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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

国枝史郎『神州纐纈城』(講談社大衆文学館)

 節分。会社の近所のコンビニエンスストアでは太巻き寿司を一気に売らんがため、太巻き寿司を買った人にはもれなくペットボトル入りのコーヒーを無料でサービスしている。そのサービスは評価できるが、何故ゆえにコーヒー?

 いつ読もうかと思っていた国枝史郎。未知谷の国枝史郎伝奇全集を買っていながら、かつて読んだのはいくつかのアンソロジーに収められているいくつかの中短編のみ。恥ずかしながら完全未読猫に小判状態だった作品群を、ようやく読むことにした。そのくせ実際に読むのは講談社の大衆文学館版だったりするのだが。だって未知谷版は重いし(笑)。

 で、記念すべきその1冊目は最高傑作との呼び声も高い『神州纐纈城』。
 武田信玄の寵臣、土屋庄三郎。彼が夜桜見物の折に老人から買わされた、深紅の布がすべての始まりだった。この布こそ、人の血で染め上げられたという呪われた纐纈であったのだ。布の発する妖気の為せる業か、庄三郎はかつて行方しれずとなった自分の両親と叔父を捜すための旅に出るが、いつしか奇面の城主が君臨する纐纈城や神秘的な宗教団体が隠れ棲む富士山麓へと誘い込まれてゆく……。

 ううむ、こりゃすごい。噂に違わぬ傑作である。
まず、その流れるような文体が心地よい。やや講談ノリの文章は実にリズミカルで、かつ語るべきところは語り、走るところは走る。緩急のつけかたが巧みというか、伝奇ロマンを語るうえで文体が実に重要なことを再確認させてくれる。

 そして実に魅力的な登場人物たちとストーリー展開。纐纈城の奇面の城主、宗教団体の教祖、狂言回しの少年甚太郎、殺人鬼の陶器師、面作師の月子などなど……。
 一応は庄三郎が主人公ではあるが、彼らの誰をとってもそれだけでひとつの物語が成立するぐらい強烈な個性の持ち主ばかりだ。彼らが纐纈を中心としてすれ違い、交差する物語はエロ・グロ・ナンセンスに彩られ、まったくもって予断を許さない展開を見せてゆく。半村良は解説で、連載ならではの「行き当たりばったり」がその秘密ではないかと書いているが、そこまではいかないにしろ筋書きは確かに読めない。読者も庄三郎のごとく、この奔放な物語にただただ流され、身をまかせるしかない。

 『神州纐纈城』は残念ながら未完の作品で、まだまだこれからというところで物語は中断している。だが、それゆえに完全な作品なのだという説もあるほど、想像力というスケールは大きい。そうか、伝奇小説とはこのようなものだったのだ。面白い。面白すぎる。大正時代にこれだけの物語を書き上げた国枝史郎。恐るべし。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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