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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


Posted in 12 2014

極私的ベストテン2014

 仕事に振り回された一年がようやく終わる。この二年ほど会社が移転した影響と新事業にいろいろと関わってきたことが相まって、読書ペースが乱れに乱れた。ここ半年ほどはやや落ち着いた感じもあったのだけれど、年明けにはまたいろいろあって、さらに振り回されそうな予感もあるので万全とはいかないだろうが、まあ、来年もぼちぼちやっていくつもりなので、どうぞご贔屓に。


 それはともかく年末恒例の極私的ベストテンを発表したい。管理人が今年読んだ小説の中からベストテンを選ぶというもので、刊行年海外国内ジャンル等一切不問である。
 この数年、年間読了本が百冊にも満たないという体たらくだったが、今年は何とか百冊弱まで盛り返したので(いや、結局百冊には届いてないわけだが)、多少、選びがいはあった気がする。
 ではベストテンどうぞ。

1位 連城三紀彦『黄昏のベルリン』(講談社文庫)
2位 ピエール・ルメートル『その女アレックス』(文春文庫)
3位 ロバート・クレイス『容疑者』(創元推理文庫)
4位 トーベ・ヤンソン『ムーミンパパ海へいく』(講談社文庫)
5位 バロネス・オルツィ『隅の老人【完全版】』(作品社)
6位 ヘレン・マクロイ『逃げる幻』(創元推理文庫)
7位 レオ・ブルース『ミンコット荘に死す』(扶桑社ミステリー)
8位 梶龍雄『ぼくの好色天使たち』(講談社文庫)
9位 アンドリュウ・ガーヴ『殺人者の湿地』(論創社)
10位 ジャック・リッチー『ジャック・リッチーのあの手この手』(ハヤカワミステリ)

 実は今年は圧倒的に抜きん出た作品に出会えず、順位選びにかなり苦しんだ。候補を二十作ぐらいに絞ったものの、そこから先がとにかく悩んだ。
 結局1位は『黄昏のベルリン』。二年連続で連城三紀彦となってしまったが、実はできるだけ多くの作家を入れたいため、今回は泣く泣く短編集『宵待草夜情』を外している。実はこれが1位でもいいぐらいなので、合わせ技で文句なしの1位とした。
 今年の各種ランキングを賑わせた『その女アレックス』は2位。確かに面白いし管理人も好きだけれど、これが1位のベストテンってどうよ?という思いもあり、あえて2位で。この人の真価はシリーズの他の作品も読まないと語れない気がする。
 3位『容疑者』は管理人の犬好き補正がかかっているけれど、エンターテインメントとしては文句なしの一冊。
 4位はミステリファンにも読んでもらいたいムーミンシリーズから最もハードな一冊をチョイス。"大人が読んでも面白い"のではなく、最初から大人を意識して書かれた辛口ファンタジーの良作である。アニメのイメージは捨ててよし。本書に関してはミステリ的仕掛けがあるのも楽しい。
 5位は内容もさることながら本としての価値を高く評価したい。論創ミステリ叢書などもそうなのだが、研究者(プロアマ問わず)の努力なくしては成り立たない本なので、もっともっと関係者は継続させる土壌を作ってあげるべきである。
 6位、7位は個人的に絶対外せない作家である。新刊が読めただけでも幸せなのだが、内容もその期待をまったく裏切らない。
 8位の梶龍雄もここ数年のお気に入り作家。こつこつ古本で読んでいる作家だが、『ぼくの好色天使たち』も代表作のひとつだけあり、読み応え十分。戦後の闇市をここまでミステリの要素として取り込むだけでもあっぱれだよなぁ。
 9位は職人芸が冴える逸品。管理人もあらためてガーヴの実力を再確認できた作品であり、これは読んでおいて損はない。趣向は異なるが『その女アレックス』が好きな人ならなおのこと。
 10位も職人芸が堪能できる短編集。オチやキレだけではない、ジャック・リッチーならではの独特の味わいが楽しめる。

