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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


Posted in 10 2015

アンドリュー・ヨーク『コーディネーター』(論創海外ミステリ)

 論創海外ミステリからアンドリュー・ヨークの『コーディネーター』を読む。
 著者のアンドリュー・ヨークは本名クリストファ・ニコール。このニコール名義だけでも百作あまりの作品を発表している英国の作家だが、他にも十以上のペンネームを駆使し、なんと二百作以上の著作がある。
 基本的には歴史や戦記、冒険、サスペンス系の書き手で、ニコール名義ではかつて光人社から戦記もののマガン・シリーズが五冊刊行されたほか、創元推理文庫からはマックス・マーロウ名義で『フェイス!』をはじめとしたパニック小説が四作出ている。ちなみにこちらは奥さんとの合作用ペンネームである。

 さて、本題の『コーディネーター』だが、まずはストーリー。
 舞台は冷戦下のヨーロッパ。ジョナス・ワイルドは英国諜報部から、スウェーデン実業家の暗殺を依頼される。詳細を知らされないまま真冬のベルギーに潜入するジョナス。現地のエージェントと落ち合い、脱出計画を確認したあと、実業家に接触する。
 だが、そこで実業家から紹介されたのは、自分の正体を知る東側諜報部の人間だった……。

 コーディネーター

 本作はジョナス・ワイルドを主人公にしたシリーズの第二作にあたる。ワイルドはフリーの殺し屋だが、基本的には英国情報部からの依頼で動く。ターゲットは国家の利害に絡む大物だったり、国際的に暗躍する組織の面々。したがって殺し屋が主人公といっても、その内容は犯罪小説とかノワール寄りではなく、ほぼスパイ小説という趣である。
 まあスパイ小説とはいってもル・カレなどのようなシリアス系ではなく、味付けはもっぱら007に影響を受けたとしか思えない娯楽優先の活劇タイプだが。

 とはいえバイオレンス度の高さ、先の読めない展開など、中身は捨てたものではない。特に敵味方、さらには攻守が激しく入れ代わる激しいストーリー展開はなかなか楽しい。
 この手の作品にお約束ともいえる秘密兵器も、超音波で相手を感知するレーダーつきの盲人用サングラス、毒ガスを仕込んだコンパクト、人間の冷凍保存装置など、定番的なものが多いけれどもまずまず充実。そのくせジョナスの殺しの手段は秘密兵器などに頼らず、手刀による必殺の一撃とか、トンデモ度がそれなりに高いのも読みどころといえる。

 というわけで一昔前も二昔も前の活劇スパイものではあるが、決して退屈はしない作品。映画の007が好きな人ならけっこう楽しめるだろう。


「没後25年日影丈吉と雑誌宝石の作家たち」展

 本日は町田に足を伸ばし、町田市民文学館で開催中の「没後25年日影丈吉と雑誌宝石の作家たち」展を鑑賞。日影丈吉が町田に住んでいた縁で企画されたようだが、さらに日影丈吉絡みで探偵小説誌「宝石」の作家も取り上げられている。乱歩や正史はともかく日影丈吉は珍しいってんで、これはやはり見ておくかと朝から出動。

「没後25年日影丈吉と雑誌宝石の作家たち」展1

 町田市民文学館には初めてきたが、考えると首都圏でこういう公的な文学館という存在がそもそも珍しかったりする。図書館や美術館併併設とか作家個人の記念館はぼちぼち思い当たるが、首都圏で思いつくのは世田谷文学館と神奈川近代文学館ぐらいか。だいたい町田にあるってのがちょっと意外だ。
 建物自体はそれほど大きくないが(それでも独立した三階建ての建物ではあるが)、やはり専用施設だけに展示スペース、資料室、サロンとなかなか充実している感じ。しかも本日はたまたま「文学館まつり」なるものを催しており、なかなか盛況。うむ、町田市、がんばっておりますな。ちなみに本日はこのおまつりのおかげで入館料タダというのがちょっと嬉しい。
 
 そんな前情報はともかくとして肝心の「没後25年日影丈吉と雑誌宝石の作家たち」展。規模的にはこじんまりしたもので、日影丈吉の生涯を振り返るというには粗々すぎてちょっと苦しい。
 それでも日影丈吉の生原稿をはじめ、乱歩や正史、山風、城昌幸といった関連作家の生原稿、さらには松野一夫や建石修志、杉本一文、多賀新ら装丁や挿絵を担当した画伯の原画も展示してあったりと、量は少ないがなかなか充実。日影丈吉の生原稿は初めて見たと思うのだが、丸文字系で意外にかわいらしく読みやすい筆致であった。

 帰り際には図録を買い、図書館放出本コーナー、駐車場でやっていた古本フリマを冷やかし、さらには古書店や新刊書店でいくつか買い物をして帰宅。

 「没後25年日影丈吉と雑誌宝石の作家たち」展パンフ

 「没後25年日影丈吉と雑誌宝石の作家たち」展図録
 ▲上はパンフレット、下は図録の表紙画像

ディディエ・デナンクス『記憶のための殺人』(草思社)

