名探偵・明智小五郎の活躍を物語発生順に紹介するシリーズ『明智小五郎事件簿』。本日の読了本はその第四巻『明智小五郎事件簿 IV 「猟奇の果」 』である。
猟奇趣味が高じた青木愛之助はすべてに退屈していた。だが招魂祭で賑わう靖国神社で友人の品川四郎に瓜二つの男を目撃することで、その生活に変化が生じ始める。やがてポン引きに誘われた「秘密の家」で、再び品川四郎そっくりの男に遭遇するが、それは国家を揺るがすとてつもない大事件への入り口であった……。

ン十年ぶりぐらいの再読である。本作の世評というのはだいたい駄作というあたりで定着しているけれども、こちらが年取ったせいか、いや、そこまで腐したものではない。
駄作といわれる理由は明らかで、主に前半と後半の落差によるところが大きい。前半は乱歩の猟奇趣味が全開していて、それこそ東京中のいかがわしい遊びや娯楽が描かれて実に楽しい。これに瓜二つの人間が存在するという不思議を絡ませ、読み手の想像を膨らませてゆく。
ところが後半に入って、明智が登場するとテイストは一変。幻想譚が冒険ものに転じ、瓜二つの不思議も単なる科学技術で済ましてしまうから、白けてしまうこと夥しい。まあ、当時はSF的な整形ネタもそれなりに注目されたのかもしれないが、ううむ、これではロマンがないんだよなぁ。
ちなみに本作の前後半が大きく乖離している事情も有名な話で、前半で煮詰まった乱歩がもう書けないと当時の連載誌の編集長だった横溝正史に相談したところ、途中で止められては困る正史が、乱歩が当時書き始めていた通俗冒険ものにしてしまえ(正史はルパン式といったらしいが)とアドバイスしたことによる。
正史も出来については諦めていたとは思うが、編集長として中断だけはさすがに避けたかったのだろう。とりあえず中断の危機だけは避けられたおかげで、こうして一冊の書物としてその後も読めるようになったのだから、正史には感謝しておきたいところだ。
話を本作に戻すと、管理人も以前は単なる駄作というふうに思っていたのだけれど、久しぶりに読み返すと、前半の魅力だけでも十分お釣りがくるのではないかという気持ちになった。
そもそも乱歩は探偵小説を「主として犯罪に関する難解な秘密が、論理的に、徐々に解かれていく経路のおもしろさを主眼とする文学」と説明しているぐらいだし、あと、これは誰の言葉か忘れたが「推理小説とは恐怖を論理が鎮める物語である」なんていうのもあったはず。
探偵小説にあっては、むしろ前半と後半のギャップはあってこそ当然という気がしないでもない。そういえば『蜘蛛男』も前半と後半で趣が変わるパターンといえないこともなく、これは探偵小説の構造上の宿命といえるかもしれない。
まあ、そんな無理矢理な理屈はともかく、前半の退廃的な雰囲気、青木愛之助という主人公格の男の東京遍歴は怪しくも魅力的で、この部分だけでも読む価値があると思うのである。
とある秘密売春倶楽部での覗き行為などは、乱歩の真骨頂であり、このあたりをクライマックスにしてさらっと中編でまとめていれば、大したオチでなくとも佳品として評価されたはず。まあ、実際、光文社文庫版の江戸川乱歩全集ではそういう別バージョンも収められているので、興味ある方はそちらもどうぞ。
ともあれ乱歩は長編が苦手だったというのはよく言われることだが、それもまた乱歩の味だと考えれば、本作はやはり乱歩ファン必読の一冊と言えるのではないか。いや、必読である。