 駆け足ではあるが、以上が今年の探偵小説三昧版ベストテン。
 他にもベストテンには漏れたが気に言った作品はまだまだある。
 マイクル・コナリー『ナイン・ドラゴンズ(上・下)』ネレ・ノイハウス『白雪姫には死んでもらう』ダニエル・フリードマン『もう年はとれない』はハードボイルド&警察小説の佳作として読んで損なし。
 また、論創海外ミステリではV・L・ホワイトチャーチ『ソープ・ヘイズルの事件簿』エドマンド・クリスピン『列車に御用心』はよくぞ出してくれましたの味わい深い逸品。B級グルメではあるがジョン・ブラックバーン『刈りたての干草の香り』も個人的には大好物である。
 そして忘れちゃいけないのが戎光祥出版のミステリ珍本全集。ベストテンかと言われれば言葉には詰まるが(笑)、輪堂寺耀『十二人の抹殺者』栗田信『醗酵人間』大阪圭吉『死の快走船』は読めただけで大満足である。

 うむ、最初に今年は抜きん出た作品と出会えなかったとは書いたが、アベレージとしては悪くない一年だったか。ただ、ミステリの範疇にとどまってしまう作品が多かったきらいはあるので、来年はもう少し変わったものにも手をつけてみるか、などと考えているうちにもうすぐ今年も終わりである。

 さてさて今年も管理人の趣味におつきあいいただき、ご訪問いただいた皆様には本当にありがとうございました。来年も仕事に影響が出ないよう(苦笑)、ゆるーいペースで更新していきますので、何卒よろしくお願いいたします。
 それでは皆様、よいお年を!

ロバート・クレイス『容疑者』(創元推理文庫)

 ロバート・クレイスの『容疑者』を読む。『もう年はとれない』に続き、年末ベストテンから気になるものを読んでみようシリーズ第二弾。おそらくこれが今年最後の読了本である。

 ロス市警のスコット刑事は相棒のステファニーとパトロール中、銃撃戦に巻き込まれる。ステファニーは死亡、スコットも重傷を負うが、事件は未だ解決の目処すら立っていなかった。
 一方、アフガニスタンで爆発物探知犬として従軍していたシェパードのマギー。マギーもまた任務中に相棒を亡くし、心身ともに大きな傷を負っていた。
 やがて両者はロス市警の警察犬隊でパートナーとして出会うことになるが、折しもスコットを襲った忌まわしい事件に新たな展開が……。

 容疑者

 おお、今年最後の一冊にこんな素晴らしい作品と出会えるとは。犬と人の友情を描いた感動的警察小説だ。

 相棒を失った者同士、過去の悔恨を引きずりながらも、新たな道に踏み出そうとする犬と人。両者が信頼関係をどのように作り上げ、新しい相棒となっていくかがメインテーマであり、事件と平行してその過程が描かれていく。
 展開はありがちといえばありがちなのだが、やはり描写の巧さが光る。特にマギーの視点を含めた犬の描写が非常に抑えた感じで絶妙。感動を誘おうとして極端に犬を美化したりするのではなく、あくまで犬の生態をきちんと踏まえたうえで物語にしているのが好ましい。
 果たしてこれが人間同士だとここまで感動的になったかどうか。最初の相棒と別れることになる序盤のエピソードから、心温まるラストシーンに至るまで、犬好きには堪らない描写満載。もう犬好き必読と言っておこう。

 ただ、ミステリとしてはやや弱いのが惜しい。事件の真相は一応ひねってはいるものの、正直かなり手垢がついたパターンなのは否めない。
 あまり贅沢は言えないけれど、ここがこちらの予想を一枚超えていれば、この十年でのベストテン級になったかもしれない。

 ちなみに最近ではもっぱらノンシリーズの作品ばかり刊行されるクレイスだが、もともとは私立探偵エルヴィス・コールのシリーズで日本に紹介された。
 いわゆるネオハードボイルドの一人であり、時期的には後発の部類だろう。作りは意外にオーソドックスながら、LAらしいというべきかライトな雰囲気が新鮮で、管理人も四冊ほど読んだものだが、いつのまにかこちらは翻訳も止まってしまった。
 とはいえ本国は今でもシリーズが続いており、スピンオフのジョー・パイク・シリーズも人気だそうな。この作品を機にエルヴィス・コール・シリーズも再評価されてもいいのにね。


