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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


Posted in 05 2011

ロベルト・シュヴェンケ『RED/レッド』

 ブログの訪問回数を示すアクセスカウンターが、遂に30万ヒット達成。本当にありがとうございます。
 20万ヒットがやはり昨年五月のことなので、一年で10万アクセス。超アバウトにいうと一日平均300というあたりでしょうか。
 ミステリのブログを標榜しながら話題の人気作家などはほとんど取り上げず、古い探偵小説やら海外ミステリなど、自分の好みのままに書いているだけなのですが、これだけの皆様に読んでいただけるのは本当にありがたいことです。また、日頃いただくコメントも、管理人としては本当に励みになっております。
 最近は更新頻度も落ちつつあり……っていうかそもそも読書ペースが落ちておりますが、なんとかここを最低ラインとして頑張っていこうと思いますので、今後ともご贔屓のほど何卒よろしくお願いいたします。



 と、何やら年頭の挨拶みたいな雰囲気だが、ここからはいつものノリで。

 本日は先頃レンタル落ちしたばかりの『RED/レッド』をDVDで視聴。監督はロベルト・シュヴェンケ、主演はブルース・ウィリス。引退して平穏な生活を送ろうとしている元CIAの腕利きエージェントが、突如、何者かに命を狙われて……というコメディタッチのアクション映画。
 主人公が引退したCIAエージェントということで、やはり引退したスパイたちの協力を仰ぐのがミソ。スパイばかりか殺し屋や、挙げ句は現役当時には対立していたはずのロシア側にまでヘルプ。この爺さん婆さんの反撃が見ものである。

 正直、ブルース・ウィリスのこの手の映画はほとんど何を観ても同じだし、つまらない作品も少なくないのだが、本作はけっこうまともな方ではなかろうか。
 爺さん婆さんが衰えるどころか、経験を活かして若い連中にひと泡もふた泡も吹かせるところが楽しい。アクションも単に派手さをめざすのではなく、可笑しさを狙っているのが良い方に転んでいる感じ。
 脇を固める豪華キャスト、モーガン・フリーマンやジョン・マルコヴィッチもいのだが、ここはあえて敵方のCIA局員ウィリアム・クーパーを演じるカール・アーバンをイチ押しにしたい。老獪な元スパイたちに翻弄されながらも最後は……という一種の成長物語にもなっていて、だんだんよく見えるから不思議。カール・アーバンってこんな上手い役者さんになったのね。
 暇つぶし的映画としては上々の一作。


サイモン・カーニック『ノンストップ!』(文春文庫)

 サイモン・カーニックの『ノンストップ!』を読む。
 主人公は平凡なサラリーマンのトム・メロン。大学講師の妻、そして二人の子宝にも恵まれ、幸せに暮らしている。そんなある日の午後、彼の元へ1本の電話がかかってきた。声の主は、久しく会っていない親友のジャック。だが、会話するひまもなく、電話の向こうからはジャックの悲鳴が聞こえてくる。やがて、トムの住所を告げるジャックのかすかな声。そして静寂。ジャックの家はここから車で十五分の距離。ただならぬ気配を感じたトムは子供を連れ、急いで家を出るが……。

 ノンストッフ#12442;

 昨年の年末ベストテンも賑わせた話題作。タイトルどおり読み出したら止まらないというスピード感が売りの一冊。
 だが、実際に本書を読み終えて、いわゆるスピード感、疾走感が本書のセールスポイントなのかというと、それは少々違うのではないかと感じた。
 例えば、本書は珍しいことに、主人公の一人称と、三人称のパートが交互に語られるスタイルをとっている。視点が変われば流れは当然そこで途切れてしまうので、多重的に事件を見せてゆく効果はあっても、決してスピード感としてはプラスにはならない。また、暴力に関しては素人の主人公だから、どうしても自ら積極的に動くことはない。あくまで周囲に振り回され、濁流に呑まれて右往左往する展開なのだ。
 というわけで言われるほどのスピード感は、実はそれほど感じなかった。ただし、いくつものエピソードを畳み掛け、広げた風呂敷を力でまとめてしまう手際は見事。スピード感よりはむしろプロットの組み方を評価したいところで、決して退屈するようなことはない。ラストの二転三転も心地よいし、十分に楽しめるエンターテインメントに仕上がっているといえるだろう。

