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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


Posted in 11 2015

浅木原忍『ミステリ読者のための連城三紀彦全作品ガイド【増補改訂版】』(Rhythm Five)

 この十日間ほどすっかり風邪にやられているのだが、薬で誤魔化しつつ普通に仕事もしているのでいっこうに治る気配がない。で、せっかくの休日もおとなしくしていればいいものを、つい西荻窪まで出かけてしまう。目的は盛林堂さんに予約してある本の受け取りなので、こればかりは仕方ない。いや、そうでもないか(苦笑)。
 とりあえずブツは甲賀三郎の『浮ぶ魔島』と同人研究誌「新青年趣味」の十六号。特に後者は江戸川乱歩の未発表原稿を収録したということでなかなか評判になっているから、ご存知の方も多いだろう。

 ただ、本日はそちらではなく、たまたま盛林堂さんの店頭で見かけて買うことができた『ミステリ読者のための連城三紀彦全作品ガイド【増補改訂版】』を紹介したい。
 先日開催されていた文学フリマ東京で発売されていたようで、その存在自体は知っていたが、現物を見るとこれがなかなか立派な造りで、内容もパッと見た感じでは悪くなさそう。ってんで即お持ち帰りである。
 帰宅後、中身を少しあらためると、ううむ、これはなかなかの労作。タイトルどおり連城三紀彦の全著書ばかりか単行本未収録作なども網羅したガイドブックであり、エッセイや他の作家のために書いた解説なども追いかけているなど、徹底ぶりがお見事。また、実用度が高いだけでなく、連城の熱烈なファンだという著者のコラムなども熱の入り方が好ましく、これは立派なものである。
 もちろん中には異論のあるものもあるけれど、それを言うのは野暮というもの。とりあえずは著者の苦労に拍手を送りたい。

 ミステリ読者のための連城三紀彦全作品ガイド

 本来、こういう仕事は作品を出している文芸系の版元がきちんとやっておくべきことなんだろうが、同時に商業ベースに乗にりくいことも理解はできる。だが、こうしてマニアやファンの方が頑張っているのを見ると、せめて大手の版元ぐらいはもっといろいろ仕掛けてほしいと思う次第である。


三橋一夫『魔の淵』(戎光祥出版)

 おなじみ「ミステリ珍本全集」から三橋一夫の『魔の淵』を読む。
 三橋一夫といえ ば"まぼろし部落"と称される幻想系の短編、長篇では明朗小説やアクション小説といったところがよく知られているが、本書に収録されているのは、それらのジャンルから少し外れたサスペンス系の物語。しかもそれが三長編一挙収録というわけで、相変わらずこの叢書はやってくれる。
 そもそも今でこそ"まぼろし部落"は新刊でも手軽に読めるようになったが、それもこの十年ほどの話。長篇にいたっては未だにすべてが入手難というハードルの高さである。自分で入手する場合の手間とお金を考えると、ミステリ珍本全集がいかにありがたいかわかるというものだ。
 ということで、今回も編者と版元に感謝しつつページをめくる。収録作は以下のとおり。

「魔の淵」
「卍の塔」
「第三の影」

 魔の淵

 まずは「魔の淵」。これは地方の豪商を舞台にした愛憎のドラマである。
 主人の風間弁助は入り婿ながら、その商才で風間商店を発展させた。しかし独善的な性格もあって、身体を悪くした本妻・春乃とその息子・純夫には冷たくあたる。遂には春乃の療養と称して二人を郊外の別宅に住まわせることにしたが、その一方で若い妾の富子を本宅に迎え、その息子・弁太郎を跡取りとして可愛がっていた。
 そんな複雑な家庭環境の中、従業員たちも利権争いに加わり、風間家は少しずつ底知れぬ闇のなかに沈んでいく……。

 ううむ、これはまた何といっていいのやら。
  とにかく暗い。正義は本妻と純夫の側にあり、妾と弁太郎は悪である。この対立構造に沿って物語は進むのだが、先手を打つのは圧倒的に悪の側であり、正義の側はひたすら堪え忍ぶのみ。思わず花登筺の『どてらい男』とかを思い出したが、あちらの主人公はまだ負けん気が強かった分だけ救われたけれど、本作では本当に受身一方なので辛い。
 一応、犯罪は起こるが、それは人の心の闇を際立たせるためのものであって、とてもミステリという興味で読むものではない。ただ、その闇の描写がやりすぎと思えるぐらい徹底しており、――特に終盤の弁太郎の転落ぶりは凄まじい――怖いもの見たさというか、先を読まずにはいられない変な魅力があることも確かだ。


