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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


Posted in 06 2014

ジョン・グレン『007 オクトパシー』

 久しぶりにDVDで007を消化。シリーズ十三作目となる『007 オクトパシー』は前作『007 ユア・アイズ・オンリー』に続いてジョン・グレンがメガホンをとった作品。

 東ベルリンでサーカス団のピエロになりすましていた英国諜報部員の009が、英国大使館に逃れてきたところで絶命した。どこからか”レディーの卵”と呼ばれる宝石を持ち出し、後を追ってきたナイフ投げの兄弟にやられたのだ。
 英国諜報部員の007ことジェームズ・ボンドはサザビーズのオークションに参加し、”レディーの卵”の秘密をつかむよう指令を受ける。当初はソ連の外貨稼ぎと考えていたボンドだったが、売り専門のカマル・カーンが”レディーの卵”を買ったことで、事件の背後に別の何かがあるのではと疑いを抱く……。

 007オクトパシー

 監督が引き続きジョン・グレンということもあってか、全体的な雰囲気は前作の『007 ユア・アイズ・オンリー』に続いてリアル路線といったあたりに落ち着いている。ただ、それだけではやはり地味だと思ったのか、それ以前の悪しき伝統もいくつか復活しているようだ。
 いいところを挙げると、冒頭の小型ジェット機アクロスターや中盤の列車を使ったアクションシーンはなかなかの迫力で、総じてアクションシーンは出来がいい。また、冷戦を背景にしているのは時代柄、当然としても、ソ連のタカ派の扱いなどについては非常にシリアスで、フレミングよりもル・カレを連想するぐらいである。
 その一方で、お馬鹿な部分も目立つのが何ともかんとも。とりわけ今回はメインの舞台がインドということもあってか動物ネタが多い。一番ひどいのはボンドが水中を移動するために使ったワニを模した小型潜水艇。これがかぶりものにしか見えず、たとえ実用可能だとしても絵面がまぬけすぎである。また、ジャングルでボンドが虎と出会うシーンも噴飯もの。
 他にもヒッチハイクのシーンとか、ピエロに扮するボンドとか、ラストシーンでのQの活躍とか、不必要なギャグが多すぎるのが残念。
 その結果、シリアスな部分と遊びの部分とのバランスが非常に悪く、印象としては何ともちぐはぐで微妙な作品になってしまった。シーンごとで見るといいところも少なくないだけに、何とももったいない作品である。


アール・ノーマン『ロッポンギで殺されて』(論創海外ミステリ)

 最近ますます元気になってきた感のある論創社。論創ミステリ叢書と論創海外ミステリ、合わせて毎月三冊も出されては読む方が追いつかず、積ん読がたまる一方である。いや、だからといって止めてもらっては困るわけで、そんなマニアの泣き言は気にせず、論創社にはぜひともこのまま突っ走っていただきたい。

 ところで論創海外ミステリは一時期の本格路線が少しトーンダウンし、近頃はまた妙なものを出し始めたので要注目である。幻の傑作とかではなく、なぜこれをわざわざ出す気になったのかという微妙なラインナップなのだ。
 少し前に読んだA・K・グリーンもごくごく一部の海外ミステリマニアこそ興味はもつだろうが、とてもビジネスとして成立するとは思えず、これをしれっと出版できる不思議。ただ、A・K・グリーンなどはミステリ的には全然まともな部類であり、本日の読了本、アール・ノーマンの『ロッポンギで殺されて』あたりは、よく出版する気になったなぁというほかない。
 一応、過去に都筑道夫のエッセイなどで紹介されてはいたが、とりわけ幻の作品というわけでもなく、長らく出版が待たれた一作というわけでもない。基本的には珍品の類である。出したくても出せなかったのではなく、そもそも出す意味がなかったというのが妥当なところだろう。