 欲をいえば、背後に潜む黒幕や事件の背景もそのものがけっこう重い割に、さらっと流されているのが残念だった。
 基本的に本書はバリバリのエンターテインメントであり、軽さが身上の読み物である。だからヘビーな背景などを書き込めば、逆にその良さが相殺される可能性もあるので一概にはいえない。いえないのだが、ただ、それならそれでもっとライトな設定でもよかったはずである。あまり軽く扱うネタでもなかったので、余計に気になった次第。


本多猪四郎『ゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進撃』

 デアゴスティーニの「東宝特撮映画DVDコレクション」を買い続けている。画質が特別いいわけではないし、特典映像なども付いていないのだが、マガジンが付いて値段もリーズナブルだから、まあこんなものだろうと概ね満足している。
 ただ、ひとつだけ気に入らないことがあって、それは発売の順番。東宝特撮映画の歴史を追体験することにもなるので、できれば映画の公開順で刊行してほしいところなのだが、どうも売上げが見込める順番らしいのだ。まあ、独立した作品ならそれでもいいのだけれど、ゴジラなどはシリーズだから、やはりいろいろと不都合も多い。前作の設定やストーリーだとかをそのまま引き継ぐ場合もあるし、特撮の技術の変遷みたいなところだって気にはなる。
 ま、公開順で出して、たまたまつまんない作品が続いて購入者が減る可能性はもちろんあるわけだから、仕方ないっちゃ仕方ない。とはいえ順番めちゃくちゃで観る気はさらさら無いので、結局シリーズものに関しては、つまりゴジラシリーズってことだが(あと、平成モスラもかな)、これだけは公開順で観るようにしている。だから、いくら最近の作品が発売されても、途中の一作が出ないとそこで完全ストップ。まあ、気の長い話ではある。

 コ#12441;シ#12441;ラ・ミニラ・カ#12441;ハ#12441;ラ オール怪獣大進撃

 本日、購入した最新巻『ゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進撃』(1969年、監督:本多猪四郎)は、そういう意味では待ち焦がれた一作。
 とはいえ、内容的にはそれほど待ち焦がれていたわけではない(苦笑)。
 実は、個人的にはこの作品がゴジラシリーズのワーストだと思っている。子供の頃にもリアルタイムで観ているのだが、子供もずいぶんなめられたものだとマジに憤った記憶がある。それくらいダメ。
 過去の映画からの過剰なフィルムの流用、東宝チャンピオンまつりと題した完全な子供向け映画にしてしまったこと、その結果としての痛いギャグ、幼稚なストーリー、怪獣部分をすべて夢の世界の話にしたこと、ガバラの造型のひどさ、腰のくだける主題歌などなど。

 まあ、東宝側にも予算の問題等いろいろな事情はあるし、真面目に子供向けの怪獣ファンタジー映画を作ろうとしたのだとは思う。思うのだけれど、変に教育的すぎて、当の子供の感覚とはだいぶずれている。いや、教育的でも全然かまわない。ただし、娯楽作品として子供向きだから加減するというのが非常にいかんのだ。今だから、こんなものだったかなぁと比較的冷静に見れるのだが、当時はあまりのくだらなさに怒りがこみあげたものなぁ(笑)。
 昭和四十年代は、ゴジラ映画にとって非常に試練のときだった。まざまざとそれを再認識させられた一作である。


山本周五郎『山本周五郎探偵小説全集3怪奇探偵小説』(作品社)

 いやー、これは堪らん。
 何が堪らんって『山本周五郎探偵小説全集3怪奇探偵小説』の話なんだけれど、これまで『~1少年探偵・春田龍介』、『~2シャーロック・ホームズ異聞』と読んできて、もう期待をまったく裏切らないこのテンションの高さ。そりゃ現代のミステリに比べればいろいろ問題もあるのだが、戦前にこの圧倒的エネルギーで書かれたジュヴナイル・ミステリに対し、何の文句のつけようがあるというのか。

