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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


Posted in 03 2016

野地嘉文/編『幻影城 終刊号』(幻影城終刊号編集室)

小説をいくつか読み残しているので、精読したというにはほど遠いのだが、ようやく『幻影城 終刊号』にひと通り目を通すことができた。

 こんなブログに来ていただく方には釈迦に説法なのだが、念のために書いておくと、『幻影城』とは1975〜1979年にかけて刊行された探偵小説誌である。ただし、普通のミステリ雑誌ではなく、主に戦前の探偵小説にスポットを当てた、非常にマニアックな雑誌だった。また、途中からは新人の発掘にも力を入れ、泡坂妻夫、栗本薫、連城三紀彦らを輩出したことでも知られている。
 その内容の濃さ、さらには会社の倒産により突如休刊したこともあってか、あっという間に伝説的な雑誌となり、その後もマニア人気が持続。とうとう2006年には関係者・有志などが企画して、同人誌『幻影城の時代』を作ったことは記憶に新しい(後に講談社から『幻影城の時代 完全版』として刊行)。
 詳しいことは知らないが、その『幻影城の時代』がつくられた際に新たな事実や編集長の島崎博氏の近況も明らかになったようで、創刊40周年というタイミング、さらには幻影城ゆかりの作家が次々と鬼籍に入られたことも関係したか、ぜひこの機会にと企画されたのが本書『幻影城 終刊号』ということらしい。

 幻影城終刊号

 さて、その内容であるが、基本的には終刊号というよりファンブックというスタンスだろう。そのデザインやレイアウトは『幻影城』を彷彿とさせるし、島崎博氏や現役の作家、関係者らの全面協力もあるので、並の同人誌のレベルは遙かに超えているのだが、"終刊号"というお題とはちょっと違うかなとも感じた。
 もちろん個々の内容には文句のつけようもない。 ページを開けば、泡坂妻夫、田中文雄、栗本薫、連城三紀彦、二上洋一、竹本健治、友成純一、村岡圭三らゆかりの作家名がずらりと並び、その作品も草稿や単行本未収録から書き下ろしに至るまでの充実振りである。
 ただ、本書の真価はむしろそういった作品よりも、各種エッセイ、評論、対談の類だろう。各人さまざまな立場からの回想や思いを重ねることによって、当時の『幻影城』の様子が明らかになったり、空気感といったものがひしひしと感じられる。これだけでも貴重な一冊であろう。

 ちなみに420ページ超という分厚さで1500円という価格も賞賛に値する。さすがに赤字にはしたくないだろうから刷り部数が相当いったのだろうとは思うのだが同人誌でこれは驚異的だわ。発行人・野地氏の努力には脱帽である。

戸田巽『戸田巽探偵小説選II』(論創ミステリ叢書)

 『戸田巽探偵小説選』の二巻目読了。戦前の作品をまとめた一巻に続き、こちらでは主に戦後に書かれた作品を収録しており、二冊でみごと戸田巽全集の完成である。
 まずは収録作。

「幻視」
「深夜の光線」
「悲しき絵画」
「踊る悪魔」
「ビロードの小函」
「ギャング牧師」
「屍体を運ぶ」
「落ちてきた花束」
「二科展出品画の秘密」
「第四の被害者」
「訪問」
「鉄に溶けた男」
「湖上の殺人」
「朝顔競進会」
「色眼鏡」
「人形師」
「狭き門」
「川端の殺人」
「隣室の男」
「双眼鏡殺人事件」
「夜汽車の男」
「もうひとつ埋めろ」
「運の神」
「続 運の神」

 戸田巽探偵小説選II

 「幻視」から「踊る悪魔」までが戦前の作品。「ビロードの小函」以降が戦後の作品である。といってもそれほど作風に大きな変化が出たような感じはない。
 以下、印象に残った作品ミニコメ。

 「悲しき絵画」は著者お得意の絵画もの。テーマや書きたいことはわかるが、いまひとつプロットが整頓されておらず、著者の中でも消化されないままストーリーにしてしまった感じ。明らかに失敗作だがちょっともったない。

