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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


Posted in 07 2007

ロバート・B・パーカー『ダブルプレー』(早川書房)

 本日は抜歯の日。以前に虫歯の治療をした親知らずの詰め物がとれてしまい、虫歯も再発しているということで、結局抜くことになったのだ。抜歯自体は意外に早く終わったが、けっこう鈍痛が続いてブルー。皆さんも歯は大切に。


 ハードボイルド界の第一人者といってよいだろう。ロバート・B・パーカーは、強いアメリカ、正しいアメリカを擬人化したようなキャラクター、つまりスペンサーを創造し、そのシリーズで好評を博してきた。さすがにデビュー以来30年以上も続いているのでマンネリ感は拭いようもないが、スペンサーの言動は今もってブレもなく、直接的に心に訴えるようなパワーは認めなければならない。
 問題は、パーカーがどんなテーマの物語を書こうが、どんな主人公を描こうが、どれも同じような印象しか残らないという点だ。要はすべてがスペンサー・シリーズの亜流にしか思えないのである。

 本日読んだ『ダブルプレー』は、そのパーカーが発表したノン・シリーズ作品。メジャーリーグの史実をネタにした異色のハードボイルドだ。
 大リーグ初の黒人プレイヤーとしてデビューしたジャッキー・ロビンソン。覚悟していたこととはいえ、プレイ中でも球場の外でも悪質な嫌がらせを受ける始末だった。そこにボディガードとして雇われたのが、ジョゼフ・バーク。第二次大戦によって身も心もボロボロになって帰還したが、ボクシングを学び、裏社会の仕事で再起した男だった……。

 ううむ。やはりスペンサーもののアレンジという印象は拭えない。バークとジャッキーの会話はスペンサーとホークのそれを連想させるし、おしゃべりと寡黙という違いはあるにせよ、バークの自信に満ちた言動はスペンサーそっくりだ。心に深い傷を持ち、それを押し隠しているキャラクターのはずなのに、ただの自信満々の男にしか思えないのは、パーカーの単なる好みなのか、それとも限界なのか。
 ただ、スポーツ界における人種差別というテーマは魅力的だし、パーカーの描きたかったことは非常によくわかる。わかるのだが、アプローチが浅いのがなんとももったいない。
 パーカーが書いたと言われなければ、もう少し甘い評価でもいいのだが……。


デヴィッド・イェーツ『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』

 先週の土曜日のことになるが、劇場で『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』を観てきた。小説としては、ハリーの精神的成長とそれに伴う葛藤などが前面に出た作品で、発売当時はそこに賛否両論あったように記憶する。なんせ悩むハリーが周囲に当たり散らしたり僻んだり、というような状況である。おまけにある重要な人物が死ぬというラストだから、ファンタジーで和みたい人にとっては、なかなかきつい物語ではあったに違いない。
 映画ではより広い客層を意識してのことか、そのあたりをだいぶソフトに抑えていて、それほどハリーの嫌な部分は出さずに構成されていたように思う。むしろ魔法省から派遣されたアンブリッジの個性を強く出すことで矛先をそらし、基本的には悩んだハリーが友人や仲間に支えられていることを再認識するという、某マンガ雑誌的なノリで無難にまとめている。要は誰が観ても安心して楽しめる作りである。

 ちなみに、個人的にこの映画で一番期待していたのは、終盤の敵味方入り交じっての魔法バトルのシーンだった。一対一というのはこれまでの作品にももちろんあったのだが、多対多、しかも魔法メインのバトルというのは、ハリポタに限らずありそうでなかったシーンである。
 残念ながら、時間も短く期待したほどではなかったのだけれど(苦笑)、最終作あたりではもっと洗練されたシーンが観られるよう期待したいところだ(そんなシーンがあればの話だけど)。


ウィリアム・モール『ハマースミスのうじ虫』(創元推理文庫)