 山本周五郎探偵小説全集3怪奇探偵小説

「南方十字星」
「甦える死骸」
「化け広告人形」
「美人像真ッ二つ」
「骨牌会の惨劇」
「殺人仮装行列」
「謎の紅独楽」
「荒野の怪獣」
「新戦場の怪」
「恐怖のQ」

 第3巻『~怪奇探偵小説』の収録作は以上。
 基本的には「怪奇探偵小説」という題名そのままの内容と思ってもらっていいのだが、冒頭一発目の中編「南方十字星」だけは戦意高揚冒険活劇といった趣で、怪奇というよりは、むしろ第1巻『~少年探偵・春田龍介』のテイストに近い、っていうか、ほとんどそのまんまだ。
 主人公の大河内士郎は春田君に比べて少し年齢高めの十六歳の少年。その分、春田君よりは若干落ち着きのある印象だけれど、それ以外の要素は正に春田シリーズテイスト。波瀾万丈のストーリーに激しいアクション、怪物や謎の兵器といった数々の魅力的ギミックもてんこ盛りで、読む者をまったく飽きさせない。まあ呆れさせることはあるが(笑)。

 読みどころ(ツッコミどころともいう)は多々あるけれど、個人的に注目したいのは、電波を送るがごとく電気を放つという、いわば放送電力機という秘密兵器。コレは凄いです。高圧電力を無線で送るから、相手は守る術なく一撃で破壊される。
 ただし、送る先には専用のアンテナを設置しなければならないというのがミソ。この受信装置が必要というだけで、荒唐無稽としか思えない秘密兵器がそれなりに科学的説得力を帯びてくる。帯びてきませんかそうですか。

 中盤から登場する怪物もいい。海の向こうのスーパーモンスターを臆面もなくキャスティングするという暴挙。しかし、その効果は抜群で、敵味方が大金鉱をめぐって争う冒険活劇ものが、怪物の出現で一気に秘境ものに様変わり。モンスターは単なる味つけというだけでなく、ストーリー上でも重要な役目を担い、ただのパクリでは終わらせないところもさすがである。

 ともすると、これだけのギミックをぶちこめば、その他の要素が疎かになりがちなところだが、そこは山本周五郎。少年向けゆえ誇張の度合いも強いし、やや紋切り型ではあるけれど、十分に魅力的な登場人物たちを配し、まったくそつがない。
 筆頭はやはり主人公の士郎君。春田君ほどではないが、こちらも文武両道で知恵も勇気も併せ持つ。ただし、頭が切れすぎるのも考えもので、姉が悪漢にさらわれても、まず敵を退治する方が先と断言するところなど、やや冷酷な感がなきにしもあらず。作中の人物ばかりか、読んでるこちらまで思わず「それはさすがに……」となだめたくなるほどである。

 その他の短編は、一転してムード重視の怪奇探偵小説。フランケンシュタインや蛇人間、霊魂などをモチーフをとした異常な怪奇事件が巻き起こる、だが実は……といったタイプが中心。ガチガチの本格ではないのだけれど、ミステリの要件は意外にしっかり押さえているので、満足感もそれなりに高い。「南方十字星」のあとだけに気持ち地味な感じは受けるけれど、ミステリの醍醐味とすればこちらの短篇群の方が上だろう。
 
 さすがに戦前の探偵小説が好きなら、という条件はつけざるを得ないけれど、このレベルであれば個人的には十分OK。「南方十字星」の弾けっぷり、怪奇探偵小説のホラームード、異なるタイプがまとめて読めるのも嬉しい一冊である。


ロバート・L・フィッシュ『密輸人ケックの華麗な手口』(ハヤカワ文庫)

 本日の読了本は、ロバート・L・フィッシュの『密輸人ケックの華麗な手口』。
 ロバート・L・フィッシュと言えば、何といってもシャーロック・ホームズのパロディであるシュロック・ホームズ・シリーズが有名だが、他にも〈殺人同盟〉やホセ・ダ・シルヴァ警部、クランシー警部補など、バラエティに富んだシリーズを残している。本作もそんなシリーズ作品のひとつで、密輸人ケック・ハウゲンスを主人公とする短編集。
 何を今さらの一冊だが、ま、それはそれとして収録作品から。