 かつて草思社が〈ロマン・ノワール〉というシリーズ名でフランスミステリを発刊したことがある。だが日本の翻訳ミステリシーンに新風を吹き込むところまではいかず、ジャン・ヴォートランとデイディエ・デナンクスの二人を紹介しただけで、割合に早く頓挫してしまった。
 とはいえ作品がつまらなかったわけでは決してない。ジャン・ヴォートランの『パパはビリー・ズ・キックを捕まえられない』は「このミス」1996年度ベストテンに入ったほどで、一般にウケる作品ではないのだけれど、捻くれ具合が悪くなかった。その後文春文庫から出た『グルーム』はストレートに狂気を孕んだ物語で、こちらもなかなかの出来であった。

 一方のデイディエ・デナンクスだが、こちらは読む機会を逸したまま、はや十年以上の積ん読。今度、草思社からハメットの短篇集が出るというニュースを知り、そういえば草思社って昔ミステリを出していたよなぁと思い出したのがデナンクスの作品だった。まあ、こういうキッカケでもないとなかなかこの辺りの作品は手に取らないので、興味が失せる前にあわてて読んでみた次第。
 デナンクスの作品は草思社から都合三冊刊行されたが、まずは『記憶のための殺人』。

 1961年、パリでは大規模なアルジェリア人のデモが行われ、その最中に一人の歴史教師が殺害された。機動隊の制服を着た何者かに襲いかかられ、頭部を撃たれたのだ。
 それから20年後、歴史教師の息子が恋人とともにフランス西南部の町トゥールーズを訪れていたが、公文書館を出た直後に射殺されるという事件が起こる。捜査を担当した刑事のカダンは二つの事件に関連があるのではないかと考えるが、やがてフランスの抱える闇に直面してゆく……。

 記憶のための殺人

 フランス現代史を背景にしたミステリで、二十年越しの二件の殺人という設定と導入は魅力的だが、正直な話ミステリとしてそれほどスリリングというわけではない。謎が明かされる過程も意外に淡々としており、全体にフランスのミステリ作家はこの辺りが英米の作家に比べると淡白なのが残念だ(ポール・アルテや最近のルメートルなどはこういう部分が負けていないからこそ、日本でもあれだけ評判になったのだろう)。

 ただ、フランスの作家が犯罪の謎に興味がないかというとそんなことはなく、その謎をどこに置くかが異なるのである。例えば本格作家がトリックやロジックに謎を設定するように、フランスの作家、特にノワールの作家は個人の内部にある闇、さらには社会システムの暗部について設定する。
 そういう意味では、本作におけるデナンクスの視線は間違いなくフランスの現代史に向けられており、ひとつの問題定義をストレートに行っているのが大きな特徴である。

 惜しむらくはそういうアプローチが、もう少し物語としての面白さに直結していれば、ということ。本作も一応フランス推理小説大賞受賞作なのだが、お国柄もあるのか、面白がるポイントはやはり違うのかねぇ。


陳舜臣『弓の部屋』(講談社文庫)

 先日読んだ『風花島殺人事件』がきっかけで、それが取り上げられていた「必読本格推理三十編」を眺めていると、 読んでいない作品がまだいくつかあることに気づく。
 だいたいが1960〜1980年頃の作品で、要するに『本格ミステリフラッシュバック』の時期である。まあ、このあたりの作家はもともとそんなに読んでいなくて、ここ数年でぼちぼち埋めていこうとは思っていたところなのだが、ううむ、それにしても取りこぼしが多くて我ながらガックリ。ン十年ミステリ読み続けてもこの程度かってなもんである。

 というわけで本日は「必読本格推理三十編」にも選ばれている陳舜臣の長篇第三作『弓の部屋』を読む。ちなみにシリーズ探偵の陶展文は登場しないノンシリーズ作品。

 こんな話。主人公はイギリス人貿易商の事務所で働くタイピスト桐村道子。今では真面目に働き、大学助教授・渋沢という恋人もいる彼女だが、放任主義の叔父に育てられたため、かつてはぐれた過去を持つ女性である。
 そんな彼女に雇い主のラム婦人から、幼い頃に屋敷で働いていた福住ハルという女性を捜してくれるよう依頼される。無理難題かと思いきや、実は道子の叔父が若い頃に思いを寄せていた女性であることがわかり、ラム婦人は無事ハルと再会。しかもハルは、幼い頃に養女に出されたという道子の親友・時子の、実の母親であることがわかり、皆で再会を喜ぶのだった。
 そんな折り、ラム夫人は自宅の屋敷で神戸港の花火見物をしようと提案する。当日参加したのは使用人の山中夫妻を含めた九人。一同は見晴らしの良い〈弓の部屋〉へ集まり、花火を見るために灯りを消すが、その直後に悲劇が起こる。グラスのコーラを飲んだ山中が毒殺されたのだ……。