 「踊る悪魔」は逆「屋根裏の散歩者」みたいな物語で最初は引き込まれたが、やはりストーリーに落とし込むところで失敗している。

 詐欺師の手口を描いた「ビロードの小函」は、珍しくアイディアが成功している小品。

 「屍体を運ぶ」は、田舎へ買い出しにいった男が主人公。行李で家へ買い物を送り届けたが、中からはなんと女性の遺体が……という一席。これはある程度ミステリの定石を踏まえ、まずまず興味が持続するよう仕上がっている。

 「落ちてきた花束」は本書中でもかなりミステリらしい結構を備えた作品で、出来そのものはいまひとつなのだが、サスペンスは効いていているのでそこそこ楽しめる。

 「二科展出品画の秘密」は珍しいことに密室もの。出来は……ううむ。とりあえず密室ものである、という点が読みどころである(苦笑)。

 「第四の被害者」は新聞記者が地方で取材した、大連の製鋼所で起こった事件を三つまとめているがどれもいまひとつ。ただ、そのネタを再利用した「鉄に溶けた男」は悪くない。

 「湖上の殺人」はよくできている。船上での刺殺事件を扱い、一応、本格ものとして成立している。トリックはおそらくは著者がどこかの翻訳ミステリで仕入れたものだと想像できるが、なかなか効果的ではある。

 「双眼鏡殺人事件」は主人公が妻の浮気を疑い、向かいのビルから妻と浮気相手の二人を双眼鏡で見張るという導入が面白い。さらには主人公が動揺して双眼鏡を落とし、下を通っていた通行人を直芸して死なせてしまうという展開も吹き込まれる。ただ、ここで力尽きた感あり。

 一巻での感想では、内容や味付けが全体的にあっさり目で強烈な個性に欠ける、などというようなことを書いたのだが、本書での印象もほぼ似たようなものである。アイディアやトリックといったヤマっ気で勝負するような作家ではないけれど、かといって幻想系や異常心理ものを掘り下げるわけでもなく、印象として損をしているところはあるだろう。
 戦前戦後の関西探偵小説シーンを彩った一人ではあるが、今後も振り返られることは少ないだろうし、そんな作家の業績がこうして全集的にまとまったのは、考えると奇跡に近いのかもしれない。いつも書いていることだが、論創ミステリ叢書が日本ミステリ界に果たしている功績は本当に素晴らしい。


レックス・スタウト『殺人犯はわが子なり』(ハヤカワミステリ)

 先日に続いてレックス・スタウトをもういっちょ。ものは『殺人犯はわが子なり』。1956年、スタウト中期の作品である。

 こんな話。はるばるネブラスカ州はオマハからウルフのもとにやってきた資産家のヘロルド。彼の依頼は十一年前に勘当した息子ポールの捜索だった。
 さっそくウルフはアーチーに命じて新聞広告を打ち、情報提供を呼びかけたが、なぜか応じてきたのは新聞社や弁護士や警察といった面々。それもそのはず、広告に使ったポールのイニシャルと、現在公判中の殺人事件の容疑者のイニシャルが同じだったのだ。
 念のために公判をのぞいたアーチーは、まさしく容疑者がポールと同一人物であることを確信するが……。

 殺人犯はわが子なり

 単純な失踪人捜索と思われた事件が、連続殺人事件へと発展するのが本作の大筋。ミステリとしては常道だが、裁判所で容疑者を確認したり、弁護士と共同戦線を張るといった導入は悪くない。
 ただ連続殺人へとつながるあたりから物語は失速気味となる。というのもそれらの殺人が、犯人が最初から意図したものではなく、後から止むを得ず引き起こされたものであることが明白なため、第二第三の事件へと興味が持続しないのである。意地悪く言えば、ストーリーを引っ張るためだけの事件という感じが強い。

 気になる点がもうひとつ。ウルフの調査員キームズまでもが一命を落とすという、それなりに衝撃的な展開があるのだが、その点に関して著者は意外なほどあっさりと進めている。まるでプロットの一要素ぐらいの扱いで、個人的にはもう少し力を入れてほしかった部分だ。
 もちろんウルフとアーチーのやりとりはいつもどおり楽しめる。本作ではウルフの調査員たちが大挙出演するので、彼らのチームプレイや掛け合いも読みどころのひとつ。それだけにキームズの扱いがちょっと理解に苦しむところである。

