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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

高城高『夜明け遠き街よ』(東京創元社)

 高城高の『夜明け遠き街よ』を読む。
 日本ハードボイルドの祖でありながら、若くして執筆から遠ざかり、幻の作家と称されていた高城高。しかし、2006年に仙台の出版社荒蝦夷から傑作集が刊行されたのを機に執筆活動を再開、今では定期的に作品を発表するまでになり、復帰後だけでもすでに三冊の短編集を上梓しているから、実に見事な復活劇といえるだろう。

 しかも、ただ昔の名前だけで帰ってきたわけではない。著者が凄いのは、長いブランクがあるにもかかわらず、いささかの衰えもなかったこと。むしろより円熟味を増しての復活を為し遂げた印象である。
 デビュー当時の作風はどちらかというと殺伐とした雰囲気、あるいは凍てつくような寂寥感を漂わせた世界観が多く、登場人物たちもまたその世界にふさわしい者たちであった。
 ところが復活後の作品にはある種の余裕が加わったように思う。比較的近い過去の、だが混沌とした舞台。興味深いのは、その世界のなかを意外なほど軽やかに泳いでいる者たちの姿だ。彼らは時代に反骨する部分はもちつつも、変化を受け入れて利用するしたたかさも持ち合わせている。その点にこそ、過去の作品と復活後の作品の大きな違いを感じるのである。

 そして高城高が新たに選んだ舞台は、なんとバブル景気に沸き返る1980年代後半の札幌ススキノである。

 国全体が浮かれ騒いだ1980年代。ここ札幌ススキノも例外ではなく、夜ごと欲望と金が乱れ飛ぶ。クラブ経営を夢見るホステス、地上げ騒動の蔭で跳梁跋扈する面々、暴力団に役人、政治家、実業家……。時代の徒花と知ってか知らずか、消費のための日々に蠢く男女をクールに見つめるのは、キャバレー〈ニュータイガー〉の黒服・黒頭悠介である。

 夜明け遠き街よ

 これはしびれる。
 ひとくせもふたくせもある連中、欲に溺れるどうしようもない輩、さまざまな者たちの物語が連作短編集という形で描かれる。一応はそれぞれ独立した短編ではあるのだが、相互に関連するエピソードが仕掛けられており、通して読むことで、バブルススキノというイメージがいっそう際立ってくるという結構である。
 また、それをさらに効果的にしているのが文体。『函館水上警察』も良かったが、高城高の研ぎすまされた文体は、やはり裏社会にこそよく似合う。この時代、風俗が実に活きいきと描写され、当時のススキノを知らない人であっても、この熱気だけは伝わるだろう。おすすめ。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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