 弓の部屋

 『枯草の根』と同じ神戸が舞台の物語ではあるが、本作では主人公が活発な若い女性であり、中国ネタもほとんどないので、その印象はずいぶん異なっている。風俗描写がふんだんに取り入れられ、展開もテンポ良く、当時としてはかなり現代的でスマートな作品に仕上がっている印象だ。
 風俗描写が多い分、いま読むと逆に古さを感じるところもないではないが、個人的にはこういう部分がむしろ味として楽しめるのでノープロブレム。

 キャラクターの造型もうまい。やや暗い過去があり、ときに内省的にもなったりする主人公だが、基本的には活発で前向き。この明るさが作品全体の雰囲気をも明るく照らす。
 その他のキャラクターも同様。画家の叔父、恋人の渋沢、時子やハルにいたるまで、みなそれなりに欠点や過去の傷はあるのだが、基本的には善人たちの物語という感じで、これが非常に読み心地をよくしてくれる。
 実は真相はそれなりにダークで、犯人の持つ闇は登場人物のなかで最も深いのだけれど、作品全体としては希望に満ちた読後感を与えてくれる。

 肝心のミステリとしては手堅くまとめた印象。きちんと伏線を回収し、さりげないエピソードも真相にきちんとつなげている。また、終盤の次々と容疑者が自首してくる展開、それを探偵役が次々と論破していく構図は本作の大きな見せ場のひとつだ。
 唯一、残念なのはメイントリックの弱さ。あまりに危ういレベルで、ここが一段上のレベルであれば、けっこうな傑作になったと思われるだけに非常に惜しい。


ミステリー文学資料館/編『古書ミステリー倶楽部III』(光文社文庫)

 ミステリー文学資料館が編んだ『古書ミステリー倶楽部』は、その名のとおり古書をテーマにしたアンソロジー。なかなか好調なようで、この春に三巻目『古書ミステリー倶楽部III』が発売されたので読んでみた。まずは収録作。

江戸川乱歩「口絵」
宮部みゆき「のっぽのドロレス」
山本一力「閻魔堂の虹」
法月綸太郎「緑の扉は危険」
曽野綾子「長い暗い冬」
井上雅彦「書肆に潜むもの」
長谷川卓也「一銭てんぷら」
五木寛之「悪い夏 悪い旅」
小沼丹「バルセロナの書盗」
北村薫「凱旋」
野村胡堂「紅唐紙」
江戸川乱歩「D坂の殺人事件」〔草稿版〕

 古書ミステリー倶楽部III

 同一テーマで三巻目ともなるとさすがに苦しいものがある。扱うテーマを拡大したり、そもそもミステリではない作品も混ざっていたりという具合で、内容的にも一般向けなものとマニアが喜びそうなものが混在している。迷走気味というか苦労している感じが伝わってくるラインナップである。
 個々の作品でいえば見逃せないものもあるのだけれど、全体的にややバランスの悪い一冊といえる。
 以下、簡単に作品ごとのコメントなど。

 「のっぽのドロレス」は自殺した妹のマンションを整理しにきた姉が、本の置かれた場所から妹の死に疑問を抱いて……という話。宮部みゆきらしく姉の心の流れは読ませるが、謎のレベルがイージーすぎてものたりない。ポケミスをギミックとして使うのもむしろ興ざめ。

 「閻魔堂の虹」は時代物の人情噺。嫌いな作品ではないけれど、まったくミステリではないのが困ったものである。

 法月綸太郎ものの一編「緑の扉は危険」は古書マニアをネタとした密室殺人。アンソロジーのテーマにこれ以上ないぐらいピッタリの内容だが、悲しいかなトリックがつまらなすぎる。

 「長い暗い冬」は各種アンソロジーで有名な作品。これもミステリとは言い難いが、怪奇小説としては文句なしの傑作。未読のかたはぜひどうぞ。

 「書肆に潜むもの」は井上雅彦らしい凝りまくった造りが微笑ましい。著者の稚気炸裂の一編。

 「一銭てんぷら」もミステリというよりは幻想小説の範疇に入る。似たような作品はけっこう多いのだが、全体的に漂うノスタルジーとコミカルさがなんとなく気に入った。

 またまた非ミステリの「悪い夏 悪い旅」は懐かしや五木寛之の作品。スナックでアルバイトをする学生がふとしたことからお客の女性と関係をもち、北海道へ大麻を求めて旅をしようと計画するが……という物語。ふわっとした学生の意識とヒロインの感覚が合いそうで合わない。このすれ違いがいかにも五木寛之っぽくていい。

 小沼丹「バルセロナの書盗」は内容的には面白い。ただ、すでに同じミステリー文学資料館/編の『名作で読む推理小説史 ペン先の殺意 文芸ミステリー傑作選』で収録されているんだよねえ。

 「凱旋」は安定株の北村作品。と言いながら既読作品はあまりないのだけれど、これは印象的な作品であった。

 「紅唐紙」は野村胡堂『奇談クラブ』からの一作。銭形平次の作者というだけではないことは以前に『野村胡堂探偵小説全集』を読んで理解していたが、こちらも捨て難い味がある。そのうち読んでみよう。

