佐左木俊郎という作家がいた。大正後期から昭和初期にかけて活躍した農民文学の書き手である。残念ながら三十二歳という若さで亡くなったのだが、特筆すべきは昭和に入ってから探偵小説へと路線変更を行ったことである。その成果が春陽文庫の<探偵CLUB>の一冊、『恐怖城』にまとめられている。
三年ほど前、管理人も『恐怖城』で初めてその作品に接したのだが、確かに探偵小説という体ではあったが、実質は農民文学の色濃く出たものが多く、それほど期待に沿うものではなかった(
当時の感想はこちら)。
ところが黒田さんから、コメント欄で「或る部落の五つの話」という本格ミステリが存在するという情報を教えていただく。「神の奇跡としか思えない出来事が最後で合理的に明かされる短編」ということで、なんでも佐左木俊郎生誕100年を記念して出版された『熊の出る開墾地』に収録されているという。
ううむ、そこまでプッシュされては読まないわけにはいきません。
ということで三年ほどかかったものの、ようやく『熊の出る開墾地』を読了した。

「芋」
「土竜」
「蜜柑」
「山茶花」
「再度生老人」
「熊の出る開墾地」
「或る部落の五つの話」
「黒い地帯」
「機関車」
「都会地図の膨脹」
「秋草の顆」
「狂馬」
「芽は土の中から」
「馬」
収録作は以上。今回は最初から農民文学だと理解できているので、さすがに変な期待はないこともあって意外なほどすんなり楽しめた。
そもそも農民の視点からその暮らしぶりを描くことで、農業や農民へのアプローチを試み、社会構造なども掘り下げようとするのが農民文学。現実問題として、当時の多くの農民が厳しい状況にあったわけであり、内容的にはプロレタリアート文学に近い。
そういう作品ばかりがまとまられた本書『熊の出る開墾地』なので、探偵小説の出る幕はないと思っていたが、黒田さんおすすめの「或る部落の五つの話」以外にも注目作がちらほら。特に著者の代表作でもある「熊の出る開墾地」はさすがだ。北海道の開墾地を舞台にした復讐物語であり、農村流ノワールといった趣き。
「芋」はある老夫婦の間に起こった不幸な顛末を描くが、その経緯と結果の落差が馬鹿馬鹿しくて、結果的に奇妙な味として読める掌編。
「機関車」も奇妙な味の一篇。機関手と娼婦の関係がこれまた意表を突く悲劇を招く。
そして「或る部落の五つの話」。ある部落で稲荷大明神の祟りを招いたとしか思えない奇怪な事件が連続して発生するが、その真相は……といった物語。不可思議な事件をすべて合理的に解説するといった姿勢は紛れもなく探偵小説のそれである。ただ、解決パートを事務的に片づけているのがちょっともったいない。ストーリーに組み込んでもっと盛り上げてほしかったところだ。
というわけで、もしかすると探偵小説的満足度は『恐怖城』より上かもしれない。まだAmazonでも在庫があるようなので興味あるかたはどうぞ。