 そこそこ短い長編でテンポもよい。だがそれはプロットがさせているわけではなく、キャラクターの力によるところが大きいのだろう。事件自体の妙、謎解きといったミステリ的な興味ではいまひとつ。
 キームズの件があるのでシリーズのファンなら必読だろうが、残念ながらトータルでは低調であった。


小泉喜美子『血の季節』(文春文庫)

 小泉喜美子の作風といえば、翻訳ミステリ風の洒落た都会派サスペンスというイメージがあるのだが、意外にトリッキーなものや幻想的な作品も少なくない。本日の読了本はそんな幻想系のほうの代表作『血の季節』。

 物語はある事件の容疑者の告白で幕を開ける。それは男の人生の回想でもあり、そもそもの始まりは昭和十二年、男がまだ小学三年生の頃であった。空想癖のあるその少年には親しい友人がいなかったが、あるときヨーロッパ某国の公使館に住む兄妹と知り合いになり……。
 時は変わって昭和五十年。早春の青山墓地で幼女の惨殺死体が発見される。捜査は難航するが、担当刑事はその惨たらしい手口に怒りを燃やし、事件解決を誓う。

 血の季節

 ドラキュラ伝説をモチーフにして、戦時と現代という二つの時代の出来事を交互に見せていくという構成である。現代に起こった事件の犯人がおそらく戦時パートの主人公なんだろうなというのは、まあ見え見えなのでネタばらしというほどでもないだろう。
 畢竟、物語の興味はその少年が成人した後、なぜ幼女を殺害するに至ったかに移っていく。
 読みどころはまさにその一点なのだが、”なぜ”といっても、それは動機云々という意味ではない。少年が精神を蝕まれていった、その過程こそが読みどころなのである。戦時という非日常、異国人との接触という非日常、何より西洋のドラキュラ伝説という非日常がじわじわと主人公を侵食していく、その心理をこちらも感じたいわけである。

 抑えた筆致が幻想的な内容にマッチして非常に効果を上げているが、特にドラキュラに関しての直接的な表現を避け、極力匂わす程度にとどめているところも巧い。それがラストのサプライズにも活かされているように感じる。
 ただ、サプライズといっても、本作は謎の解明という興味で引っ張る作品ではないので念のため。作者の創り上げた独自の世界にどっぷりと浸り、作者の語りに酔いしれる。『血の季節』はそんな作品なのである。『弁護側の証人』とはまた違った意味での傑作だろう。


レックス・スタウト『シーザーの埋葬』(光文社文庫)

 翻訳ミステリの不振が言われるようになって久しいが、それでも見方を変えれば日本はミステリ大国といってもよいように思う。流行りものだけでなく古典や本格も熱心に読まれているし、お国柄、ジャンルも問わない。本国ではあまり読まれなくなった作家、例えばクイーンやヴァン・ダイン、クロフツ、カーなんかの大御所も今では日本の方がはるかに読まれているし、新しいところでは『二流小説家』がヒットしたデイヴィッド・ゴードンなども日本の方がはるかに売れたらしい。

 ことほどさように海外ミステリを支えている日本のミステリ・ファンやマニアだが、やはり例外はあるようで。
 黄金時代の作家がさっぱり読まれなくなった本国でもいまだに絶大な人気を誇るレックス・スタウトが、なぜか日本では人気がない。いまだに未訳や単行本化されていない作品も多く、同時代のクイーンやカーの紹介に比べるとずいぶんな状況だ。それでも一時期は思い出したようにポケミスで紹介が進められていたようだが、案の定、今は中断してしまっている。
 とりたてて不人気の理由は思い浮かばないのだが、他の作家のように「これだ」という決定的な作品がないため、紹介が自然と後回しになり、そのまま歴史に埋もれていった可能性はあるかもしれない。近年のポケミスでの紹介はありがたかったけれど、潜在的な読者にその魅力がちゃんと届いていたかどうかは疑問である。映画化とか大掛かりなフェアを仕掛けるとか、何か大きなきっかけが必要だろう。