トーベ・ヤンソン『ムーミンパパ海へいく』(講談社文庫)

 ムーミン・シリーズの第八作、『ムーミンパパ海へいく』を読む。
 夏頃からムーミンの原作小説を読んできたが、きっかけは今年が著者トーベ・ヤンソンの生誕百周年であったこと、もうひとつは世界観がアニメと小説でかなり異なるということに興味があったからだ。
 実際、これまで七作を読んできて、予想以上に暗く陰のある世界観、エキセントリックな登場人物たちは、これまでアニメでの印象がほとんどだった管理人にとってかなりの目ウロコ本であった。そこに描かれているものや描き方が、明らかに大人の鑑賞を意識しているものばかりだったからだ。
 そして八作目の『ムーミンパパ海へいく』。本書は大人の鑑賞を意識しているというよりは、明らかに大人が読むべき作品となっていた。

 可愛いムーミントロールや優しいムーミンママ、そして素敵な仲間たちに囲まれて暮らす生活もいいけれど、ムーミンパパには平和すぎて少々物足りない。やはり一家のあるじたるもの、プライドと責任を発揮すべき機会と場所が必要である。
 そう決心したムーミンパパは家族とミィ(なんといつの間にかムーミン家の養女になっている)を連れて海を越え、とある小島で灯台守として生きる決心をする。しかし慣れない土地での生活は思った以上に厳しかった……。

 ムーミンパパ海へいく

 これまで読んできたシリーズ中で最も暗いイメージの作品である。ストーリー的にはムーミンパパが完璧な父親像をめざすために悪戦苦闘するという流れだが、そこには家族を守る使命感という、いかにもファンタジー然としたファクターだけでなく、理想と現実のあいだで悩むパパの姿——見栄や虚勢といった生臭い部分を強調しているのが要注目。
 また、ムーミンパパのそうした行動が、結果的に少しずつ家庭の崩壊を招き、その壊れ方を克明に描いているのがなんとも凄まじい。

 例えば家族のためにすることがなくなったムーミンママが、自分自身の自我に入り込んでいくような展開、それに伴うママの人格の変化など、シリーズのファンなら思わず息をのむような描写も多い。
 ムーミンママと言えばシリーズの数多いキャラクターの中でも、とりわけ自分を見失わない強さを持っているキャラクターだ。登場人物たちが様々な事件に遭遇し、その度に愚かさをさらけ出すがママだけは別格。皆が最後に帰るべき家の象徴ともいえる存在なのだ。
 そのムーミンママが自分の描いた絵の中に入っていくシーンは、明らかに彼女自身が帰るべきところを欲しているわけで、ある意味ショッキングである。彼女はムーミンパパを常に立てることを忘れない優しい妻ではあるのだが、明らかにそのツケが回ってきているのである。

 それに比べるとムーミントロールの方はまだ罪がない。彼は家庭の崩壊云々以前に、思春期や独立心が目覚めるべき時期なのである。
 それが父親の愚挙をきっかけにより促されるわけだが、それ以外にもモランや"うみうま"といったキャラクターとの交わりも大きいといえるだろう。ムーミントロールはこれらのキャラクターとの交流を家族に話さないのだが、これも彼らが人間の負や背徳の部分を象徴しているようなキャラクターだからに他ならない。
 彼らとの交流はムーミントロールにとって決してプラスになるわけではないが、大人への一歩としては間違いなく必要なことなのだ。

 こうして望むと望まないとにかかわらず、一家の心は離れてゆくけれど、ラストではいつもどおり希望の調べは流れるのでご安心を。

 とはいえトータルではやはりこの暗さは別格である。七作目まで読んだ段階でも、まさか本書でここまでの物語を読まされるとは予想していなかった。面白さだけなら他の作品で十分だが、ムーミン物語を読む意義は本書にこそあるのかもしれない。
 個人的には文句なくシリーズのイチ押し。
 ただし、シリーズを順番に読むかぎりにおいて。


ダニエル・フリードマン『もう年はとれない』(創元推理文庫)

