Posted in 07 2014
Posted
on
水谷準『水谷準探偵小説選』(論創ミステリ叢書)
論創ミステリ叢書から『水谷準探偵小説選』を読む。町医者"瓢庵"を主人公にした捕物帖のシリーズからセレクトした傑作選である。
なんだ捕物帖か、などと言うなかれ。瓢庵捕物帖は本格探偵小説としても成立するだけの内容をもったシリーズであり、食わず嫌いをするにはちょっともったいない。
そもそも捕物帖といってもその内容は意外に幅広い。痛快な娯楽ものから人間ドラマを描いた人情もの、あるいは江戸そのものの姿を描こうとするものまで実にさまざま。そして、そのひとつに本格探偵小説としての捕物帖があり、瓢庵捕物帖は正にそれに該当する。
解説で当時の作家(水谷準、横溝正史、野村胡堂、城昌幸ら)による捕物帖座談会の様子が紹介されているが、そこで水谷準は自ら本格探偵小説としてシリーズを書いていることを認めているし、そればかりか一堂で探偵小説の経験がない時代物系の作家の捕物帖は面白くないとまでぶちあげている(笑)。
ことほどさように探偵作家は捕物帖を探偵小説の一種として捉えているわけで、一般の認識とは一線を画しているのが興味深い。
さて、そこで水谷準の瓢庵捕物帖。まずは収録作から。
「稲荷騒動」
「銀杏屋敷」
「女難剣難」
「暗魔天狗」
「巻物談議」
「般若の面」
「地獄の迎ひ」
「ぼら・かんのん」
「へんてこ長屋」
「幻の射手」
「瓢庵逐電す」
「桃の湯事件」
「麒麟火事」
「岩魚の生霊」
「青皿の河童」
「按摩屋敷」
「墓石くずし」
「丹塗りの箱」
「雪折れ忠臣蔵」
「藤棚の女」
「初雪富士」
「にゃんこん騒動」
「月下の婚礼」
「死神かんざし」

瓢庵捕物帖の最大の特徴はもちろん本格探偵小説としての骨格を備えていることなのだが、とりわけ意識したのがチェスタトンのブラウン神父シリーズだという。
水谷準は探偵小説に必要なものとして、謎解き興味はもちろんだが、それに加えてユーモアだと考えていた。それは単なるギャグとかではなく、社会批判や文明批判の精神を取り入れたもので、そのお手本にしたのがチェスタトンだったようだ。
得てしてユーモアは独りよがりになりがちで、作者が匙加減を間違えると読むのが辛くなってくるものだが、本作は江戸という設定がオブラートとして効いているため、多少の誇張された表現などがむしろ心地よい。
文明批判などと難しく考えなくとも、飄々とした瓢庵先生と香六や豆太郎といったレギュラーメンバーとのやりとりも普通に楽しめる。
もうひとつの大きな特徴は、なんと横溝正史の人形佐七を借用していることである。
瓢庵が町医者という立場だから、それとは別に刑事役が必要だったとか、ブラウン神父の主要登場人物の設定を借用したとか、これまた説はいろいろあるようなのだが、わざわざ他の作者の探偵を借りる理由にはなっていない。
詳細は不明だが、ただ読者にしてみれば、佐七の起用は楽しい試みである。瓢庵が探偵役のときもあれば佐七がメインを務めるときもあるなど、横溝正史に失礼のないようバランスを考えている節もうかがえる。それが内容の変化にもつながっていて結果としては悪くない。
全体的にみるとムラの小さい非常に安定した短編集で、予想以上に楽しく読める。既刊の瓢庵もの四冊の短篇集から佐七が登場するものすべて、短編集未収録の二篇、出来の良い物を集めた傑作選なので、まあ、これでつまらなかったら、それはそれで困るが(苦笑)。
捕物帖にありがちなキャラクターありきというだけでなく、謎の提示があり、それをきちんとロジカルに落とし込んでいく。しかも河童や幽霊、麒麟といった物の怪の謎を多く扱っているのもいい。これも現代物でやりすぎると馬鹿馬鹿しくなるところだが、捕物帖であればすんなり成立するのが便利。
