もう春なのかと思っていたら、いきなり霙や雪の波状攻撃。明日の朝が心配だ。
本日の読了本は藤雪夫と藤桂子の親娘コンビによる第二作『黒水仙』。先日読んだ『獅子座』が思いのほか良かったので、早々にとりかかった次第。なお、本作執筆中に藤雪夫は亡くなり、娘の桂子が残りを独力で完成させたものだという。こんな話。
宮城県のとある銀行で行員が射殺されているのが発見された。しかも一緒にいたはずの支店長の姿はなく、その日預けられていた一億円も消えているではないか。奇妙なことに、殺された行員の口には黒い水仙の刺繍が入ったハンカチが押し込まれていた。やがて支店長は崖下に転落した車の中から発見されるが、支店長もまた被害者であることがわかり……。

おおお、これもいいぞ。相変わらず辛気くさい内容ではあるけれど、読後の印象だけでいうと『獅子座』に優るとも劣らない。むしろ本作の方が上かも。
注目すべきはやはり人間ドラマの部分。『獅子座』と同様に、事件の背景にある真実、そしてそのために起こる悲劇には、実に引き込まれるものがある。本作では重要な登場人物に複数の親子が設定されているが、事件を語りつつその関係を対比させる手際はなかなか悪くない。
そして何より本作を忘れられなくしているのは、ある一人の特異な人物を生み出したこと。この人物があればこそ本作は光るわけで、この時代にこういうアイディアを導入した点は注目しておいてよいと思う。
なお、これらのドラマを生み出しているのは、執筆担当の藤桂子の力によるところらしい(藤雪夫はトリックやプロットの考案らしい)。ところが父、雪夫の教えでこういう物語る部分を疎かにしなかったという話があとがきで触れられており、なんだかいい話ではある。
ただ、ここまで褒めておいてなんだが、本作は一般的な意味でいう傑作とまではいかない。すぐれた点はあるのだが、欠点もまた『獅子座』と同様に抱えているからである。
それはとにもかくにもバランスの悪さ。ゲーム的なトリックの部分とドラマの部分が乖離しすぎて、非常にちぐはぐなのである。
例えば前作の暗号にあたるのは、本作では密室。普通はここまでやらんだろうというような、複雑かつ面白みのない物理的トリックで、種明かしされても全然感心できない。とはいえ本作がそういうゲームに徹した本格というのであればまだしも、上述のように人間ドラマにも力が入っているだけに始末が悪い。このあたりの粗をできるだけ削り落としていれば、本当の傑作になったのではないだろうか。
しかしながら、最初は藤雪夫&藤桂子名義のものだけ読もうと思っていたのだが、こうなると藤桂子の単独名義の方もちょっと読みたくなってきた。昼休みにでも少し探してみるか。