 続いて「卍の塔」 。
 主人公は新婚まもない勝野策郎と佐夜子。二人は幸せの絶頂にあったが、あるとき策郎は神戸出張に出かけたまま行方不明となってしまう。実は策郎は不審な車に襲われ、一時的に記憶喪失となって、見ず知らずの家の世話になっていたのだ。
そんなこととは露知らぬ佐夜子。最初は夫を探そうとするが、彼女を狙う男・香川の策略にはめられ、夫が女の元に走ったと信じ、とうとう香川と結ばれてしまう……。

 うわあ、こちらもなかなかクセのある物語だ。「魔の淵」同様、犯罪は描かれるものの、本質はサスペンスというよりメロドラマといったほうが適切だろう。
 主人公たちのすれ違いや誤解によって次から次へとドラマが展開していく様は、物語作りの手法として興味深い面もあるけれど、いかんせん人間関係を濃密に詰め込みすぎ。ご都合主義とは違うけれど、登場人物の言動が作者の思うところに流れすぎて、全体的には納得しがたい展開が多くて気になる。
 「魔の淵」より現代的だし、バランスはとれているが、深さという点で「魔の淵」に一歩譲るか。


 ラストは「第三の影」。本作は他の二作品よりやや短く、長編というよりはむしろ中編といったレベル。
 曽我八郎はある機械工具メーカーの工場次長。一見優男でまだ若い曽我だったが、実はレスリングをはじめとする格闘技の名手。そこを見込んで社長から特命を受けていた。
 それは工場の社宅街を牛耳っている愚連隊の一掃である。会社の一部ながら警察も手を出せないようになっている無法地帯があったのだ……。

 本書の中ではもっともミステリ的作品である。というか著者お得意の明朗小説に近い作品。
 冴え渡るチンピラとのアクションシーンや愚連隊の黒幕"大将"をめぐる謎など、要素のひとつひとつはそれほど悪くもなく、サクサク読めるところもよい。
 ただ「魔の淵」、「卍の塔」を読んだあとでは、どうしても物足りなさが残るのは否めない。


 ということで三橋一夫の三連発はなかなか濃厚な読書体験であった。特に「魔の淵」と「卍の塔」の登場人物たちの心理というか粘着ぶりはちょっと予想外で、三橋一夫の新たな面を知ることができたのは個人的には大きい。
 面白かったかと聞かれれば、まあまあというほかないのだが(苦笑)、三橋一夫のファンならやはりこれは押さえておくしかないでしょう。


市川崑『女王蜂』

 1978年、市川崑監督によって映画化された横溝正史原作の『女王蜂』をDVDで視聴。金田一役はもちろん石坂浩二。

 こんな話。
 昭和七年のこと、伊豆は月琴の里を訪ねてきた二人の学生、銀三と仁志。仁志はそこで知り合った大道寺琴絵という女性を愛し、やがて琴絵は妊娠してしまう。しかし仁志は母に結婚を反対され、琴絵と蔵のなかで言い合いとなる。その直後、蔵の中で頭を殴打されて殺害された仁志と、その傍らでと呆然と立ち尽くす琴絵が発見された。琴絵の仕業と思った周囲の者は、仁志が崖から転落したように偽装し、一件は事故として処理されたのだった。
 その四年後。仁志との間にできた智子とともに暮らす琴絵のもとに銀三が現れ、求婚する。かつては仁志に譲ったものの、彼もまた琴絵を深く愛していたのだった。
 月日は流れ、昭和二十七年。琴絵は若くして亡くなったが、一人娘智子は美しく育ち、今や三人の求婚者が現れるほどであった。彼らは激しくライバル心を燃やし、不穏な空気が関係者を包んでいる。やがて智子をめぐり新たな惨劇が幕をあけた……。

