Posted in 07 2006
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蒼井雄『瀬戸内海の惨劇』(国書刊行会)
蒼井雄の『瀬戸内海の惨劇』読了。
この人は作品の数が少ない割には意外と名前を知られている作家であろう(もちろん探偵小説好きに限っての話だが)。最も有名なのは、もちろん創元推理文庫の『日本探偵小説全集12』に収録されている『船富家の惨劇』で、概ねその一冊で知られていると思って間違いない。
長編では他に、本日読んだ『瀬戸内海の惨劇』があるのみ。あとは短編がいくつかというぐあいで、執筆時期はほとんど戦前に限られていたようだ。
蒼井雄は当時には珍しく本格の道を歩んだ人でもある。その時期にまじめに本格を書いていた人というと、他には浜尾四郎や大阪圭吉などがいるが、蒼井雄はその二人ともまた路線が違い、リアリティを重視した作家である。
特筆すべきはアリバイ崩しなどを謎の中心にもってきたことだが、変格全盛の時代にそのような地味な作風が受けるはずもなく、自然と消えていったのだろう。鮎川哲也などにも影響を与えたらしいが、十年ほど世に出るのが早かったといえるかもしれない。
さて、『瀬戸内海の惨劇』はそんな作者の特徴が色濃く出た一作。瀬戸内のある島で発見された死体に端を発し、柳行李の行方を追うという展開、ついには事件に隠されたある一族の悲劇が浮かび上がる。
まあ、こうして文章にすると、それなりに面白そうには思えるが、基本は上でも書いたように警察側の地道な捜査と推理によるアリバイ崩しである。それはいいのだが、問題はそういう話を魅力的に見せるだけの文章力があまりないように思えることだ。ただでさえ地道な捜査の状況が続いて構成的にパッとしないところに加え、文章がもうひとつ説明的だったりすることで、読者はますます退屈の度合いを増してゆく。
また、解説でも触れられているが、基本的にはリアル志向のはずの物語なのに、事件の設定や背景となるエピソードなどは妙に横溝的である。少しは読者におもねる気持ちがあったかどうかはわからないが、結果的にはこれが全体のバランスを著しく崩し、読んでいて大変気持ち悪い。
作者のやりたいことはすごくわかる。わかるのだが、その志に小説の技術が追いついていないというか。不遜ながらそんなことを感じた一冊であった。
この人は作品の数が少ない割には意外と名前を知られている作家であろう(もちろん探偵小説好きに限っての話だが)。最も有名なのは、もちろん創元推理文庫の『日本探偵小説全集12』に収録されている『船富家の惨劇』で、概ねその一冊で知られていると思って間違いない。
長編では他に、本日読んだ『瀬戸内海の惨劇』があるのみ。あとは短編がいくつかというぐあいで、執筆時期はほとんど戦前に限られていたようだ。
蒼井雄は当時には珍しく本格の道を歩んだ人でもある。その時期にまじめに本格を書いていた人というと、他には浜尾四郎や大阪圭吉などがいるが、蒼井雄はその二人ともまた路線が違い、リアリティを重視した作家である。
特筆すべきはアリバイ崩しなどを謎の中心にもってきたことだが、変格全盛の時代にそのような地味な作風が受けるはずもなく、自然と消えていったのだろう。鮎川哲也などにも影響を与えたらしいが、十年ほど世に出るのが早かったといえるかもしれない。
さて、『瀬戸内海の惨劇』はそんな作者の特徴が色濃く出た一作。瀬戸内のある島で発見された死体に端を発し、柳行李の行方を追うという展開、ついには事件に隠されたある一族の悲劇が浮かび上がる。
まあ、こうして文章にすると、それなりに面白そうには思えるが、基本は上でも書いたように警察側の地道な捜査と推理によるアリバイ崩しである。それはいいのだが、問題はそういう話を魅力的に見せるだけの文章力があまりないように思えることだ。ただでさえ地道な捜査の状況が続いて構成的にパッとしないところに加え、文章がもうひとつ説明的だったりすることで、読者はますます退屈の度合いを増してゆく。
また、解説でも触れられているが、基本的にはリアル志向のはずの物語なのに、事件の設定や背景となるエピソードなどは妙に横溝的である。少しは読者におもねる気持ちがあったかどうかはわからないが、結果的にはこれが全体のバランスを著しく崩し、読んでいて大変気持ち悪い。
作者のやりたいことはすごくわかる。わかるのだが、その志に小説の技術が追いついていないというか。不遜ながらそんなことを感じた一冊であった。