 今年の各種年末ベストテンを見ると当然ながらいくつか気になるものもあり、とりあえずダニエル・フリードマンの『もう年はとれない』を読んでみる。八十七歳の元刑事を主人公にした異色のハードボイルドである。

 元メンフィス署の殺人課刑事バック・シャッツ。伝説の名刑事も遠い昔、今では健康状態が何より重要な御年八十七歳である。
 そんな彼のもとに第二次大戦時の戦友が危篤状態となり、シャッツを呼んでいるとの連絡が入る。しぶしぶ会いにいったシャッツだが、その戦友からシャッツがかつて捕虜収容所で拷問を受けたナチスの将校が生きていると告白される。しかもその将校が金の延べ棒を持っているという話まで持ち上がり、にわかにシャッツの周囲が騒がしく……。

 もう年はとれない

 まあ、これは言うまでもなく設定の勝利だろう。エド・ゴーマンの『夜がまた来る』とかL・A・モースの『オールド・ディック』とか、老人の主人公という設定そのものはそれほど珍しいわけではない。本作ではそういう先輩方の成功例を踏まえつつ、より極端に劇画化したイメージといえる。
 もちろん奇抜な設定だけでは通用しないことも事実。本作ではやや粗っぽいけれど意外性も含めて何とか着地成功したプロット、活きのいい会話やテンポのいいストーリー展開も魅力であり、トータルバランスも悪くない。
 作者の意識には老人問題などもあるだろうが、まずは良くも悪くもエンタメ志行が強い作品に仕上がっており、そのレベルで楽しむのがいいだろう。

 読みどころは当然ながらバック・シャッツの活躍である。
 活躍と入っても今ではパンチ一つ満足に繰り出せないし、記憶力も相当危うくなっている。そんなシャッツが若い頃のように減らず口をたたきながら、ときには老人であることを逆手にとって、調査を進めていく。この痛快さが最大の魅力なのだが、だからといって決して皆が賞賛するようなヒーローではなく、あくまで"くそじじい"の範疇だから楽しい。作者の匙加減が光るところだろう。
 ただ、上でエンタメ志向が強いとも書いたとおり、老人を主人公にした割には若干浅い感じは否めない。そういう物足りなさが、シリーズ化される中でどう変化していくか興味あるところである。


ピーター・ジャクソン『ホビット 決戦のゆくえ』

 仕事がとにかくバタバタしている上に忘年会シーズンということで今週はまったく読書が進まず。唯一ゆっくり読めるはずの就寝前読書も、三ページ読むか読まないかで寝落ちである。

 そんなわけで休日勤務もここのところ多かったのだが、今週末は何とかゆっくりできそうでひと安心。タイミングよくホビット三部作の掉尾を飾る『ホビット 決戦のゆくえ』が公開されたので、さっそく劇場へ足を伸ばす。

 監督はもちろんピーター・ジャクソン。
 邪竜スマウグが港町エスゴラスを襲うところでto be continueとなった前作『ホビット 竜に奪われた王国』だが、本作ではそのスマウグを見事倒したことで、ドワーフやエルフ、人間、オークらがエレボールをめぐって火花を散らす。

 ホビット 決戦のゆくえ

 まあ、面白くは観られるのだけれど、三部作の最終作ともなるとあまり語ることもないわけで。
 これがオリジナルの話だったらストーリー自体への興味があるのだが、なんせ原作は読んでいるからストーリーは知っているし、一、二作目で映像や演技、雰囲気も了解済み。ほとんど義務的に見にいっているようなものだが、製作者もその辺を汲んでくれて何かサプライズを用意してくれていると思ったが、残念ながらそれもなし。
 まあ、シリーズのファンが安心して楽しむための作品なので、ある程度は致し方ないところか。ただ、今回、いつになく上映時間が短かったのは意外で、やはりホビット三部作はもとより無理があったのではないだろうか。

