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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


Posted in 10 2014

城左門『架空都市ドノゴトンカ 城左門短篇集』(盛林堂ミステリアス文庫)

 城左門の『架空都市ドノゴトンカ 城左門短篇集』を読む。西荻窪の古書店、盛林堂さんが発行している盛林堂ミステリアス文庫からの一冊。
 盛林堂ミステリアス文庫といえば『大阪圭吉作品集成』もよかったのだが、本としての充実度でいえば、これはそれを上回る出来映えである。

 そもそも城左門って誰や、という人もいるかもしれないので念のため書いておくと、これは幻想的な短編の名手として知られる探偵小説作家、城昌幸の別名義。主に詩作の場合に使われたペンネームなのだが、正直、左門名義でこれだけ小説を書いていたことを知らなかった。個人的に城昌幸は非常に好きな作家だが、詩にはそれほど興味がなかったため、左門名義についてはあまりフォローしていなかったのが敗因である。何に負けたのかはよくわからないが。

 城左門『架空都市ドノゴトンカ 城左門短篇集』(盛林堂ミステリアス文庫)

「都市黄昏」
「永遠の恋人」
「故山」
「感傷」
「A TWILIGHTMANIA」
「猟師仏を射る事」
「Q―氏の房」
「白い糸杉」
「良心」
「眼」
「身投げ」
「エリシアの思想」
「ひすてりか・ぱっしよ」
「たぶれっと」
「二にして一」
「時劫」
「姿相」
「その貌」
「DONOGOO―TONKA」Table of Contents(雑誌『ドノゴトンカ』全目次)
「詩酒生涯 城左門」稲並千枝子氏(城左門夫人)インタビュー

 収録作は以上。
 彼が編集していた雑誌『DONOGO-TONKA』(ドノゴトンカ)と『文藝汎論』に掲載されていた短編である。ほぼ単行本初収録のものばかりで、これに加えて雑誌『DONOGO-TONKA』の全目次、さらには城左門夫人である稲並千枝子氏へのインタビュー、加えて解説×三本と、まあ至れり尽くせりの一冊。 

 内容も悪くない。城昌幸名義の作品に比べると、より詩に近い作品が多いというのが第一印象。城昌幸名義のものはやはり探偵小説寄りの作品ということもあって、短いながらもストーリーやオチがきちんとあるものが多かったが、左門名義ではそういうルールから解き放たれ、より自由に感性だけで書いている気がする。というか本来、城昌幸は詩の方が専門なんだけどね。

 描かれるのは、日常の中にふと紛れ込んでくる異分子もしくは違和感である。ただエピソード自体は他愛なく、その現象を語ることが著者の目的ではないはず。むしろそれによって起こる気持ちの乱れや揺れこそが読みどころであろう。語り口も普通の小説よりは散文詩に近く、著者の本領が存分に発揮されている。
 江戸川乱歩が城昌幸を評し、「人生の怪奇を宝石のように拾い歩く詩人」と曰うたが、これは昌幸名義より左門名義の作品にこそ相応しいといえるだろう。

 城昌幸の作品がもともと好きな人なら、どれもこれも酔える作品ばかりなのだが、特にお気に入りを挙げるなら、巻頭の「都市黄昏」。
 愛人と待ち合わせをしている男が黄昏時の魔に魅入られて……という一席で、似たような幻想小説は今ではいろいろあるだろうが、これが書かれたのは何と昭和三年。都会の黄昏がもつ魅力、いや魔力を、すでに著者はこうして形にしていたのが素晴らしい。

 なお、本書は既に売り切れながら、盛林堂ミステリアス文庫は他にも魅力的な刊行物を着々と世に送り出している模様。興味のある方はこちらをのぞいてみては。

ジョセフィン・ベル『断崖は見ていた』(論創海外ミステリ)

 ここ数年は以前ほど熱心にのぞくこともなくなったのだが、本日より「神田古本まつり」である。タイミングがいいのか悪いのかわからないけれど、明日はちょうど会社に出て少し片づけなければならない仕事がある。なんとか早めに切り上げて、久しぶりに雰囲気だけでも楽しんでこようかな。


 読了本はジョセフィン・ベルの『断崖は見ていた』。おなじみ論創海外ミステリからの一冊だが、これが通しナンバー14、奥付を見たら2005年の刊行だから驚いた。論創海外ミステリは一応全部買っていて、できるだけ若い番号から消化しているつもりなのだが、それでも個人的に馴染みの薄い作家や興味の薄い作品は知らず知らず後回しにしてしまっていたようだ。

 とりあえずストーリーから。
 イングランド南部の町レディング。その郊外に建つ屋敷で一人の資産家リリアン・メドリコットが危篤に陥っていた。時を同じくしてメドリコットの遺産相続者の一人、キースが崖から転落して絶命し、遺産はすべてバーナード・スコットの手に渡る。
 しかし、自分が犯人として疑われていることに悩むバーナードは、同地にいた素人探偵として知られる医師ウィントリンガムに調査を依頼する。そして調査を開始したウィントリンガムは、ここ最近、メドリコットの一族に不可解な死が続いていたことに気づく……。

 断崖は見ていた

 著者のジョセフィン・ベルは過去にポケミスから一冊出ているだけの、ほぼ日本においては幻の作家。過去の紹介記事、活躍した時期や作風から察すると、何となくクリスティの亜流かなともイメージしていたのだが、まあ当たらずとも遠からじといったところか。
 ただ、残念ながらその出来は少し物足りなく、クリスティと比べるのは少々荷が重いようだ。体裁としては一応本格探偵小説なんだけれど、全体的に緩いというか詰めが甘いというか。