Merry Go Round「ふりだしに戻る」
The Wager「一万対一の賭け」
A Matter of Honor「名誉の問題」
Counter Intelligence「カウンターの知恵」
The Collector「コレクター」
Sweet Music「バッハを盗め」
The Hochmann Miniatures「ホフマンの細密画」

 密輸人ケックの華麗な手口

 犯罪者を主人公とする物語は数多いが、ケック・ハウゲンスの専門は密輸というところがちょっと珍しい。
 税関吏が目を光らせるなか、ケックはどのような方法で宝石や美術品などを密輸するのか。読みどころはもちろんそこに尽きるのだが、実はほとんどの作品で、ラストにもう一捻りオチをつけてくれるのがミソ。このオチのつけ方が密輸の方法以上に鮮やかで、いってみればキレで読ませるミステリ。
 特に、頭の方に収録されている「ふりだしに戻る」や「一万対一の賭け」などは、まだこちらがパターンを掴み切れていないこともあって、「あ、そうくるのか」と著者の仕掛けに終始ニヤニヤ。正にページをめくる手が止まらない。
 この感じはエドワード・D・ホックの怪盗ニックを彷彿とさせるが、ユーモア溢れるタッチなども似ているし、ニックのファンであれば本作も十分楽しめるはず。その逆もまた然り。


F・W・クロフツ『少年探偵ロビンの冒険』(論創海外ミステリ)

 『少年探偵ロビンの冒険』を読む。あのF・W・クロフツ唯一のジュヴナイル作品、というだけでもワクワクするところだが、おまけにフレンチ警視もゲスト出演、しかも初版本の挿絵を完全復刻するというサービスも嬉しい一冊である。

 夏休みを利用して、親友ジャックの家で八週間を過ごすことになったロビン。しかも泊まるのはジャックの実家ではなく、ジャックの父、カー氏が働くイングランド南西岸のライマスという港町だ。この町では新しく鉄橋を建設中で、カー氏はその責任者なのである。鉄道マニアのジャックはもとより、初めて訪れるロビンも町がすっかり気に入った様子。しかも工事で働く鉄道技師の中には、あの有名なフレンチ警部の甥っこまでいるというから、探偵マニアのロビンはもう居ても立ってもいられない。
 そんな二人がある日、洞窟探検をしているときのこと。秘密の場所にやってきた二人の怪しげな男が、何やら物騒な相談を始めたではないか。それを聞いてしまったロビンとジャックは、自分たちも捜査に協力しようとするが……。

 少年探偵ロヒ#12441;ンの冒険

 これは恐れ入った。さすがクロフツ、ジュヴナイルだからといって手を抜く様子はまったく見えない。
 もちろん子供向けの配慮はそこかしこにある。残酷な描写は控えているし、プロット自体は比較的シンプルに抑え、毒も少ない。
 だがミステリ作家としての妥協は一切ない。雰囲気をいやがうえにも盛り上げる地図や見取り図の数々、足跡の型を取る件、脅迫状の解析、犯罪の再構築など、ミステリを楽しむエッセンスは、これでもかというぐらい詰まっている。加えて大人向けではあまり感じられないテンポの良さも心地よい。

 本作の良さはこれに留まらない。本作は児童小説としても、実はなかなかの線をいっているのである。
 ロビンとジャックの友情や正義感を打ち出すところは、まあ当たり前っちゃ当たり前。それも悪くはないのだが、何がいいって二人を取り巻く大人たちの描き方がいいのである。
 特にジャックの父親、カー氏。単に子供たちに優しいとか甘やかすというのではない。子供たちの人格を尊重し、ちゃんと対等に扱ってくれるのがいい。相手が子供だから、ときには諫めることもあるのだが、その理由はしっかり説明するし言い分も聞く。
 いや、いいね。このスタンス。お国柄もあろうが、これはおそらくクロフツ自身のスタンスでもあるのだろう。いうなればこのカー氏のセリフひとつひとつが、作者から読者(子供)へのメッセージでもあるのだ。

 なお、本書は論創海外ミステリの一冊だが、〈ヴィンテージ・ジュヴナイル〉第一弾という触れ込みで発売された。残念ながら本書から三年経った今も第二弾は出ていないのだが、最近の論創社さんのツイートから察するに、やはり売れ行きは芳しくなかったということか。いったい次は何が準備されていたのだろう。気になるね。