 女王蜂

 舞台となる場所や人名、時間軸あたりが変更されているが、まずまず原作のツボは押さえており、トータルではなかなかよくできた作品になっているのではなかろうか。
 そもそも原作がミステリとしてそこまでの傑作というわけではないのだが、それを補ってあまりあるのが動機から連なる愛憎のドラマ。ミステリゆえ完全な心理描写はご法度だが、幾人かの主要な登場人物の心情については、思わせぶり、かつ魅力的な映像で表現し、思わず引き込まれるシーンも多い。
 シリーズの他作品に比べておどろおどろした雰囲気が少ない内容だけれど、その分、現代的というか、テンポのよい構成に仕立てたのも効果的であるように思う。

 ただ、本作はファンの間ではやや評価が落ちる作品らしい。ミステリとしても犬神家、手毬唄あたりに比べれば落ちる作品なので、基本的には致し方ないところ。ただ、評価が落ちる最も大きな理由は実はそういうところではなく、タイトルの女王蜂というイメージが作品から感じ取れない部分にあるようだ。
 だいたいが女王蜂=悪女というイメージだとは思うが、本作ではそこまで強いものではなく、せいぜい男が群がる女という程度しかないところに、これを演じるのが新人の中井貴恵というのがまずかった。絶世の美女という智子のイメージに合わないばかりか、肝心の演技が実に残念。
 とはいえ、これも中井貴恵一人のせいにするのは可哀想で、そもそも脇のキャストが豪華すぎた。かつてシリーズに参加した大御所の女優陣、高峰三枝子&岸惠子&司葉子に加え、仲代達矢という大物、加えて達者な演技力を誇る草笛光子、坂口良子、加藤武、小林昭二、大滝秀治といったレギュラー陣、おまけに佐々木剛、石田信之、高野浩之という特撮ドラマのヒーロー・クラスまで顔をそろえる豪華さである。中井喜恵のまずさを差し引いても十分におつりがくるわけで、まあヒロインというところで許せない人が多いのかも知らないが、個人的には十分許容範囲である。

 ということで世評に惑わされず、ぜひお試しを、の一本。


エラリー・クイーン『チェスプレイヤーの密室』(原書房)

 エラリー・クイーンの『チェスプレイヤーの密室』を読む。原書房からスタートした「エラリー・クイーン外典コレクション」全三巻の一冊目である。

 1960年代に入って作品の発表ペースが落ちてきた頃、クイーンは新しい読者や市場を開拓するためのブランド展開を考えていた(といってももっぱらマンフレッド・B・リーの考えで、フレデリック・ダネイはほぼ関与していなかったらしい)。そこで発案されたのが、複数の作家でひとつのペンネームを共有するハウスネーム方式。早い話が他の作家にクイーン名義で代作させ、ペイパーバックで量産しようというもの。クイーンというビッグネームでそれをやることのリスク(作品の質という意味で)もあったはずで、実際、ダネイはその点で関わりたくなかったのだろうが、リーは徹底的な監修を入れることを約束して、この話を積極的に進めていった。その結果、他の作家によって書かれた、今ではクイーン聖典と見なされないクイーン名義の作品が二十六作生まれたのである。
 こうしたクイーン外典が日本で出版されるのは、これが初めてというわけではなく、これまでにも『二百万ドルの死者』や『青の殺人』などが紹介されている。ただしリーの監修が入ったとはいえ、出来としてはそれほどのものではなく、紹介はあくまで単発で終わってしまっていた。
 今回の「エラリー・クイーン外典コレクション」はそういった知られざる作品群から、比較的クイーンの香りを感じられるもの、出来のいいものをセレクトして紹介しようという企画である。

 さて、そんなわけで『チェスプレイヤーの密室』である。まずはストーリー。
 小学校の教師アン・ネルソンのもとへ久しぶりに母親が訪ねてきた。別れた父親が再婚したのだが、その相手が亡くなり、莫大な遺産を手にしたのだという。それが面白くない母親はアンに意味深な言葉を残しつつ帰っていった。
 ところがそれから二ヶ月後。アンのもとへ今度は父親が銃で死んだという知らせが入る。場所は完全な密室状態だったため警察は自殺と断じるが、アンには父親が自殺するとはとても信じられなかった。
 父親の身辺を整理する中、やがてアンの前に現れる父親の知り合いたち。父親から譲り受けた遺産が目当てなのか、それとも……?