 やや仕事が落ち着いた感じ。金曜辺りからようやく一息つくことができた。それにしてもこの二週間というもの、まったく趣味のための本を読んでいないのに自分でもびっくりである。読書時間がないこともなかったのだが、睡眠不足のせいで、本を開いたとたんにいきなり落ちる癖がついてしまったのが我ながら情けない。まあ、ブログの更新も読書ペースもぼちぼち上げていこうと思っているので、今後ともご贔屓に。


 本日は本当に久々に何もしない一日。といっても朝イチで投票には行ったし、帰宅後は汗だくで洗車(夕方からの大雨が恨めしい)。


 久々に読み終えた一冊は、ウィリアム・モールの『ハマースミスのうじ虫』。東京創元社のクライムクラブに収録された中でも、とりわけ復刻が期待された、伝説の書ですな。

 ワイン商にして探偵趣味の持ち主であるキャソン・デューカー。彼は社交クラブで酔いつぶれる銀行の重役ロッキャーから、巧妙な恐喝を受けているという話を聞き出す。キャソンは僅かな手がかりから容疑者を見つけ出し、徐々に追いつめてゆくが……。

 幻の名作というのは得てして腰砕けに終わることもあるのだが、とりあえず本作は期待に違わぬ傑作といってよいだろう。
 ただし、期待には違わないものの、そのイメージはまったく予想していなかったものであり、とにかく、とんでもない話を読んでしまったというのが最初の感想である。

(以下ネタバレあり)

 本書における目玉はふたつ。ひとつは探偵の執拗な推理と捜査。もうひとつは探偵と犯人との緊迫感にあふれる知的対決である。こう書けば普通はサスペンス色の濃い本格だろうと思うところだ。例えばイーデン・フィルポッツの『闇からの声』のような。ところが、通常のミステリとは微妙に構造が違うというか、世界が違うというか。

 そもそも探偵役のキャソンのキャラクターが変だ。素人探偵なのはよいとして、その動機である正義感が歪なのである。被害者に同情しているとか、社会正義のためだとか、作中でも一応は説明が為されているけれども、どこか犯人よりも嫌らしく感じるほどの粘着ぶりが凄い。
 被害者が恥をさらすのは嫌だから証言したくないと言っても、他に被害者を出すわけにはいかないと宣うのだが、これがまったく誠実さをもって響いてこない。「おまえが手柄あげたいだけちゃうんか?」と思わずツッコミ入れたくなるくらいである。いっそのこと「捜査は僕の楽しみなので、被害者のことなんか知りません」といってくれる方がまだ気持ちいい。とはいうものの、このキャラクターの危うさが新鮮でなぜか魅力的なのである。

 一方の犯人の動機も特殊である。いわゆるアッパーミドル志向とでもいうのだろうか。なんとも中途半端な動機ではあるが、当時はかなり斬新であったはずだ。ただ、このような動機は今では掃いて捨てるほどあり、これはもしかすると当時すでに凋落が見られた英国と、今の日本の状況がけっこう重なっているということなのだろうか。まあ、これは本題から外れるのでまた別の機会に。

 とりあえず、本書はそんな二人が対決する話であるのだが、既におわかりのように、キャラクターとしては圧倒的に探偵側の存在感が勝っている。先に「探偵と犯人との緊迫感にあふれる知的対決」などと書いたが、実質的には探偵のストーカー的なまでの捜査により、一方的に犯人が叩きのめされる物語といってもよい。
 そんな物語が本当に傑作なのかという問いは野暮。本書はそれまでのミステリとは別の世界、お約束が微妙に異なる世界で書かれたミステリと考えるべきであり、マニアであれば一度は体験しておくべき物語なのだ。