レオ・ペルッツ『最後の審判の巨匠』(晶文社)

 レオ・ペルッツの『最後の審判の巨匠』を読む。作者はプラハ生まれのユダヤ人。1901年にウィーンへ移住して、保険会社で働きながら創作を続け、1915年『第三の魔弾』で人気作家の切符を手にしたという。基本的には幻想文学の書き手だが、単純にそのひと言では収まりきらない部分もあるようで、本書も一応はミステリの体裁をとりつつ、実は……という作品。

 舞台は二十世紀初頭のウィーン。俳優ビショーフの家では友人たちが集い、演奏に興じていた。歓談中、余興として次の舞台で演じるリチャード三世をその場で披露するよう求められたビショーフは、役作りのため庭の四阿にこもる。ところがしばらくすると、四阿で銃声が鳴り響く。人々が駆けつけると、そこには瀕死の状態で倒れていたビショーフの姿が。しかも現場は密室にあり、当初は自殺と思われたのだが……。

 最後の審判の巨匠

 そもそも本作はミステリなのかどうかという話なのだが、まあ、そういう話が出る時点で十分ミステリに含めてもよいとはいえる。昨今のミステリの許容範囲はあまりに広く、例えば『罪と罰』をミステリであるとする人もいるぐらいなので、それが許されるなら本作は紛れもないミステリであろう。

 とはいえ、そんな極端な立ち位置はおいといて、ひとまず狭義の本格ミステリということで話を進めるなら、本作は確かに迷うところだ。
 なんせ扱われる事件は密室もの。ミステリの中でも一際ミステリらしいネタを扱い、しかも登場人物には探偵役と語り手を配し、捜査や推理の進め方なども実にまっとうな流れである。ついでにいえば最大の驚きは、ミステリ史上でも非常に有名なあのトリック。これら表面的な事実だけを追えば、本作は十分に本格ミステリの資格があるといえる。
 だが実際に読んでみると、その印象はまったく異なる。確かにギミックはミステリのそれなのだが、受ける感じは本格ミステリどころではなく、広義のミステリに含めることすら躊躇われてしまうレベル。強いていえば、作者の宗教観や哲学など多分に含んだ幻想小説というところだろうか。

 作者、レオ・ペルッツの興味が、論理的な謎解き、アッと驚くトリックなどにはまったく向いていないことは確かだろう。では何に向いているのかといえば、それはやはり人である。精神の有り様である。心の奥底に分け入って、人が生きるためのぎりぎりの精神の均衡を求めているようにも思えるのだ。
 そしてそれを具現化しているのが、本来はワトソン役たる本編の語り手、フォン・ヨッシュ男爵の存在である。
 抑圧され、屈折し、あまつさえ元恋人や義弟から容疑者扱いまで受けてしまうという、まったく信頼するに足りない最悪のワトソン役。現実の出来事なのか、それとも心象風景なのか、それすら覚束ない後半の怒濤の展開は圧巻で、読みどころも正にそこにあるといってよい。本来のミステリの楽しみとは異なるが、このワトソン像のお陰で、本作は滅法スリリングで面白くなっているのだ。

 探偵役の技師ゾルグループは、そんなフォン・ヨッシュと対比される理性の存在。だが、事件の背後に潜む"怪物"の存在に気づき、やがては怪物に呑み込まれる運命をたどる。ミステリマニアには悪夢といってよい、この物語。読者もゾルグループと一緒に呑み込まれるのが吉である。


大倉燁子『大倉燁子探偵小説選』(論創ミステリ叢書)

 先日、Twitterで論創社さんが論創ミステリ叢書の四十巻以降の売上げランキングを発表してくれた。そうそう見られる結果でもないのでちょっと転載しておこう(問題あるようなら削除しますのでお知らせください)。
 現時点では、1位:高木彬光、2位:宮原龍雄、3位:狩久、4位:瀬下耽、5位:大阪圭吉、6位:角田喜久雄、7位:木々高太郎、8位:水谷準とのこと。そこそこ有名どころが並ぶ四十番台である。現在では入手しにくい作家が強いだろうとは予想していたものの、傾向としては本格強しというイメージ。
 ちょっと面白かったのは高木彬光の1位と大阪圭吉の5位か。最近の大阪圭吉人気とかを考えると、この二人の順位は逆だったとしても全然不思議じゃないのに、意外な結果である。まあ、通巻での1位がダントツ横溝正史だったという話なので、やはり何だかんだ言ってもビッグネームが強いということか。しかし、この手の本って、固定ファンがほぼすべてを買っていると思っていたのだが、そうでもないんだなぁ。これも意外。
 個人的には宮野村子がイチ押しなんだけど、あれもセールス的にはどうだったのだろう。