 プロットは悪くない。遺産をめぐる殺人というのはありきたりだが、発端となる事故が殺人ではないかと疑われ、調べていくと他の一族の者も実はことごとく殺害されていたのでは、という設定は実にスリリングである。
 ところがいざ読んでみると、これが思ったほどスリリングでなく、おそらく原因は探偵役ウィントリンガムの捜査法や語り口にも問題があるのだろう。特に捜査法については、聞き込みの繰り返しに終始し、読み物としても弱い上に、そこから先に挙げたような疑惑になぜかいきなり到達してしまうのが苦しい。本格なのにロジックの面白さがそれほど前面に出ていないのである。
 ラストの意外性はそれなりにあるが、本格探偵小説として読むと肩すかし、そんな一冊である。

 ただ、それほど好評価はできなかったが全然だめというわけでもないので、これ以外の作品はもう一冊ぐらいは試してみたい気がする。ダメ元で論創社さんがもう一冊だしてくれないかな?


ネレ・ノイハウス『白雪姫には死んでもらう』(創元推理文庫)

 ネレ・ノイハウスの『白雪姫には死んでもらう』を読む。オリヴァー主席警部とピア警部のコンビを主人公とするドイツの警察小説のシリーズ。
 
 連続少女殺害事件の犯人トビアスが刑期を終えてアルテンハイン村に帰ってきた。彼はずっと冤罪であると訴えていたが、司法はもちろん仲の良かった村人たちからも信用されず、家族共々村から孤立する。
 同じ頃、空軍基地の跡地にある燃料貯蔵槽から人骨が発見された。検死の結果、正にトビアスが殺害したとされる少女のものであった。
 過去の記憶が炙り出され、村に緊張が走る中、とうとう悲劇が起こる。トビアスの母親が歩道橋から突き落とされるという事件が起こったのだ。捜査に当たるオリヴァー主席警部とピア警部だったが、アルテンハイン村が抱える闇の深さに捜査は難航する……。

 白雪姫には死んでもらう

 前作『深い疵』もかなりの力作だったが、本作もそれ以上に力の入った作品である。
 重いテーマ、緊密なプロットとテンポの良いストーリー展開、丁寧な描写など、警察小説としてクリアしておきたい要素がことごとくクリアされており、非常に完成度の高い作品に仕上がっている。

 特に本作では、冤罪と村社会が抱える闇の部分にスポットを当てており、これが前作同様、相当に重い。冤罪の重さは言われるまでもないだろうが、その冤罪がどのように起こってしまったのかが読みどころとなる。単に犯人のトリックとか警察の誤捜査とかではない。村社会の抱える人間関係の複雑さ、人間がそもそも秘めているおぞましい部分が混然となって悲劇は引き起こされる。
 そんな混沌とした事件が、オリヴァーとピアによって少しずつ解明されていく。前作もそうだったが、著者のプロットの構築力がはんぱではなく、よくこれだけのストーリーに落とし込んだなというのが率直な気持ち。
 内容自体は決して爽快な物語とは言えないのだが、この複雑な謎が解明されていく様は、やはりミステリの醍醐味である。

 ただ、前作もそうだったが、あまりにも忙しない場面転換が少し煩わしい。これだけ重いストーリーなので無理にスピード感を煽る必要はないと思うのだが。
 逆にシリーズキャラクターのエピソードはもう少し軽い方がよいのではないか。メインとなるストーリーが十分に複雑かつ重いのに、サイドのエピソードにもけっこうな量を費やしており、全体のボリュームとバランスを考えるともう少しスリム化は考えるべきだろう。そういったエピソードとメインストーリーの相乗効果や奥行きの出し方もわかるのだが、やはり全体的には重すぎる。

 と、いろいろケチをつけつつも、本作も間違いなく警察小説の傑作。そろそろ未紹介の一作目、二作目から順に翻訳してもいい頃ではないだろうか。


S・S・ウィルソン『トレマーズ4』

 DVDで『トレマーズ4』を視聴。シリーズ四作目にしていまのところ最終作。監督はS・S・ウィルソン。

 舞台は西部開拓期のアメリカ。ネバダ州の片田舎リジェクションにある銀鉱山で、作業員17人が死亡するという怪事件が起こった。原因を調べるため、フィラデルフィアから鉱山のオーナーであるハイラム・ガンマーがやってくるが、都会暮らしのガンマーは住民たちと心を通い合わせることができず、ぎくしゃくした関係のまま調査を始めることになる。
 そして調査隊が野営した夜、一行は地中から現れた怪物グラボイズに襲われ、大半の者が殺されてしまう。何とか逃げ帰ったガンマーはプロのガンマンを雇おうと決意し、新聞広告を出すが……。

  トレマーズ

 シリーズ四作目ではあるが、本作はいわゆるエピソード・ゼロ作品。シリーズのルーツを辿るお話となっており、主人公のハイラム・ガンマーはもはやシリーズの代名詞となったバート・ガンマーの曽祖父という設定である。演じるはもちろんマイケル・グロス。
 しかし、過去作品の軍事オタクではなく、武器などには一切縁がない都会暮らしの優男という設定である。それが本作でグラボイズとの死闘を演じ、ここから彼の軍事オタク、武器マニアの道が始まるといってよい。
 ちなみに最初はへたれのガンマーが、徐々に住民に受け入られるようになるというのは、ベタな展開ながらもシリーズを通して観ている者にはやはり感慨深いものがある。そういえばギャグも今回はほとんど封印していて、一応シリアスにドラマ性を出しているのが興味深い。
 ただ、中国移民の家族がスーパーをやっていたり、町の名前が本作の終わりでパーフェクションになったりと、一作目につながる設定でファンをくすぐってくれるのは楽しい。