 個人的に楽しめたのは、合戦やアクションシーンでのオリジナリティ、『指輪物語』へとつなぐエピソードのあたりか。
 特に合戦やアクションはいい加減ネタ切れ感もあるのだが、ドワーフ軍の陣形を組むところから最初の激突はかなり説得力と格好良さを両立させていて少しだけ鳥肌もの。
 個人戦でのナンバーワンはラストの氷の上での格闘シーンも悪くないが、やはりオーランド・ブルーム演じるレゴラスのアクションシーンか。この人はこういうのやらせると意外なほど様になるよなぁ。

 ともかくこの作品について出来自体を語るのは野暮というものだろう。シリーズのファンは問答無用で観るだろうし、ひとまず無事に完結したことを喜びたい。


森英俊、野村宏平/編著『本の探偵1 偕成社ジュニア探偵小説資料集』(盛林堂ミステリアス文庫)

 毎回、意欲的な企画でレア作品を復刻してくれている盛林堂ミステリアス文庫だが、今回の配本はなんと小説ではなく、戦後に人気を集めた少年少女向け探偵小説の資料集である。
 名付けて『偕成社ジュニア探偵小説資料集』。編著者は森英俊、野村宏平のお二方。
 これらの情報から思い出されるのが、かつて平凡社から出た『少年少女 昭和ミステリ美術館』だろう。こちらは"美術館"と銘打っているとおり、書影を見せることに主眼が置かれていたようで、その内容に十分満足はしているものの、本や絵師さんについての解説が少ないという不満があった。
 それは作り手の方々も同様だったようで、本書ではそんな心残りを解消すべく、少年少女向け探偵小説の中身もたっぷりと触れながら紹介しようという試みらしい。

 偕成社ジュニア探偵小説資料集

 さて、かくいう管理人も探偵小説の入り口は偕成社やポプラ社の少年少女向け探偵小説であった。本書に掲載されている本のなかにはリアルタイムで読んだものもいくつかあり、まずは懐かしさが先に立つ。
 そういうときに思い出されるのが、名探偵や怪人といった魅力的で怪しげな登場人物、そして破天荒なストーリーだ。ただ、さすがに年を経た今となってはそのままの楽しみ方はできない。これらの小説は面白さ優先で細かいところは無視するから、大抵の場合は突っ込みどころも満載。先に挙げた魅力とこれらの突っ込みどころが混沌としているからこそ、実は少年少女向け探偵小説は今読むと面白いのである。
 しかし、本書の「あとがき」によるとそんな混沌の中にも、後に通じる発見があったりするようで、ううむ、このジャンルも奥が深い。

 本書ではそんな魅力的な探偵小説が山のように紹介されている(しかも偕成社の分だけだというのに)。読もうと思ったら、古書か図書館に頼るしかない今、こういう形で全貌が少しずつ明らかになっていくのは実にありがたい。
 値段は少々高いが、この内容、掛けた時間や手間、少部数というところまで考えれば、これは致し方ないところだろう。あくまでマニア、好事家限定商品ではあるが、興味ある方はぜひどうぞ。

マージェリー・アリンガム『窓辺の老人 キャンピオン氏の事件簿 I』(創元推理文庫)

 英国四大女流ミステリ作家の一人、マージェリー・アリンガムの『窓辺の老人 キャンピオン氏の事件簿 I』を読む。
 まあ今どき英国四大女流ミステリ作家と言われても、ミステリファンですらけっこう読んでない人は多いんじゃないか。クリスティはともかくとしてもセイヤーズはあやしいものだし、ましてやマーシュやアリンガムに至っては。
 とはいえ海外クラシックミステリファンにとっては、これほど嬉しい贈り物はない。近年になってぼちぼち翻訳が進んでいる(遅々としたものだが)アリンガムだが、短編集はこれが初。しかもキャンピオンものである。加えて今後も年代順に編集された続巻も予定されているというから喜ばしいかぎりだ。
 とりあえず収録作品。

The Border-Line Case「ボーダーライン事件」
The Case of the Old Man in the Window「窓辺の老人」
The Case of the Pro and the Con「懐かしの我が家」
The Case of the Question Mark「怪盗〈疑問符〉」
The Case of the Widow「未亡人」
The Meaning of the Act「行動の意味」
The Dog Day「犬の日」
My Friend Mr. Campion「我が友、キャンピオン氏」(エッセイ)