 まあ、そうはいってもこれは推論に過ぎない。実際に読まずして出す意味がなどと書いていては、ただの失礼な奴か無責任野郎である。まずは読め、ということで本日の感想。

 元米軍GIのバーンズ・バニオンは日本で私立探偵を営む男。持ち前の度胸と鍛えた空手で、今では東京の暗黒街でも少しは知られた存在だ。
 そんな彼に新聞発行人のラケッツから奇妙な依頼があった。「発覚することなく、なんの危険も冒すことなく、犯罪を達成する方法をお教えします」という新聞広告を掲載するよう脅迫されたというのである。ラケッツの依頼は、バニオンがその新聞広告に応じ、真相を調査してくれというものだった。あまりに胡散臭い話だが、金に困っているバニオンは仕方なく引き受けることにする。だがその裏には恐るべき陰謀が……。

 ロッポンギで殺されて

 著者のアール・ノーマンは第二次大戦後、在日米軍基地でエンターテインメント関係のコンサルティングを務めた人物で、日本には三十年ほど暮らしていた経歴を持つ。その本業の合間に手を染めたのが、日本で活躍する私立探偵バニオンを主人公にした軽ハードボイルドだった。
 もちろん息抜きのための軽い読み物にすぎないが、裏テーマとしては米兵のための東京ガイドの役目もあったという。
 したがって基本的には軽ハードボイルドもしくは東京ガイドブックという面から語るのが筋というものだが、解説にもあるように、実は本書はもうひとつの観点から語ることが可能なのだ。すなわちバカミス(好きな言葉じゃないけれど)である。

 早合点する人がいるといけないので先に書いておくと、本書は日本を舞台にしたミステリにありがちな、むちゃくちゃな日本観で書かれた小説ではない。まあ、一部そういう側面もないではないが、むしろその類の中ではけっこうまともな方である。
 本書がバカミスと呼ばれる所以は、登場人物とストーリーの破天荒さ、さらには事件の核心となる陰謀の突拍子のなさにある。

 主人公とストーリーの破天荒さは読めばすぐにわかる。基本スタイルはカーター・ブラウン辺りを彷彿とさせる軽ハードボイルドなのだが、それらにつきものの要素が極端に劇画化されている。
 例えばストーリーで言うと、ほぼ数ページで次から次へと目まぐるしく展開が変わる。確かにスピード感はすごいのだが、冷静に構成を見ると、主人公が男と会う→格闘→主人公が女と会う→濡れ場→主人公が男と会う→格闘→主人公が女と会う(以下略)……ほぼこの繰り返しと思ってもらえれば間違いない。しかも、格闘シーンにしても濡れ場にしても、著者のサービス精神がありすぎてどちらも非常に濃厚(笑)。
 要はいちいち過剰すぎるのである。著者のサービス精神が旺盛すぎて、完全に一線を越えてしまっているレベル。

 あまりの弾けっぷりに正直、陰謀がどういうものかどうでもよくなってくる始末である。それでも「発覚することなく、なんの危険も冒すことなく、犯罪を達成する方法をお教えします」という導入がやはり魅力的なので、とりあえずそちらへの興味と、加えて上に書いたような読者サービスによっておもてなしされているので、けっこう楽しみながら読めるのは否めない。
 肝心の陰謀の中身が「そりゃあない」と言わざるを得ない内容ではあったが、少なくともまったく予想できない方向性だったので、そういう意味では愉快である。

 日本通の外国人が書いた軽ハードボイルドというアドバンテージがあるので、いわゆる軽ハードボイルドのノリが好きな人なら、本書は一度は手に取ってみる価値はある。ミステリ好きの知人に話せるネタとしてもかなり優秀である。
 そういう楽しみを得たい人には間違いなく必読である。ただ、バカミスという味つけが濃すぎるので、手に取るのは一度で十分かもしれない。


