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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


Posted in 09 2016

谷崎潤一郎『武州公秘話』(中公文庫)

 谷崎潤一郎の『武州公秘話』を読む。
 「途上」や「私」、「柳湯の事件」といった探偵小説や犯罪小説を発表し、乱歩や正史にも大きな影響を与えたことで知られる谷崎純一郎。そもそも谷崎が追求した耽美主義や「筋の面白さ」といったものが、非常に探偵小説とも相性がよいわけで、極端な話、「秘密」や「刺青」「卍」あたりもみんなその類に入れてOKじゃないかという気もするぐらいだ。
 まあ、さすがにそれは乱暴だろうけれど、大衆小説あたりまで絞ってみても、探偵小説好きが注目したい作品は少なくない。その代表格に挙げられるのが、本日の読了本『武州公秘話』だろう。

 ジャンル的には時代小説であり、伝奇小説であり、あるいは冒険小説といってもよい。谷崎作品のなかではややマイナーな印象もあるが、耽美的なファクターを中心にすえつつも物語の面白さを全面的に押し出した読み物である。
  とりわけ探偵小説好きが注目しておきたいのは、本作があの『新青年』に連載された作品であるということ。また、その昔、九鬼紫郎が書いたミステリのガイドブック『探偵小説百科』でも、探偵小説の先駆けとなる傑作云々といった感じで紹介されていたこともある。
 まあ、後者については管理人の記憶がちょっと怪しくて、もしかすると違う本だった可能性もあるのだが、それらしい主旨の記事を読んだことは確かで、以来ずっと気になっていた作品なのである(そのくせン十年も積んでいたわけだが)。
 で、この度、ようやく読む気になったのだが、期待に違わぬ面白さであった。

 武州公秘話

 時は戦国。筑摩一閑斎が治める牡鹿山城に人質として出された幼少の武州公(武蔵守桐生輝勝)。人質とはいえ一閑斎からは丁重に扱われ、まずまず不自由のない暮らしを送っていた。
 そんな武州公、十三歳のとき。牡鹿山城が薬師寺弾正に攻められる。まだ元服前のため戦は許されなかった武州公だが、戦に対する興味は強い。そこで老女に頼み込み、討ち取った敵武将の首に、城内の女性たちが死化粧を施す現場を見せてもらう。
 このとき武州公がとりわけ興味を覚えたのは「女首」であった。戦場で倒した相手武将の首を斬る時間がないとき、代わりに鼻を削いで持ち帰り、後に首と照合する風習があった。その鼻のない首を「女首」と呼んだのである。
 この女首と死化粧をする高貴な女性の組み合わせに、武州公は魅了された。その体験が、やがて武州公の人生を大きく左右することになる……。

 ここまでが物語の序盤といってよいだろう。ただし序盤とはいえ、のっけからヤマ場といえるぐらいの迫力・怪しさである。とにかく鼻のない首を女性が洗う描写が鮮烈で、武州公ならずとも引きこまれるシーンだ。
  これがきっかけで武州公は特殊な嗜好が己の中に潜んでいることに気づくわけだが、さらに新たなエピソードが重なることで、武州公の行為も欲望もいっそう肥大してゆく。そのグロテスクな行為の描写、徐々に目覚めてゆく武州公の変態性、そして心理描写が読みどころである。
 武州公が宴の戯れとして、女首を妻や贔屓にしていた道阿弥に再現させようとするシーンは特に印象深い。あろうことか武州公は道阿弥の鼻を妻に斬らせようとするのである。冗談か本気かわからぬ武州公の態度に、席は凍りつき、妻と道阿弥の間に緊張が走る。この緊迫感がなかなか凄まじく、武州公の異常性を強く実感させてくれる。

 現代ならさしずめ倒叙型サイコミステリーというところか。ただ、主人公は単なる犯罪者ではなく、やがては一国の主となる権力者の手によるところがミソ。
 そもそも本作は、史実に伝えられている武州公の真実を探ることを表面的な主題としており、武州公に仕えていた妙覚尼と道阿弥がそれぞれ残した『見し夜の夢』、『道阿弥話』という二冊の手記から引用する形で物語が進められている。
 つまり一見ノンフィクションのような体裁をとっているわけで、こういった虚実をないまぜにしたスタイル、さらには武州公の地位に相応しからぬその嗜好を赤裸々に描くことで、(ありきたりな見方ではあるけれど)権力者の残した歴史というものに対するアンチテーゼとしたかったのではないかと考える次第。

 ともあれ、本書は単なる読み物としても抜群に面白い。まずは谷崎潤一郎の語りの巧さ、ストーリーテラーとしての実力を素直に楽しむだけでも十分だろう。おすすめ。


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sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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