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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

山本禾太郎『山本禾太郎探偵小説選II』(論創ミステリ叢書)

 論創ミステリ叢書から『山本禾太郎探偵小説選II』を読む。まずは収録作から。

「貞操料」
「重大なる過失」
「仙人掌の花」
「二階から降りきた者」
「一時五十二分」
「黒子」
「おとしもの」
「黄色の寝衣」
「幽霊写真」
「セルを着た人形」
「八月十一日の夜」
「小さな事件」
「抱茗荷の説」
「少年と一万円」

 山本禾太郎探偵小説選II

 ちょうど一ヶ月ほど前にI巻を読んだのだが、あちらはデビューから執筆中断するまでの前半期の作品を集めたもの。II巻にあたる本書は一年の休筆を経て執筆再開したあとの作品を集めたもので、両方合わせてほぼ全集という形となるようだ。
 残念ながらI巻では二、三の作品をのぞき、全般的には低調な出来であった。一年間という休筆の期間がどの程度の意味を持つのか正直わからないが、本書を読む限り、少なくとも後期の作品のほうがよりバラエティに富んでいるとは感じた。
 I巻の記事でも書いたとおり、山本禾太郎の作風は犯罪実話、ドキュメンタリー文学、記録文学といったところにある。本書に収められた後期の作品には、そういったドキュメンタリズムを突き詰めた感のある「貞操料」はあるのだが、シナリオの形で描いた「八月十一日の夜」、幻想文学寄りの「抱茗荷の説」などなかなか幅広い。休筆云々は抜きにしても、やはり作家としての成熟は感じられる。

 ただ、探偵小説としての面白さはまた別で、いくつかの作品を除くとアベレージは決して高くない。
 例外的に面白く読めたのは、まず「貞操料」。ドキュメンタリー、記録文学を極めようとしたとき、重要なのはその方法論であって極論すればテーマは何であってもよいのではないか。それを具体的に示したのが本作で、基本的にはすべてが裁判記録だけで構成されているという代物。
 ただし、そこで争われているのは、結婚したのに夫がHしてくれませんという妻、いやいやそんなことはないでしょという夫の家庭内トラブル。手法と内容のギャップが凄まじく、ただただ苦笑するしかないのだが、禾太郎がこの馬鹿馬鹿しさを狙ってやったのかどうかが非常に気になるところである(一応、解説では意図していた旨があるけれど)。

 「抱茗荷の説」はドキュメンタリーとはかなり遠いところに位置する幻想的作品で、幼いときに失った両親の死の秘密をさぐる少女の物語。朧にしか残らない当時の記憶、そしてじわりと浮かび上がる真実。語りもイメージも叙情性も素晴らしく、I巻も合わせて間違いなく作者のベストである。
 山下武氏によると禾太郎が犯罪実話、ドキュメンタリー型の小説の限界を悟った末の作品という位置づけらしいが、こういう優れた作品を読むと、持てる才能をすべて発揮する前に亡くなってしまった感は強い。チャレンジ精神にあふれる印象があるだけに、もっともっと生きて書いてもらいたかった作家である。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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