ゴードン・ダグラス『放射能X』

 しばらくご無沙汰していたクラシック特撮映画を久しぶりに堪能する。ものは1953年に公開されたゴードン・ダグラス監督による『放射能X』。

 ニューメキシコ州でキャンピングカーが襲われ、唯一の生存者である少女は放心状態となって発見された。さらには付近の雑貨屋も同様に荒らされているのが発見される。両方の現場から共通したのは、盗まれた砂糖の跡、そして謎の足跡と蟻酸であった。保安官の依頼でやってきたFBI、そして農務省の昆虫学者らとの協力で、やがて犯行の原因が巨大なアリであることが判明するが……。

 放射能X

 うひゃあ。良い良いとは聞いていたが、まさかここまでとは。
 所詮は低予算によるB級映画、当時、流行していた放射能の影響による巨大生物もののひとつではあるのだが、作り手の姿勢や創意工夫によって、これが実にいい作品に仕上がっている。
 何といってもいいのは、大人が見ても納得できるようなしっかりした設定とストーリー、サスペンスをきちんと盛り込んでいることだろう。例えばアリの生態についても科学的にきちんと考証しており、それを踏まえての警察や軍隊の対処であったりするところなど、当たり前じゃないかと言われればそれまでだが、こういうことをやらない映画は現代でも山ほどあるのだ。
 また、巨大アリの登場させ方も演出の加減が上手くて、特撮だからと変に気張ることなく、オーソドックスに怖い感じを盛り上げているのがいい。隠しすぎず露出しすぎず、モンスター映画はこの加減が重要なのである。真偽のほどは知らぬが、この映画が後のモンスター映画に与えた影響は相当あるようで、今見ると既視感を覚えるシーンは確かに多い。

 もちろん映像的にはたかが知れている。それは時代ゆえ、予算ゆえにどうしようもないわけで、それをいってはお終いなのである。そこさえ割り引けば、意外なまでにしっかりしたサスペンス映画として楽しむことができるだろう。


ナイオ・マーシュ『ヴィンテージ・マーダー』(論創海外ミステリ)

 少し前のニュースになるが、ダニエル・キイス氏が亡くなった。亡くなったことはもちろんだが、八十六歳だったというのにも驚いた。もうそんなお年になっていましたか。
 『アルジャーノンに花束を』以降はすっかり精神世界の書き手になってしまった感があるけれど、まあ方向性はともかくとして、それだけ『アルジャーノンに花束を』は著者にとって非常に意味のある仕事だったということだろう。
 管理人も邦訳されたものはほとんど読んでみたが、やはり『アルジャーノンに花束を』がダントツの印象である。もし未読という方がいたら悪いことは言わない。『アルジャーノンに花束を』だけは読んでおいたほうがいい。



 さて、このままダニエル・キイスの著書の感想にでも入れば流れとしては美しいのだが、そんなに上手くいくはずもなく、本日はナイオ・マーシュ作『ヴィンテージ・マーダー』の感想である。

 こんな話。休暇でニュージーランドへやってきたアレン警部。乗り合わせた夜行列車で、公演のために移動中のイギリスの劇団と一緒になるが、劇団関係者の暴力事件や盗難事件に巻き込まれてしまう。事件の真相が明らかにならないまま公演は初日を迎えるが、ひとまず舞台は成功。終了後には主演女優キャロリンの誕生日パーティーが開催された。
 その席上であった。サプライズで用意されたヴィンテージ・シャンパンが天井から落下し、劇団オーナーでありキャロリンの夫であるマイヤーに直撃するという事件が起こる。アレンは天井を調べ、これが事故ではなく、殺人であることに気がつくが……。

