Posted in 11 2015
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エラリー・クイーン『チェスプレイヤーの密室』(原書房)
エラリー・クイーンの『チェスプレイヤーの密室』を読む。原書房からスタートした「エラリー・クイーン外典コレクション」全三巻の一冊目である。
1960年代に入って作品の発表ペースが落ちてきた頃、クイーンは新しい読者や市場を開拓するためのブランド展開を考えていた(といってももっぱらマンフレッド・B・リーの考えで、フレデリック・ダネイはほぼ関与していなかったらしい)。そこで発案されたのが、複数の作家でひとつのペンネームを共有するハウスネーム方式。早い話が他の作家にクイーン名義で代作させ、ペイパーバックで量産しようというもの。クイーンというビッグネームでそれをやることのリスク(作品の質という意味で)もあったはずで、実際、ダネイはその点で関わりたくなかったのだろうが、リーは徹底的な監修を入れることを約束して、この話を積極的に進めていった。その結果、他の作家によって書かれた、今ではクイーン聖典と見なされないクイーン名義の作品が二十六作生まれたのである。
こうしたクイーン外典が日本で出版されるのは、これが初めてというわけではなく、これまでにも『二百万ドルの死者』や『青の殺人』などが紹介されている。ただしリーの監修が入ったとはいえ、出来としてはそれほどのものではなく、紹介はあくまで単発で終わってしまっていた。
今回の「エラリー・クイーン外典コレクション」はそういった知られざる作品群から、比較的クイーンの香りを感じられるもの、出来のいいものをセレクトして紹介しようという企画である。
さて、そんなわけで『チェスプレイヤーの密室』である。まずはストーリー。
小学校の教師アン・ネルソンのもとへ久しぶりに母親が訪ねてきた。別れた父親が再婚したのだが、その相手が亡くなり、莫大な遺産を手にしたのだという。それが面白くない母親はアンに意味深な言葉を残しつつ帰っていった。
ところがそれから二ヶ月後。アンのもとへ今度は父親が銃で死んだという知らせが入る。場所は完全な密室状態だったため警察は自殺と断じるが、アンには父親が自殺するとはとても信じられなかった。
父親の身辺を整理する中、やがてアンの前に現れる父親の知り合いたち。父親から譲り受けた遺産が目当てなのか、それとも……?

思ったよりは全然楽しめる。確かにクイーンと言われれば「ええ?」となるかもしれないが、その冠を外せば、本格ミステリとしてはなかなか悪くない出来だ。
タイトルどおり"密室"テーマの作品だが、オリジナリティという点ではやや弱いかもしれないけれど、プロットにきっちり落とし込まれていて、手がかりや伏線も非常にフェアに張られているのがお見事。特に床に残った本棚の跡、死体には銃痕がひとつなのに銃声は三発聞こえた件などは鮮やかである。
気になる代作者だが、本書ではSF作家のジャック・ヴァンスが担当。ヴァンスはミステリの著作も少なからずある作家なので、あながちミスチョイスというわけではないだろう。実際、本書で本格が書けることを証明しているわけだし。ただ、解説によるとリーの監修が厳しくて相当に苦戦はしたらしい(笑)。
ちょっといただけなかったのはアンバランスな登場人物たち。
ヒロインのアンをはじめとして、探偵役の刑事、父親の知り合いなど、どいつもこいつも不愉快な性格の人物ばかりで、いまひとつストーリーに没入しにくい。まあ事件が生んだ人間関係ゆえ致し方ない面もあるにせよ、せめてヒロインぐらいはまっとうな性格にしてほしかったところだ。サスペンスやロマンスの要素もそれなりにあるのだが、肝心のヒロインが感情移入しにくいから、その効果も半減である。
このあたり、せっかくペイパーバックという形態を選んだのだから、変にこねた性格にせず、素直に感情移入できるキャラクターにすべきではなかったか。
ということでキャラクターにはやや残念な部分もあるが、本格ミステリとしては十分に及第点。続く二作目、三作目にも期待したい。
1960年代に入って作品の発表ペースが落ちてきた頃、クイーンは新しい読者や市場を開拓するためのブランド展開を考えていた(といってももっぱらマンフレッド・B・リーの考えで、フレデリック・ダネイはほぼ関与していなかったらしい)。そこで発案されたのが、複数の作家でひとつのペンネームを共有するハウスネーム方式。早い話が他の作家にクイーン名義で代作させ、ペイパーバックで量産しようというもの。クイーンというビッグネームでそれをやることのリスク(作品の質という意味で)もあったはずで、実際、ダネイはその点で関わりたくなかったのだろうが、リーは徹底的な監修を入れることを約束して、この話を積極的に進めていった。その結果、他の作家によって書かれた、今ではクイーン聖典と見なされないクイーン名義の作品が二十六作生まれたのである。
こうしたクイーン外典が日本で出版されるのは、これが初めてというわけではなく、これまでにも『二百万ドルの死者』や『青の殺人』などが紹介されている。ただしリーの監修が入ったとはいえ、出来としてはそれほどのものではなく、紹介はあくまで単発で終わってしまっていた。
今回の「エラリー・クイーン外典コレクション」はそういった知られざる作品群から、比較的クイーンの香りを感じられるもの、出来のいいものをセレクトして紹介しようという企画である。
さて、そんなわけで『チェスプレイヤーの密室』である。まずはストーリー。
小学校の教師アン・ネルソンのもとへ久しぶりに母親が訪ねてきた。別れた父親が再婚したのだが、その相手が亡くなり、莫大な遺産を手にしたのだという。それが面白くない母親はアンに意味深な言葉を残しつつ帰っていった。
ところがそれから二ヶ月後。アンのもとへ今度は父親が銃で死んだという知らせが入る。場所は完全な密室状態だったため警察は自殺と断じるが、アンには父親が自殺するとはとても信じられなかった。
父親の身辺を整理する中、やがてアンの前に現れる父親の知り合いたち。父親から譲り受けた遺産が目当てなのか、それとも……?

思ったよりは全然楽しめる。確かにクイーンと言われれば「ええ?」となるかもしれないが、その冠を外せば、本格ミステリとしてはなかなか悪くない出来だ。
タイトルどおり"密室"テーマの作品だが、オリジナリティという点ではやや弱いかもしれないけれど、プロットにきっちり落とし込まれていて、手がかりや伏線も非常にフェアに張られているのがお見事。特に床に残った本棚の跡、死体には銃痕がひとつなのに銃声は三発聞こえた件などは鮮やかである。
気になる代作者だが、本書ではSF作家のジャック・ヴァンスが担当。ヴァンスはミステリの著作も少なからずある作家なので、あながちミスチョイスというわけではないだろう。実際、本書で本格が書けることを証明しているわけだし。ただ、解説によるとリーの監修が厳しくて相当に苦戦はしたらしい(笑)。
ちょっといただけなかったのはアンバランスな登場人物たち。
ヒロインのアンをはじめとして、探偵役の刑事、父親の知り合いなど、どいつもこいつも不愉快な性格の人物ばかりで、いまひとつストーリーに没入しにくい。まあ事件が生んだ人間関係ゆえ致し方ない面もあるにせよ、せめてヒロインぐらいはまっとうな性格にしてほしかったところだ。サスペンスやロマンスの要素もそれなりにあるのだが、肝心のヒロインが感情移入しにくいから、その効果も半減である。
このあたり、せっかくペイパーバックという形態を選んだのだから、変にこねた性格にせず、素直に感情移入できるキャラクターにすべきではなかったか。
ということでキャラクターにはやや残念な部分もあるが、本格ミステリとしては十分に及第点。続く二作目、三作目にも期待したい。