 「D坂の殺人事件」〔草稿版〕は資料的に重要であることはもちろんなのだが、あえて本書に収録する必要があったのかは疑問。最初に書いたように本書の収録作はバランスが悪く、読者の想定がややぶれているようにも感じた次第である。


三島由紀夫『命売ります』(ちくま文庫)

 最近、書店の文庫コーナーでやけに気合いの入ったディスプレイで気になっていたのが三島由紀夫の『命売ります』。
 よくよく調べてみると、どうやら書店というよりも版元の筑摩書房がプッシュしているらしい。今年が三島由紀夫の生誕90年ということもあり、その中で毛色の変わった本作が注目され始め、これを機に筑摩書房で売り込みをかけたようだ。で、それが効を奏したか今年の七月にはなんと計七万部もの重版がかかったらしい。
 版元ががんばったとはいえ、古典レベルの作家のマイナー作品が七万部。映画化やテレビで派手に取りあげられたとかという話もないなかでの七万部である。これは凄い。

 まあ、そういう状況があって興味を惹いたこともあるのだが、実際に読もうという気になったのは、やはり中身が面白そうだったから。手書き風のオビのキャッチによると「隠れた怪作小説」とか「極上エンタメ小説」とか、三島由紀夫の作品とはおよそ縁遠そうな言葉が踊っているのだから、これは気になる。
 というわけでさっそく買って読んでみた。

 広告会社に勤務するコピーライターの山田羽仁男は、あるとき新聞紙の活字がすべてゴキブリに見え、世の中が無意味なものに思えてしまう。そこで大量の睡眠薬を飲んで自殺を図るが見事に失敗。
 ところが自殺しそこなったことで、羽仁男はなぜかカラッポで自由な世界が目の前に開けたような気持ちになる。そこで羽仁男はさっそく会社を辞めると、三流新聞に「命売ります」という広告を出し、アパートの部屋の前には「ライフ・フォア・セイル」という看板を掲げるのだった……。

 命売ります

 おお、これは確かにエンターテインメントだ。昨今では純文学と娯楽小説の垣根が低くなっているけれど、当時(1960年代)はもっと高い垣根だったはずで、その時代に三島がこんな小説を書いていたのかという軽い驚きがある(三島ファンには何を今さらなんだろうけど)。

 死ぬことを怖れない羽仁男のもとを訪れるさまざまなお客。スパイやギャング、果ては吸血鬼といった面々が羽仁男の命を買おうとするが、なぜかそのたびに助かってしまい、売上もどんどん増える始末。ところがそうなると今度は命が惜しくなり……という展開は比較的ベタで予想しやすいものだけれど、十分に楽しめる出来。
 解説によると、この命に関わるストレートなドタバタ(アプローチ)が、むしろシリアスな文学よりも三島の本音が出ているのではないかという解釈は非常に腑に落ちるところである。一見、三島っぽくないこの物語では死を茶化しているようにも思えるが、その死生観は文章の端々からうかがえ、はっとするような惹句や警句が目白押しである。
 ただ、「プレイボーイ」に連載されたことも関係あると思うが、全体にはややあざといというか、無理している感がなきにしもあらず。

 個人的にもっとも惹かれたのは、全体的な雰囲気が三島流奇妙な味とでもいうようなものに仕上がっていること。娯楽小説ではあるが決して軽くはなく、死を扱ってはいるが決して重くはなく、テーマと文章、物語のすべてがふわっとしたバランスのうえで融合しており、このゆるい世界観が心地よい。
 ミステリ要素も少し混じっていたりするので、普段は文学なんてと敬遠しているミステリファンにもオススメしておく。


マシュー・ヴォーン『キングスマン』

 本日は立川のシネマシティに出かけて『キングスマン』を視聴。劇場の予告編を観たときからそのアクションシーンが気にはなっていたのだが、監督が『キック・アス』のマシュー・ヴォーンと知り、それも納得。心の必見リストに入れておいた作品である。

 こんな話。ロンドンにある高級テーラー「キングスマン」は独立スパイ組織。どこの国にも所属せず、数々の難事件を解決してきた秘密組織である。
 あるときキングスマンのメンバーの一人が、アメリカのIT起業家リッチモンド・ヴァレンタインを調べるうち、命を落とす。キングスマンのベテラン工作員ハリーはその欠員を埋める試験に、かつて自分が命を救われた仲間の息子エグジーを推薦し、試験に参加させる。
 エグジーは過酷な試験に挑戦することになり、徐々に勝ち進んで行くが、その頃ヴァレンタインは人類の存亡を揺るがす陰謀に着手していた……。

