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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


Posted in 03 2002

パトリック・クェンティン『死を招く航海』(新樹社)

 本日の読了本は、パトリック・クェンティン『死を招く航海』。新樹社の「エラリー・クイーンのライヴァルたち」のうちの一冊である。

 ニューヨークからリオへ向かう客船のなか、ブリッジに興じていた実業家がカクテルに仕込まれたストリキニーネで殺されるという事件が発生した。犯人と思われるのは、被害者と同じテーブルにいたロビンソンという男だ。しかし彼は事件直後からその姿を消し、さらには殺された実業家の姪、ベティまでが犯人の毒牙にかかる。事件の謎を追うのは女性記者、そして実は殺された実業家のライバル会社の重役だった。

 うむぅ、ハッキリ言ってノレませんでした。船上の殺人という、本来なら緊迫する魅力的なシチュエーションなのだが、話に締まりがない。いくつかの現場の図、読者への挑戦の挿入など、ハッタリもかましてくれるのにもうひとつインパクトがない。

 この小説は女性記者が婚約者に宛てた書簡という形式をとっているのだが、これが一番ノレなかった原因だろう。とにかくあまりに軽くて古くさいセリフ回しや叙述に、かなり閉口してしまった。古典的な雰囲気を出すのが訳者の狙いかもしれないが、書簡という設定でこんな言葉遣いをされても……。
 巻末の解説では、作者が書簡形式をとった理由として、ミスデレクションを誘いやすいため、作り物めいてしまう危険を避けるため、といくつか述べているが、それにしたって普通に三人称で書いた方がよっぽどサスペンスは盛り上がったんではなかろうか。あの女性記者のキャラクターそのものがすでに作り物めいている。
 クェンティンはこれまでに五冊ほど読んでいるが、今までのなかでは一番物足りなかった。期待が大きかっただけに残念。


エリス・ピーターズ『死体が多すぎる』(現代教養文庫)

 なんだかこの二、三日急に冷え込んでいる。仕事で横浜に行ったのだが、いや冷える冷える。電車に乗っても温度差が激しく、しばし咳き込んでしまう。ああ、春はまだか?

 咳き込みつつ電車内でエリス・ピーターズの『死体が多すぎる』を読了する。
 1138年、イングランド王の死によって、国内は王の娘モードと従兄弟スティーヴンの二派に分かれ、継承権を巡っての内乱状態となっていた。スティーヴンに占拠されたシュルーズベリでは、捕虜の九十四人が処刑されるという悲劇も起こる。埋葬のため場内に向かったカドフェルだが、彼が見つけたものはなんと九十五人目の死体であった……。

 この設定がなかなかにくい。チェスタトンの創造したブラウン神父による「木を隠すには森の中がよい、したがって死体を隠すなら戦場が最もふさわしい」というあの有名なセリフを地でいく展開なのだ。
 ただ、本格ミステリとしての魅力はそれほどのものではない。というか、おそらくカドフェル・シリーズそのものが、本格の面白さを追求したものではないのだ。これまでは先入観で、このシリーズの特徴を歴史で味付けした本格推理小説とみていたのだが、それはおそらく間違いだ。
 先日『聖女の遺骨求む』を読み、今回『死体が多すぎる』を読んで感じたのは、これは結局ホームズものを読む楽しみに近いのではないかということ。推理する魅力はあくまで味付けとして使われるにすぎない。その本質は、個性あふれる登場人物たちの魅力で読ませる冒険小説なのだろう。

 ともあれ登場人物がここまでいきいきと、そして温かな視点で描かれたミステリはそうそうない。本書にも魅力的な人物が多数登場するが、一番の役者はやはりヒュー・ベリンガーだ。中盤まではカドフェルとベリンガーの対決が何といっても読ませる。知恵比べ、度胸比べといった趣の二人の駆け引きから、作者は徐々にベリンガーを嫌な奴から好漢に転じさせることに成功している。この持っていき方が実に巧みで、それによって殺人事件の行方も混沌としてくるのである。
 冒頭の殺人事件を軸に、二人の対決が絡み、そして意外な展開を見せる後半は、まさにストーリーテリングの見本のような作品。カドフェルも活動的で、まさに中世のホームズである。ああ、まだこのシリーズが十八冊も未読とは、なんともラッキーだ。


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Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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