 ヴィンテージ・マーダー

 非常にオーソドックスな黄金期の探偵小説である。著者お得意の劇場ミステリではあるが、ことさら突飛な演出には頼らず、事件発生後は現場の検証と関係者への訊問が続き、あくまで捜査とロジックが主役の物語となっている。そういう意味でいうと、本作に限っては、よく比較に出されるクリスティやセイヤーズらとは異なり、むしろクイーンなどに近いかもしれない。
 ただ、ガチガチの本格という印象ではない。マーシュはもともと細やかな描写で読ませる作家であり、ややステレオタイプながらきちっと立たせたキャラクター、活き活きとした会話などは定評のあるところ。本作でも単調な構成ながらそれほど苦にならないのは、この描写の巧さによるところが大きいだろう。
 ちなみにアレン警部などは非常にスマートなキャラクターとして設定されてはいるけれど、どうしようもないダメ人間を相手にしているときなどは苛立ちを隠しきれない描写がユーモラスに盛り込まれていたりする。些細なことだけれど、こういう細かな描写の積み重ねが作品全体の質を高めているように思う。

 惜しむらくは探偵小説としての驚きの部分であろう。小説を読んでいる満足感はあるのだが、本格としての斬れ味、サプライズ、カタルシス、こういうところが当時のトップランナーたちに比べるとどうしても弱い(数作読んだだけの印象ではあるけれど)。
 マーシュあたりの作家なら本来は全作品翻訳されてもいいと思うのだが、昨今のクラシックブームにおいても、マーシュは日本での紹介がずいぶん遅れているわけで、やはり強力なセールスポイントには欠けるのかもしれない。
 
 結論。衝撃的な結末、驚愕のラスト……とまではいかないけれども、上質な本格探偵小説を読んだという満足度は味わえる一冊。マーシュ普及の意味も込めてオススメで。


藤田知浩/編『外地探偵小説集 満洲篇』(せらび書房)

 藤田知浩/編『外地探偵小説集 満洲篇』を読む。かつて日本で外地と呼ばれた地を舞台にした探偵小説を集めたアンソロジーの「満洲篇」である。
 すでに本書に続いて上海篇、南方篇も出ており、そちらも買ってはいるのだが、ふと気がつけばいつのまにか十年ものの積ん読である(苦笑)。本棚でたまたま目について、これではいかんとようやく読み始めた次第。
 まずは収録作。

大庭武年「競馬会前夜」
群司次郎正「踊子オルガ・アルローワ事件」
城田シュレーダー「満洲秘事 天然人参譚」
崎村雅「龍源居の殺人」
宮野叢子「満洲だより」
渡辺啓助「たちあな探検隊」
椿八郎「カメレオン黄金虫」
島田一男「黒い旋風」
石沢英太郎「つるばあ」

 外地探偵小説集満州篇

 満洲は現在の中国の東北部とロシアの極東部の一部を合わせたエリアである。戦前から戦時にかけての一時期、日本が植民地化して傀儡国家を作り上げていたのはご存じのとおりで、もともとの満洲民族はもとより中国人、ロシア人などさまざまな人種が混在し、文化のるつぼと化していた地でもある。
 もちろん多くの日本人も海を渡っていたが、そちらにしても、ひと山あてようと夢を抱く者、日本で挫折し、逃避先として選んだ者など、とにかく非常に混沌とした状況であったことは確かだろう。

 ただ、時を経て、実際の満洲を知る人は少なくなった。満洲は歴史的にも地理的にも近いようで遠い存在となり、私たちの多くは、いつのまにか満洲に対してエキゾチズムや幻想的なイメージを強く抱いているのかも知れない。
 そういったイメージを補完してくれるという意味で、本書はマニアックな一冊ながら、実は探偵小説ファンだけでなく、広くおすすめできる一冊なのではないだろうか。

 もちろん肝心の中身がお寒くてはオススメしようもないのだが、これが実に面白い。
 正直、探偵小説として驚くほどのものはないけれども、上で書いたように満洲の異国情緒や生活文化に対する興味が加味されており、しかもアンソロジーという性質上、作家によってアプローチが異なるから意外なほどバラエティーにも富んでいる。レアどころの作家がずらりと並んでいるのも、探偵小説ファンにとっては嬉しいかぎりだ。
 最後に作品ごとの感想など。

