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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


Posted in 11 2015

ヘレン・マクロイ『あなたは誰?』(ちくま文庫)

 ヘレン・マクロイの『あなたは誰?』を読了。珍しやちくま文庫からの刊行だが、以前こそ戦前国産探偵小説を出してくれたこともあったが、翻訳物となると最近ではチェスタトンがあるぐらいで、他はとんと思いつかない。チェスタトンにしても純粋なミステリは少ないし。
 どういう経緯があったかは知らぬが、この先の展開が気になるところではある。

 まあ、それはともかく。本作は精神科医のベイジル・ウィリング博士を探偵役とするシリーズの一冊。マクロイ初期の本格探偵小説ということで、これは読む前から期待が膨らむ。

 こんな話。ナイトクラブの歌手・フリーダは精神科医の卵であるアーチーと婚約し、二人はお披露目のため、アーチーの故郷ウィロウ・スプリングへ向かうことになった。ところがその矢先、フリーダのもとに「ウィロウ・スプリングには行くな」という警告の電話が入る。
 不安はそれだけではない。この婚約を快く思わないアーチーの母・イヴ、いつかはアーチーと結ばれることを夢見ていた幼馴染のエリス、ヨーリッパから突然やってきた一族の厄介者イヴの従兄弟・チョークリー。小さな火種がくすぶる中、到着早々にフリーダの部屋が荒らされる事件が起き、そして隣人のマーク上院議員の家で催されたパーティでついに殺人事件が起こる……。

 あなたは誰?

 おお、これはいいではないか。物語の興味はストレートなフーダニット。いったい誰が殺人事件の犯人なのか、ということだが、それと並行して描かれるフリーダを脅迫する人物の存在が面白い。
 二つの事件の犯人は同一犯なのか、それとも別人なのか。それぞれの動機は何なのか。状況からどちらの事件も犯人は内部のものに限られている。しかもその容疑者はごくごく少数。この極めて難易度の高い状況で、マクロイは周到な仕掛けを講じ、伏線を張りまくる。

 特に感心したのはメインの仕掛けである。この仕掛けが事件全体を構築しているといってもよいのだが、マクロイはその仕掛けをストレートに真相につなげるのではなく、そこから一捻り加えており、ここが巧いのである。ネタの性格上、曖昧にしか書けないのが歯がゆいかぎりだが、これはまあ読んで驚いてほしいとしか言いようがない。
 実を言うと、この仕掛けは今ではそれほど珍しくもないのだが、それを1943年の時点で、この完成度で成立させているのが素晴らしい。

 ちなみにタイトルの『あなたは誰?』の原題は『Who’s Calling?』。
 冒頭ですぐにその意味するところが理解できるだろうけれど、実は本当の意味は別のところにある。読後、そのタイトルのつけ方の巧さにも唸らされるわけで、いやあ、マクロイの作品はどこをとっても面白い。おすすめ。


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プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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