 キングスマン

 『キック・アス』の監督さんということで期待したのだけれど、見事なまでに内容が『キック・アス』の二番煎じでびっくり。面白いことは面白いのだが、その結構があまりに『キック・アス』を踏襲していて、オリジナリティという部分ではどうよ?というのが残念。
 そもそも『キック・アス』や従来のスパイ映画を越えようという意識が製作者に強すぎるのか、やりすぎの部分も目立ち、それが裏目に出ているところもちらほら(例えばラストの首が破裂するシーンとか)。

 ただ、英国紳士を前面に押し出したスパイというアイディアが秀逸で、武器などのギミックにもしっかり反映されているから、なんだかんだで評価は甘くなってしまうんだよねぇ。
 名優コリン・ファースの演技も素晴らしく、トータルではオススメといっておきたい。


ニコラス・ブレイク『死の翌朝』(論創海外ミステリ)

 ニコラス・ブレイクの生んだ私立探偵といえばご存じナイジェル・ストレンジウェイズ。オックスフォード大学出身(ただし退学)で、各地を放浪して語学を身につけたという設定ながら、基本は教養豊かな常識人。スコットランド・ヤードのブラント警部と親しくしていることから、しばしば事件捜査に協力するようになり、心理学的なアプローチで犯人を突き止めてゆくのが特徴。
 そんなナイジェル・ストレンジウェイズの活躍する作品で、これまで唯一未訳だった『死の翌朝』が本日の読了本。ナイジェル・シリーズ最後の長篇でもある。

 ある文学調査のためにアメリカの名門カボット大学を訪れたナイジェル。オックスフォード時代の旧友が寮長を務める大学のハウスで世話になっていたが、そこで文学部の助教授やビジネススクールの講師、アイルランド出身の詩人、大学院生らと親交を深めるうち、彼らの間に不穏な空気が流れていることに気づく。
 そんななか文学部教授ジョシアが殺害されるという事件が起こる。論文の剽窃騒ぎでトラブルになっていた学生ジョンが怪しまれたが、ジョンの姉は弟の無実を信じ、ナイジェルに捜査を嘆願する……。

 死の翌朝

 登場人物は少なく、関係者ほぼ全員が容疑者という状況で、ナイジェルがお得意の心理分析で真実を炙り出す。トリックや意外性という点ではあまり尖ったところもないのだが、心理分析による捜査の妙、捜査の過程で徐々に浮かび上がる人間模様などが興味深く、味わいで読ませる探偵小説といった趣。
 舞台が大学ということもあって、関係者との英米文化の比較、六十年代のアメリカが抱える諸問題、エミリー・ディキンスンについての文学論などが作中でたびたび繰り返されるが、それが単なる味付けではなく、事件に比喩的に絡ませることで物語に膨らみを与えているのはさすがである。

 蛇足ながら本作で最も驚かされたのは、ナイジェルのベッドシーン。しかも浮気である。クラシックの本格探偵小説で、探偵役のこんなシーンは滅多にないと思うが、これもアメリカが舞台ということでブレイクも少々ハメをはずしたのか(苦笑)。
 まあ、それはご愛嬌としても、基本的には地味ながらブレイクの良さが十分に感じられる作品である。昨日読んだブランドの『薔薇の輪』もそうなのだが、娯楽としての本格探偵小説とはまさにこういった作品をいうのだと思う。


クリスチアナ・ブランド『薔薇の輪』(創元推理文庫)

 クリスチアナ・ブランドといえばいわゆる黄金期の英国探偵作家の正統的な後継ぎ。しかもレベルが高いうえに作品ごとの出来のムラが少なく、その実力は本格ファンなら知らない人はいないだろう。そんな彼女の未訳長篇が出たというのだから、これは期待するなという方が無理な話である。
 というわけで本日の読了本はクリスチアナ・ブランドの『薔薇の輪』。1977年にメアリ・アン・アッシュ名義で書かれた著者最晩年の作品である。最近では同じ東京創元社から出た『領主館の花嫁たち』が記憶に新しいが、あちらはゴシック風味だったのに対し、本作は本領発揮の本格ミステリなのが嬉しい。

 ロンドンで活躍する女優のエステラ。彼女にはウェールズで離れて暮らす身体が不自由な幼い娘がいた。「スウィートハート」という愛称で呼ばれるその娘とエステラとの交流は、毎週、新聞で連載記事になっており、絶大な人気を誇っていた。
 しかし、実はその記事はうわべを取り繕った作り話であり、ごくごく一部の人間、彼女の秘書や新聞記者、古くからの友人らに支えられて秘密が守られていた。
 そんなときアメリカで服役しているエステラの夫・アルが釈放される。アルはシカゴの大物ギャングだが心臓病を患っており、死ぬ前に一度だけ娘に会いたいという。娘の状況を新聞記事でしか知らないアルが、果たして真実を目にしたら……。慌てるエステラたちだったが、とうとうアルがロンドンにやってきて……。