 チェスプレイヤーの密室

 思ったよりは全然楽しめる。確かにクイーンと言われれば「ええ?」となるかもしれないが、その冠を外せば、本格ミステリとしてはなかなか悪くない出来だ。
 タイトルどおり"密室"テーマの作品だが、オリジナリティという点ではやや弱いかもしれないけれど、プロットにきっちり落とし込まれていて、手がかりや伏線も非常にフェアに張られているのがお見事。特に床に残った本棚の跡、死体には銃痕がひとつなのに銃声は三発聞こえた件などは鮮やかである。

 気になる代作者だが、本書ではSF作家のジャック・ヴァンスが担当。ヴァンスはミステリの著作も少なからずある作家なので、あながちミスチョイスというわけではないだろう。実際、本書で本格が書けることを証明しているわけだし。ただ、解説によるとリーの監修が厳しくて相当に苦戦はしたらしい(笑)。

 ちょっといただけなかったのはアンバランスな登場人物たち。
 ヒロインのアンをはじめとして、探偵役の刑事、父親の知り合いなど、どいつもこいつも不愉快な性格の人物ばかりで、いまひとつストーリーに没入しにくい。まあ事件が生んだ人間関係ゆえ致し方ない面もあるにせよ、せめてヒロインぐらいはまっとうな性格にしてほしかったところだ。サスペンスやロマンスの要素もそれなりにあるのだが、肝心のヒロインが感情移入しにくいから、その効果も半減である。
 このあたり、せっかくペイパーバックという形態を選んだのだから、変にこねた性格にせず、素直に感情移入できるキャラクターにすべきではなかったか。

 ということでキャラクターにはやや残念な部分もあるが、本格ミステリとしては十分に及第点。続く二作目、三作目にも期待したい。


ダニエル・フリードマン『もう過去はいらない』(創元推理文庫)

 今週は仕事が忙しなく読書時間が思ったほど取れず。かろうじてダニエル・フリードマンの『もう過去はいらない』を読み終える。第一作『もう年はとれない』が好評を博した伝説の元殺人課刑事、バック・シャッツを主人公にしたシリーズの第二作である。

 八十八歳となる元メンフィス署の殺人課刑事バック・シャッツ。前回の事件の傷がまだ癒えず、施設でリハビリに励みながらも歩行器を手放せない毎日に苛立ちを募らせている。そんな彼のもとへ、かつて浅からぬ因縁のあった銀行強盗イライジャが訪ねてきた。
 身構えるバックにイライジャが話した内容はまたく意外なものだった。何者かに命を狙われているので、助けてほしいというのだ。
 しかし、そんな言葉を額面通りに受け散るわけにはいかない。思わずバックの脳裏に1965年のあの事件が浮かびあがってきた……。

 もう過去はいらない

 元刑事の老人が主人公、しかもそのキャラクターが徹底的な独自の正義感に支えられたマッチョタイプ、加えてユダヤ系というマイノリティをバックボーンにしていることもあり、前作はとにかくキャラクターが際立った面白いハードボイルドに仕上がっていた。
 ただ”老い”や”正義”といったテーマは魅力的なのだが、いかんせんアプローチがあくまでエンタメの範囲内であり、さらにはここに宗教観や家族の問題までメインストーリーに絡んでくるとやや散漫な印象もあり。
 それはそれでいい面もあるのだが、著者にはやはりもう少しテーマを絞ってもらって、より突っ込んだものを書いてもらいたいというのは、あながち無理な注文というわけでもないだろう。

 著者のダニエル・フリードマンもその辺は意識していたのかもしれない。物語の推進力をキャラクターに任せているところは前作と同様だが、本作ではシリアスの度合いが増し、よりテーマの掘り下げに注力している印象。
 具体的には本当の”正義”というものについて様々な角度から検証を企てている。国家と個人、宗教、親子など、そのアプローチはなかなか多彩。まあ前作でも表面的な要素は似たような感じなのだが、やはりそれぞれの絡め方が粗すぎたり浅かったりという具合で、本作ではこれらが事件とうまくミックスされており、小説としての完成度は上がっている印象だ。
 ミステリとしても過去と現代、二つの事件を並行して描くのは悪くない。ただ、これをあまりやられるとそもそもシリーズ本来のテーマの意味が無くなりそうなので連発は控えてほしいけれど。