 窓辺の老人

 我が国では紹介される順番がバラバラすぎたため、いまひとつ全貌が掴みにくかったアリンガム。だが今ではユーモアで味付けされた冒険小説風の初期、心理描写に重きを置いた本格探偵小説中心の中期、サスペンス風味の強い後期というようなイメージで理解している(ザックリすぎですが)。
 今回、初期短篇をまとめて読んだことで思ったのは、そういった作風の移り変わりというものはあったのだろうが、基本的にアリンガムの作風がもともとバラエティに富んでおり、それこそがアリンガムの作家としての重要な資質だったのかも、ということ。プロットや方向性は決めているのだろうが、いざそれを物語に落とすときには筆の赴くままに、という感じではなかったのだろうか。
 本書に収録されている作品は比較的初期のものばかりなのだが、ミステリをベースとしながらも味つけは冒険小説風ありユーモアあり奇妙な味ありと、これまたバラエティに富んでいる。この匙加減は考えてやっているというわけではなく、それこそアリンガムのセンスありきだった気がする。いや、センスもそうだが、読者へ娯楽を提供するという意識が、実は人一倍強かったのかも知れない。
 まあ、管理人の勝手な想像だけれども。

 というわけで物語の設定や味つけの面白さが、管理人的には一番気に入ったところではある。コレという強烈な作品はないのでやや物足りなさがないわけではないが、基本的には楽しく読むことができた。
 比較的知られている「ボーダーライン事件」はやはり押さえておきたい一作だが、「窓辺の老人」、「懐かしの我が家」、「犬の日」あたりも名探偵キャンピオンの役どころも含めて楽しめるだろう。

 そういえばキャンピオン氏の嫌みのない好青年ぶりは、名探偵としては逆に異色すぎて笑えた。この時代の名探偵で、ここまで知り合いや周囲に気配りができて世話焼きも珍しい。
 それだけにカバーイラストのキャンピオン氏(だよね?)は陰気すぎていかんな。コミック風にするのも雰囲気が合わないし、そこだけが本書の残念なところだ。


『このミステリーがすごい!』編集部/編『このミステリーがすごい!2015年版』(宝島社)

 年末恒例ベストテンもこれで打ち止め、『このミステリーがすごい!2015年版』を読む。

 このミステリーがすごい!2015年版

 つい先日の『週刊文春』2014年12月11日号「ミステリーベスト10」の記事で、『このミス』までトップ3が一緒になったら嫌だな、なんて話を書いたのだが、これがまあ見事に予感的中。順位までしっかり同じで、思わず腰から砕けてしまった(笑)。
 すなわち一位『その女アレックス』、二位『秘密』、三位『ゴーストマン 時限紙幣』である。

 その作品がダントツに面白いというのであれば、まあ一位独占はあるかもしれないし、それが『その女アレックス』でも全然かまわないのだが、三位まで一緒というのはどうなんだろうな。
 これも前の記事の繰り返しになってしまうが、やはりネットの影響で情報が共有されすぎているのが、最も大きな原因なのだろう。投票者にしても一年間に読む冊数は限られているわけで、当然ながらむやみやたらに読むわけではないだろう。巷で話題になっているもの、出版社がプッシュするものなど、何らかの情報を受けての選択のはずである。
 したがって、現在のランキングの多くが得票ポイントで決められている以上、まずは投票者の目に多く触れたものが圧倒的に有利になるのは必然だろう。
 それでも本格ミステリ限定だとか、『週刊文春』の権威主義的ベストテンに対するアンチテーゼとか、いろいろと方向性を打ち出していればベストテンにもそれなりのカラーが出て楽しめるのだが、そういう方向性も今ではあまり感じられない。ごくごく普通にベストを出すだけだものなぁ。

 普通にやるしかないのなら、せめてベストテンの価値を高めるためにも、該当作品の八割を読んだ者しか投票できないとか、八割が難しいなら責任を持たせる意味で投票者の読んだ本のリストをさらすとか、あるいは加算ポイントではなく投票点のアベレージで競うとか、いろいろ手はあるんだがなぁ。そういう企画はないのかい?

