甲賀三郎の『印度の奇術師』を読む。
おなじみ西荻窪の古書店、盛林堂さんが刊行している盛林堂ミステリアス文庫からの一冊だが、いつもと少々具合が違っていて、これは昭和十七年に刊行された今日の問題社版のデジタル・リプリント版。つまり新たにデータを起こすのではなく、元本をそのまま複写復刻し、そこからデジタル処理で文字補正などを行ったものである。
単なる復刻に比べればさすがにきれいだが、画像として取り込んだデータなので、どうしても滲みが残るのは致し方ないところか。若い人にはあまり問題ないのだろうが、老眼が入ってきている管理人にはやや辛いところ(苦笑)。
まずはストーリー。
太平洋戦争に突入し、いよいよ緊迫の色濃くなってきた東京。そんなある夜のこと、新聞記者の獅子内俊次は、インド人が運転する怪自動車に気づき、そのあとを追う。ようやく森の中で車を発見すると、なんと車内では先ほどのインド人が殺害されていた。
インド人の所持していた手紙、さらにはその差出人の高平弁護士の話から、インド人はタラントという名前だったと思われたが、顎の付け髭からタラントとは別人であることが発覚。しかも高平弁護士が、最近世間を騒がせている英印綿花商会に関係していることを知り、獅子内は調査を進めることにするが……。

獅子内ものらしくスピーディーな展開で読ませる探偵小説である。戦時中に発表された作品ということで、物語の背景には当時のイギリスやインドとの緊張関係が反映されてはいるものの、全体的には本格とスリラーの中間を狙っている感じで、娯楽読み物としては悪くない。
時節柄、内容的にはスパイ小説っぽくなっていてもおかしくないのだが、少々危ういところはあるにせよ、あくまでメインの流れは殺人事件の興味で引っ張り、探偵小説の範囲内でまとめてくれているのが嬉しい。国威高揚の色がもっと強いかと思ったが、その辺りも最低限という程度で一安心である。
注目したいのはプロットか。最初の殺人以外に複数の事件が絡み、全体像はなかなか複雑である。だいたいのところは予想できるものの詰めるのが難しい。そして、ラストでその予想をかわしてくれる手並みは甲賀三郎らしからぬ鮮やかさである。
もうひとつの注目としては、随所に盛り込まれたトリックの数々。タイトルの”印度の奇術師”が象徴するかのように、手品のトリックをアレンジしているネタが多いのだが(まあ今となってはトホホなトリックばかりではあるけれども)、甲賀三郎のサービス精神には恐れ入る。
いつものように戦前ものにはやや甘い感想になってしまうが、獅子内ものの魅力をたっぷり堪能できる一作である。戦前探偵小説好きならぜひ。