 しかしながら全体の出来としてはまあまあか。さすがに二作目や三作目よりはいいが、モンスター映画としては並といったところ(笑)。
 グラボイズが変な進化をすることなく、戦いも原点に返って実にオーソドックスな点は好感がもてるが、それだけに新味がない。まあベースは西部劇なのでそこまではっちゃけたものは難しいだろうが、グラボイズの強さがあまり感じられなくなてしまったのは困ったものである。

 とりあえずこれでシリーズは打ち止めのようだが、いずれ最新SFX技術を駆使して、バリバリの「トレマーズ5」を作ってほしいものである。


トーベ・ヤンソン『ムーミン谷の冬』(講談社文庫)

 トーベ・ヤンソンの『ムーミン谷の冬』を読む。シリーズ第六作。

 松葉をたっぷりと食べて冬眠に入ったムーミンやその仲間たち。ムーミンたちは昔からは11月から4月まで冬眠するのが習わしで、今までそれが破られたことはない。ところがなぜかたった一人、ムーミントロールは冬の真っ只中で目覚めてしまう。
 はじめて見る雪の世界はしんとして、すべてが止まってしまった世界のようだ。起こしても起きないパパやママ、葉っぱがすべて落ちてしまった木々を見て、ムーミントロールは世界が死んでしまったと思い込む。だけど、そんな世界にもさまざまな出会いがあった。すばらしいしっぽをもったりす、とんがりねずみ、サロメちゃん、めそめそくん、おしゃまさん、ご先祖さま……。

 ムーミン谷の冬

 これはなかなか。
 ムーミン谷ではしょっちゅう天変地異が起こるので、読むたびに今回は異色作だなぁと思ったりするのだが、本作はムーミントロールがただ冬を越すだけの物語である。さほど大きな事件も起こらないという意味では、逆に異色作といってもいいかもしれない(笑)。
 ただ、本作のテーマや内容は明らかにこれまでの作品とは違っている。いや、違っているという言い方は適切ではないな。一線を越えたという感じなのだ。 

 これまでの作品と同様、表面的にはわかりやすい話である。少し読めば、冬が意味するものはムーミントロールが成長するための通過儀礼なのだとわかる。
 ただ、その通過儀礼が重い。児童書にしては、ましてや擬人化された可愛いキャラクターたちが登場する物語にしては、なかなかダークでハードな展開になっている。
 それは冬景色の描写であったり、あるいはそれに対するムーミントロールの受け止め方であったりする。すなわち冬のイメージは孤独の世界であり、死の世界である。何より強烈なのはあるキャラクターの"死"の場面までが描かれていることだろう。
 そもそもこのシリーズには戦時下の恐怖が物語に反映されることは多いのだが、それは"動"のイメージで、登場人物たちも持ち前の脳天気さや前向きな行動によって、人生を謳歌することは忘れない。対して本作では"静"のイメージ。自分たちでは変えることがかなわない状況であり、ひたすら我慢強く堪え忍ぶしかないのである。

 もちろんこのまま話が終わるはずもなく、いつものように新しい仲間との出会いがあり、一同はこの状況すら愉しんでしまう。冬のいいところも描かれ、物語は徐々に春に向けて進んでいくのだ。
 そして冬が終わるとき、ムーミントロールはまたひとつ大人になるのである。

 本作ではおなじみのキャラクターがほとんど登場しないのも大きな特徴だ。ムーミントロール以外ではミィぐらいである。ミィはムーミントロールと違い常に前向き・攻撃的であり、冬の世界でもアグレッシブに過ごしている。スナフキンとタイプは違うが、彼女もまたムーミントロールを導く一人といっていいだろう。
 その他の主要キャラクターはほとんどが初登場である。特におしゃまさんというキャラクターは重要で、冬の間、ムーミン屋敷の水浴び小屋に勝手に(笑)住みついている。目覚めたムーミントロールに冬についていろいろなことを教えてくれるが、彼女はムーミントロールを導くというより、冬の必要性を知らしめ、春の訪れを象徴する精霊のような存在なのかもしれない。
 他にもムーミンのご先祖様やめそめそくん、すばらしいしっぽを持ったリスなど印象的なキャラクターは多く、ムーミン谷の冬ならではの光景が描かれていくのが興味深い。

 これまでシリーズ六作を読んできたが、本作はいわゆる冒険の旅がない、もっとも静かな物語である。しかし、その内包するものがもっとも重く、個人的には一番印象に残る作品であった。


橘外男『死の蔭探検記』(現代教養文庫)

 台風がきているのでひきこもって読書。今はなき現代教養文庫から橘外男傑作選のI巻『死の蔭探検記』を読む。
 ざくっと橘外男の全貌を知るには、ちくま文庫の『怪奇探偵小説名作選5 橘外男集 逗子物語』が便利だが、それが出るまではこの現代教養文庫の傑作選全三巻が定番だった。中央書院の橘外男ワンダーランド全六巻という手もあったが、あちらはハードカバーということもあって、やはりおすすめはお手軽な文庫版だったのだ。

 橘外男の魅力というと、実話という形をとった奔放な作品世界と特徴的な文体ではないだろうか。熱に浮かされたような独特の語りで描写される海外を舞台にした秘境物、かたや一転して静謐な文体で語られる国内を舞台にした幻想怪奇譚。このふたつの顔が魅力である。
 まあ、文体が異なるというよりは、語られる素材の違いで受ける印象が変わってくるだけなのだが、共通するのはストレートで過剰な形容である。だから猥雑なものはより猥雑に、怖いものはより怖く伝わる。「饒舌体」と言われたらしいが、感情を増幅する文体といってもよいだろう。
 久生十蘭みたいな格調は感じられないけれど、物語の内容に非常にマッチしているのが最大のポイント。とにかく読んでいて思わず引き込まれる文体なのだ。