 「競馬会前夜」は論創ミステリ叢書の『大庭武年探偵小説選』にも収録されているので、今となってはありがたみが減ったもの、当時には珍しい本格系の作品。凝った作りではあるが正直いまひとつ。
 おそらく初めて読む作家、群司次郎正の「踊子オルガ・アルローワ事件」はミステリとしてのネタはたいしたことがないけれど、美人の踊り子とせむしの婚約者という構図がまず読者をひきこむ。加えてハルピンの魔窟などの描写も要注目で、雰囲気を楽しむにはもってこいの一作。
 城戸禮の別名と言われる城田シュレーダー「満洲秘事 天然人参譚」は暗号ネタでもあるが、むしろ秘境冒険ものとしてのほうが読みどころである。これも雰囲気で楽しめる一作。
 「龍源居の殺人」の崎村雅も初読の作家。意外に現代的なサスペンス小説でまずまず。
 「満洲だより」も論創ミステリ叢書で既読の一作。書簡形式というスタイルも特徴的だが、宮野村子の作品としては珍しくユーモラスで、結局は内地にいる主人公の妹や母親が事件を解決するという展開が楽しい。伏線もきちんと貼られている(わかりやすいけれど)。
 「たちあな探検隊」は渡辺啓助お得意の秘境冒険ものだが、あまり驚きもなく、出来はやや落ちる。
 「カメレオン黄金虫」は評価が難しい。短い割には展開が激しく、先を読みたくなるという意味では悪くない作品なのだが、少々、グダグダ感もあるのが難。
 島田一男「黒い旋風」はペストの流行を背景にし、そこで起こる殺人事件を描く。殺害方法がトンデモ系だが、それを含めておすすめ。個人的には本書中のベスト。
 「つるばあ」はロシア人や中国人、日本人が共に働く電力会社を舞台にしているという設定がまず目をひく。ミステリ的な驚きは少ないが、満洲という地ならではの人間模様やテーマが印象的だ。


樹下太郎『鎮魂の森』(出版芸術社)

 ひさしぶりに出版芸術社のミステリ名作館から一冊。ものは樹下太郎の『鎮魂の森』。
 今でこそ論創社の頑張りが目をひくが、一昔前に国産の名作発掘といえば出版芸術社の「ふしぎ文学館」であり、「ミステリ名作館」だったように思う。『鎮魂の森』も元本は桃源社から1962年に刊行され、長らく絶版だったものがミステリ名作館の一冊として1993年に復刊されたものである。

 こんな話。食品会社社長の長男である貴一郎は、跡継ぎの座を弟に奪われ、「調査室」室長という閑職で毎日を無為に過ごしていた。そんな貴一郎の秘書として配属された冴子は、やがて社内の噂とは異なる貴一郎の一面に気づき、心惹かれるようになる。そんなとき、貴一郎にあてて高橋と名乗る男から脅迫電話がかかってきた。貴一郎の過去に関係があるらしいことを知る冴子は、貴一郎に脅迫者と闘うよう懇願するが……。

 鎮魂の森

 出版芸術社の本も久しぶりだが、考えたら樹下太郎の著作もずいぶん久しぶりに読んだ。派手なトリックなどとは無縁だが心理描写で読ませる作品が多く、地味ながらも小説を書く技術は確かな作家である。
 本作もまたその例に漏れず、ミステリとしては弱いのだけれど、登場人物の設定や描写が上手くて意外に引き込まれた。
 形としては主人公が脅迫者を突きとめていくという展開ながら、そこにミステリ的な企みはほとんどない。狙いは事件の真相云々ではなく、戦争に翻弄された主人公の運命であり、それが事件と重なることでいっそう鮮明になるという構図。そこには著者の戦争体験が色濃く反映されており、作品におけるメッセージも正にそこに尽きるはずだ。

