Posted in 09 2014
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妹尾アキ夫『妹尾アキ夫探偵小説選』(論創ミステリ叢書)
論創ミステリ叢書から『妹尾アキ夫探偵小説選』を読む。
妹尾アキ夫といえば探偵小説の作者というよりは翻訳者としてのイメージが強いのだが、昭和に入るあたりから創作にも手を染めており、実は四十作ほどの短篇も残している。本書はその中から短篇二十作、加えて評論や随筆をかなりの数、収録したものだ。
収録作(創作のみ)は以下のとおり。
「十時」
「ピストル強盗」
「スヰートピー」
「人肉の腸詰(「楠田匡介の悪党振り」第三話)」
「凍るアラベスク」
「恋人を食ふ」
「本牧のヴイナス」
「壜から出た手紙」
「夜曲(ノクターン)」
「高い夜空」
「林檎から出た紙片(かみきれ)」
「アヴェ・マリア」
「深夜の音楽葬」
「黒い薔薇」
「密室殺人」
「黄昏の花嫁」
「カフエ奇談」
「戦傷兵の密書」
「赤い眼鏡の世界」
「リラの香のする手紙」

実はそれほど期待はしていなかったのだが、これは悪くない。
これまでアンソロジーで単発では読んでいたが、こうしてまとめて読むと、その方向性や魅力にあらためて気づかされるのである。
翻訳者が創作を残した例としては、論創ミステリ叢書でも『延原謙探偵小説選』があるが、あちらは探偵小説としての出来はやや苦しいものがあった。小説としてのまとまりや語り口のスマートさはあるけれど、探偵小説としての何かが書けていた。トリックでも幻想味でもいいのだけれど、その作者ならではの決定的な何かである。
もちろん翻訳者としての活動がメインだから、そこまで望むのは酷な気もするが、それに比べると妹尾アキ夫の作品は非常にオリジナリティを感じさせる。
その最大の魅力は叙情性と幻想性だろう。世に受け入れられない特殊な嗜好をもつ人々。あるいは数奇な運命に囚われた人々。悲劇に見舞われたそんな彼らの心情を細やかに、かつ鮮烈に描いていく。少々褒めすぎの気もしないではないが(苦笑)、見事にはまった作品は正史や乱歩にも並ぶ。
文章が平易なところもいい。翻訳という仕事が活きているというか、翻訳調の端正な文章が個人的には好感度高し。この辺は先述の延原謙と共通するところだろう。中にはカニバリズムや人体の氷漬けなどというエグい作品もあるのだが、この文章のおかげで幻想的な雰囲気というところで収まっている印象だ。
惜しむらくはもう少し長めのしっかりしたものを書いてほしかったこと。また、オチのつけ方がややパターン化している嫌いもあり、無理に落とすことなくそのまま不条理にまとめてもよかった作品がいくつか見られたのは残念だ。
以下、印象に残った作品のみコメント。
「人肉の腸詰(「楠田匡介の悪党振り」第三話)」はタイトルどおりの話でカニバリズム全開だが、ラストのオチのつけ方が余計な感じ。
お次の「恋人を食ふ」も同様の話。途中まではいいのだが、こちらもラストがもったいない。
妹尾が珍しく本格に挑戦したのが、タイトルもずばりの「密室殺人」。珍しい本格なので挙げておくが、出来としてはいまひとつ。ただ、本格にあっても叙情性は豊かで、そのキャラクターの設定などは一読の価値あり。
「カフエ奇談」は予想がつきやすそうでつきにくい天の邪鬼な一篇。この手のオチは現代作品でやると非難囂々だが、妹尾アキ夫に限らず当時の探偵作家は本当によく使う。
「凍るアラベスク」はアンソロジーでお馴染みの作品。ネタが乱歩の真似かと思われそうだが、こちらの方が先のようだ。前半に登場する女性が無邪気な可愛らしいタイプで、それだけにラストの衝撃がきつい。
「リラの香のする手紙」はなんと「ストランド・マガジン」をモチーフにしたノスタルジックな幻想譚。切ない読後感が逆に心地よい。
なお、創作だけでなく評論・随筆もお見逃しなく。特に「新青年」に胡鉄梅名義で連載していた書評「ぺーぱーないふ」は面白すぎる。
当時の横溝正史、甲賀三郎、大下宇陀児、小栗虫太郎、夢野久作、海野十三、木々高太郎、渡辺啓介、角田喜久雄、大阪圭吉、城昌之、森下雨村等々といった錚々たるメンバーの作品を快刀乱麻のごとくぶったぎっている。まあ自分の好み(変格)に甘い部分はあるのだけれど、それも含めて楽しめる。
特に傑作だったのは小栗虫太郎のオリジナリティを高く評価し、「自分の思う道を邁進してほしい」「他の作家が持っていないものを持っているのは最大の強みだ」「こうした作家もヴァラエティーとして必要だ」などと書きながら、言ったそばから「が、一人で沢山だ」とやっているところ。そうか、当時の作家連中もやはり小栗虫太郎の評価には苦労していたわけだ(笑)。
また、そういう書評なので当然ながら面白く思わない作家もいたわけで、特に大下宇陀児はこれに真っ向から反論した。本書ではその宇陀児の反論、さらにそれへの妹尾の反論も合わせて収録している。いやあ、素晴らしい仕事ぶりだ。