 死の蔭(チャブロ・マチュロ)探検記

 そんな文体で語られる物語が、本書では以下のとおり六作収録されている。再読もいくつかあったが、非常に楽しい読書であった。

「酒場ルーレット紛擾記(トラブル)」
「怪人シプリアノ」
「死の蔭(チャブロ・マチュロ)探検記」
「恋と砲弾」
「逗子物語」
「生不動」

 まずはユーモア小説といえる「酒場ルーレット紛擾記」。文藝春秋の懸賞募集で入選した著者の出世作でもある。内容は日本人とオランダ人が共同で始めた酒場の顛末記、というか店主の二人が喧嘩して仲直りするだけの話なのだが、それこそ文章の楽しさだけで読める話。

 「怪人シプリアノ」は人狼テーマの怪奇小説。最初に学生時代の伏線だけを連ね、意外な形でクライマックスをもってくるストーリー展開が効果的。まあ、伏線がベタベタすぎて、誰一人としてシプリアノの怪しさに気づかないのが不思議だが(笑)、こういうサスペンスの盛り上げ方もいいものだ。
 本筋とは関係ないが(いや、あるか)当時の人種差別とか偏見とかに関する表現が非常に露骨で、著者がこれを書いた根本にはそういうものがあったのかもしれない。

 表題作の「死の蔭探検記」はオーソドックスな秘境もの。オーソドックスではあるがその展開は徹底的に激しく、一気に引き込まれる。
 似たような話がマイクル・クライトンの某作品にあったことを思い出したが、あちらはちょうど逆の設定だったか。似たような素材を扱ってもここまで雰囲気が変わるのかという、ごく当たり前の感心をしてしまった。

 「恋と砲弾」は激しい愛情の果てに待っている悲劇を描くが、感情の方向性がストレートなので、面白みはやや少ない。

 「逗子物語」はちくま文庫版にも収録されているが、何度読んでも凄い。日本怪談アンソロジーを組んだときには絶対に外せない一作。悪いことはいわない。橘外男に興味がなくても、これと「蒲団」だけは読んでおいた方がいい。

 「生不動」は火だるまになった三人の男女というイメージの激しさだけで読ませる話。一応、火だるまになった理由とかもあるが、ほとんど大した意味はない。その強烈なイメージがときには感動を残すという絵画的作品である。


ブレント・マドック『トレマーズ3』

 性懲りもなくシリーズ第三作の『トレマーズ3』をDVDで視聴(苦笑)。監督はブレント・マドックで2001年の作品。

 今ではグラボイズ退治の第一人者として知られるようになった軍事オタクのバート。本日はアルゼンチンでグラボイズの進化形シュリーカーを数十匹一網打尽にする。
 意気揚々とパーフェクションに戻ってきたバートだが、そこでグラボイズの観光を商売にしているジャックと出会う。パーフェクションのグラボイズ騒動からはや十一年。もはやパーフェクションでの危険はないと思われつつあったが、案の定グラボイズが出現し、ジャックの相棒が食われてしまう。
 さっそく町中に警報を出し、迎撃作戦を展開しようとしたバートだったが、そこに政府の役人が現れ、絶滅危惧種を殺すことは許さないと命令する……。

  トレマーズ

 いいねえ。モンスターパニック映画のシリーズ化なんて劣化の証しみたいなものである。新作が出るたびにつまらなくなっていくのが常だが、トレマーズも然り。だがあまりの馬鹿馬鹿しさゆえに、もしかしてこれはこれでありかという気になってきた。

 もちろんいくつか理由があるのだが、まずは軍事オタクのバートを主人公に持ってきたことだろう。
 もともと変なキャラクターばかりのこのシリーズだが、バートは存在そのものが危険なネタなのでこれまでは当然脇役である。この男を主人公にすることで、モンスターパニック映画のパロディだけでなく、ハリウッドのアクション映画のパロディのようなムードも醸し出した。もちろんバートの隠れ人気はあったのだろうが、この開き直ったキャスティングは大成功と言いたい。

 あと、今回は舞台が十一年ぶりにパーフェクションに戻ったということで、一作目の登場人物がけっこう復帰しており、それぞれの立場でドラマに絡んでくるのが楽しい。
 特にティーンエイジャーの悪ガキとホッピングをやっていた女の子がどちらも立派な大人になっていたのは驚いた。

 肝心のグラボイズだが、こいつはシリーズ劣化の張本人である。二作目でシュリーカーとして地上を歩くようになったが、さらに脱皮してアスブラスターへと変形する。
 こいつがもうむちゃくちゃな設定というか、前作もそうだったが、何の脈絡も伏線もないところでいきなり進化を遂げるのである。その進化もどこかピント外れ。
 空を飛ぶようになったのはギリいいとしても(いや、ホントはよくないけれど)、尻から発火物質を分泌し、その爆発力でロケットのように飛び立つのである。ただ羽根が貧弱なのでそのまま飛び続けることはできず、あとはグライダーのように滑空するという始末。
 CGや特撮もこの時代としてはお粗末だが、まあ低予算映画だからそれは目をつぶるとしても、クライマックスのCGだけはもう少し金をかけてほしかったところだ。

 さて、いくつか見どころを書いてはみたが、こんなものを信用してはいけない(笑)。客観的にはもう全然ダメ映画である。ストーリー的にもシリーズファンだけしか相手にしていない感じなのだが、そこに甘えすぎである。
 管理人のようにモンスター映画や特撮映画にはまり込んだ人間が、このあほらしさを話のタネにするためだけに見ればよい作品だろう。