 薔薇の輪

 往年の傑作に比べるとやや落ちるけれど、ブランド作品を読む愉しみは十分に満たされた。
 登場人物はごく少数で、二つの死体、一人の行方不明者をめぐって紆余曲折する謎解きが描かれる様は、まさにブランドの真骨頂。探偵役のチャッキー警部が信頼できない関係者らに囲まれつつ、可能性をひとつずつ検討していくのが楽しいのである。
 あまりに限定されすぎた状況ゆえ真相が予測しやすい欠点はあるので、いっそのこと深読みはせず、チャッキー警部の推理に浸っていっしょにイライラするのがよろしいかと。

 ミステリ的要素から少し離れると、ブランドならではのシニカルというかブラックなところも健在で、いや晩年の作品だけにむしろ磨きがかかっている節もある。
 でっちあげの経歴や美談でもってスターに登りつめるというのは、まあありそうな話だが、その内容が美しい女優の母と障がいをもつ娘の交流というあざとさ。娘については性格も見た目も読者受けするよう徹底的に装飾を施すという質の悪さである。この娘を取り巻く関係者の心理や言動を、ブランドはとことん醒めた目で描写するのが興味深い。不謹慎ではあるが、基本、人間はこういう生き物なのだ。
 ちなみに本作がこれまで訳されなかったのも、このあたりに事情がありそうである。

 物語の背景が、最近我が国でも話題になった佐村河内某の事件を連想させるように、ネタ自体は意外と新鮮。真相が予測しやすいとは書いたが、トータルでは文句なしに楽しめる一冊である。


野村芳太郎『八つ墓村』

 最近、横溝映画をぼちぼちと消化しているが、本日はおなじみ市川崑作品から少し離れ、松竹から野村芳太郎監督の『八つ墓村』を視聴。1977年の公開で、当時は「たたりじゃ~」のテレビCMや金田一を渥美清が演じたことでも話題になった作品である。

 空港で働く寺田辰弥は、ある日の新聞で自分を探す尋ね人広告を目にする。これまで自分の出自について詳しいことを知らなかった辰弥は、さっそく大阪の法律事務所を訪れるが、そこで初めて会った母方の祖父・井川丑松が突然、苦しんで死亡してしまう。
 状況もはっきりしないまま、辰弥は父方の親戚の未亡人・森美也子の案内で生れ故郷の八つ墓村に向かったが……。

 八つ墓村

 本作を語るときに忘れてはいけないことが二つある。
 ひとつは作品の世界観というか全体的なテイストの部分。
 横溝正史の作品でもトップクラスの知名度を誇る『八つ墓村』だが、『本陣殺人事件』や『獄門島』といった他のメジャー作品とはやや趣向が異なっている。金田一耕助も登場するけれど、主人公はあくまで寺田辰弥であり、そのテイストは本格謎解きものというより、巻き込まれ型のスリラーといった趣なのだ。
 そしてこの野村芳太郎版『八つ墓村』では、事件の元になる落ち武者の伝説、その祟りともいわれたかつて村を襲った連続殺人事件をフィーチャーし、スリラーを超えてホラーやオカルト映画レベルにまでもっていってしまった。もちろん本筋に関わる部分に超自然的要素を盛り込んでいるわけではなく、あくまで一部のビジュアルをホラー的に演出しているレベルではあるが、野村芳太郎版『八つ墓村』はこれがあるからこそ要注目なのだ。
 もちろん野村監督のこと、ただ安易にホラー趣味を持ち出しているのではない。それが現代につながる因縁や人間の業を表現するための手段であることは容易に推察できるし、だからこそ許されるところではあるのだが。

 もうひとつは金田一耕助のキャスティング。なんせ当時はほぼ寅さん一本槍の渥美清。このイメージのまま金田一耕助といってもなかなか厳しい。
 映画やテレビではすでに石坂金田一や古谷金田一が活躍しており、ここに殴り込みをかけるということで、松竹も相当気合が入っていたはず。生半可なキャスティングではだめだろうと国民的スターを担ぎ出したのだろう。とはいえ寅さんは寅さんなのだが(笑)。
 実際のところ、管理人も当時は受け入れられなかったのだが、不思議なもので年をとるとなぜか馴染んできてしまい、今ではこれはこれでありかなという心情である。まあ、寅さんのイメージがあるだけで、渥美清自体の演技はしっかりしているし、オカルト風味を渥美清のキャラクターが中和しているのも結果的にはいい按配となっている。
 ちなみにその他の俳優陣もかなり豪華で、演技としては全体的に見応えがある。ただ、双子のばあさんはもっと怖い方がよかったが。市原悦子にしては不気味さが足りない。

 結局、問題があるとすれば、上で挙げたホラー風味の部分や渥美金田一などではなく、実は原作の改変度合いが大きすぎるシナリオだろう。本格でなくともよいけれど、やはりミステリ映画として押さえるところは押さえてもらわないと。それが最大の不満である。
 雰囲気や豪華キャストの妙を楽しむならおすすめ。ミステリ映画としてならいまひとつ。まとめとしては緩いけれど、これでご容赦のほどを。


角川書店編集部/編『山田風太郎全仕事』(角川文庫)