 と、憂いてみたりしたものの、実は管理人も恥ずかしながらレックス・スタウトは数作しか読んでいない。まあ、当然読むべき作家であるし、買ってはいるのだが、やはり後回しにしてしまうのである。上でも書いたようにどれから読めというわけでもないし、他の黄金時代の作家のように派手なトリックが売りでもない、むしろキャラクターの魅力で読ませるところが大きいので、まあいつ読んでもいいかなと(笑)。で、これではいかんと本日の読了本は、巨漢の安楽イス型名探偵ネロ・ウルフもの『シーザーの埋葬』である。

 シーザーの埋葬

 こんな話。ネロ・ウルフはアーチー・グッドウィンの運転で一路、クロウフィールドを目指していた。目的は北部大西洋沿岸共進会での蘭の展示である。ところが車のトラブルで二人はある農家に泊まることになり、タイミングが悪いことに、その地では一頭の牛をめぐって二つの家族が対立している最中だった。おまけにその夜、一方の家の息子が死亡する。状況から牛の角に刺されて死んだように見えたが、その牛もなぜか急死してしまい……。

 旧家と新興の一族との対立をベースにしつつ、実は家族それぞれに思惑が入り混じるという複雑な状況で、さすがのウルフとアーチーも最初は傍観者に徹している。ところが死体の出現とともに流れが変わり、徐々に本領を発揮していく展開が実に楽しい。牛に襲われる序盤のドタバタ、逮捕された後のアーチーの活躍など、ユーモラスな見せ場も多い上に、それがちゃんとプロットとして機能しているところも見事である。
 ミステリとしては被害者が亡くなる前にこだわっていた賭けの一件、牛の病死など、ポイントとなる出来事が明快で、それらがもつ意味、関連もきれいにまとめられている。大技炸裂とまではいかないが、ミステリとしては十分しっかりしたものである。

 久しぶりに読んだがやはりレックス・スタウトはいい。ウルフとアーチーの掛け合いの楽しさはもちろんだし、本書はスタウトの魅力満載の一冊といってもいいのではないか。うん、やはり少し追っかけてみますか。


戸田巽『戸田巽探偵小説選I』(論創ミステリ叢書)

 本日は論創ミステリ叢書から『戸田巽探偵小説選I』を読了。
 戸田巽は神戸出身。戦前から戦後にかけて活躍した作家だが、その本業は百貨店勤務というアマチュア作家で、活動の舞台もほぼ地元関西の探偵小説誌に限られていた。
 当然ながら作品数も多くはない。本書が刊行されるまでに多少なりとも読めたのは、光文社文庫の『探偵小説の風景 トラフィック・コレクション(上)』に収録された「目撃者」。同じく光文社文庫『「新青年」傑作選』に収録された「第三の証拠」、ハルキ文庫の『怪奇探偵小説集2』に収録された「幻のメリーゴーラウンド」ぐらいという稀少さ。幻の作家扱いされるのもむべなるかなという感じである。

 戸田巽探偵小説選I

 収録作は以下のとおり。本書に続いて『〜II』も出ているが、発表順に構成しているようで、本書に収録されているのはすべて戦前に書かれた作品である。

「第三の証拠」
「財布」
「三角の誘惑」
「或る日の忠直卿」
「LOVE」
「目撃者」
「隣室の殺人」
「或る待合での事件」
「出世殺人」
「三つの炎」(連作「A1号」第四話)
「幻のメリーゴーラウンド」
「相沢氏の不思議な宿望工作」
「南の幻」
「ムガチの聖像」
「吸血鬼」
「退院した二人の癲狂患者」

 印象に残った作品をいくつか。
 「第三の証拠」は殺人を犯した男の鉄道での逃避行を描いた物語。警察への恐怖に加え、なぜか親切にしてくる同乗した男の真意がわからず、主人公の切迫する心理が読みどころ。これはオチも効いていて比較的面白い。

 「目撃者」もアンソロジーに採られただけあり、まずまず読ませる。金策に悩む男が帰りの列車で旧友に出会い、その所持金を奪うが……。こちらも心理描写が巧い。

 比較的長めの「出世殺人」はちょっと変わったプロットである。音楽学校の機関誌の編集主幹・春木は、うだつが上がらず友人の出世を羨ましがっていた。しかしその実、新聞記者と映画監督の友人は、出世のために犯罪まがいのことまで手を出していたのである……。
 それぞれの犯罪を描くごとに主人公が入れ代わるような構成で、正直、それが成功しているようには思えないのだが(苦笑)、個々の犯罪自体には面白味がある。

