本日の読了本はヘレン・マクロイの『小鬼の市』。
以前はサスペンスの書き手だと思われていたマクロイだが、ここ数年の紹介で、実は本格メインであることがようやく定着してきた。サスペンスやスリラーに移行した時代もあったのだが、どんな作品であっても常にトリッキーな味つけがなされており、しかもアベレージが高い。日本でのブレイクがここまで遅れたのか不思議なくらいの、実にハイレベルな作家なのである。
こんな話。時は第二次大戦下、舞台はカリブ海に浮かぶ島国サンタ・テレサ。アメリカの新聞社〈オクシデンタル通信〉の支局長として働くハロランが、仕事中に不慮の死を遂げる。職を探していたアメリカ人放浪者のスタークは、その機に乗じて支局長の後釜に座ることに成功するが、ハロランの死に不審なものを感じて調査を開始する。

上でも書いたようにマクロイにはサスペンス志向の作品も少なくはないのだが、これはまたとりわけ異色である。冒頭から殺人事件は起こるにせよ、全体を包むのは戦時色。そこを素性の知れぬアメリカ人が記者として行動するうち、何やら背後に潜む陰謀が浮かび上がるといった寸法で、いわば冒険サスペンスものといった体。正直、予備知識がなければマクロイの作品とはわからない。
ただし、同時に本格風味も強いのが、やはりマクロイ流か。真相の解き明かし方、暗号の使い方、時局と事件の絡ませ方など見るべきところは多く、これらが明らかになるラストはやはり本格ミステリの楽しみと共通のものである。ついでにいえば、タイトルのつけ方も相変わらず上手い。
『幽霊の2/3』や『殺す者と殺される者』などの傑作群と比べるとやや落ちるが、十分にオススメできる一作である。
最後に蛇の足。帯にある惹句は完全に編集側の勇み足。できれば帯は極力見ないで読むことをお勧めします。