長崎出版のGem Collectionから久々に読み残しを消化。ものはR・オースティン・フリーマンの『猿の肖像』。
こんな話。ある夜、診療に出かけたオールドフィールド医師は、帰り道で瀕死の警官を発見する。付近で起こった宝石泥棒の犯人に殴打されたらしいが、事件は未解決のまま、いつしかオールドフィールドも事件のことを忘れていった。
そんなる日、オールドフィールドは原因不明の腹痛に悩む陶工のピーター・ガネットを診療する。処方の効き目もなく、困ったオールドフィールドは恩師であるソーンダイク博士へ相談する。ソーンダイクは病状からそれが砒素中毒であると見抜き、ガネットは命をとりとめるが……。

いかにもオースティン・フリーマンらしい、実にオーソドックスな本格ミステリ。相変わらず地味ではあるが、結末に至るまでの組み立て、あるいは伏線といったものがきちんとまとまっており、真っ当な本格探偵小説を書くんだというフリーマンの意志がしっかり伝わってくる。
いかんせん注目すべきトリックなどがなく、それほど複雑な話でもないので、ラストはかなり想像がつきやすい。これが書かれたのが1938年だが、その当時にあってもサプライズの乏しさはやや苦しいものがあるだろう。
ただ、繰り返しになるが、本格ミステリとしては非常にまとまっており、好感の持てる作品である。浮世の煩わしさから離れ、しばしクラシックの雰囲気に浸りたい向きにはおすすめではなかろうか。
味付けの部分ではあるが、当時、流行していた新しい芸術運動とか陶芸についての蘊蓄や描写が思いのほか多いのは興味深い。フリーマン自身はそういった新しい波に否定的だったのだろうなというのが、文章の端々から感じられ、ちょっと面白かった。
ちなみにタイトルの"猿の肖像"というのは、作中に出てくる陶器の置物のこと。実際どんなものかはわからないが、以前に読んだジェフリー・ディーヴァーの『石の猿』のジャケット絵のインパクトがあったせいで、読んでいる間、ついつい脳内変換されて困った(苦笑)。