アンドリュウ・ガーヴ『殺人者の湿地』(論創海外ミステリ)

 アンドリュウ・ガーヴの『殺人者の湿地』を読む。しばらく前に読んだ『運河の追跡』と同様、論創海外ミステリからの一冊。
 『運河の追跡』は小粒ながらもきっちりまとまったサスペンスで悪くなかったが、本作もなかなかの出来。いや面白さでいえばこちらの方が一枚上だろう。

 殺人者の湿地

 まずはストーリー。
 英国ケンブリッジ州のトレーラー販売会社に勤めるセールスマンの青年、アラン・ハント。ノルウェーに休暇で出かけ、両親と旅行に来ていたグウェンダと知り合いになり、ひとときの情事を楽しむことに成功する。実は富豪の娘と婚約中の身だったアランは、最初から浮気目的で旅行に来ていたため、後腐れのないようグウェンダには偽の連絡先を教え、ケンブリッジに戻っていった。
 ところが程なくしてアランの前にグウェンダが現れる。しかも彼女はなんと妊娠しているという。このままでは富豪の娘との婚約が危ない。アランはこの危機を乗り越えるため、グウェンダを始末する計画を練るが……。

 以上のような案配で、アランという青年を軸にして幕を開ける本作。最初は女たらしの青年の犯罪を描く、単純な倒叙ものだと思っていると、第二部に入って少々様相が変わってくる。
 ある者の密告をきっかけにして、グウェンダが消息不明になっている事実が明らかになるのだが、ここで物語の牽引役がアランから警察側に移るのである。以後はダイソンとニールドという二人の刑事が流れを作っていく。クロフツあたりにありそうな半倒叙的ストーリー展開だが、ここで容疑者として浮かび上がるのがもちろんアラン。
 しかし状況証拠は十分だが肝心の証拠がない。アランが単なる女たらしではなく、道徳や倫理観がまったく欠如した男であることも明らかになり、もうアランしか犯人はいないだろうとなるのだが、それでもやはり決め手は掴めない。さあ、いったいアランはどういう手を使ったのだ?というのが最大の読みどころである。

 事件そのものは非常にシンプルで小粒ながら、ワンアイディアでカチッと決めてみせたという印象。最近の作家ならダイソンとニールドという両刑事の関係や過去をけっこう語りたくなるところだが、そこをガーヴはあっさり流し、あくまでアイディア一本勝負なのがいい。
 まあ、トリッキーとはいえシンプルな設定なので少々ネタは読みやすいが、それでもコンパクトにまとめる潔さ、読後感なども含め、トータルでの戦闘力はなかなかのものではないか。やはりガーヴはもっと読んでおくべきだ。


J・K・バングズ『ラッフルズ・ホームズの冒険』(論創海外ミステリ)

 J・K・バングズの『ラッフルズ・ホームズの冒険』を読む。
 タイトルからも想像できるように、シャーロック・ホームズのパロディ小説である。注目すべきは本書が数あるホームズパロディのなかでもおそらくは最初期に書かれたものだということ。しかも二種類の連作短編が入ったお得版である。

 作者のJ・K・バングズは主にユーモア小説を発表したアメリカの作家。ホームズ物語の熱烈なファンだったらしく、執筆の動機がふるっている。ホームズがモリアーティ教授と格闘の末にライヘンバッハの滝に沈んだのはファンなら誰もが知る有名なエピソード。リアルタイムでそれを読んでいたバングズはそれにショックを受け、これ以上新作が読めないなら自分で書いてしまおうと思いたったらしい。

 本書には、先に書いたように二種類の連作が収録されている。収録作は以下のとおり。

『ラッフルズ・ホームズの冒険』
Introducing Mr. Raffles Holmes「ラッフルズ・ホームズ氏のご紹介」
The Adventure of the Dorrington Ruby Seal「ドリントン・ルビーの印章事件」
The Adventure of Mrs. Burlingame's Diamond Stomacher「バーリンゲーム夫人のダイヤモンドの胸飾り事件」
The Adventure of the Missing Pendants「ペンダント盗難事件」
The Adventure of the Brass Check「真鍮の引き替え札事件」
The Adventure of the Hired Burglar「雇われ強盗事件」
The Redemption of Young Billington Rand「ビリントン・ランド青年の贖罪」
The Nostalgia of Nervy Jim the Snatcher「ひったくり犯にして厚顔無恥のジムの思い出」
The Adventure of Room 407「四〇七号室事件」
The Major-General's Pepper-pots「将軍の黄金の胡椒入れ」

『シャイロック・ホームズの冒険』
Mr. Homes Radiates a Wireless Message「ホームズ氏、霊界から通信を発する」
Mr. Homes Makes an Important Confession「ホームズ氏、ある重大な告白をする」
Mr. Homes Foils a Consoracy and Gains a Fortune「ホームズ氏、悪巧みに失敗しつつも一山当てる」
Mr. Homes Reaches an Unhistorical Conclusion「ホームズ氏、歴史をひっくり返す」
Mr. Homes Shatters an Alibi「ホームズ氏、アリバイを粉みじんにする」
Mr. Homes Solves a Quesion of Authorship「ホームズ氏、著者問題を解決する」
Mr. Homes Tackles a "Hard Case"「ホームズ氏、「難事件」にとりくむ」
Mr. Homes Acts as Attorney for Solomon「ホームズ氏、ソロモンの弁護士として活動する」
Mr. Homes Shatters a Tradition「ホームズ氏、伝説を粉砕する」
Mr. Homes' Final Problem「ホームズ氏、最後の事件」

