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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


Posted in 10 2002

マーティン・クルーズ・スミス『スタリオン・ゲート』(角川書店)

 先日本屋に行ったときマーティン・クルーズ・スミスの最新刊『ハバナ・ベイ』が出ているのを発見。しかもお懐かしや、『ゴーリキー・パーク』で知られるレンコ・シリーズである。このシリーズは他にも『ポーラ・スター』と『レッド・スクエア』があり、これでシリーズは全四作。ノンシリーズや別名義のシリーズがあるにせよ、ここまでで十九年という歳月が流れている。最近の出版界の風潮とは対極のところで書いているようで、著者がこのシリーズを大事にしていることがわかる。

 さて、もちろん『ハバナ・ベイ』は購入したのだが、新しいものを読む前に古いところを消化しなければいけない。そこで積ん読の山から引っ張り出して読んだのが、本日の『スタリオン・ゲート』だ。

 舞台は第二次大戦中のニューメキシコ。もはやイタリアが墜ち、ドイツが墜ちようとしている終戦間近。アメリカはここニューメキシコで原爆の開発を続けており、その実験を間近に控えていた。そこに配属されたのが、アメリカ先住民族の血を引く主人公ジョーである。無類の女好きのジョーは上官の妻と浮気したことが発覚して拘留中だったのだが、折しも原爆の開発チーム内にドイツのスパイ疑惑が浮上し、その調査と引き替えに釈放されたのだった。

 実はなんとも歯がゆい一冊なのだが、まずは長所から。
 この物語の魅力は一にも二にも主人公ジョーにある。ジョーは舞台となるニューメキシコ出身の先住民族。元ボクサーでありながらピアニストとしても一流で、地元のジャズハウスのオーナーになることを夢見ている。しかも女好き。この主人公の多彩な面が、物語の中で際だっている。原爆実験を推し進める軍、開発チームの長である幼なじみ、実験に反対する地元先住民族、スパイ発見に血まなこの冷徹な上官など、恋愛に陥る怪しいドイツ人数学者、さまざまな軋轢と人間関係のなかで、ジョーは自在に泳いでゆく。あくまで渦中に踏み入ることはせず、自分は自分、他人は他人。その距離感が狂った世界観を冷静に描写してゆく。

 だが、その反面、物語の表面的なことだけが淡々と語られるだけの印象もある。原爆実験に向けての緊張感や、スパイが誰かというサスペンスがあまり感じられないのが痛い。
 そして何より、原爆を単に威力の大きい爆弾としか捉えていないフシが見受けられ、著者の認識にガッカリする。放射能の脅威についてはほんの少し触れられるだけで、科学者同士が議論する場面でも、巨大な爆風によって民間人を多く巻き込むことの是非だけである。原爆の根本的な恐怖についてはまったく解かっていない。これが当時のアメリカ人の認識なのだろうか? エンターテインメントだからこそデリケートな問題を扱う際の気配り、そして取材を大事にしてほしい。もしかすると傑作『ゴーリキー・パーク』だって、ロシア人から見るとこういうレベルなのかと考えたりもする。世の中には無知では許されないこともあるのだ。
 今回は自戒も込めて。


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sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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