吉祥寺にミステリ専門古書店がオープン

 金曜はクライアントと朝まで飲み、土曜は朝まで仕事、偉いぞ、俺。

 で、本日は骨休みとばかりに吉祥寺へぶらっと出かける。そこで見つけたのが、なんと新しく開店したばかりのミステリ専門古書店、その名も「そら屋六進堂」である。しかも、場所があの「TRICK+TRAP」のあったところで、何か関係があるのかと思い店主にいろいろとお話をうかがう。
 ちなみにお店のHPはまだないようだが、店主が開業前からの様子を綴ったブログをやっている模様。苦労談など、なかなか面白いです。

http://d.hatena.ne.jp/Ken-ichi_Y/

 この店のある通りでは、「TRICK+TRAP」を含めて過去にミステリ専門店が二件ほど店をたたんでいるので、このお店にはぜひとも頑張ってほしいものである。

最近のニュースから

 ちょっと仕事が立て込んで更新をさぼり気味。読書も情けないぐらい進まず。

 そうこうしているうちに世間では芥川賞と直木賞の発表があったそうな。でも両方の作家さんともまったく読んだことないので、コメントはパス。
 ただ、ネット上では北村薫が直木賞の鉄板だったようなこともチラホラ目にしたが、そうだったの? 二十年前にはミステリ作家が直木賞をとることなどまず考えられなかったわけで、それを思えばミステリ作家の地位も上がったものだと感慨しきり。それこそ一時期はミステリ作家ばかり受賞が続いたこともあったし。最近は直木賞の性格そのものが作品ではなく作家に対しての賞みたいなところも多分にあるようにも思われるから、あまり一喜一憂することもないのではないか。当事者にしたらそんな悠長なことも言ってられないだろうけどね。

 ハリポタも完結編が発売されたようで。
 といっても原書の話なので英国などでは大騒ぎだが、日本ではいたって静かな模様。丸善の丸の内本店では華々しく発売カウントダウンイベントをやったそうだが、購入者の行列がたった二十人。ううむ、原書とはいえ、なんとも痛々しい。
 海外ではニューヨークタイムスの書評かなんかでネタバレをやったらしく、ローリングさん激怒というニュース。発売前の書評でネタバレするとは何事か、というわけだが、まあ別にハリポタでなくともそういうことはよくあるわけで、別にけなした書評でもないし、それほど大きなネタバレでもなさそうだから、いちいち気にしなくともいいだろうに。売れない作家だったら、書評に採りあげられるだけで大喜びだぞ普通は。おまけにローリングの「世界中の子供の夢を壊す行為」などという物言いには傲慢なものを感じて、ちょっと嫌な気分になってしまった。そもそも重要な人物が死ぬとか最初に言ったのは、作者本人ではなかったか確か。そっちの方がよっぽど夢を壊していると思うが。
 一応は完結編も読もうと思っていたのに、なんだか白けてしまった。

ルネ・クレール『そして誰もいなくなった』

 台風が行ったと思ったら、今度は地震か。もう本当に安全なところって、どこにもないような気がする。被災地の皆さんには心よりお見舞い申し上げます。


 先日、購入したDVD『そして誰もいなくなった』を鑑賞。クリスティの名作中の名作なので、内容についての詳しい説明は不要だろう。過去に三度ほど映画になっているはずだが、今回観たのは一番古いルネ・クレール監督のものである。モノクロだし、まるで舞台の一幕劇のようなようなこじんまりした作品だが、それがかえって良い味を出していて雰囲気は悪くない。ただ、ラストの謎解きがもう少し親切ならよかった。あれだと原作を知らない人は、少し意味がわかりにくいかもしれない。
 ちなみにエジプトかどこかを舞台にした二番目のものは、遠い昔、学生時代に京都の名画座で観た。あまり評価の高い作品ではないが、当時はけっこうそれなりに楽しめた記憶がある。まだDVDにはなっていないようだが、ちょっと比べてみたい気も。