というわけで評論も含め、トータルでは満足の一冊。戦前の探偵小説好きの方はぜひとも押さえておきたい。
妹尾アキ夫といえば探偵小説の作者というよりは翻訳者としてのイメージが強いのだが、昭和に入るあたりから創作にも手を染めており、実は四十作ほどの短篇も残している。本書はその中から短篇二十作、加えて評論や随筆をかなりの数、収録したものだ。
収録作(創作のみ)は以下のとおり。
「十時」
「ピストル強盗」
「スヰートピー」
「人肉の腸詰(「楠田匡介の悪党振り」第三話)」
「凍るアラベスク」
「恋人を食ふ」
「本牧のヴイナス」
「壜から出た手紙」
「夜曲(ノクターン)」
「高い夜空」
「林檎から出た紙片(かみきれ)」
「アヴェ・マリア」
「深夜の音楽葬」
「黒い薔薇」
「密室殺人」
「黄昏の花嫁」
「カフエ奇談」
「戦傷兵の密書」
「赤い眼鏡の世界」
「リラの香のする手紙」

実はそれほど期待はしていなかったのだが、これは悪くない。
これまでアンソロジーで単発では読んでいたが、こうしてまとめて読むと、その方向性や魅力にあらためて気づかされるのである。
翻訳者が創作を残した例としては、論創ミステリ叢書でも『延原謙探偵小説選』があるが、あちらは探偵小説としての出来はやや苦しいものがあった。小説としてのまとまりや語り口のスマートさはあるけれど、探偵小説としての何かが書けていた。トリックでも幻想味でもいいのだけれど、その作者ならではの決定的な何かである。
もちろん翻訳者としての活動がメインだから、そこまで望むのは酷な気もするが、それに比べると妹尾アキ夫の作品は非常にオリジナリティを感じさせる。
その最大の魅力は叙情性と幻想性だろう。世に受け入れられない特殊な嗜好をもつ人々。あるいは数奇な運命に囚われた人々。悲劇に見舞われたそんな彼らの心情を細やかに、かつ鮮烈に描いていく。少々褒めすぎの気もしないではないが(苦笑)、見事にはまった作品は正史や乱歩にも並ぶ。
文章が平易なところもいい。翻訳という仕事が活きているというか、翻訳調の端正な文章が個人的には好感度高し。この辺は先述の延原謙と共通するところだろう。中にはカニバリズムや人体の氷漬けなどというエグい作品もあるのだが、この文章のおかげで幻想的な雰囲気というところで収まっている印象だ。
惜しむらくはもう少し長めのしっかりしたものを書いてほしかったこと。また、オチのつけ方がややパターン化している嫌いもあり、無理に落とすことなくそのまま不条理にまとめてもよかった作品がいくつか見られたのは残念だ。
以下、印象に残った作品のみコメント。
「人肉の腸詰(「楠田匡介の悪党振り」第三話)」はタイトルどおりの話でカニバリズム全開だが、ラストのオチのつけ方が余計な感じ。
お次の「恋人を食ふ」も同様の話。途中まではいいのだが、こちらもラストがもったいない。
妹尾が珍しく本格に挑戦したのが、タイトルもずばりの「密室殺人」。珍しい本格なので挙げておくが、出来としてはいまひとつ。ただ、本格にあっても叙情性は豊かで、そのキャラクターの設定などは一読の価値あり。
「カフエ奇談」は予想がつきやすそうでつきにくい天の邪鬼な一篇。この手のオチは現代作品でやると非難囂々だが、妹尾アキ夫に限らず当時の探偵作家は本当によく使う。
「凍るアラベスク」はアンソロジーでお馴染みの作品。ネタが乱歩の真似かと思われそうだが、こちらの方が先のようだ。前半に登場する女性が無邪気な可愛らしいタイプで、それだけにラストの衝撃がきつい。
「リラの香のする手紙」はなんと「ストランド・マガジン」をモチーフにしたノスタルジックな幻想譚。切ない読後感が逆に心地よい。
なお、創作だけでなく評論・随筆もお見逃しなく。特に「新青年」に胡鉄梅名義で連載していた書評「ぺーぱーないふ」は面白すぎる。
当時の横溝正史、甲賀三郎、大下宇陀児、小栗虫太郎、夢野久作、海野十三、木々高太郎、渡辺啓介、角田喜久雄、大阪圭吉、城昌之、森下雨村等々といった錚々たるメンバーの作品を快刀乱麻のごとくぶったぎっている。まあ自分の好み(変格)に甘い部分はあるのだけれど、それも含めて楽しめる。
特に傑作だったのは小栗虫太郎のオリジナリティを高く評価し、「自分の思う道を邁進してほしい」「他の作家が持っていないものを持っているのは最大の強みだ」「こうした作家もヴァラエティーとして必要だ」などと書きながら、言ったそばから「が、一人で沢山だ」とやっているところ。そうか、当時の作家連中もやはり小栗虫太郎の評価には苦労していたわけだ(笑)。
また、そういう書評なので当然ながら面白く思わない作家もいたわけで、特に大下宇陀児はこれに真っ向から反論した。本書ではその宇陀児の反論、さらにそれへの妹尾の反論も合わせて収録している。いやあ、素晴らしい仕事ぶりだ。
というわけで評論も含め、トータルでは満足の一冊。戦前の探偵小説好きの方はぜひとも押さえておきたい。