 ということで前作から確実にレベルアップした作品。シリアスに進むほどバック・シャッツの個性がやや曇る心配はあるものの、このテーマのまま進めるのは著者にも相当の覚悟が必要なはず。シリーズがあと何作続くかわからないが、ぜひとも期待したいところである(あとがきによると、第四作目までは出る予定らしい)。


ディディエ・デナンクス『死は誰も忘れない』(草思社)

先日読んだ『記憶のための殺人』に続き、ディディエ・デナンクスをもう一冊。ものは『死は誰も忘れない』。

 まずはストーリー。
 寮制の職業専門学校で孤独を噛みしめる少年リュシアン。あるとき同級生から「人殺しの息子」と罵られた彼は、寄宿舎の近くにある池で自殺する。体面を重んじる学校は自殺として処理を図る。
 二十四年後、リュシアンの両親、ジャンとマリーのもとへある若い研究者が現れた。ジャンが若い頃に体験した第二次大戦時のレジスタンス活動について取材したいのだという。ジャンは対独協力者を処刑した容疑で、戦後になってから投獄された過去があったのだ。ジャンは自分の過酷な体験を話し出すが……。

 死は誰も忘れない

 著者の興味は謎解きではなく、人間の闇や社会の暗部にある。日本流にいいえば社会派であり、フランス版松本清張みたいなイメージをもってもらえればよいだろう。『記憶のための殺人』もミステリーの体裁をとりつつアルジェリア移民に絡むフランス現代史や行政システムの課題に迫る作品だった。
 本作はそれがよりいっそう顕著な作品で、戦争の悲劇はもちろんのこと、フランスの司法システムにもアプローチする内容となっている。ほとんど戦争小説といってもよく、そこにミステリ的な味付けがされているぐらいの印象である。

 したがってミステリとしてはやや期待はずれだったが、小説としてはなかなか読ませる。
 物語のほとんどは過酷なレジスタンス活動の内幕であり、祖国を取り戻すという大義名分はありつつも、その手段はやはり暴力である。組織に入ったばかりのジャンをはじめとする末端の人々は、自分がどういう活動をしているのかも知らされず、ただただコマとして動くのみ。そこには個人の感情が入る余地はなく、ときには人の命も奪わなければならない。また、敵はドイツだけでなく、フランス人同士での対立や裏切りも少なくない。
 そういった非情な世界を、デナンクスは実に迫真性をもって描写してゆく。あとがきによるとレジスタンスの部分はほぼ実話に基づいているとのことで、そのリアルさも納得である。

 上でミステリとして期待はずれとは書いたが、要素だけをとってみると、実はミステリとしても傑作になった可能性はある。ジャンが巻き込まれた事件に潜む秘密、全体に仕掛けられたある仕掛けは、アイディアとして全然悪くない。
 トマス・H・クックあたりが手掛けたら相当いい感じに仕上がっていたと思うのだが、いかんせんそういう山っ気とはデナンクスは無縁らしく、割とさらっとまとめているのがもったいないところだ。


ヘレン・マクロイ『あなたは誰?』(ちくま文庫)

 ヘレン・マクロイの『あなたは誰?』を読了。珍しやちくま文庫からの刊行だが、以前こそ戦前国産探偵小説を出してくれたこともあったが、翻訳物となると最近ではチェスタトンがあるぐらいで、他はとんと思いつかない。チェスタトンにしても純粋なミステリは少ないし。
 どういう経緯があったかは知らぬが、この先の展開が気になるところではある。

 まあ、それはともかく。本作は精神科医のベイジル・ウィリング博士を探偵役とするシリーズの一冊。マクロイ初期の本格探偵小説ということで、これは読む前から期待が膨らむ。

 こんな話。ナイトクラブの歌手・フリーダは精神科医の卵であるアーチーと婚約し、二人はお披露目のため、アーチーの故郷ウィロウ・スプリングへ向かうことになった。ところがその矢先、フリーダのもとに「ウィロウ・スプリングには行くな」という警告の電話が入る。
 不安はそれだけではない。この婚約を快く思わないアーチーの母・イヴ、いつかはアーチーと結ばれることを夢見ていた幼馴染のエリス、ヨーリッパから突然やってきた一族の厄介者イヴの従兄弟・チョークリー。小さな火種がくすぶる中、到着早々にフリーダの部屋が荒らされる事件が起き、そして隣人のマーク上院議員の家で催されたパーティでついに殺人事件が起こる……。

 あなたは誰?