 『このミス』の企画記事もここのところ低調だ。
 今回の目玉は国内短篇のオールタイムベストテン。まあ、この企画自体の意義は認めるものの、いかんせんオーソドックスすぎる。こういう特集こそ文春あたりに任せて、『このミス』はもっとチャレンジすべきだろう。「ミステリが読みたい!」が雑誌に入ってしまって書籍でのライバルがいなくなったせいか、昨年あたりから急に保守的になった気がする。
 とにかくランキングが同じ、企画記事もありきたりではでは『このミス』を買う意味がどんどん薄れてしまう。創刊当時のいかがわしさと熱気をぜひ取り戻してほしいものだ。


藤村正太『女房を殺す法』(立風書房)

 先日、論創ミステリ叢書から『藤村正太探偵小説選I』が出たが、これは乱歩賞を受賞する前の、川島郁夫名義時代の初期作品が中心だという。これまで管理人が読んだ著書はその乱歩賞受賞作『孤独なアスファルト』のみで、これは社会派っぽい作品、かたや『藤村正太探偵小説選I』は本格よりの作品が中心である。
 で、本日の読了本『女房を殺す法』だが、こちらは売れっ子として活躍していた七十年代に刊行された短編集。その作風が上記のどちらとも違うことにまず驚いた。

  女房を殺す法

「夜の死角」
「幻の肌」
「仮面の宴」
「唇の賭け」
「白い指」
「女房を殺す法」
「妻を深く眠らせる法」

 収録作は以上。おそらく中間小説誌などに掲載されたものだろう。SMやフェティシズムなどエロティックな要素でたっぷり味つけしたサスペンス系が中心。主人公は一介のしがないサラリーマンが多く、彼らが鬱屈した日々の生活から逃れるために家族を裏切り、道を踏み外す様が描かれる。
 正直、エロに寄りすぎで『孤独なアスファルト』とのギャップが大きく、軽いショック(苦笑)。まあ当時の読者や編集者のニーズを反映した結果なのだろうが、ポイントはそれらが単なるエロティックミステリに留まっていない点である。

 例えば表題作の「女房を殺す法」は、自分の不甲斐なさを妻のせいにし、妻を殺して新たな道を歩もうとする男の転落の物語なのだが、着地点は普通の犯罪小説やサスペンスのそれではない。ストーリー半ばで自分以外に妻を殺そうとしているものがいるのではないかという疑惑が生まれ、ラストでは事件の意外な背景が明かされるという趣向だ。
 また、「夜の死角」では脚フェチ男がひょんなことから新人歌手の援助をすることになる。ところが情事の真っ最中に歌手の元パトロンがやってきて、脚フェチ男はトイレに避難。その間になんと元パトロンが事故死してしまい……という展開。この事件でも実は背後にある企てが仕組まれており、その意外性が読みどころである。あ、もちろん濡れ場も読みどころではあるが(笑)。

 どの作品も、こうした通俗的な設定のなかに、ミステリとしての結構をきっちり組み込んでいるのがミソ。
 謎解きとしては偶然に頼るものがあったりしてガチガチの本格からは程遠いけれど、当時のニーズに合わせながらもミステリ作家としての矜持は貫いているぜ、みたいな心意気がうかがえ、意外に楽しめる一冊であった。

橘外男『ナリン殿下への回想』(現代教養文庫)

 橘外男の『ナリン殿下への回想』を読む。先月読んだ『死の蔭探検記』同様、現代教養文庫から出た橘外男傑作選の第二巻。まずは収録作。

「ナリン殿下への回想」
「蒲団」
「聖コルソ島復讐奇譚」
「マトモッソ渓谷」
「令嬢エミーラの日記」
「雪原に旅する男」

 ナリン殿下への回想

 中央書院から刊行された『橘外男ワンダーランド』全六巻はテーマ別の短編集だったが、現代教養文庫版の傑作選は、それぞれに著者の魅力をまんべんなく収録している。本書でもユーモアものから秘境もの、怪談となかなか幅広い。
 例によって熱にうなされているかのような独特の饒舌体だが、秘境ものに限らず静かなタイプの作品であっても意外にマッチしているのが面白い。もちろんまったく同じ文体というわけではなく、語り口はそれなりに変えているのだが、その"くどさ"というか"しつこさ”は共通のものだ。

