現代教養文庫の橘外男傑作選第三巻『ベイラの獅子像』を読む。収録作は以下のとおり。
「博士デ・ドウニヨールの『診断記録』」
「野生の呼ぶ声」
「米西戦争の蔭に」
「ベイラの獅子像」
「棺前結婚」

初期の秘境もの四作に加え戦後の怪談もの「棺前結婚」を収録という構成。妙にバランスが悪い感じがするのだが、この現代教養文庫版橘外男傑作選は、全体的に収録作の意図がわかりにくいのが欠点である。満遍なく傑作を収録するのはいいのだけれど、全三巻もあるんだから、もう少し明確な編集意図を打ち出してもよかっただろう。
ただし、収録作の質そのものについてはまったく問題ない。本作でも相変わらずの橘外男ワールドを存分に楽しめるわけで、特に秘境ものについてはとりわけえぐい作品が採られている印象。
戦前作家の秘境ものといえば香山滋や角田喜久雄、久生十蘭、小栗虫太郎など様々な書き手がいたが、橘外男のそれはエログロにおいて直接的表現が多く、そういう面では突出している。これまた相変わらずの熱にうなされているかのような文章も相まって、好きな人にはたまらない味わいだろう。以下、各作品ごとのコメント。
「博士デ・ドウニヨールの『診断記録』」は毒蛇の研究のためコンゴーに赴いた科学者夫婦の悲劇を描く。橘外男お気に入りの類人猿による人外婚ネタであり、その描写は容赦がない。
「野生の呼ぶ声」はエクアドルの農場で働くアメリカ人青年と現地先住民の奇妙な友情を描く。友情を描くとはいいながら、物語のクライマックスは例によって大虐殺ではあるのだが、それを踏まえてもラストはなかなか感動的だ。
「米西戦争の蔭に」は著者には珍しい女スパイもの。設定だけでも十分に異色作なのだが、主人公の企てや悲哀に満ちたラストなど読みどころも多く、本書中のイチ押し。
表題作の「ベイラの獅子像」はモザンビイクのベイラ港に立つ獅子と子どもの像にまつわるエピソード。これまたラストが切なく、橘外男が何故にここまで容赦ない運命を登場人物たちに託すのか興味深いところである。著者流の神話や御伽噺の類と思えば納得できないこともないが、それだけでは片付けられないものがありそうだ。これは宿題。
「棺前結婚」は日本を舞台にした怪談。「逗子物語」や「蒲団」に比べるとやや落ちるが、幽霊の在りようが一般的な恨みなどとは一線を画している点が特徴的で惹かれる。