
本日の読了本は筒井康隆の『巨船ベラス・レトラス』。
本作は現代の文壇を舞台にした実験的小説であり、こう書くと察しのいい筒井ファンならすぐに『大いなる助走』が頭に浮かぶところだろうが、確かに縦軸としては作家を主人公にして現代の文壇や出版業界を徹底的に揶揄してはいるものの、そこにお得意のメタ・フィクショナルな構造をもちだしきて様々な文学論を幾重にも重ねてゆくのは『文学部唯野教授』や『虚構船団』あたりがかえって近いのかもしれないと思わせ、さらにはその矛先が書店や読者にまで向けられるにいたっては読者たるこちらまでが内心ヒヤヒヤとしながらも、齢七十を越えて意気軒昂たる筒井の姿勢に驚嘆するばかりとなり、最後には作者本人までが登場して無断出版事件を暴露してしまうところなどは実に拍手喝采。
とはいうものの三十年以上も筒井作品を読んできた身にはこれぐらいの描写はすでに馴染みのものであることもまた確かであり、むしろ80~90年代にかけてはこれ以上の過激さと驚きがあったものだと振り返ることもしばしとなるわけで、齢七十を越えてこれだけの作品を書けることには感嘆しつつも、意外なほどの読みやすさは昨今の若い読者を意識してのことか、もしかすると作中でいみじくも村雨澄子が語っているように、一般読者の啓蒙を口実に過去の実験や冒険をより楽な作業で繰り返しているのではないかとげすの勘ぐりも生じないわけではない。ただ、これすら筒井の思うつぼであり企てであるとする可能性も高く、誤読は読者の自由であると胸を張りきれない気持ちもあるのである。