『ブラッドリー夫人の推理/迅速な死』

 台風4号はどうやらピークを越えた様子。昨日の日記でも書いたとおり、本日は終日家にこもっておとなしくしておりました。

 ミステリチャンネルで録画した『ブラッドリー夫人の推理/迅速な死』をようやく観る。セレブなブラッドリー夫人はいかがなものかという気はしたが、ミステリとしてはいい線いっている。ごくごく限定された状況での犯罪なので、よく考えればネタも犯人も予想できる範囲だが、それでも伏線などは実に丁寧に張って、真面目に推理ドラマを作ろうとするところに好感が持てる。ちなみに『迅速な死』はグラディス・ミッチェルの長編デビュー作のはずだが、このレベルなら翻訳を出してもいいのではないかなぁ。
 なお、ブラッドリー夫人を演じたのはダイアナ・リグという女優さんだが、『女王陛下の007』でボンド・ガールをやったり『地中海殺人事件』にも出演しているらしい。

ローレンス・ブロック『快盗タナーは眠らない』(創元推理文庫)

 台風と三連休が重なり、レジャー関係者と選挙関係者はさぞや頭が痛いだろうなぁ。こちらは三連休明けから仕事がかなり立て込むため、この三日間はできるだけおとなしくして、鋭気を養う予定。
 テレビを買い換えたこともあって、ゲームやDVDも少し仕入れたし(ちなみにゲームは『ドラゴンクエストソード』、DVDは『そして誰もいなくなった』)、引きこもって楽しむ予定である。あ、読書はもちろんですが。


 読了本はローレンスブロックの『快盗タナーは眠らない』。マット・スカダーやバーニイ・ローデンバーの前にブロックが書いていたシリーズ、エヴァン・タナーものの第一作である。一応はスパイものになるのだろうが、いやいや、なかなかに変な話であった。

 主人公のエヴァン・タナーは戦争の後遺症でまったく眠ることができなくなったという特徴を持つ。その浮いた時間であらゆる外国語を習得、さらには様々な世界中の組織と人脈を作り、知識を蓄えた男だ。その彼がニューヨークで出会ったアルメニア人からトルコに隠された一大財宝の在処を聞き、財宝奪取を目指すというストーリー。

 先ほど変な話と書いたけれども、それは本作が結果的に、当時流行していたスパイもののパロディとして成立しているからだ。タナーはトルコに入国したもののCIAのスパイと疑われて強制退出させられ、途中アイルランドで護送警官を振り切ることに成功、そしてヨーロッパ各国の独立組織の助けを借りながら、再びトルコを目指すのである。全編ほぼその道中のエピソードであり、とにかくストーリーが完全に破綻しているというか超適当である。ブロックが最初からスパイもののパロディとして書いた可能性は高いのだが、柳の下のどじょうを狙ったものがたまたまおかしな方向に流れてしまった可能性もまた捨てがたいと思う。
 で、困ったことにこれがまた面白いのだ。発表年は1966年と、ブロックとしてはかなり初期の作品になるのだが、すでに淡々というか飄々というか、ブロックおなじみの語り口はほぼ確立しており(ただ、これは翻訳者のお手柄かもしれない)、それがこの破天荒なストーリー展開をある意味シュールに見せており、何ともいえないユーモアを醸し出している。
 思ったほど主人公のキャラクターが立ってないのが少々残念だったが、これはシリーズ第一作というせいもあるかもしれないので、今後に期待したい。というわけで、残りの作品もすべて翻訳希望。


ジョージ・C・チェスブロ『摩天楼のサファリ』(扶桑社ミステリー)

 ジョージ・C・チェスブロという作家がいる。今ではあまり聞かない名前だが、15、6年ほど前に『ボーン・マン』という作品で「このミス」のベストテンに入ったこともあるので、覚えている人もいるかもしれない。ホームレスの男を主人公にし、ニューヨークの地下を舞台にするという奇抜な設定の『ボーン・マン』は、不思議な、そしてスリル満点の物語で、なかなかの傑作だった。
 しかし、なぜかそれ以後翻訳はなく、日本では一発屋のイメージが定着しているのではないだろうか。実際にはその前にも翻訳作品はあるのだが、とっくに絶版の上に話題性ではもっと低いので、そういうイメージも仕方あるまい。ただし多作とはいえないまでも、その後も本は書き続けているし、本国ではすでに20冊以上の著書もある。決して過去の作家というわけではないと思うのだが本当のところはどうなのだろう?