 ただ、全体的な印象としてはいわゆる反戦の物語というより、主人公とヒロインの関係とか、あるいは過去の痴情のもつれとか、そちらの方が明らかに物語を引っ張ってしまっている(苦笑)。描写もけっこうねちっこい。だから救いがたいラストを見せられても、主人公自業自得以外のイメージは正直つきにくいのが困ったものだ。
 上で書いたように主人公たちの設定や心理描写は効いているのだが、テーマとそれらがもうひとつ合致していないというか、このちぐはぐさは弱点であろう。純粋なミステリといえない作品ということもあるし、樹下マニア以外にはオススメしにくい一作である。

 なお、本書には短篇「お墓に青い花を」も収録されている。これは後のサラリーマン小説を彷彿とさせるコミカルな味つけをした犯罪小説。皮肉なオチが効いて楽しめるが、何故にこれをわざわざ同時収録したのか意図が不明である。


ジョン・ブラックバーン『壊れた偶像』(論創海外ミステリ)

 ワールドカップ開幕。ああ、また寝不足の日々が……。


 論創海外ミステリの功績は今さら言うまでもないだが、個人的な最近のヒットはジョン・ブラックバーンの魅力を再確認させてくれたことだ。ホラー系ミステリという枠では収まらない作風、ジャンルの「混合」(融合ではなく)によるオフビートな構成が特徴で、これが思いのほかツボであった。創元の三冊もン十年前に読んではいるのだが、当時はこの面白さがピンと来なかったんだよなぁ。
 本日の読了本は『闇に葬れ』、『刈りたての干草の香り』に続く『壊れた偶像』である。

 英国はマインチェスター。その町外れの川辺で売春婦と思われる女性が死体で発見された。当初はありふれた殺人事件に思われたが、実はその女性がかつてスパイだったことが明らかになり、英国外務省情報局長カーク将軍が捜査に当たることになる。しかし、たまたまカークは長期休暇に入るところで、部下のマイケルとペニーが一足先に現地へ向かう……。

 壊れた偶像

 著者本人が意識していたかどうかはともかく、ジャンルの「混合」による面白さはブラックバーンならではのものだ。本作でも序盤はオーソドックスな警察小説の形で始まり、それがスパイ小説風になり、そして中盤からはオカルトスリラーへと変化する。
 ただし、全体を包むテイストは神秘的ながら、超自然現象は今回はなし。そのせいか既刊二作ほどの馬鹿馬鹿しさはないのだけれど、この程度では妙におとなしく感じてしまって少々物足りなさは残る。
 とはいえそれは前作があまりにぶっとんでいたためで、普通にサスペンスとして読むなら、ストーリーの展開や場の盛り上げ方などは達者なもので、飽きさせることはまったくない。ただ、カークの部下の勇み足が多く、そこだけは無理矢理サスペンスを盛り上げようとする意図が露骨で気になった。

 というわけで良いところ悪いところも「混合」した本作。総合では前二作に劣るものの、ブラックバーンのファンならやはり押さえておきたい一作である。


クリス・バック、ジェニファー・リー『アナと雪の女王』

 Let it go~Let it go~というわけで、遅ればせながら先週末、劇場に足を運んで観てきたのが『アナと雪の女王』。
 原案はアンデルセン童話『雪の女王』とのことだが、ストーリーはほぼオリジナルで、中身は別物と考えたほうがよい。雪と氷を操る能力を持つ女王エルサ、そして彼女を救うため冒険の旅に出るエルサの妹アナ。二人の主人公を通して、真実の愛とは何かが描かれる。

 ※ちなみに今回はネタバレありのため未見の方は注意

 アナと雪の女王

 とりあえず門外漢のおっさんが観ても、映画の方は十分楽しめる出来であった。個人的にディズニーのアニメ映画にそれほど思い入れがあるわけではなく、たぶん『トイ・ストーリー』以来ではないかと思うのだが、いまやアナ雪は、そんな人間ですら一応観ておくかという気にさせるだけのパワーを持っている。社会現象と言われるのも頷ける話だ。

