オースティン・フリーマンの『ポッターマック氏の失策』を読む。ミステリに倒叙ものや科学捜査を多く取り入れ、その方面のパイオニアとしても知られる著者の代表作である。まずはストーリーから。
無実の罪を着せられて投獄された男がいた。しかし彼は刑務所を脱走してアメリカに渡り、偽りの人生ながらなんとか成功を収めることができる。だが男は不安を覚えながらもイギリスに戻ってきた。そこで人生の最終章を全うしなければならない大きな理由があったのだ。
男はポッターマックと名を変え、当初の生活は順調に思えた。しかし、ポッターマックの素性に気付いた元同僚のルーソンが現れたことで、歯車が狂い始める。ルーソンはポッターマックを恐喝しはじめ、それが永遠に続くと思われたとき、ポッターマックはある計画を実行に移す……。

倒叙ものについては、鮎川哲也『崩れた偽装』の感想でも少し書いたのだが、ノンシリーズにおいては犯人の動機やサスペンスに主眼が置かれ、どうしても本格寄りではなく犯罪小説のようになってしまうものも少なくない。
しかしシリーズ探偵が登場するものについては、犯人と探偵の対決が大きな見どころとなる。犯人の企てを探偵はどのように切り崩していくのか。この辺は本格の裏返しともいえるのだが、パズル性がなかなか強く、加えて対決要素が強調されるのでストーリーの盛り上がりにも貢献し、いいこと尽くめなのである。まあ、作者の苦労はそれだけ多そうだが。
本作を読んで驚いたのは、これがなかなかのレベルで成功していること。
犯人にかなり比重を置いた構成ではあるけれど、ソーンダイクと犯人の側を交互に描いてきっちり対決ムードを作る。そのくせ犯人はしょせんアマチュアなので、ときには失敗、ときには思いつきで行動したりして、これがサスペンスの盛り上げにも一役買っているという構図はお見事。サスペンスという観点でいえば、読者が犯人に感情移入できるよう同情的な設定にしてあるので、より効果的である。
ソーンダイクの科学捜査も(さすがに時代を感じさせはするが)ポイントがはっきりしていて、特に事件に関与するきっかけになる事柄への目のつけ方が巧い。
倒叙といえば今では「刑事コロンボ」の方がよほど有名だろうが、本書の時点で(本書の発表は1930年)、既に倒叙は完成していたといっても過言ではないだろう。
とにかく予想以上に楽しめた。驚かせるような要素はそれほどないが、倒叙ものの面白さは十分に満喫。今まで読んだソーンダイク博士もののなかではトップかも。