 前置きが長くなったが、そのジョージ・C・チェスブロの本が久々に出た。『摩天楼のサファリ』である。これがまた評価に困る内容であった。こんな話。
 普段は画家の顔を持つ主人公ヴェイル。元CIA工作員にしてマーシャルアーツの達人である。また、夢と現実の境界を生きる男でもあった。何と彼は、他人の行動や感情を、夢として追体験することができるという特殊能力を持っていたのだ。その彼の前に、アフリカから来た青年が現れる。青年は密輸団に盗まれた部族の神像を奪い返すためにやってきたのだが、深手を負って都会のただ中に姿を消す。青年を救おうとする女性とともにヴェイルは青年の探索に乗り出すが、一方、巨大な犯罪組織もまた神像を狙って動きだしていた……。

 ううむ、純粋なミステリかと思ったら、けっこうSFっぽい設定。
 夢で他人の行動を知るという部分がミソではあるが、とりあえず思ったのは、それがどうにも生かされていないのではないか、ということ。なんせ語られる事件が派手なアクションものであり、しかも主人公が絶対に負けないであろうという雰囲気を漂わせすぎている。先のSF的要素が物語に多少のアクセントや深みは与えるにせよ、このスーパーヒーロー的演出に完全に負けているというか、無くてもほとんどストーリーには影響がないのである。

 ちょっと思い出したのが、日本でも二十年ほど前にはやった、夢枕獏や菊池秀行らに代表されるスーパーバイオレンスアクション小説(ちなみに原作の発表年もだいたい同じ頃のようだ)。格闘技やスーパーナチュラル、宗教の要素などを味付けとして、過激なアクションで一世を風靡したジャンルである。あの手の作品群と印象がけっこう似ており、しかも正直な話、夢枕獏のサイコダイバー・シリーズとかの方がそういった設定を活かしているし、面白さも上ではないか。
 新手のヒーローものと思えば割り切れるが、久々のチェスブロに期待しすぎたせいか、ちょっと物足りなさばかりが残ってしまった。


テレビ購入

 テレビが届く。地デジ+フルハイビジョンがここまで綺麗だとは思わなかったよ。しかし、電気屋が接続を中途半端にして帰っていったらしく、なぜかケーブルテレビだけが上手く映らず、喜びも中くらいなりおらが春。いかんせん再び動かすとなると、周囲のステレオやら何やらを何とかしなければならず本日は一時撤退。設定は週末にでもゆっくりやりますかね。
 ああ、これでようやく録画しておいた、ミステリチャンネルのブラッドリー夫人が観れるぞお。でもケーブルテレビのチューナ&HDに録画してあるので、結局、設定を終わらせないとこれも観れないんだけれどね。

クリスチアナ・ブランド『マチルダばあやといたずらきょうだい』(あすなろ書房)

 昨日のことになるが、ようやく『パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド』を観る(ややネタバレありにつき注意)。

 『ワールド・エンド』は確か二作目と同時に作られたと記憶するが、それでも三作目で明かされる各種の事実に納得いかないものが多すぎて、しょせんハリウッド映画はこんなものだろうと思いながらも、結局釈然としない。
 前作であれだけ苦戦したクラーケンがいつのまにか死んでいたり、ジャックが彷徨う死後の世界の設定の弱さ、肝心の海賊たちの見せ場のなさ、とってつけたようなカリプソの正体&復活後の行動の意味不明さなど、単純につまらないと思えるところも多い。
 ラストの大渦巻き上で行われる二隻の帆船でのバトルはなかなかのものだが、それ以外は全般的にだめだめ。とにかくもったいない企画である。おそらくは要素を詰め込みすぎてまったく消化しきれていないのであろう。ストーリーを締めるピリッとしたポイントがないのである。少なくとも一作目はそれがあったのにねぇ。


