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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

リチャード・フライシャー『ソイレント・グリーン』

 先週末に観たDVDの感想をば。ものは1973年公開のSF映画『ソイレント・グリーン』である。監督はリチャード・フライシャー、主演はチャールトン・ヘストン。

 時は2022年。世界規模で進んだ人口増加によって人々は路上に溢れ、また、環境汚染によって自然がほぼ壊滅した世界が舞台。野菜や肉といった自然食品は今や一部の富裕層だけが口にできる非常に稀少で高価なものとなり、人々の多くはソイレント・グリーンという合成食品の配給だけで生き延びていた。
 そんな世界で、ソイレント・グリーンを製造するソイレント社の幹部が殺害される。殺人課のソーン刑事は同居する老人ソルの協力を得て捜査を進めるが、さまざまな妨害を受け、自らも命を狙われる。やがてソルは幹部殺害の原因を突き止めるが……。

 ソイレント・グリーン

 テレビ放映で何回か観たことがある作品だが、今回ン十年ぶりにDVDで視聴し、あらためてその出来に感心した。「ソイレント」というキーワードは今ではSF系のアニメやゲームでもネタとして使われることもあるぐらいだし、もはや古典といっても差し支えない作品だろう。

 テーマとしてはディストピア=反ユートピアものになるのだろう。一般大衆にとっては悲惨な未来世界だが、その中にあっても一部の権力者だけは数々の恵みを享受している。彼らは現体制を維持すべく、同時に大衆を巧みにコントロールすべく、常に陰謀を企てている。
 こう書くとありきたりな世界観かも知れないが、ディテールのひとつひとつが興味深い。たとえば高級マンションには美人女性が各部屋に"家具"として用意されていたり、知識のある老人には"本"としての仕事があったり、高齢者には安楽死のための施設が準備されていたり、富裕層だけが入れる"公園"(畑?)があったり。
 これらの積み重ねによって、一般大衆と特権階級の差がひとつひとつ明らかになり、その結果、見えてくるのは、特権階級にとっては人間もまた消費物のひとつということ。この思想が物語全体のベースになっており、なかなか衝撃的だ。

 そんな腐った世界をぶちこわそうとするのがチャールトン・へストン演ずるソーン刑事……だったらいいのだが、彼も優秀な刑事ではあるのだが、決してヒーローなどではない。等身大の人間、それどころか刑事の職権を利用して平気で賄賂を要求したり、物品や食料をくすねてゆく。
 ただし、それはあくまで特権階級や犯罪者に対してであり、最後の一線は越えていない。彼もまた貧困にあえぐ者の一人であり、大衆の側の人間なのだ。その人間臭い描写がなかなかよくて、決してハードボイルドではないけれど、非常に引き込まれるキャラクターであることは間違いない。

 観る者に否応なく未来を考えさせるラストシーンも印象的。この社会がこの先どうなるのか、本作のラストは暗示するのみだが、ソーン刑事の叫びが強く心に残る。未見の方はぜひどうぞ。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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