中町信の『空白の殺意』を読む。1980年に刊行された『高校野球殺人事件』を改題したもので、著者の五作目の長篇である。
友人の高校教師、角田絵里子を訪ねた宝積寺恵子は、彼女の死体を発見する。自殺と判断されたが、問題は自殺の動機だった。残された遺書には二日前に起こったある殺人事件との関連が記されていたのだ。それは絵里子の勤める高校の女生徒が薬殺された事件であった。そして時を同じくして行方が知れなくなる野球部の監督。捜査が進むうち、甲子園をめざす高校野球界のどす黒い裏側が明らかになり……。

悪くない。手堅くまとまった上質の本格ミステリである。
著者自身のあとがきによると、本作はディクスン・カーの『皇帝のかぎ煙草入れ』に触発されて書いた作品だという。確かに心理的トリックという点で著者がめざすところは理解できる。『模倣の殺意』のような大仕掛けはないにせよ、細かなトリックを二重三重に重ね、読者を巧く誤誘導しているのだ。冒頭から注意していれば気付く部分もあるのだが、叙述トリックの名手らしく、この手の仕掛けはやはり巧妙である。
『模倣〜』や『天啓〜』ほどのインパクトはないにせよ、本格としてのエッセンスはむしろこちらが上だ。
本筋に関わる話ではないが、作中で繰り広げられる推理合戦がことのほか多いのもポイント。新たな手がかりが浮上してくるたびにロジックをこねくり回すのは、本格ミステリでは特に珍しい話ではないが、中町信がやるとそれ自体に裏がありそうな気がするのである。
描写のひとつひとつが読者に怪しまれてしまうのは、叙述トリックの名手という著者の宿命であろう。それをまたいかなる手で切り返すのか、中町信を読むときの楽しみといえば楽しみなのだが、それに終始してしまう読み方は、実はあまり好みではない。本作でいえば著者が好きな野球を舞台にし、けっこう軽くないテーマを扱っている。それがただの道具立てとして読まれてしまうのは少しもったいない。
もちろん、いろいろな読み方があっていいし、読者の自由ではあるのだが。