  「三つの炎」は今でいうバカミス。実際、このトリックが実現可能かどうかはすこぶる疑問だが、もし実現できるとしたら、それなりに効果はありそうな気がする。駄作ではあるが本書中でも最大のインパクトを持つ一作。

 「幻のメリーゴーラウンド」は画家の男と知り合いになった主人公が、画家の留守中に家を訪ね、その絵を見たところ……という物語。特徴がないと上で書いてはいるが、こういう雰囲気を活かした作品がもっとあればよかった。

 全体的な感想としては、まあこんなものかなというのが正直なところである(苦笑)。
 雰囲気もそれほど悪くはないし、けっこう読みやすいのだけれど、なんというか一作あたりのボリュームが小さい上に、内容も味付けもアッサリ目のものが多いのが不満である。もとよりミステリとしての過度な期待はしていないのだけれど、著者ならではという強烈な個性に欠ける。同時代の曲者たちに比べると物足りなさばかりが先に立ってしまうのである。
 なかには百貨店勤務という経歴を活かした作品、鉄道もの、絵画趣味を打ち出したものなど、一応は著者独自の路線の作品もあるけれど、トータルではこれぞ戸田巽というところまでには至っていないのが残念。
 とりあえず印象が薄れないうちに、戦後作品中心の『〜II』にも着手しなければ。


ロジャー・スカーレット『白魔』(論創海外ミステリ)

ロジャー・スカーレットは生涯で五作の長編を残したアメリカのミステリ作家。乱歩が愛した作家であることや、ドロシー・ブレアとイヴリン・ ペイジという二人の女性の合作ペンネームであることも今ではよく知られた事実だろう。ひと頃は完全に幻の作家扱いだったが、本作『白魔』によって、遂に全長編が読めるようになったのだから感慨深い。
 と思ったらAmazonでは肝心の『エンジェル家の殺人』が品切れ中ではないか。なんやそれ。

 ま、それはともかく。『白魔』である。
 舞台はボストンの高級住宅地にあるクインシー邸。クインシー夫妻は部屋を下宿として提供して、十人近い間借り人とともに暮らしていた。しかし人集まるところにトラブルあり。母親と暮らしているアーサー・ブレンダーガストは、帰宅すると部屋中が荒らされていたため、警察に連絡を入れる。さっそくケイン警視が訪ねると、アーサーは屋敷の人間が嫌がらせのためにやったことだと訴えるが、興奮が冷めると、今度は警察に連絡したことを詫びるのだった。
 翌日の夕方、昨日の事件が腑に落ちないケイン警視は再びクインシー邸を訪ねるが、そこには殺害されたアーサー・ブレンダーガストの姿が……。

 白魔(論創社)

 スカーレットお得意の館もの。クインシー邸で暮らす人々が登場人物のほぼすべてであり、その中で展開されるフーダニットである。ケイン警視たちが地道に証言を集め、推理を重ね、それにしたがって徐々に明らかになる人間関係や事実など、いかにも古典本格ものという雰囲気が好ましい。
 また、オーソドックスな構成ながら、前半で犯人を明らかにしつつ実はその正体が……という展開は面白く、そこから一気に物語に引き込まれてゆく。
 ただ、ロジャー・スカーレットの作品は全体的にあっさり目というか、ややインパクトに欠けるのが残念だ。贅沢さえ言わなければ普通に楽しめるけれど、本作は著者の他の作品に比べてもやや落ちる感じである。

 少し気になったのは犯人像。1930年としてはなかなか興味深い設定であり、今の時代なら間違いなくそちら方面のネタで引っ張りそうだが、時代ゆえかあっさり片付けているのがもったいない。ここを濃いめにしてケイン警視と犯人の対決色を前面に出せば、けっこうインパクトを残せたかも。


石沢英太郎『カーラリー殺人事件』(講談社文庫)