 本日の読了本はクリスチアナ・ブランドの『マチルダばあやといたずらきょうだい』。
 クリスチアナ・ブランドといえばもちろん英国を代表する女流探偵小説作家。コックリル警部を探偵役とするシリーズが有名で、ポケミスで多くの著書が読める(ただし最初に読むなら創元推理文庫の短編集『招かれざる客たちのビュッフェ』あたりがおすすめ)。

 そんな彼女が、実は三作ものジュヴナイル作品を残している。三作すべてにマチルダばあやが登場し、『マチルダばあやといたずらきょうだい』はそのシリーズ第一作目にあたる。
 児童書なので話は単純。あるところにブラウンさんという一家が暮らしており、そのたくさんの子供たちはとにかくいたずらが大好き。そこで彼らがみんないい子になるよう、マチルダばあやがやってきて、きちんと躾けるというお話。

 まず最初にことわっておくと、残念ながらミステリ色は皆無。
 基本的には子供たちのいたずらに笑って、さらにマチルダばあやの懲らしめ方にまた笑えばよいと思う。書かれた時代ゆえにかなり残酷な描写や差別的な描写が多く、ブラックなイメージもなかなか。この辺はブランドの面目躍如といったところか。
 ただし純粋に児童向けの物語なので、当然ながら相応に説教臭は強く、子供ばかりではなく親もまた一緒に成長しなければというメッセージも含まれている。子供は大人を映す鏡であるという言い方があるが、それをしっかり反映させた作品でもある。

 なお、本書は以前に『ふしぎなマチルダばあや』というタイトルで学習研究社から出ていたものの復刻版である。


ドナルド・E・ウェストレイク『殺しあい』(ハヤカワ文庫)

 ニューヨーク州の地方都市ウィンストン。ギャングと政財界、役人の癒着は今に始まったことではなく、昔から人々はそれなりに折り合いをつけて暮らしてきた。主人公のティムもその一人。自ら犯罪に手を染めることはなかったが、見て見ぬふりをすることで生きる糧を得、今では街で唯一の私立探偵として、不自由のない生活を送っていた。
 そんなある日、「市政浄化連盟」と名乗る団体から、ウィンストンの汚職を正すべくティムに接触がある。同時にティムの命を狙った事件が立て続けに発生し、いつしかティムは街中を揺るがす大事件のど真ん中にいる羽目になる。

 ドナルド・E・ウェストレイクの長編第二作目『殺しあい』を読む。ハードボイルド界の期待の新星と言われていた頃の作品で、大量殺戮が描かれていることから、ハメットの名作『赤い収穫』とも比較される。ただ、さすがにこの比較は分が悪いとしても、ウェストレイク流の『赤い収穫』も十分に満足できるレベルである。

 ハメットの作と大きく違う点は二つ。
 一つはあそこまで辛口のハードボイルドには至っていないこと。まあ、人は山ほど死ぬのだが、主人公の設定が少々甘口。というのも主人公はギャングではなくあくまで民間の探偵。タフなやりとりには場数を踏んでいても、自ら人を殺めることはない。それどころかクライマックスの大量殺戮が始まった直後は、ショックのあまり相棒にハッパをかけられる始末だ。しかし、こういった機微、つまり一見タフに見えながら、実はデリケートな部分を含む男だからこそ、物語に深みを与えるわけであり、ただの殺伐とした物語にしたくはないというウェストレイクの計算であろうと思う。
 もうひとつハメットと異なる点。そして、これもやはりありきたりのハードボイルドにしたくないという気持ちの表れだと思うが、謎解きの部分が意外なほどしっかりしていることだ。これはデビュー作『やとわれた男』でも同様だが、ちゃんと終盤に関係者を集めて謎解きを行うシーンまである。しかも本作では、登場人物同士で犯人を推理し合うみたいな場面まで盛り込まれているから楽しい。