ときとして推理が閃きに頼りすぎたり、新鮮なトリックや仕掛けがあるわけではないという弱さもあるが、各種要素が意外なほどバランスよくまとまっていて、読み物としては十分なレベルだろう。論創ミステリ叢書のなかではおすすめの一冊。
なんだ捕物帖か、などと言うなかれ。瓢庵捕物帖は本格探偵小説としても成立するだけの内容をもったシリーズであり、食わず嫌いをするにはちょっともったいない。
そもそも捕物帖といってもその内容は意外に幅広い。痛快な娯楽ものから人間ドラマを描いた人情もの、あるいは江戸そのものの姿を描こうとするものまで実にさまざま。そして、そのひとつに本格探偵小説としての捕物帖があり、瓢庵捕物帖は正にそれに該当する。
解説で当時の作家(水谷準、横溝正史、野村胡堂、城昌幸ら)による捕物帖座談会の様子が紹介されているが、そこで水谷準は自ら本格探偵小説としてシリーズを書いていることを認めているし、そればかりか一堂で探偵小説の経験がない時代物系の作家の捕物帖は面白くないとまでぶちあげている(笑)。
ことほどさように探偵作家は捕物帖を探偵小説の一種として捉えているわけで、一般の認識とは一線を画しているのが興味深い。
さて、そこで水谷準の瓢庵捕物帖。まずは収録作から。
「稲荷騒動」
「銀杏屋敷」
「女難剣難」
「暗魔天狗」
「巻物談議」
「般若の面」
「地獄の迎ひ」
「ぼら・かんのん」
「へんてこ長屋」
「幻の射手」
「瓢庵逐電す」
「桃の湯事件」
「麒麟火事」
「岩魚の生霊」
「青皿の河童」
「按摩屋敷」
「墓石くずし」
「丹塗りの箱」
「雪折れ忠臣蔵」
「藤棚の女」
「初雪富士」
「にゃんこん騒動」
「月下の婚礼」
「死神かんざし」

瓢庵捕物帖の最大の特徴はもちろん本格探偵小説としての骨格を備えていることなのだが、とりわけ意識したのがチェスタトンのブラウン神父シリーズだという。
水谷準は探偵小説に必要なものとして、謎解き興味はもちろんだが、それに加えてユーモアだと考えていた。それは単なるギャグとかではなく、社会批判や文明批判の精神を取り入れたもので、そのお手本にしたのがチェスタトンだったようだ。
得てしてユーモアは独りよがりになりがちで、作者が匙加減を間違えると読むのが辛くなってくるものだが、本作は江戸という設定がオブラートとして効いているため、多少の誇張された表現などがむしろ心地よい。
文明批判などと難しく考えなくとも、飄々とした瓢庵先生と香六や豆太郎といったレギュラーメンバーとのやりとりも普通に楽しめる。
もうひとつの大きな特徴は、なんと横溝正史の人形佐七を借用していることである。
瓢庵が町医者という立場だから、それとは別に刑事役が必要だったとか、ブラウン神父の主要登場人物の設定を借用したとか、これまた説はいろいろあるようなのだが、わざわざ他の作者の探偵を借りる理由にはなっていない。
詳細は不明だが、ただ読者にしてみれば、佐七の起用は楽しい試みである。瓢庵が探偵役のときもあれば佐七がメインを務めるときもあるなど、横溝正史に失礼のないようバランスを考えている節もうかがえる。それが内容の変化にもつながっていて結果としては悪くない。
全体的にみるとムラの小さい非常に安定した短編集で、予想以上に楽しく読める。既刊の瓢庵もの四冊の短篇集から佐七が登場するものすべて、短編集未収録の二篇、出来の良い物を集めた傑作選なので、まあ、これでつまらなかったら、それはそれで困るが(苦笑)。
捕物帖にありがちなキャラクターありきというだけでなく、謎の提示があり、それをきちんとロジカルに落とし込んでいく。しかも河童や幽霊、麒麟といった物の怪の謎を多く扱っているのもいい。これも現代物でやりすぎると馬鹿馬鹿しくなるところだが、捕物帖であればすんなり成立するのが便利。
ときとして推理が閃きに頼りすぎたり、新鮮なトリックや仕掛けがあるわけではないという弱さもあるが、各種要素が意外なほどバランスよくまとまっていて、読み物としては十分なレベルだろう。論創ミステリ叢書のなかではおすすめの一冊。