 先日読んだ石沢英太郎の短編集『視線』がなかなか良かったので、今度は長篇の代表作を読んでみる。著者の処女長篇でもある『カーラリー殺人事件』。

 まずはストーリー。北海道は宗谷岬から九州は鹿児島の佐多岬までを走りつくす画期的な日本縦断カーラリーが開催された。出場者は総勢百組。自動車メーカーの宣伝目的に参加する者、引退した老夫婦、工場勤めに嫌気がさして仕事を辞めてきた兄弟、組合の闘志、果ては覆面捜査官といった様々なチームが参加する中、ひときわ異彩を放っていたのが、盲人ながら磨き抜かれた感覚と頭脳をもつ田浦二郎を擁するチームだった。
 しかし、ラリーが始まって間もなく、二郎たちの乗る車を落石事故が襲う。間一髪で衝突は免れたが、二郎はこれが故意によるものではないかと疑問をもつ……。

 カーラリー殺人事件

 おお、短編集も良かったが長編も悪くない。様々な読みどころを詰め込んだ盛り沢山の内容で、それを破綻することなく丁寧にまとめあげた佳作といえる。

 読む前は、カーラリーという設定からしてかなり読者を選んでしまっているのではないかという危惧もあったのだが、その点は抜かりない。競技についての説明をきちんと作中に落とし込んで、門外漢にもちゃんと楽しめるようにしているのがよろしい。
 ラリーとはそもそも公道で行われるレースのことを指し、そこがサーキットで行われるF1などとの大きな違いである。つまり普通の道で一般車両と同様の条件のもとでクルマを走らせて行うのである。また、タイムを競うことだけが目的ではなく、所要時間の正確性を競ったり、買い物レースやクイズを答えながら行うレースもあったりと、その種類も実に多様なのである。

 本作ではそういうラリーの面白さがいかんなく描写され、クルマ好きでなくとも楽しめるわけだが、加えてミステリ部分の興味もしっかりしている。
 かつてラリー中に交通事故を起こしてしまったドライバーがいた。なんと被害者は応援にきていたはずの彼の恋人だった。ただし恋人とはいっても実は人妻。要は不倫である。だが、不倫を察知した夫はあるトリックを使って、男の車が妻をはねてしまうように仕向けたのだ。事故のために職も恋人も失ったドライバーの男は、このラリーを復讐に利用しようとしているのである。
 この復讐する側とされる側が果たして誰なのか、犯人捜しと被害者捜しが同時に展開するという展開が心憎い。

 それだけではない。作者はここに競馬場売上金強奪事件というもうひとつの事件を絡ませる。ラリーの参加者のなかにその犯人が紛れ込んでいるというのだ。警察はラリー好きの刑事を選び、覆面警察官としてラリーに参加させ、捜査を進めてゆくが……。
 こちらも犯人捜しと同時に奪われた現金の行方という興味が加わって、とにかくサービス満点である。

 とまあ、本作のさわりを紹介するだけでもけっこうなボリュームなのだが、素晴らしいのはこれらの要素を破綻なくまとめる手際だろう。設定と構成が実に秀逸である。
 カーレース自体の面白さに加え、それが事件とも非常に関連しており、リーダビリティはすこぶる高い。

 褒めついでにもうひとつ書いておくと、登場人物のサイドストーリーも見逃せない。ラリーに参加するメンバーだけでなく、主催者側の人間模様も加わって、さながら群像劇の様相である。
 正直、事件が起きなくても楽しめるぐらいなのだが、ここまで多岐に渡って描写するからこそ、事件の真相を追うのもより楽しめるのだろう。二つの事件の関係者が紛れ込んでいるわけなので、そういう目で登場人物を追っていくのも悪くない。

 もちろん完全無欠な作品というわけではない。トリックが小粒だとか、後半はやや走りすぎな嫌いがあるとか、あるいはラリーのスポンサーの真意が結局よくわからないだとか、気になるところもちらほら。
 だが、著者はトリックに執着するタイプではないだろうし、後半走っているといっても、相応のボリュームである。むしろページが異常に膨れるよりは、よくこの程度で抑えてくれたというほうが適切だろう。
 ともかく『視線』と同様、本書もおすすめ。絶版ではあるがこちらも安く古書店で転がっているはずなので、気になる方はぜひどうぞ。

 なお、本作の前半でクイーン『Yの悲劇』、チェスタトン「奇妙な足音」の壮絶なネタバレがあるので未読の方はご注意を。


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プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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