 ラッフルズ・ホームズの冒険

 表題にもなっている『ラッフルズ・ホームズの冒険』は、ホームズだけでなく、同時代に活躍した怪盗ラッフルズのパロディにもなっているという凝りよう。ラッフルズを祖父に、ホームズを父に持つラッフルズ・ホームズの活躍を描いている。
 見どころはラッフルズ・ホームズを、祖父ラッフルズと父ホームズの二面性を持ったキャラクターとなっていることだろう。ラッフルズが強いときは盗癖がむずむずし、ホームズが強いときは正義の人として振る舞う。結果として、自分が盗んだために起きた盗難事件を、自分で解決して報酬をいただくというとんでもないストーリーが展開される。
 ただし、盗むのは概ねそれなりの事情があるし、基本的には勧善懲悪にまとめられているので、読者としては素直に喝采をあげられるのがよい。ときにはどうしようもなく盗みたいという欲求だけが先に立つ場合もあるが、そんなときは前もって、ワトソン役のジェンキンスにどんなことをしてでも止めてくれとお願いしているので一安心。いや、安心じゃないか(笑)。
 本格風味はそれなりのレベルだが、ホームズとワトソン役ジェンキンスの出会い、ラッフルズ・ホームズの誕生秘話なども書かれており、アホだなぁと思いながらも全体的には楽しく読める。

 『シャイロック・ホームズの冒険』も馬鹿馬鹿しさでは負けていない。こちらはライヘンバッハの滝に落ちて死んだホームズが、霊界でも名探偵として活躍するという物語である。『ラッフルズ・ホームズの冒険』にしても『シャイロック・ホームズの冒険』にしても、当時のファンからすると噴飯ものの気がしないでもないが(苦笑)、こちらもそれなりに楽しい。
 こちらの見どころは、ただの事件にするのではなく、歴史上の有名人を依頼人など事件の関係者に仕立てているところ。特にルコック警部を完全な引き立て役に設定するのは爆笑ものだが、これ、フランスからクレームが来なかったのかね? ただ、歴史上の有名人ではあるのだが、こちらの教養不足でそれ誰?というのが多くて困った。
 ちなみに解説によると、本家のホームズが復活した際、それを受けてちゃんとこのシリーズを終了させたらしい。ちょっといい話。


S・S・ウィルソン『トレマーズ2』

 DVDでS・S・ウィルソン監督による『トレマーズ2』を観る。
 シリーズ前作『トレマーズ』は砂漠の町パーフェクションを舞台に、ミミズ状の巨大生物グラボイズと住民との対決を描いた作品。モンスターパニック映画らしからぬスカッと爽やかな映像とお馬鹿なノリが魅力のナイスな映画であった。
 『トレマーズ2』はもちろんそのパート2となるのだが、いにしえより続編に傑作なしという言葉もあるように(最近では意外に続編の出来が良くなる場合もあるけれど)、本作もまったく期待せずに観たのだが……。

 舞台は前作と打って変わってメキシコのとある精油所。突然現れたグラボイズによって、今や精油所の運命は風前の灯火。そこで責任者はグラボイズ騒動で名をあげたアールに、グラボイズ殲滅を依頼すべくパーフェクションを訪れた。
 さて、一時期は人気者になったアールだが、グラボイズゲーム事業で失敗し、今ではしがないダチョウ牧場で食いつなぐ始末。そこへ降ってわいた金儲けのチャンスに飛びつき、新しい相棒のグラディや地質学の専門家ケイトとともにグラボイズに立ち向かう。人手が足りないとばかりに、かつて一緒にグラボイドと戦った軍事オタクのバートも呼び寄せた。
 ところが最初は順調だったグラボイズ殲滅作戦だが、やつらも負けてはいない。これまでは地中しか移動できないミミズのお化けだったが、突然変異によって新種シュリーカーを生み出した。シュリーカーは喩えればダチョウタイプ。大きさは1メートルぐらいだが、二足歩行で地上を走り回り、巨大な口で獲物をかみ砕く。しかも食べた分が一定量になると口から子供を産み、どんどん増殖する性質をもつ。
 果たしてアールたちは生き残ることができるのか?

 トレマーズ

 ううむ、期待どおりの駄作である(笑)。いや、駄作は可哀想か。しかしコメディタッチと明るい画面は維持しつつも、モンスターに少し変化をつけてみましたというだけで、一作目より良くなったと思えるところが一切ないのはいかがなものか(笑)。
 一応はモンスター映画であるから、何といってもまずはモンスター自体に魅力がなければならないのだが、これが厳しい。地上も自由に動き回れるよう進化したといえば聞こえはいいが、サイズは小さくなるし、怖くもないし、銃ですぐに死んじゃうしという具合では、ハラハラドキドキの欠片もない。しかも熱でしか相手を感知できないのでは、人間側の対策も容易である。このあたりのぬるさがそもそもの魅力とはいえ、これでは緊迫感もほぼ皆無。まあ、緊迫感を望む映画でもないのだが。

 というわけで前半こそ前作のノリでそこそこ楽しめたが、後半に入ってシュリーカーが登場すると迫力不足もあって一気に萎えてしまった。
 何の根拠も脈絡もなくグラボイスを進化させたのが運の尽きだとは思うが、三作目ではさらなる進化を遂げるようなので、しょうがねーなーと思いつつもやはりここは観ておくしかないのだろう。やれやれ。


大阪圭吉『死の快走船』(戎光祥出版)