 残念なのは、登場人物が多すぎるのと、そのせいでキャラクター造形が全般的にやや弱いところ。あれだけの数だとどうしても薄味になるのは避けられないのかもしれないが、主人公のキャラクター以外に印象的な人物が少なく、その面での満足度はちょっと低い。
 そうはいっても全体的には非常に満足できる作品。よくもこの複雑な要素を巧くまとめたなというのが一番の感想だ。意外な犯人の正体と事件の絡繰りがほぼ明らかになったところで、クライマックスの壮絶な戦いにつなげるところもサービスが行き届いている。そして何とも印象的な苦い結末。
 現在のユーモア・ミステリもいいのだけれど、こういうタッチのものも、たまに書いてくれてもいいのにね。


東京国際ブックフェアへ

 本日よりビッグサイトで東京国際ブックフェアが開催される。仕事絡みで午後から顔を出すが、実は関係あるのは、同時開催中のデジタル パブリッシング フェアの方である。DTPとか電子書籍とか、そっち方面。
 しかし、そこはミステリものの性で、ついふらふらと角川グループの出展ブースへでかけ、横溝正史全集302作が収録されたSDカードとワーズギアのセットを触ってみる。ははあ、思ったよりは読みやすい。ワーズギアとのセット価格57500円はそれなりに高価だが、やはり文庫ですべて集めることを思うと、効率も値段も全然お得であろう。しかも文庫未収録の「十二時前後」「黄色い手袋」の二作を収録しているという付録付き。この辺は商売も上手い。
 ただし、PCで読めないのは残念だ(あくまでワーズギア専用なのである)。もちろんワーズギアに独占させたからこそこういう企画も成り立つのだろうし、まぁこれには目をつむろう。
 むしろ最大の欠点は、せっかくデジタル化しておきながら、検索もメモ機能も一切ないこと。いやしくも電子書籍の肝は検索とリンクなのである。デジタル化しておきながらデータベースとして活かせないのはあまりに無意味。ただ読むだけなら読書家は本の方に愛着があるわけで、その辺を理解していないと、せっかくの優良コンテンツも絵に描いた餅に終わってしまう。ここはワーズギア関係者にもっと頑張ってもらいたいものだ。

 ちなみにグーグルのブースで資料一式を受け取ったのだが、何とブックフェアということで、グーグル・オリジナル・ブックカバー(文庫用)が入っておりました。ブックフェアは日曜までやっているので、興味のある方はお早めに。

天城一『宿命は待つことができる』(日本評論社)

 天城一の『宿命は待つことができる』を読む。日本評論社から日下三蔵氏の編集で刊行されている天城一の傑作集で、その三巻目。なんと今回は長編の『宿命は待つことができる』を丸ごと収めたうえに、加えて短編を8つ。しかもそのうち1編は書き下ろしというから、相変わらず素晴らしい仕事ぶりである。まずは収録作から。

『宿命は待つことができる』
「彼らマンダレーより」
「春は名のみか」
「春の時代の殺人」
「落葉松の林をすぎて」
「東京駅23時30分 ―湘桂ブルース―」
「春 南方のロ-マンス」
「早春賦」
「失われた秘策」

 本書の肝はもちろん長編の『宿命は待つことができる』だ。これは天城一の二つ目の長編であり(ちなみに一作目「圷家殺人事件」は光文社文庫『甦る推理雑誌5「密室」傑作選』で読めます)、かつて第一稿が書かれた際には東西の探偵作家らに「小説が下手」と散々な言われようだった曰く付きの作品。それが長い年月と改稿(なんと本作に収められたのは第六稿らしい)の果て、遂に刊行されたわけであるから、探偵小説好きにはこのエピソードだけでも堪えられない。
 ただ、そんなエピソードを知ってしまうと、これはとんでもない地雷に大枚をはたいたのかと思いきや、マニアに独占させておくにはもったいないほどの出来ではないか。

