『その女アレックス』で昨年の各種ミステリベストテンを席巻したピエール・ルメートルの本邦初紹介作品を読む。柏書房から出た『死のドレスを花婿に』がそれだが、これがなんと六年も前の本であった。アレックス効果というか便乗というか、新刊書店でも急に目にするようになったが、どういう形であれ埋もれた作品がまた世に注目されるのは悪いことではない。
こんな話。主人公のソフィーはつい一年前までは有能なキャリアウーマンだったが、夫に先立たれるなどの不幸や、原因不明の記憶障害などに悩まされ、今ではベビーシッターで糊口をしのいでいる。しかし、症状は一向に回復の気配もなく、徐々に狂気が加速していく。そして遂におぞましい事件が幕を開ける。
ソフィーに事件の記憶はなかったが、状況からは自分のやったこととしか思えない。彼女は身の回りのものを急いでまとめ、逃亡の旅に出るが……。

うむ、そうきたか。
本作は『その女アレックス』の二年ほど前に書かれた第二長編なのだが、『その女アレックス』がカミーユ・ヴェルーヴェン警部を主人公とするシリーズものだったのに対し、本作はノン・シリーズ。しかし、その方向性は極めて近く、こちらもサイコサスペンス風な内容を、構成の妙で引っ張っていくスタイルとなっている。
何というか、ルメートルは根っからこういうのが好きな作家なのだろう。作風は違うけれどリチャード・ニーリイとかを思い出させる。ただ、ニーリイと異なるのは、心理描写も多く、それを悪夢のようなストーリーに絡めることで、いっそう物語全体の構図をわかりにくくするところか。まあ実はフランスミステリではよくある手で、本作では警察側の描写がないだけに、余計、その印象が強かった。
結論をいえば、『その女アレックス』ほどのコード破壊はないけれど、サスペンスとしては良質である。
ただ、ネタ明かしが早いので、中盤、特に第二章は長くてややだれる。ここはもう少し短くまとめて三章あたりから一気にラストまで持っていった方が効果的ではなかったか。
まあ、それはエンターテインメントとしての考え方なので、もしかしたら著者としては第二章の心理描写にこそ力を入れたかったのかもしれない。このあたり著者に聞いてみたいところである。
※現在は文春文庫もあり。