アントニー・バウチャーの『タイムマシンの殺人』を読む。論創社の本ではあるが、いつもの論創海外ミステリではなく、ダーク・ファンタジー・コレクションからの一冊。埋もれた作品の発掘という趣旨は似ているが、こちらはホラーやSF系の短篇集という縛りである。
とはいえ、作者はミステリ評論でも有名なアントニー・バウチャーである。中身がホラーだろうがSFだろうが、アントニー・バウチャーの邦訳本というだけも貴重であり、管理人的にはこれはやはり読んでおかなければならない一冊なのである。

The First「先駆者」
They Bite「噛む」
Elsewhen「タイムマシンの殺人」
Sriberdegibit「悪魔の陥穽」
Secret of the House「わが家の秘密」
The Other Inauguration「もうひとつの就任式」
Balaam「火星の預言者」
Review Copy「書評家を殺せ」
The Anomaly of the Empty Man「人間消失」
Snulbug「スナルバグ」
Star Bride「星の花嫁」
The Compleat Werewolf「たぐいなき人狼」(邦訳版のみ追加収録)
収録作は以上。タイムマシンや狼男、悪魔との契約などをテーマにしたホラーやSF系の作品がメインなのだけれど、その手法はむしろミステリに近い。また、いわゆる”奇妙な味”とは違って、きっちりと計算したオチやヒネリが魅力である。ある程度まで読者に想像させ、そこをあえて外さずきちんとカタルシスを与えてくれるのがよい。
まあ作者がそれを狙っているというよりは、書かれた時代ゆえというところが強いのかもしれないが。
お気に入りを挙げるなら、まずはモンスターものの「噛む」。短いながらも単にモンスターとの戦いを描くだけでなく、ちゃんと人間ドラマを組み込んでいるのが巧い。さすが名評論家のバウチャー、よくわかっている。
「悪魔の陥穽」と「スナルバグ」はどちらも悪魔との契約ものだが、こういう人間と悪魔の知恵比べというのは単純に楽しい。オチや後味も悪くない。
「たぐいなき人狼」はタイトルどおりの人狼もの。この作品もそれほどのボリュームではないのだが、現代的な人狼ものにまとめつつ、ユーモラスなサスペンス小説に仕上げているのが見事。この内容なら映画にもできるな。
ちなみに表題作の「タイムマシンの殺人」はやや期待はずれ。着想はいいのだが、少々グダグダ感強し。
結論。目新しさという点では弱いけれども、クラシック・ミステリのファンだけでなく万人に安心しておすすめできる作品集である。読んで損はない。