 さて、本日の読了本は、やはり論創ミステリ叢書からの一冊『大倉燁子探偵小説選』。レア度は相当のもので、実際に店頭で見るまではなかなか信じられなかったほどだが、まずはこの快挙に拍手。でも、おそらく順位的にはあまり伸びなさそうな気もする(笑)。
 ま、それはおいといて、まずは収録作。

■創作篇
「妖影」
「消えた霊媒女(ミヂアム)」
「情鬼」
「蛇性の執念」
「鉄の処女」
「機密の魅惑」
「耳香水」
「むかでの跫音」
「黒猫十三」
「鳩つかひ」
「梟の眼」
「青い風呂敷包」
「美人鷹匠」
「深夜の客」
「鷺娘」
「魂の喘ぎ」
「和製椿姫」
「あの顔」
「魔性の女」
「恐怖の幻兵団員」

■随筆篇
「心霊の抱く金塊」
「素晴しい記念品」
「蘭郁二郎氏の処女作――「夢鬼」を読みて――」
「今年の抱負」
「最初の印象」
「アンケート」

 大倉子探偵小説選

 大倉燁子は戦前の数少ない女性探偵作家のひとり。もともとは二葉亭四迷や夏目漱石に師事した純文学の書き手であったことも関係してか、ガチガチの本格ではなく、人間の心理を掘り下げるような作風のイメージがあった。これまでアンソロジーに収録されたものをいくつか読むかぎりでも、それは変わらなかったのだが、こうしてまとめて読むとやはりまた違った印象である(論創ミステリの感想っていつもこんな書き出しだな、反省)。
 特に「諜報もの」「スパイもの」が意外に多いのは驚きであった。「S夫人」という私立探偵を主人公とするシリーズがあり、これもまた国際的な事件を多く扱っている。この辺りは元外交官夫人という経歴が活かされているのだろうが、それでいて文学的なアプローチも忘れてはいないので、当時の他の探偵作家(男性作家も含め)にはない独特の味が感じられて悪くない。いや、そんな消極的な言い方では足りないな。正直、予想以上の作品群で、探偵小説史的な意味だけでなく、少なくとも古い探偵小説が好きな人には十分に楽しめる作品ばかりである。
 解説によると、防諜ものは戦前に多く、戦後は心霊趣味(これもまた大倉子独特の嗜好である)や異常心理を扱った犯罪小説風のものが中心だそうだが、本書ではそういったものからほどよくバランスをとりつつ収録しているので、大倉燁子入門書としても最適である。っていっても手軽に読めるのはこれしかないけれど(笑)。

 お好みはいろいろあるが、死んだ妻を忘れられない男の異常心理を描く「消えた霊媒女(ミヂアム)」、兄弟と一人の女性の悲運が重い「鉄の処女」、過去の因縁が鷹匠という形で犯罪を誘発する「美人鷹匠」、著者を自己投影したと思われる「和製椿姫」、夫婦の特殊な確執を描いた「魔性の女」など。
 好感が持てたのは、深みに落ちていく人間を描きつつも、それを単なる心理小説に終わらせず、ちゃんと探偵小説っぽくまとめているところだろう。オチなどもできるだけ考えているようで、著者のお好みがビーストンいうのも頷ける。もともと探偵小説プロパーでないにもかかわらず、きちんとしたスタンスで探偵小説に向き合っている感じがするところは相当ポイントが高い。当時の探偵小説の状況を考えれば、これはなかなかのことではないだろうか。
 逆に気になったのは、構成がいまいち弱い作品が目立つところ。ミステリ仕立てにすることが裏目に出ている場合もあるようで、妙に回りくどい筋立ても少なくない。
 とはいえ、それぐらいの欠点は目をつぶれる範囲。何十年ぶりかで出たせっかくの大倉燁子の著書。国産クラシックミステリのファンなら必読といっておこう。決して歴史的価値だけの作家ではない。