 おお、これはいいではないか。物語の興味はストレートなフーダニット。いったい誰が殺人事件の犯人なのか、ということだが、それと並行して描かれるフリーダを脅迫する人物の存在が面白い。
 二つの事件の犯人は同一犯なのか、それとも別人なのか。それぞれの動機は何なのか。状況からどちらの事件も犯人は内部のものに限られている。しかもその容疑者はごくごく少数。この極めて難易度の高い状況で、マクロイは周到な仕掛けを講じ、伏線を張りまくる。

 特に感心したのはメインの仕掛けである。この仕掛けが事件全体を構築しているといってもよいのだが、マクロイはその仕掛けをストレートに真相につなげるのではなく、そこから一捻り加えており、ここが巧いのである。ネタの性格上、曖昧にしか書けないのが歯がゆいかぎりだが、これはまあ読んで驚いてほしいとしか言いようがない。
 実を言うと、この仕掛けは今ではそれほど珍しくもないのだが、それを1943年の時点で、この完成度で成立させているのが素晴らしい。

 ちなみにタイトルの『あなたは誰?』の原題は『Who’s Calling?』。
 冒頭ですぐにその意味するところが理解できるだろうけれど、実は本当の意味は別のところにある。読後、そのタイトルのつけ方の巧さにも唸らされるわけで、いやあ、マクロイの作品はどこをとっても面白い。おすすめ。


甲賀三郎『印度の奇術師』(盛林堂ミステリアス文庫)

 甲賀三郎の『印度の奇術師』を読む。
 おなじみ西荻窪の古書店、盛林堂さんが刊行している盛林堂ミステリアス文庫からの一冊だが、いつもと少々具合が違っていて、これは昭和十七年に刊行された今日の問題社版のデジタル・リプリント版。つまり新たにデータを起こすのではなく、元本をそのまま複写復刻し、そこからデジタル処理で文字補正などを行ったものである。
 単なる復刻に比べればさすがにきれいだが、画像として取り込んだデータなので、どうしても滲みが残るのは致し方ないところか。若い人にはあまり問題ないのだろうが、老眼が入ってきている管理人にはやや辛いところ(苦笑)。

 まずはストーリー。
 太平洋戦争に突入し、いよいよ緊迫の色濃くなってきた東京。そんなある夜のこと、新聞記者の獅子内俊次は、インド人が運転する怪自動車に気づき、そのあとを追う。ようやく森の中で車を発見すると、なんと車内では先ほどのインド人が殺害されていた。
 インド人の所持していた手紙、さらにはその差出人の高平弁護士の話から、インド人はタラントという名前だったと思われたが、顎の付け髭からタラントとは別人であることが発覚。しかも高平弁護士が、最近世間を騒がせている英印綿花商会に関係していることを知り、獅子内は調査を進めることにするが……。

 印度の奇術師

 獅子内ものらしくスピーディーな展開で読ませる探偵小説である。戦時中に発表された作品ということで、物語の背景には当時のイギリスやインドとの緊張関係が反映されてはいるものの、全体的には本格とスリラーの中間を狙っている感じで、娯楽読み物としては悪くない。
 時節柄、内容的にはスパイ小説っぽくなっていてもおかしくないのだが、少々危ういところはあるにせよ、あくまでメインの流れは殺人事件の興味で引っ張り、探偵小説の範囲内でまとめてくれているのが嬉しい。国威高揚の色がもっと強いかと思ったが、その辺りも最低限という程度で一安心である。
 
 注目したいのはプロットか。最初の殺人以外に複数の事件が絡み、全体像はなかなか複雑である。だいたいのところは予想できるものの詰めるのが難しい。そして、ラストでその予想をかわしてくれる手並みは甲賀三郎らしからぬ鮮やかさである。
 もうひとつの注目としては、随所に盛り込まれたトリックの数々。タイトルの”印度の奇術師”が象徴するかのように、手品のトリックをアレンジしているネタが多いのだが(まあ今となってはトホホなトリックばかりではあるけれども)、甲賀三郎のサービス精神には恐れ入る。

 いつものように戦前ものにはやや甘い感想になってしまうが、獅子内ものの魅力をたっぷり堪能できる一作である。戦前探偵小説好きならぜひ。

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Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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