ポール・アルテ、久々の新刊『殺す手紙』を読む。ただし、本作はノン・シリーズ作品。いつものような密室もなければツイスト博士も登場しない。なんと戦時中のロンドンを舞台にしたスパイ・サスペンス小説である。
主人公のラルフは妻を空襲で亡くしたあと、就職もままなららず、無気力な生活を送っていた。たまの気晴らしと言えば友人と酒を飲むぐらい。そんなある日、ラルフは親友のフィリップから奇妙な手紙を受け取る。「ある物置小屋へ行き、指定の時刻にランタンを灯せ、続いて通りがかった車の運転手と会話し、その後にある屋敷を訪ね、相手に話を合わせて臨機応変に対応しろ」という。正気を疑いつつも、指示に従うラルフ。
だが物置小屋には警官が踏み込み、訪ねた屋敷には死んだはずの妻がおり、さらにはスパイに間違えられ、挙げ句の果てに殺人事件と遭遇する。いったい何が起こっているのか? そしてラルフの運命は?

巻き込まれ型のスパイ小説、サスペンス小説とは聞いていたが、読んでみればアルテの嗜好性はいつもどおりである。確かに本格仕立てではないけれど、構成は緻密だし伏線も張り放題。最初こそベタベタなサスペンスのノリなので、古いスパイ小説のパロディでもやっているのかと思ったが、そういう定番を逆手にとったアルテ流のスパイ小説なのである。しかもけっこう真面目にやっている。
ただ、いつもの怪奇趣味に彩られた本格ならまだしも、巻き込まれ方のサスペンスでこれは少々やりすぎ。物語や仕掛けがあまりに人工的すぎるので、ある程度リアリティが必要なサスペンス小説においては全然説得力が感じられないのだ。当然ながらハラハラドキドキの欠片もない。
終盤でたたみかけるどんでん返しも、楽しんでるのは作者だけ。ここまでやると真相などどうでもよくなってしまう始末で、マニア上がりの作家の悪い部分が全面的に出た一作といえるかもしれない。
個人的には邦訳されたアルテの中でもワーストレベル。
なお、内容とは関係ないが、本書はポケミス初の本文一段組である。ポケミスといえば黄色の小口と二段組みが最大の特徴。数十年続けてきた伝統を変更するのはそれなりに抵抗もあったと思うのだが、ファンの反応はどうなんだろう。
確かに最初は物足りない感じは受けたんだけど、活字が少し大きくなったこともあって、読みやすいっちゃ読みやすいんだよな、これが。中年にはフレンドリーだ、うん(苦笑)。