『刑事コロンボ/黄金のバックル』

 『刑事コロンボ/黄金のバックル』を観る。通算で三十九作目。
 ゲストスターはジョイス・ヴァン・パタン。『逆転の構図』で、コロンボを浮浪者と間違えて食事をめぐもうとした、あの修道院のシスター役の人ですな。今回はそんなほのぼとした役どころではなく、強い意志をもった殺人犯という役柄である。

 ジョイス演ずるルースは、家族で経営する美術館の館長を務めている。若い頃からすべてを捨て、美術館に打ち込んできた彼女にとって、この仕事はかけがえのないものだった。だが、経営の行き詰まりから理事を務める弟が美術館売却を検討していることを知り、弟の殺害を決意する。折しも借金まみれの警備員がいたため、彼を騙して美術館へ強盗に入らせ、これを射殺。さらにはその騒ぎを聞きつけてやってきた弟も射殺して、相打ちに見せかける。だが捜査を進めるコロンボは、その強盗現場に第三の人物がいたことを嗅ぎつけ……。

 完全犯罪を企むルースだが、あちらこちらに粗があって、ミステリとしては物足りない。コロンボでなくともすぐに気づきそうなミスがあるし、硝煙反応とか証拠品の扱いとかもちょっと雑。動機も理解は出来るが、犯行の実行へが性急すぎるんじゃないかとか、ううむ、これではとても傑作と呼べるしろものではない。

 それでも管理人はこの作品、決して嫌いではない。それは何といっても犯人の心理描写が魅力的だから。女性の幸福、生き甲斐、価値観の違い、家族への想いなどなど……そういった諸々がないまぜになったルースの暗澹たる内面を、ジョイス・ヴァン・パタンは見事に演じきる。
 この物語はいつになく重く暗いトーンに包まれている。コロンボも犯人の心情を思いやるけれど、だからといって捜査の手を緩めることはなく、犯人を罠にかけることにも躊躇いはない。だからこそ犯人の悲しみが、ラストでより観る者に響いてくるのだ。

 ただ、念のために書いておくと、本作は重いだけの話ではない。すぐに気絶するルースの脳天気な姉、おそろしいほど融通の利かない部下の刑事、花粉症のコロンボ、美容院でのコロンボなど、お笑いシーンもいつになく多い。娯楽作品としてのバランスを考え、工夫を怠らないスタッフはさすがである。


ポール・W・S・アンダーソン『バイオハザードIV アフターライフ』

 GW後半もまったり。東京ドームへ巨人×阪神戦を観にいったり、横浜へ赤レンガのフラワーパークやパシフィコで行われたペット博を見物にいったり。油断しているとすぐに読書から離れてしまうのは、我ながらいかがなものか。


 ということでGW中の読書感想文は後日に回し、しばらく前に観たDVD『バイオハザードIV アフターライフ』の感想など。
 シリーズ四作目の本作だが、『バイオハザードIII』の感想でも書いたとおり相当にきついところまできている。これは正直、シリーズ最低の出来だよなぁ(笑)。前作でもアリスの超能力とか見てしまうと「おいおい」とかツッコミ入れたくなるんだが、本作はもうセルフパロディの域に達しているような。

 オープニングはけっこう期待させるのだ。なんせ舞台は渋谷。中島美嘉演じるT-ウイルス患者のショッキングなシーンがプロローグだから、日本人としてはこれ以上ない引きの強さ。しかもアンブレラ社の本社が渋谷地下にあるという設定で、のっけからアリスが攻めこんでいく。おお、最初から飛ばすなぁ、という驚きである。
 でも、いいのはここまで。
 アリスのクローンを研究していたという前作の設定を活かし、アリスはそのクローンと共に渋谷本社を襲撃するのだが、これが一人や二人ならまだしも数十人のアリスだから笑える。しかも、その数十人のアリスを、一瞬にしてなかったことにする強引な展開。アラスカ、ロサンゼルスの刑務所、洋上の巨大船へと舞台を変えつつも、単に目先を変えたいだけちゃうんかという薄っぺらなシナリオ。その場ごとの見せ場は作ろうとするが、どこぞの映画で見たようなアクションシーンの劣化コピーばかりという始末。そしてラストは堂々と次作へ続く(シリーズ中でもワーストの酷さ)――このパターンで続けるなら、まともな着地点は望むべくもない。
 もう、さすがにここまでひどい映画になっているとは思わなかった。ストーリーなんて端から期待していないけれど、ウリであるはずのアクションも、ゾンビ映画としての怖さもなし。それでも次作が出るかぎり、結局は観てしまうのだろうが、頼むからファンの足元を見るのは次で終わりにしてくれ(苦笑)。