 語り手は主人公にして探偵役の島崎警部。一枚の写真に写った女性について、島崎が回想するところから物語は幕を開ける。その女性はある事件において重要な役割を果たしたが、その後消息を絶ち、島崎と再会したときにすべてを打ち明ける。そして島崎と女性の会話のなかで、島崎まだ若かりし頃の当時の事件が浮かび上がってくる……。

 本作は普通なら本格というジャンルに位置づけされる作品ではある。密室殺人然り、意外な犯人然り。それらの要素は今までの天城作品をしっかりと踏襲するものであり、本格マニアを満足させる部分ではあった。だが長編という性質ゆえか、いつもの天城作品をよりピーキーに際だたせている特徴もあり、それが本作をただの本格に終わらせていないようにも思える。
 例えば、戦後という空気をより鮮明に浮かび上がらせる設定。例えば本格にあるまじき主人公の思考や苦悩。例えば、ヒロインという立場以上の存在感を持つ華族にして娼婦の女。明らかにそれらの要素は、本格というよりハードボイルドのそれに近い。
 しかしハードボイルドというにはまた少し違うわけで、結果として本格でもないハードボイルドでもない独自の世界を作り上げている。無茶を承知で言えば、スタンスはクイーンのライツヴィルものに近いのかもしれない(むしろそれより濃いか)。ミステリをミステリとして終わらせない何か。かつてクイーンがはまった道を、天城一も辿ろうとしたのか。それは作者以外にわかるわけもないが、少なくとも「戦後」という要素は、本作において明らかに本格のガジェットを越えたところにある。
 ヒロインの告白。真犯人の告白。島崎の活躍だけでは追いつかない場面もあり、構成的にもどうよ、という感じはするのだが、ここはあえて良しとして、作者の主張に耳を傾けるべきであろう。
 個人的には大満足の一冊。


ポール・アルテ『狂人の部屋』(ハヤカワミステリ)

 今週は仕事が微妙にいろいろとあるのと、体調がイマイチなこともあって、なかなかブログの更新も読書もままならない。月の読了数も久々に十冊をきってしまったが、もう少しテンションを上げていかねば、などと思う日曜の夜。

 テレビがぶっ壊れて一週間が経つが、最低限、代用するものがあるし、特に困ることはないとはいえ、なーんか違いますな。ここでテレビが無駄なものであると達観できればいいのだろうが、俗人としてはやはり大画面の液晶ぐらいはないと人生が物足りないわけである。そもそも仕事も趣味もモニターがないと始まらない生活だしなぁ。


 読了本はポール・アルテの『狂人の部屋』。
 忌まわしき出来事が起こったのはおよそ百年前。ハットン荘で部屋に引きこもっていた文学青年が謎の怪死を遂げ、そしてなぜか部屋の暖炉の前は水びたしに。その呪いが現代に蘇ったのか? 以来あかずの間となっていたその部屋で、現在の領主ハリスは窓から墜落死し、部屋の絨毯はまたもびしょ濡れとなっていた。いったい部屋で何が起こったのか……。

 巷で評判の高いポール・アルテの最新作だが、確かに今まで訳された中では一番の出来であろう。
 本書のミソはもちろん、作中で起こったすべての謎に対して、実にすっきりした解決を見せているところである。本格だから当たり前のことではあるが、とにかく痒いところに手が届く謎解きというか、これにはカーというよりクイーンを連想するほどであった。伏線も恐ろしいほどきっちりと張られており見事の一語。特に予言の謎についてはやられました。
 だが個人的に最も評価したいのは、今までは本格マニア以外にはなかなか喜ばれなかった遊びの部分が、いい意味で薄められていること。今まではどんでん返しを連発しすぎたり、あるいは要らぬオカルト趣味を盛り込みすぎたり、正直、本格オタク的な痛いところも感じられた。それがここまできてようやく肩の力が抜けたというべきか、過剰な演出に頼らないだけのレベルに達した証しともいえるだろう。これこそ万人が楽しめるミステリ。おすすめ。


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プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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