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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


Posted in 08 2003

香山滋『魔婦の足跡』(扶桑社昭和ミステリ秘宝)

 相変わらずの休日出勤。楽になるのは九月の中旬過ぎか?
 とりあえずストレス解消のため、出勤前に渋谷東急の古書市と新刊書店へ寄って、しこたま買いまくる。古書市では少しずつ本当に少しずつ集めている「別冊宝石」を数冊、正木不如丘の『とかげの尾』(函欠けだけど安かったので嬉しい)など。新刊では『日影丈吉全集3』、マックス・アフォードの『魔法人形』、マイケル・ギルバートの『スモールボーン氏は不在』(もう出たのね)、横溝正史の『変化獅子』(これももう出たんだ)など。全部合わせると二万円あまり……ううむ、でもこのうち半分を日影丈吉が占めているのが恐ろしい。

 読了本は香山滋の『魔婦の足跡』(扶桑社文庫)。『魔婦の足跡』と『ペット・ショップ・R』の二長編を収録したお買い得版だが、『魔婦の足跡』は講談社の書き下ろし長編探偵小説全集版をけっこうなお値段で買ってあるのに、結局そちらを読む前に文庫になっちゃったというパターン。新刊ハードカバーの文庫化ならあきらめもつくが、古書として買ったものが文庫化されるとさすがに悲しい。

 それはともかくとして。まずは『魔婦の足跡』だが、こんな話である。
 童話作家・相良直樹の部屋に現れた謎の少女。彼女は相良の書いている小説の主人公、未知子の名をかたり、相良の秘密を知っているとほのめかす。さらには相良の恋人やその仕事仲間の貿易商の前にも現れ、それぞれの悪事を知っていると脅迫していく。三人は彼女に翻弄されつつも、手を組み、彼女を始末しようとするが……。
 ううむ、香山滋は奥が深い。いわゆる探偵小説とも、香山滋お得意の奇想小説とも違い、意外にもサスペンス色の強いミステリ。もちろんエロチシズムが根底にはあるのだが、ジャンル的には、途中まで本気でSF的な味付けをした幻想小説だと思っていたのだ(例えば「妖蝶記」や「キキモラ」のような)。
 それはひとえに主人公の未知子の突飛な行動に依るところが大きいのだが、この小説の魅力もまた未知子に大きく依存している。というか彼女がすべてだ。女性が持つ「魔」の部分、もしくは本能の部分をカリカチュアした未知子の存在に、他の人物はただただ翻弄され、そしてインスパイアされていく。この過程が実に面白い。そして後半の舞台となる未開の島において、物語は壮絶な結末を迎える。とってつけたような未知子の正体だけはちょっとマイナスだが、香山滋の女性観みたいなものが強烈に味わえる作品と言えるだろう。

 同時収録の『ペット・ショップ・R』は、女性の魔性やエロチシズムをさらに究めたようなサスペンス。
 証券会社に勤務する矢島京子は、あるとき「R」というペットショップから、十倍の給料を出すので働いてほしい、とスカウトされる。ペットショップのオーナーは動物学の権威、宇奈木晴美。あまりの条件に京子は恋人の佐山明に相談したが、偵察に向かった佐山は逆に晴美の虜となる始末。京子は佐山をかけ、あえて転職を決意するのだが……。
 こちらは登場する女性がそれこそ全員、未知子のような存在である。フェティシズム・レズビアン・サディズムなど、特殊な性癖が頻出するが、直接的な描写は少ない。しかし、それこそ行間からは芳醇なエロチシズムが溢れており、妄想を膨らませる。こちらも『魔婦の足跡』同様、いったいこいつらはどう決着をつけるのだという興味も出てくるが、ある意味これしかないというカタストロフィを準備しており、香山滋の女性観が色濃く出ている気がする。
 探偵小説とか幻想小説とか、そんな括りに囚われることのない。香山滋のジャンルは香山滋なのだ、そう再認識できる一冊であった。ただ『魔婦の足跡』、『ペット・ショップ・R』と続けて読むと、かなり胃にもたれます。


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Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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