狩久『狩久探偵小説選』(論創ミステリ叢書)

 今年のゴールデン・ウィークは遠出の予定もまったくないので、少しは本が読めている感じ。とりあえずだらだら進めていたカーの感想を昨日アップしたが、本日は同時進行だった『狩久探偵小説選』の感想をば。

 狩久という作家、ミステリ的には大作家というほどではないけれども、圧倒的な個性が秀逸で、マニアの間でも人気の高い作家だ。そのくせ市場でのレア度は高く、アンソロジー等では比較的よく採られるのに、これまで長らくまとまった作品集が編まれることはなかった。そして昨年、ようやくというか遂にというか論創社から刊行されたのが『狩久探偵小説選』である。
 収録作は以下のとおり。「見えない足跡」から「虎よ、虎よ、爛爛と――一〇一番目の密室」までが、瀬折研吉・風呂出亜久子を探偵役にしたシリーズものである。

■創作篇
「見えない足跡」
「呼ぶと逃げる犬」
「たんぽぽ物語」
「虎よ、虎よ、爛爛と――一〇一番目の密室」
「落石」
「氷山」
「ひまつぶし」
「すとりっぷと・まい・しん」
「山女魚」
「佐渡冗話」
「恋囚」
「訣別――第二のラヴ・レター」
「共犯者」

■評論・随筆篇
「女神の下着」
「《すとりっぷと・まい・しん》について」
「料理の上手な妻」
「微小作家の弁」
「匿された本質」
「酷暑冗言」
「ゆきずりの巨人」
「楽しき哉! 探偵小説」

 狩久探偵小説選

 いやあ満足。これまでアンソロジー等ではいくつか読んできたし、ある程度は狩久の魅力を理解しているつもりだったが、こうしてまとめて読むと全然違う。改めて狩久の面白さを実感した。
 では狩久の面白さって何だという話なのだが、これがひと言ではちょっと言いにくい。帯には「論理と密室のアラベスク 性的幻想のラビリンス」という文句が踊っているが、まあ、これも間違いではないのだけれど、それだけでは一面を捉えているに過ぎない気がする。
 単なる本格に収まることをよしとしない数々の遊び、独特の文体とユーモア、そしてエロチックな要素。これらが渾然一体となって狩久ならではの世界を構築する。どれかが欠けても物足りなくなるはずで、いい意味での猥雑さはこの人ならではの武器だろう。逆にいうと論理が出過ぎるとか、アイディアに頼りすぎた作品はやや壊れ気味。

 お好みはちょっと定番が多いけれども「呼ぶと逃げる犬」や「落石」「すとりっぷと・まい・しん」「山女魚」「虎よ、虎よ、爛爛と――一〇一番目の密室」や「訣別――第二のラヴ・レター」あたりに落ち着くか。なかでも「虎よ、虎よ~」や「訣別~」は狩久の才気が爆発してもう堪らん。
 なお「訣別~」は再読なのだが、初読時の?な感じが氷解してお好み度はよりアップ。とはいえ、これに関しては、お好みではあるけれど、決してオススメではないので念のため(苦笑)。

 なお、解説で横井司氏は「本書が好評をもって迎えられたならば、「比較的セックスの匂いの強い」作品群や貝弓子名義の創作翻訳群などを中心とする作品集の刊行も可能であろう」と書いているのは非常に気になる。ネット上ではけっこう評判はよいようだが、その後、どうなったのだろう。
 出たら絶対買うんだけどなぁ。


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プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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