Posted in 03 2015
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陳舜臣『枯草の根』(講談社文庫)
陳舜臣の処女作にして乱歩賞受賞作の『枯草の根』を読む。もともと今年あたまの訃報を機に初期作品をいくつか読んでおこうかと思っていたところへ、先日読んだばかりの『探偵小説の街・神戸』も背中を押してくれた感じ。

師走のある日、神戸のアパートの一室で、金融業を営む老中国人の死体が発見される。死因は絞殺と見られ、ただちに捜査が開始された。やがて犯行のあった夜、彼の部屋を幾人かが訪れていたことが明らかになるものの、目撃者などの証言から事件は次第に不可能犯罪の様相を呈してくる。被害者と親しくしていた中華料理屋の店主、陶展文は、真相を探るため独自の調査を開始した。
こんな感じであらすじを書くと、地味目な警察捜査主体のミステリかと思ってしまうけれど、序盤はむしろ早い場面転換で各主要人物のエピソードを立て続けに見せていく。しかもそのほとんどが中国人だったりするので、これから起こるであろう何かへの期待を抱かせるという点では悪くない滑り出しだ。
ただ、その状況が意外に長く展開されるため、ストーリーそのものの全体像が掴みにくく、なんとなく茫洋とした感じで捗らないのは惜しい。事件が起きてからは、バラバラだったピースが少しづつはまっていく印象で波には乗れるけれども、それだけにこの前半のもたつきがもったいない。処女作ということもあるのだろうが、謎解きを手記に頼るところなども含め、ストーリー構成はまだ弱いところがある。
だがそういった弱点もありながら、トータルでは十分に楽しめる一冊だった。
著者の経歴もあって、見所はついつい神戸に住む華僑や中国系移民の暮らしぶりに傾いてしまうけれども、この側面がなかったら、やはり本書の乱歩賞はなかっただろう。いわゆる名調子・美文ではないのだけれど、会話や細かな描写にリアリティがあり、それを丁寧に積み重ねていく。容疑者も被害者も探偵役もいわゆるステレオタイプに陥っていないのがよい。
これに加えてミステリとしての確かさがある。ド派手なトリックではないけれど、こちらもきちんと計算されたものだ。先に会話や細かな描写を丁寧に積み重ねていくと書いたが、それは伏線や手がかりなどにおいても同様なのである。それらの仕掛けを華僑の世界にうまく落とし込んでいるという印象だ。
まさに著者にしか書けない、オリジナリティのある作品である。
※現在は集英社文庫版が比較的入手しやすい

師走のある日、神戸のアパートの一室で、金融業を営む老中国人の死体が発見される。死因は絞殺と見られ、ただちに捜査が開始された。やがて犯行のあった夜、彼の部屋を幾人かが訪れていたことが明らかになるものの、目撃者などの証言から事件は次第に不可能犯罪の様相を呈してくる。被害者と親しくしていた中華料理屋の店主、陶展文は、真相を探るため独自の調査を開始した。
こんな感じであらすじを書くと、地味目な警察捜査主体のミステリかと思ってしまうけれど、序盤はむしろ早い場面転換で各主要人物のエピソードを立て続けに見せていく。しかもそのほとんどが中国人だったりするので、これから起こるであろう何かへの期待を抱かせるという点では悪くない滑り出しだ。
ただ、その状況が意外に長く展開されるため、ストーリーそのものの全体像が掴みにくく、なんとなく茫洋とした感じで捗らないのは惜しい。事件が起きてからは、バラバラだったピースが少しづつはまっていく印象で波には乗れるけれども、それだけにこの前半のもたつきがもったいない。処女作ということもあるのだろうが、謎解きを手記に頼るところなども含め、ストーリー構成はまだ弱いところがある。
だがそういった弱点もありながら、トータルでは十分に楽しめる一冊だった。
著者の経歴もあって、見所はついつい神戸に住む華僑や中国系移民の暮らしぶりに傾いてしまうけれども、この側面がなかったら、やはり本書の乱歩賞はなかっただろう。いわゆる名調子・美文ではないのだけれど、会話や細かな描写にリアリティがあり、それを丁寧に積み重ねていく。容疑者も被害者も探偵役もいわゆるステレオタイプに陥っていないのがよい。
これに加えてミステリとしての確かさがある。ド派手なトリックではないけれど、こちらもきちんと計算されたものだ。先に会話や細かな描写を丁寧に積み重ねていくと書いたが、それは伏線や手がかりなどにおいても同様なのである。それらの仕掛けを華僑の世界にうまく落とし込んでいるという印象だ。
まさに著者にしか書けない、オリジナリティのある作品である。
※現在は集英社文庫版が比較的入手しやすい