 本日の読了本は角川書店編集部/編『山田風太郎全仕事』。タイトルどおり山田風太郎についての読書ガイドブックで、四年ほど前に角川文庫で刊行されたもの。ただし、中身はかつて一迅社で刊行された『幻妖 山田風太郎全仕事』がベースとなっており、それを再構成したもののようだ。
 まあ、読了というような読書ではないけれど、文庫版でのこういうガイドブックは割と珍しいので、少し感想を残しておきたく。

 山田風太郎全仕事

 「全仕事」と謳っているように基本は著作を紹介するガイドブックだが、スタイルとしては忍法帖や明治もの、推理もの、時代物、その他といったジャンルごとで構成している。まあ、それは別に珍しくもないが、本書ならではの味付けとして、そのジャンルごとに印象的なキャラクターも紹介しているところが特徴的。
 加えて巻末には忍法帖に登場する忍者人名録も載っており、なんとなくだが全体的にはキャラ推しでアピールしているといった印象である。
 しかしながら肝心の各作品の解説があまりに乏しく、また全体を俯瞰できる著作リストや著書リストなどがないため、結局、「全仕事」という割には、その全仕事の全貌が非常に掴みにくいという残念なガイドブックになってしまっている。
 このほか山田風太郎へのロングインタビューが掲載されているが、これはそもそも一迅社版の時点で再録だったものなので、いまさら文庫版に入れる必要があったのかという疑問もちらほら。もちろん新しいインタビューは無理なのだから、何か新企画でも良かったのだろうけど。

 文庫版という安く手軽な媒体で、山田風太郎の特徴と代表作を紹介しようというのは悪いことではないし、むしろ大歓迎。それだけに単なる再編集本で済まさず、山風初心者を取り込むようなサービスや工夫をもっと意識してほしかった。
 帯や裏表紙に踊っている「空前絶後のパーフェクトガイドブック」とか「物語の奇才を読み解くパーフェクトガイドブック」とか、この内容ではちょっと恥ずかしい。


下村明『風花島殺人事件』(戎光祥出版)

 「ミステリ珍本全集」から下村明の『風花島殺人事件』を読む。
 お初の作家ではあるが、名前だけは知っていた。本書の解説にもあるとおり、鮎川哲也編纂のアンソロジー『硝子の家』に収録された山前譲「必読本格推理三十編」にその名が載っていたからだ。
 その当時三十編すべてを読んでいたわけではなかったが、必読と謳っているぐらいなので作品はどれもメジャー級。ところがその中で名前すら知らなかった作家がいて、それが下村明だった。入手が困難なのも下村明がおそらく筆頭で、それだけに一度は読んでおきたい作品だったが、ようやく念願がかなったわけで、しかも怒濤の長篇三作収録(プラス短篇一作)。毎度のことながら実にありがたい。 

 ただ、本書についている月報に山前氏のコラムが載っており、それには苦笑した。
 ありきたりの作品ばかりではあれなので、どこかに捻りを入れたくなり、そこで下村明『風花島殺人事件』をランクインさせたのだが、今思うとそこまでの作品ではなかった、過大な期待を抱かせてしまってすまんすまんという内容である。
 まあ、そのおかげでこうして本になったのだから、誰もそれについて文句は言わないだろうし、わざわざそれを月報に載せることもない。あまり気にする必要もないと思うが、律儀な方である。

 ちなみに下村明についてだが、こちらは残念なことにその経歴などはほとんど不明らしい。1950〜60年代にかけて二十作ほどの著作があるので、それなりに人気はあったはずだが、本来は柔道をテーマにしたものや活劇系の娯楽小説が中心だった。探偵小説に手を染めるのは60年代に入った頃で、どういう心境の変化があったのか気になるところである。

 それはともかく。そろそろ本題に入ろう。まずは収録作から。

『風花島殺人事件』
『木乃伊の仮面』
「消された記憶」(短編)
『殺戮者』

 風花島殺人事件

 まずは表題作の『風花島殺人事件』。
 青江糸代という女性から失踪した内縁の夫・花紋を探してほしいと依頼された私立探偵の葉山。花紋は大分県の風花島という小さな島の網元であり、湯治で別府にきたときに看護で派遣された糸代を気に入り、島を出て一緒に暮らすようになった。
 その頃、風花島では花紋の正妻・多加江が失踪し、翌朝絞殺死体で発見されるという事件が持ち上がっていた。容疑は失踪中の花紋にかかるが、彼は失踪する夜の十時ごろまで囲碁クラブにいたことが目撃されている。
 葉山は風花島に渡って調査を続行するが、そこで過去の因縁を老婆から聞かされた……。