 ミステリ珍本全集から大阪圭吉の『死の快走船』を読む。
 これまで珍本全集で刊行されてきた山田風太郎や輪堂寺耀、栗田信は内容的に"珍本"という言葉がふさわしかったが、大阪圭吉クラスになるともう古書の存在すら珍しいわけで。本書はそのレアどころの著作を軒並み収録したという恐ろしい本である。
 現在、大阪圭吉の現役本は、本格を中心とした創元推理文庫の『とむらい機関車』と『銀座幽霊』、防諜探偵・横川禎介シリーズをまとめた論創社の『大阪圭吉探偵小説選』の三冊がある。
 一方、確認されている大阪圭吉の生前の短編集は五冊。この中から、上の三冊に収録されていない残りの作品三十篇をすべて収録したのが本書なのである。しかも単行本未収録の作品まで八篇を収めているという徹底ぶり。
 自分で集める手間と費用を考えれば、これはもうありがたい限りである。日下氏の編集ぶりは毎度素晴らしい。

 死の快走船

PART 1 『死の快走船』
「序」(江戸川乱歩)
「大阪圭吉のユニクさ」(甲賀三郎)
「死の快走船」
「なこうど名探偵」
「人喰い風呂」
「巻末に」

PART 2 『ほがらか夫人』
「謹太郎氏の結婚」
「慰問文夫人」
「翼賛タクシー」
「香水紳士」
「九百九十九人針」
「約束」
「子は国の宝」
「プラプイ君の大経験」
「ほがらか夫人」
「正宗のいる工場」
「トンナイ湖畔の若者」

PART 3 『香水夫人』
「香水夫人」
「三の字旅行会」
「告知板の謎」
「寝言を云う女」
「特別代理人」
「正札騒動」
「昇降時計」
「刺青のある男」

PART 4 『人間燈台』
「唄わぬ時計」
「盗まぬ掏摸」
「懸賞尋ね人」
「ポケット日記」
「花嫁の病気」

PART 5 『仮面の親日』
「恐ろしき時計店」
「寝台車事件」
「手紙を喰うポスト」

PART 6 『単行本未収録短篇集』
「塑像」
「案山子探偵」
「水族館異変」
「扮装盗人」
「証拠物件」
「秘密」
「待呆け嬢」
「怪盗奇談」

 収録作は以上。西荻窪の古書店、盛林堂さんが私家版として出した『大阪圭吉作品集成』の作品なども混じっている(作品提供もあったようだ)。

 さて、こうしてまとめて大阪圭吉作品を読んでみると、近年で形成されてきた"戦前には数少ない本格作家"という謳い文句は、やや狭い見方のような気もしてくる。
 もちろんそれは一面では正しい。ただ、本格でスタートした大阪圭吉は、評判があまりよろしくなかったからか途中で作風を大幅に広げていっており、結果的に他のジャンルで本格を上回る量の作品を書き残している。
 本書に収録されている作品でも本格は非常に少なく(むろんそちらは創元版で収録されているからだが)、ほとんどはユーモアやスパイもの、人情噺である。正直これまでのイメージで本書を読むと大阪圭吉の実像はかなり揺らぐだろう。しかし、実際にはこれらも含めて大阪圭吉なのであり、そういう意味では著者の本質や探偵小説史における立ち位置などはもう一度整理してみてもよいのではないだろうか。

 もちろん箸にも棒にもかからないような作品ばかりならあまり意味はないのだろうが、同時代の他のユーモアミステリやスパイものと比べても、決して見劣りはしていない。むしろそういうジャンルの作品でも、大阪圭吉ならではの捻りや仕掛けがあって十分に楽しめるのである。
 評論家の権田萬治氏は中期のスパイものや国威高揚ものに関して「今日すべて読むに耐えない作品〜」と切って捨てたそうだが、これは少し言いすぎであろう。本人自身の本格作品と比べれば分が悪いだろうが、このレベルでだめなら他の大御所もほぼ壊滅ではないか。
 トリックメーカーからストーリーテラーへと移行しつつあった著者だが、この戦時という特殊な状況が余計な影響を与えたことは自明だし、なんとも不運の影がつきまとっている作家である。もし戦争という枠がなく自由に物を書くことができていたら、他ジャンルであっても相応の結果を残しただろうと信じたい。
 まあ、戦争という枠がなかったら、そもそも本格で勝負してほしいところではあるが。
 

藤村正太『孤独なアスファルト』(講談社文庫)

 先日の『蟻の木の下で』の続きというわけでもないが、またまた乱歩賞作品を読んでみる。ものは藤村正太の『孤独なアスファルト』。1963年、第九回乱歩賞受賞作である。

 こんな話。東京は小金井市にある中小企業の日東グラスウール。ガラス繊維を扱うために工場の環境はお世辞にもよいとは言えないが、東北の田舎から出てきた田代には、それでも最初は魅力ある職場に見えた。しかし、東北訛が治らない田代はコンプレックスを捨てきれず、会社はおろか定時制の高校でも心が開けず、自分の殻に引きこもっていくようになる。
 そんな折、常務の郷司が井の頭で死体となって発見される。容疑者として浮上したのは、事件の直前、他社を応募していたことがきっかけで郷司と諍いを起こしていた田代だった。しかし事件を担当した来宮警部は状況から、犯人は別にいるのではないかと考える……。

 孤独なアスファルト

 おお、渋いなぁ。乱歩賞にこういうタイプの作品が入っていたとは思わなかった。
 方向性はいわゆる社会派ミステリー。メインテーマとしては大都会に住む人間の孤独を描きたかったのだろうが、その他にも当時の東京が抱える諸問題、それは格差社会や学歴社会、交通問題など幅広いのだが、そういった諸々の事柄をそこはかとなく取り入れつつリアルな物語に仕上げているのが巧い。
 もちろん現代の東京とはかけ離れてきている部分もあるだろうが、それでもこの作品が扱うテーマはけっこう普遍的な感じも受ける。ネットも発達している今、大都会で孤独を感じる若者などどこにいるのかという気もするが、逆にネットが発達した現代だからこそ新たな疎外感を感じる場面が生まれる。秋葉原の事件などは正にそうした事象のひとつではなかったか。