 表題作の「ナリン殿下への回想」は第二次世界大戦直前という緊迫した状況下が舞台。インドの若き殿下と売れない作家の奇妙な友情を描いた作品で、ノリとしてはドタバタのユーモアものだが、戦争の影が全編を覆い、最後にしみじみさせるところが著者ならでは。

 「蒲団」はイチ押し。この怖さは絶品である。「ナリン殿下への回想」を読んだ後に読むと、よけい橘外男の懐の深さが感じられる。

 「聖コルソ島復讐奇譚」は秘境ものの一種で、コルソ島という未開の島の娘と結ばれた男の悲惨な恋の行方を描いたゲテモノ作品。後味も悪くて、正直、橘外男がこの作品を通じて何を訴えたかったかは不明(苦笑)。ただ、熱の高さだけは超一級である。

 ゲテモノ系なら「マトモッソ渓谷」も負けてはいない。未開地に棲む半獣半人の怪奇な生態を描くが、インパクトはあるもののボリュームがちと物足りないのが惜しい。

 こちらも秘境もの「令嬢エミーラの日記」。ジャングルで発見された惨たらしい女性の遺体。それはゴリラを研究するマッドサイエンティストとその娘を襲った悲劇の結果であった。
 ゴリラを扱う秘境もののSFや伝奇小説はいくつかあるが、橘外男のはじけっぷりは異常である(苦笑)。

 「雪原に旅する男」は一種の愛憎劇だが、珍しく抑えた文体が効果的、だが逆に異邦人が話す威勢のいいべらんめえ口調が気になっていまひとつ集中できず。

 ということでいくつかアレなものもあるけれど、全体的には満足できる傑作集である。ただ、ご存じのとおり本書は版元が倒産したことで絶版になっており、古書価もそれなり。ただ作品自体は他のアンソロジーや短編集でも読めるものが多いので、無理に高値で買う必要はないだろう。興味ある方はちくま文庫版の『怪奇探偵小説名作選5 橘外男集 逗子物語』でどうぞ。


『週刊文春』2014年12月11日号「ミステリーベスト10 2014」

 週刊文春2014年12月11日号

 先日、『ミステリマガジン』で年末恒例の「ミステリが読みたい!2015年版」が掲載されたが、今週は老舗『週刊文春』による「ミステリーベスト10 2014」が掲載された。
 拙サイトでは例によって海外作品にしか興味はないのだけれど、一位はピエール・ルメートルの『その女アレックス』。おお、「ミステリが読みたい!2015年版」に続いてV2ではないか。
 非常に面白い作品だが、ぶっちゃけそこまで圧倒的かどうかとなると疑問もないわけではない。ただ、意外性のタイプが珍しく、広く好まれる仕掛けであることは確か。そういうわかりやすさもこういうランキングでは有利に働いたのだろう。
 ピエール・ルメートルを筆頭として全般的に新顔が多いのも(初紹介ではないにせよ)いい傾向である。

 ちなみに2位はケイト・モートンの『秘密』、3位は『ゴーストマン 時限紙幣』と続く。どちらも未読だがそれぞれ気にはなっていた作品なので、年末のお楽しみにしておこう……と思ったところで、ふと気になることがひとつ。
 あらら、なんと『ミステリマガジン』と『週刊文春』のベスト3までが、作品はもちろん順位までまったく同じなのである。

 昨年も書いたのだが、以前は各誌ベストテンごとにけっこう方向性が違うというか、それなりに意味もあったのだが、ううむ、ここまで似てしまうとなると本当に関係者はベストテンの在り方を真剣に考えるべきではないか。投票者にしても本当に全部読んでいるわけではないだろうし。
 それらに加えて、実はこれが最大の原因かもと考えているのだが、ネットによる情報の共有化が進みすぎて、みなが評判の良いものに集中しすぎる面は否定できないだろう。
 次は『このミステリーがすごい』になるだろうが、本命は『その女アレックス』でいいとしても、こちらまで2位、3位まで同じだとさすがに嫌だな。


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プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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