 大分県が舞台のミステリというのは珍しい。地方色を活かし、風花島での複雑な人間関係、過去の因縁など、横溝正史を彷彿とさせるネタが散りばめられているのが微笑ましい。ただ、変に真似るとかではなく、あくまで素材として真面目に本格探偵小説にアプローチしているのは好感が持てる。台風と事件を絡める展開は面白いし、盛り上がりとしてもなかなか。
 ただ、島と本土を行ったり来たりというのはやや興醒め。中盤からは島オンリーで進めた方が効果的だったと思うが。
 とはいえ探偵と女助手のキャラクターや掛け合いも含め(ちょっとB級ハードボイルドのノリ)、なかなか楽しめる一作である。


 続いては『木乃伊の仮面』。
 しがない興信所の所長・浅丘は出版社社長・笠松の妻・加根子から浮気調査を依頼される。あっさりと浮気の事実を掴んだ浅丘はさらに笠松の弱みを調べ上げるよう依頼を受けるが、そこで明らかになったのは、笠松が戦時中に犯した、ある出来事だった。
 だが加根子に郵送したその報告を笠松が先に手に入れ、笠松は浅丘にこれを秘密にしてくれるよう頼み込む。笠松の事情も考慮して伏せておくことにした浅丘が、その見返りとして受けたのは笠松からの仕事の依頼だった。
 笠松は加根子と別れ、浮気相手の律子と結婚するつもりなのだが、なぜか律子が承諾しないというのだ。その理由を笠松は知りたがっていた。浅丘はさっそく調査を開始したが……。

 『風花島殺人事件』に比べると舞台設定はかなり通俗的でB級ハードボイルド臭さが漂うのだが(むろん味としてはそれもまたよし)、笠松の絡む過去のある出来事というのがけっこう独創的で、この出来事と律子の身辺調査が交差するあたりから俄然、盛り上がってくる。最初の浮気調査からこの展開は予測できなかっただけに、出来としては『風花島殺人事件』と甲乙つけがたい。
 惜しむらくはミカンのトリックを適当に流してしまっているところ。肩すかしをくらった感じで、この中途半端さが何とももったいない。
 ちなみにこの作品も探偵と女助手という組み合わせであり、やりとりが同様に楽しめる。


 息抜きというわけでもなかろうが、お次は短編「消された記憶」。もともとは『木乃伊の仮面』刊行時にも収録されていたので、本書でも一緒に収録したとのこと。
 若い妻をもらい、仕事も順調な出版社社長。だが最近、記憶が抜け落ちていることが多く、妻や部下にも指摘される始末。そんなとき自宅の庭で死体を発見し、あわてて警察を呼ぶが、なぜか死体は消え失せていた……。
 ウールリッチにありそうな記憶喪失もの。当時はともかくさすがに今では簡単に先が読めてしまうのだけれど、雰囲気は悪くないし、ラストもいいセンスである。


 トリを飾るのは『殺戮者』。長篇という体だが、中は大きく三つの話に分けられ、言ってみれば連作形式である。
 終戦後、中国に捕虜として収監されている日本兵たち。日本へ帰ることを夢見る彼らはそれなりの秩序を保っていたが、もはや階級なども大きな意味をもたない状況であり、上官も一兵卒も特殊な緊張に包まれながらその日を送っていた。
 そんなとき五瓶軍曹は看護婦長から奇妙な相談を受ける。かつて卑劣な振る舞いをした兵士がいて、口封じのために自分を殺すのではないかというのだ。しかし、その兵士が誰かわからないため、五瓶に調べてほしいというが……。

 終戦後の復員兵の様子や心情が描かれ、退廃的で殺伐としたムードが全編を覆っているのが特徴的。探偵小説としては小粒で、他の二作に比べると出来は落ちるが、それでもきちんとした謎解きもののスタイルをとっており、まったくブレがない。
 ストーリー展開もしっかりしたもので、連作という枠組みをきちんと活かしたプロットもいい。本格としての弱さはあるが、好みだけで言えば本書の中ではもっとも惹かれた作品だ。


 さて総括。全体的には十分に楽しめる一冊だった。
 どれもフーダニットを基調としつつ、非常に丁寧に書かれた本格探偵小説という印象で、謎の提示から回収までしっかりと構築されている。プロパーではない作家が書いた本格探偵小説としては十分なレベル。上で書いたように山前氏が必読三十編に入れたことを詫びていたけれど、そんなに捨てたものではない。むしろ当時の本格作品と比べても遜色ない出来だろう。
 大がかりなトリックなど、これぞ本格といった武器を持たない点が忘れられた作家になった原因のひとつかなとは思うが、ストーリー構成も手慣れたもので、逆にこれだけの水準の作品を書いていて消えてしまったのが不思議なほどだ。
 文章も悪くない。特別美文というわけではないが、非常にこなれていて読みやすく、描写も上手い。主人公が軍人だったり、興信所の探偵といった設定ということもあって、気持ちハードボイルド調の文体で、比喩もなかなか決まっている。ここは同時代の作家に比べても勝っている部分といえるだろう。

 ともかくこれは読めてよかった。「ミステリ珍本全集」、確かに最初はトンデモなものが多かったが、ここのところは内容的にもレベルの高いものが多くて嬉しいかぎり。三橋一夫も楽しみだ。


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sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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