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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


Posted in 11 2012

梶龍雄『透明な季節』(講談社文庫)

 1957~1987年といえば、ちょっとディープなミステリファンにとっては国内本格ミステリ冬の時代としてよく知られているところ。とはいえ、別に本格ミステリが死滅していたわけではない。「本格ミステリ」の商業価値が落ちていただけの話であり、その時代に活躍していた作家は決して少なくない。
 『本格ミステリ・フラッシュバック』刊行のおかげで、そうした作家や作品が少しは知られるようになったと思うのだが、梶龍雄も正しくその一人である。近年とりわけ再評価が進んでいるようだが、本日の読了本はそんな彼の長篇第一作『透明な季節』。

 太平洋戦争末期の東京。旧制中学に通う高志少年たちは、新しく学校に配属将校としてやってきた諸田少尉に悩まされていた。その体躯からポケゴリとあだ名をつけられた諸田だが、その立場と鉄拳による徹底した恐怖政治で、学校中を統率していく。
 だが、そんな諸田が神社の境内で死体となって発見される。死因は銃殺。状況から容疑者は学校関係者限られてはいたが、諸田が誰からも憎まれていたことや戦時という時節柄、捜査は予想以上に難航する。
 一方、たまたま殺害時刻に神社近くを歩いていたため、刑事から事情聴取を受けた高志。彼は事件を通して知り合った、諸田の妻・薫に惹かれ、捜査の進展を彼女に報告するようになるが……。

 透明な季節

 本作が梶龍雄の長篇第一作ということは上でも書いたが、実は作家デビューはそこから二十年以上も前にさかのぼる1952年。当時はまだ勤め人であり雑誌に短篇を発表する程度だったが、ついには会社を辞めて作家一本の生活へ。ただ、その後も児童小説や翻訳といったところが中心であり、1977年にこの『透明な季節』が第23回江戸川乱歩賞を受賞したことで、ようやくその名を広く知られるようになった。いわば大器晩成型といったところだろう。

 とまあ、このようなことを書いたのも、本作が実に達者な小説だったからである。
 乱歩賞はどうしても新人登竜門のようなイメージだから、本作も若書きのような先入観をもって読み始めたのだが、いやいやどうして。これはもう熟練の技ではないですか。
 読みどころは何といっても主人公、高志が体験する「透明な季節」である。旧制中学の学生たちの日常、しかも戦時における日常が、非常に瑞々しく描かれているのがまず素晴らしい。ややステレオタイプにおさまりがちな登場人物もいないではないが、戦争を知らない世代の想像をひとつ越えた描写も多く、非常にリアルさを感じさせる。それもそのはず、梶龍雄は正に高志と同じ年の頃に、この時代を生きていたのである。高志が著者の分身といえるかどうかは不明だが、著者の体験が高志たちの言動に活かされていることは間違いないだろう。
 価値観が画一化された時代にあっても、多感な若者たちはなお心のなかでそれぞれの人生の意味を求め、それぞれの青春を謳歌している。特にストーリーをひっぱる高志と年上の女性の淡い恋模様は鮮やかだ。
 そして、それら日常の中で徐々に大きくなってくる戦争の影。青春小説的な味わいのなかで、物資の不足や知人の死、破壊される街の描写が重ねられ、すべてがカタストロフィに向かって進んでいる。そういった時代がつまりは「透明な季節」なのである。

 惜しむらくは、それらの要素に比して、ミステリとしてはやや弱いところ。殺人事件は起こるし、捜査や推理といった要素もある。真相の意外性もそれなりにある。しかしながら青春小説や歴史小説といったムードが強すぎるせいか、読んでいる間はなかなかミステリとして意識しにくいのが弱点。
 とはいえ事件の真相や動機、殺害方法に至るまで、すべては戦争という状況が密接に関係しており、著者の狙いは十分に成功しているといえるだろう。絶版ではあるが古書店では比較的よく目にするし、お値段の相場も手頃。安く見かけたらぜひお試しを。


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sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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