 話をミステリ側に寄せると、こちらも社会派特有のリアルで地道な捜査が進められる。斬新と言えるようなトリックは用いられておらず、非現実的にならないレベルの小技を上手く組み合わせているといった印象である。
 ただ、確かにトリック自体にめぼしいものはないのだけれど、あるポイントによって、事件の構図をがらりと変えてみせるテクニックは非常に効果的だ。連城三紀彦ほどの派手さはないが、趣向としてはあのタイプである。地道な捜査が主の物語だが、ミステリとしての醍醐味はきちんと押さえているといえるだろう。
 惜しむらくはけっこう大事なところで偶然に頼る部分がちらほら見られたのは気になった。社会派だから別に名探偵のごとき推理は期待していないけれど、もう少し推理の帰結によって味わえる爽快感はあってもよかっただろう。

 とりあえずトータルでは満足できる一冊。
 社会派というのはある意味通俗小説と同じように、風化しやすいジャンルである。しかもリアリティを求めるが故にどうしても地味な作風になりがちだが、そういったハンディを越えて受賞したのが素晴らしい。当時の審査員にも拍手。


グラント・アレン『アフリカの百万長者』(論創海外ミステリ)

 論創海外ミステリで“ホームズのライヴァルたち”シリーズの一冊として刊行されたグラント・アレンの『アフリカの百万長者』を読む。まずは収録作。

The Episode of the Mexican Seer「メキシコの千里眼」
The Episode of the Diamond Links「ダイヤのカフリンクス」
The Episode of the Old Master「レンブラントの肖像画」
The Episode of the Tyrolean Castle「チロルの城」
The Episode of the Drawn Game「ドロー・ゲーム」
The Episode of the German Professor「ドイツ人の教授」
The Episode of the Arrest of the Colonel「クレイ大佐の逮捕」
The Episode of the Seldom Gold-Mine「セルドン金山」
The Episode of the Japanned Dispatch-Box「漆塗りの書類箱」
The Episode of the Game of Poker「ポーカー勝負」
The Episode of the Bertillon Method「ベルティヨン法」
The Episode of the Old Bailey「中央刑事裁判所」

 アフリカの百万長者

 本作は「クイーンの定員」にも選ばれた名短編集だが、ただの本格ミステリ短編集ではない。というより実は本格ミステリですらなく、百万長者と詐欺師の対決を描くコンゲームを扱った連作集なのだ。
 主要登場人物は南アフリカの百万長者サー・チャールズ・ヴァンドリフトと、その秘書を務める語り手のウェントワース(チャールズの義弟でもある)、そして二人と対決する詐欺師のクレイ大佐だ。

 対決とは書いたが、基本的にはクレイ大佐のワンサイドゲームである。毎回、手を変え品を変え、クレイ大佐がチャールズを見事に騙し、金を巻き上げていくという趣向。
 もちろんチャールズにしても莫大な資産を一代にして築いた男。頭も回るし、度胸もある。逆にクレイ大佐を罠にかけようと知恵を絞るのだが、こと犯罪の場においては相手が一枚も二枚も上手で、結局は一杯くわされる羽目になる。

 正直、詐欺のテクニックはそれほどのものではない。別人に変装できるというクレイ大佐の特技ありきのところもあり、コンゲームとしての魅力もまあそれに準ずるといったところだろう。短編とはいえそれらを続けて読まされると、少々飽きやすいのも事実だ。

 ただし、そういう単調になりがちなところを補っているのが、連作形式ならではのストーリーの膨らませ方だろう。最初は普通の詐欺話なのだが、同じ手を食わぬとばかりに相手の裏をかこうとし、それがまた裏をかかれて……という具合。
 それは単に詐欺のテクニックということだけでなく、チャールズとクレイ大佐の駆け引き、いわば心理戦に及ぶから面白いのである。しかもウェントワースも物語の語り手という立場以上に絡んでくるなど、ときには三すくみの駆け引きとなる。加えて互いに対する心情の変化やクレイ大佐の秘密が小出しになるなど、シリーズを引っ張る工夫もある。
 だから短編を単独で読んでも一応は楽しめるが、やはりこれは順番に読んだ方がいいだろう。一冊読んで初めて真価がわかるところもあるし、単にミステリ的興味だけで評価してほしくはない短編集である。

 しかし実は気になる点もないではない。それはクレイ大佐のチャールズに対する粘着ぶりだ。義賊があこぎな富豪を狙うというのはよくある構図だけれど、チャールズは確かに金には汚いのだが決して悪党ではない。なのにこれだけクレイが狙う理由や動機がいまひとつ伝わってこないのである。
 借金取り立てのために一家離散した家族の恨みを晴らすとか、それぐらいならこちらもクレイ大佐に喝采をあげたいのだが、いやいやこれではチャールズ可哀想すぎない?というのが正直なところ。
 このへん感じ方に個人差はあるだろうけれど、実はけっこう物語の原動力的なところだけに、最後まで気になった次第である。

 とはいえ本書のオリジナリティは高く評価したいし、今読んでも普通に楽しめるのは本当にすごいことだ(原作はなんと1897年刊行)。クラシックミステリ・ファンの一般教養として、必読といってもいいんではなかろうか。


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プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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