 では人気の秘密は何だろうとつらつら考えたとき、まずはテーマの現代性が挙げられるだろう。
 画一的な価値感ではなく個性を尊重する、はたまた抑圧された日常からの自己を解放するという方向性は、現代の社会が抱える問題にも通じるところである。
 個性の発揮、自己開放は極端に言えば好き勝手に生きるということである。自分の思うがままに生きるということなのである。そんな人ばかりが交われば、当然それは他者との衝突を生むだろう。それでは困る。だからといって、それゆえに個性を封印してしまえば、みなが同じ生き方をするのはこれまた悲しい話であり、そんな人生のどこが楽しいのかということにもなる。
 そんなジレンマを解決する手段が、愛であり、思いやりである。個性と書いたが、これは人間性ということだけではなく、財産であったり、腕力であったり、知力であったりする。これらの力を愛と思いやりをもって使うのなら、人は幸せになれるというわけである。

 なんてことを、エルサとアナをはじめとした登場人物たちが、テンポのよいストーリーや美しい映像、素晴らしい挿入歌によって教えてくれるのが『アナと雪の女王』なのだ。
 しかも、ここが重要なポイントだけれど、本作ではその愛や思いやりは王子様からもたらされるものではないところがミソ。だからこそ世の女性たちの共感を呼んだのではないか。
 まあ、すべての要素が満点だとは思えないし、 特別、突出した"何か”があるとは正直思えないのだが(苦笑)、ケチをつけにくいというか、どの要素をとっても70点は軽くクリアする出来であり、そのトータルバランスの良さは見事だ。

 ひとつだけ気になったのは、ハンス王子の存在である。
 王位のためにはエルサやアナの命までも奪おうとする悪党だが、実はその伏線らしきものがラストまでまったく明かされない。
 アナとの出会いのシーン、エルサにアナとの結婚を認めてもらえなくて困惑するシーン、もう一人の悪党ウェーゼルトン公爵に凄むシーン、マシュマロウに立ち向かうシーン、氷の城でエルサを救うシーン、アナに真相を告白して部屋に閉じ込めるシーン、エルサを殺害しようとするシーン……。ハンスの見せ場はいろいろあるのだが、伏線が明かされないどころか、実はこれらのハンスが同一人物に思えないくらい性格が場面場面で変わるのである。善悪をはっきりと描写するディズニー映画でこれは珍しい。
 これは要するにハンスが絶対悪ではなく、それこそ個性の喪失を象徴しているのではないだろうか、などと考えていたら、どうやら制作サイドからハンスは鏡のような存在なのだというメッセージがアップされているらしい。なるほど、場を強化する役目なのか……と思わず感心しそうになったが、それはそれで何だか意義がわかりにくい。あくまで管理人としては、個性を喪失させようとする圧力を象徴する存在、それがハンスだと思いたい。

 まあ、こんな深読みをいろいろとやらせてくれるのも、この映画の魅力のひとつではあるのだろう。ううむ、まんまとディズニーに踊らされておりますのう(笑)。


マイクル・コナリー『ナイン・ドラゴンズ(下)』(講談社文庫)

 マイクル・コナリーの『ナイン・ドラゴンズ』読了。
 南L.A.で発生した中国人店主の殺人事件。背後に中国系犯罪組織"三合会"の存在を突きとめるが、容疑者を捕らえたロス市警刑事ボッシュのもとには、香港にいる娘の監禁されている画像が送られてきた。娘を取り戻すべく、ボッシュはただちに香港へ向かった……というのが上巻の主な粗筋。
 下巻では香港へ到着したボッシュが、前妻のエレノア、そして彼女の協力者サン・イーと共に娘の捜索を行うという展開を見せる。
 これがまた徹底したエンタメ路線であり、コナリー版『ダイハード』あるいは『24 TWENTY FOUR』とでもいった趣き。実はけっこう衝撃的なエピソードもあるので、今回は完全にこのスタイルで通すのかと思っていると、さすがはコナリー。終盤で事件の構図を一気にひっくり返す荒技をたたみかけてくる。

