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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

国枝史郎『八ヶ嶽の魔人』(講談社大衆文学館)

 京都日帰り出張。京都滞在時間三時間。研修の翌日だけにひたすら疲れる。
 それでも車中で国枝史郎は何とか読了。『神州纐纈城』、『蔦葛木曽棧』と並んで国枝史郎の三大伝奇長篇と謳われる『八ヶ嶽の魔人』である。

 かつて秘峰八ヶ嶽を舞台に、一人の姫をめぐる兄弟の対立があった。その確執と凄惨な結末は、やがて兄弟の末裔による山窩族と水狐族という二つの民の争いを招き、さらには時空を越えて、呪われたヒーロー鏡葉之助に様々な怪異となって降りかかる。

 本作『八ヶ嶽の魔人』には、他の二冊『神州纐纈城』と『蔦葛木曽棧』にない大きな特徴が二つある。
 まずは唯一『八ヶ嶽の魔人』が完結している物語であるということ。先日の日記でも「未完」ということについて少し書いてみたのだが、この完結しているという事実が作品の評価にマイナスの影響を与えていると見る人もおり、まったく伝奇小説というやつも奥が深いというかよくわからんというか。
 もうひとつの大きな特徴は、本作が一人の主人公にしっかりとスポットを当てて描いているということである。『神州纐纈城』や『蔦葛木曽棧』にも主人公は一応いるが、それは狂言回し的役割であったり、物語を動かす為のきっかけであったりという面が強かった。その点、本書では鏡葉之助という主人公を中心に据えているので、物語の流れはきっちりしており混乱は実に少ない。
 完結しているという点と合わせ、正に本書は娯楽小説として成熟した姿であり、伝奇小説の素晴らしいサンプルといえるだろう。
 しかしながら、その分どうしてもこぢんまりした印象を受けざるを得ないのも事実。強烈なキャラクターたちが入れ替わり立ち替わり現れては去ってゆく、あの混沌としたエネルギー、読み手を幻惑させるほどのパワーには欠けるのだ。『蔦葛木曽棧』の完結バージョンではそれほど感じなかったのだが、本書では確かに、完成度と引き替えにスケールや奔放さが犠牲になっている。

 ただ誤解しないでもらいたいのは、これはあくまで『神州纐纈城』や『蔦葛木曽棧』のような大傑作と比べた場合の話であって、本書だってもちろん傑作である。とりわけ葉之助が獣たちと共に敵と闘うクライマックスは本書一番の見せ場で、個人的にはこのシーンを読むだけでも買いである。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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