする)。ペットが残酷な方法で殺害され、飼い主は悲嘆にくれるものの、その当人たちがアライグマ狩りを平気で楽しむ(しかも眉間を狙って銃殺だ)。こうまで不愉快な描写が多いのは、いったいなぜなのか。書かれた時代のせい、と思いたいのだが。

 ミステリとしての出来は悪くないだけに、とにかくこれらの傷が残念でならない。おすすめ、と言いたいところではあるが、個人的にはアウトだ。

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 パトリック・クェンティン『悪女パズル』を読む。
 束の間の休暇を楽しむため、大富豪ロレーヌの招待に応じたピーターとアイリスのダルース夫妻。ところがロレーヌの屋敷には、彼らの他にも、離婚の危機を抱える3組の夫婦も招待されていた。ロレーヌは離婚を解消させるべく、座を設けたつもりだったが、3組の夫婦はもとより、女性同士までもが険悪な雰囲気となり、屋敷にはただならぬ緊張感がみなぎっていた。やがてロレーヌの提案で、一行はカジノやダンスへと出かけたのだが、そこで最初の悲劇が幕を開ける……。

 パトリック・クェンティンは、個人的にはサスペンス系の印象が強い作家なのだが、それはどちらかというと後期の作風。初期の頃は「~パズル」というタイトルのシリーズで本格ものを書いていた作家である。ところがその本格ものの方が日本では今やまったく手に入らない状況であり、ようやく扶桑社が刊行したのが『悪女パズル』というわけだ。
 で、ようやく積ん読の中からサルベージしてきたのだが……いやいや、これはいいじゃないですか。あまり好感の持てる登場人物が少ないうえに、やっぱりサスペンス色が強いのでどうなることかと思ったが、これはもう十分すぎる本格探偵小説である。
 女性ばかりが狙われる連続殺人ということで、問題はその動機である。個々の殺人に対しては、山ほど動機のある人間がいるのだが、さすがに女性全員に対してとなると皆目見当がつかない。そのあたりの問題をクェンティンは見事にクリアし、おまけにその仕掛けたるや。練りに練ったプロットとはこういうことをいうのだろう。まさに会心の出来。帯のキャッチは伊達ではない。パズルシリーズは論創社あたりからも予定されているようだが、ぜひ、すべて出してもらいたいものだ。

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 本日の読了本は、パトリック・クェンティン『死を招く航海』。新樹社の「エラリー・クイーンのライヴァルたち」のうちの一冊である。

 ニューヨークからリオへ向かう客船のなか、ブリッジに興じていた実業家がカクテルに仕込まれたストリキニーネで殺されるという事件が発生した。犯人と思われるのは、被害者と同じテーブルにいたロビンソンという男だ。しかし彼は事件直後からその姿を消し、さらには殺された実業家の姪、ベティまでが犯人の毒牙にかかる。事件の謎を追うのは女性記者、そして実は殺された実業家のライバル会社の重役だった。

 うむぅ、ハッキリ言ってノレませんでした。船上の殺人という、本来なら緊迫する魅力的なシチュエーションなのだが、話に締まりがない。いくつかの現場の図、読者への挑戦の挿入など、ハッタリもかましてくれるのに、もうひとつインパクトがない。
 この小説は女性記者が婚約者に宛てた書簡という形式をとっているのだが、これが一番ノレなかった原因だろうなあ。とにかくあまりに軽くて古くさいセリフ回しや叙述に、かなり閉口してしまった。古典的な雰囲気を出すのが訳者の狙いかもしれないが、書簡という設定でこんな言葉遣いをされても……。巻末の解説では、作者が書簡形式をとった理由として、ミスデレクションを誘いやすいため、作り物めいてしまう危険を避けるため、といくつか述べているが、それにしたって普通に三人称で書いた方がよっぽどサスペンスは盛り上がったんではなかろうか。あの女性記者のキャラクターそのものがすでに作り物めいているぞ。
 クェンティンはこれまでに五冊ほど読んでいるが、今までのなかでは一番物足りなかった。期待が大きかっただけに残念。

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