 ナイン・ドラゴンズ(下)

 いやいや実にお見事。
 単独のミステリ作品として評価するなら、問題なく傑作である。以前にも何回か書いたが、コナリーは『暗く聖なる夜』あたりからミステリを書くテクニックが急激にレベルアップしたように思う。プロットや仕掛けもとにかく練られているし、上手くなったという印象である。
 本作でも中国人店主の殺人事件、娘の誘拐事件それぞれをストレートに描いてもけっこう面白そうなのだが、まずはそれぞれに仕掛けを施し、なおかつそれを絡め、加えてボッシュと娘や前妻、同僚らとのドラマにも膨らみを持たせるという結構。一見すると中国のギャング組織から娘を取り返すというアクション小説を、それはそれとして活かしつつも、最終的な着地点をまったく予想外なところで準備する鮮やかさである。
 正直、ミステリとしてこれ以上何を求めるのか、というレベルにまできているのではないか。それぐらい素晴らしい。

 ただ、シリーズ最初期からのファンからすると、初期の苦悩するボッシュ、怒れるボッシュ、内省的なボッシュだからこそ心打たれたという側面は紛れもなくある。
 そこを抜けた先に現在のボッシュがあるのだが、キャラクター像の変化については人間的成長や年齢が上がってきたことなどもあるからいいとして、気になるのはシリーズとしての興味のポイントまで変化するところだ。
 初期の作品においては、ボッシュという特異な主人公だからこそ成立している内容が主で、そこにハードボイルドや警察小説としての面白みが集約されていた。しかし最近の作品では特別、ジャンル的な重きは置かれていないように見受けられる。むしろミッキー・ハラーやレイチェル・ウォリングなど別シリーズの主人公を登場させ、コナリーランドとでもいうような全方位的エンターテインメント路線に向かっているようだ(本作でもハラーがおいしい形で登場している)。
 その結果として、例えば本作ではボッシュと娘など主要人物との関係がいくつかクローズアップされてはいるのだが、娯楽要素が強すぎるため、人間ドラマがそれほど心に響かない。ミステリだから娯楽要素が強いのは当然なのだが、本来ボッシュものを読んできたファンが求めているのは、おそらくそこではないはずだ。

 まあ、そうはいってもシリーズもこれだけ長くなると、この程度の変化は当たり前なのかもしれない。個人的にはそういうのは別シリーズでチャレンジしてもらいたいところだが、ミステリとしてのレベルアップを考えればむしろこれは喜ぶべきことなのだろう。もちろんコナリーがこのまま単なるエンタメ路線にひた走るとも思えないし、今後の展開にもまだまだ期待したいところである。


マイクル・コナリー『ナイン・ドラゴンズ(上)』(講談社文庫)

 マイクル・コナリーの『ナイン・ドラゴンズ』をとりあえず上巻まで。久々のボッシュ・シリーズである。

 南L.A.で食料品店を営む中国人が、店で銃殺されるという事件が起きる。当初は万引きに絡んだ逆恨みによる犯行かと思われた。だが捜査にかり出されたロス市警本部殺人事件特捜班のボッシュたちは、事件の背後に中国系犯罪組織"三合会"が存在することを突き止める。
 そして浮かび上がる一人の容疑者。だが、高飛びを企てる男の身柄を拘束したとき、香港に住むボッシュの娘が監禁されている映像が届く……。

 非常に軽快なテンポで展開するストーリー。従来の作品でいうとシリーズ前作の『死角』に雰囲気は近く、内省的ハードボイルドといった雰囲気は今や遠い昔である。それが好ましくもあり、物足りなくもあり、という二面性をもつのが悩ましいところだ。
 詳しい感想は下巻読了時に。

 ナイン・ドラゴンズ(上)


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プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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