マージェリー・アリンガムの『クリスマスの朝に キャンピオン氏の事件簿III』を読む。
創元推理文庫で着々と進んでいる、アリンガムの生んだ名探偵アルバート・キャンピオン氏の日本版オリジナル短編集もこれで三冊目。バラエティに富んだ内容で、質の方も比較的安定しており、クラシック本格ファンには安心して読める数少ない良シリーズといえるだろう。
さて、この短編シリーズはほぼ年代順に編まれているが、本書では趣を変えて、英国はサフォーク州キープセイク付近を舞台にした中編と短編一作ずつという構成とのこと。収録作は以下のとおり。
The Case of the Late Pig「今は亡き豚野郎(ピッグ)の事件」
On Christmas Day in the Morning「クリスマスの朝に」

クリスティやセイヤーズと並ぶ英国四大女流ミステリ作家の一人ながら、その本質は本格探偵小説とは異なるところにあるのがアリンガムの魅力。そのバラエティ豊かな作風や文学的な芳香などが混じり合って、最初の頃はどういう作家なのか本当に掴みにくかったのだが、最近ではこの短編集のおかげもあって、ようやく腹に落ちてきた感じである。
ただ、本書に収められた中編「今は亡き豚野郎(ピッグ)の事件」は意外なほどにオーソドックスな本格ミステリであった。
物語はキャンピオンの小学校時代の同級生の新聞の死亡記事で幕を開ける。卑劣ないじめっ子だった同級生の最期を見送ろうと葬式に出席したキャンピオンだったが、その半年後、ある事件の捜査に協力したとき、その同級生の死体にまたもや遭遇する……。
そこまで際立ったトリックでもないので、だいたいのところは読めるのだが、魅力的な冒頭の謎や適度なユーモア、個性的な登場人物にも彩られて、リーデビリティは決して低くない。
真犯人のアイディアもさることながら、キャンピオンを事件に導いていく手紙の存在と真相が味付けとして効いている。こういうサイドストーリーがあるだけで、物語の質がぐっと上がるのだ。
短編「クリスマスの朝に」は小品ながらほのぼのとした余韻があり、クリスマス・ストーリーとしては申し分なし。前の短編集でもそうだったが、こういうハートウォーミングな物語、アリンガムは実に巧い。
「今は亡き豚野郎(ピッグ)の事件」だけでも悪くはないのだが、本作との合わせ技で満足できる一冊となった。英国の本格好きならもちろん買いであろう。